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夢の中なら  作者: にてん
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これは現実か?

 僕は焼きそばパンが大好物だ。

 母さんから貰った二百円を握りしめて、近所のコンビニで焼きそばパンを買った。

 なぜ大好物かって?

 パンのしなしな具合と、挟まれた焼きそばが絶妙にマッチするからだ。このマッチングに勝てる食べ物はないね。うんうん。

 僕は今、ふと思ったことがある。

 仮に、焼きそばパンに使われているパンが、しっかりと焼きあげられて硬かったら、それはもはや焼きそばパンではないのかもしれない。

 パンが硬かったら、焼きそばとパンを別々に食べている感じになりそうだ。

 パンと焼きそばを交互に食べても、それほど美味しくはないと思う。

 パンと焼きそばを同時に食べるからこそ美味しいんだ!

 あれこれ下らないことを考えながら帰り道を歩いていると、冷たい風が強く吹いた。

 冬も本番に差し掛かり、街路樹はすっかり裸になってしまった。

 休日にも関わらず、コンビニで買った焼きそばパンを大事そうにして持っている僕の姿は、他の人から見たらたぶん、かわいそうと見られてしまうのかもしれない。

 あいつ、休みなのに一人で何やってんだよ。ぼっちじゃん。

 後ろ指を指された気がした。

 肌寒さを感じながら、僕は家に戻った。近所では一番の高層マンションだ。

「ただいまー」

 もちろん、答えてくれる人はいない。がらんとしたリビングが広がっている。

 僕は一人だった。父さんも母さんも昔と変わってしまった。仲が良かったのに、最近はどうもケンカをしているらしい。

 子どもの僕には、その詳細は不明だった。父さんと母さんの問題に首を突っ込むのは恐いので、見て見ぬふりをしている。

 家でも一人。さらに、学校でも一人だ……。

 小学校の頃は、友達を作ろうと一所懸命に頑張っていた。自分から話しかけ、大して好きでもないバラエティ番組を見て話題を合わせようとした。女の子と話すのは恥ずかしかったが、恥ずかしいなりにコミにケーションは取った。そりゃもう、かみかみだった。

 友だちは少しいたけど、あまり良い思い出がない。むしろ嫌な思い出ばっかり。

 あれ、目から汗が……。

 唯一、会話すらできない飼い猫の「みけ」が心の救いだった。

 みけが赤ちゃんの時に僕が拾い、そのまま家で飼うことになったのだ。

 全身真っ白で、心の優しい猫だ。

 僕は焼きそばパンをすすりながら、

「みけは優しいよね」

 と、みけの背中に語りかけた。

「にゃーん」

 一声鳴いて、しっぽをふりふりしながらトイレに行ってしまった。ざっ、ざっ、ざっ、と砂を漁る音が聞こえる。

 日曜日の午後だというのに、家には猫のおしっこをする音が響くだけで、僕以外誰もいない。それは、とても寂しいことだと思う。

 父さんは仕事に行っているのかもしれないし、遊んでいるのかもしれない。

 母さんは夕方までバイトをしている。働き過ぎて体を壊さないか心配しているけれど、たくさん働いている理由すらも僕は知らなかった。少しくらい教えてくれてもいいのに。

 僕は中学二年生になって、いよいよ遊ぶ友だちがいなくなってしまった。

 そう、一人もいない。クラス替えを経て、交友関係が無くなってしまったのだ。

 クラス替えなんて、誰が考えたんだよまったく。

 よく公園で、カードゲームをして遊んだみっちゃんは、最近別のクラスで友達を沢山作ってしまった。僕は正真正銘一人ぼっち。

 みっちゃんは一人の僕を気遣ってか、中学一年の時、向こうから話しかけて来てくれたんだ。あの時は嬉しかったなぁ。ぐすん。

 過去を振り返ってもつまらない。僕には読書があるじゃないか。読書は一人でも楽しめるので、小さい頃からの習慣になっている。

 外を見ると、どんよりした灰色の雲が、空一面を覆っていた。

 焼きそばパンも食べて、気分転換に公園へ行こうとジャンパーを着るけれど、雨が降りそうだし寒いだろうから諦めることにした。諦めは早い方が肝心だ。

 仕方なくテレビをつける。

 この時間はニュース番組ばかりだし、小難しいことを聞いても全く関心が湧かない。

 それでも、テレビを見るしかやることがないので、ぼーっとして眺める。

 コンビニでお菓子と小説を買えばよかったと後悔する。

「子育ては普通のことだけど、人間に生れてきた以上素敵なことだと思うの」

 コメンテーターは納得のいかない顔をして反論するが、他の人にいいように言い負かされている。

「おばさん、いいこと言ってるのに」

 と、僕は誰もいないリビングで、誰に言うでもなく呟いた。話の内容よりも、おばさんの一生懸命な姿に釘付けになってしまった。

 しんみりした空気が、リビングに漂う。

 負けるなおばさん!

 頑張れおばさん!

 無駄な応援をしていると、タイミングの悪い所で宣伝に入ってしまい、そのままテレビを消した。

「はあ、つまんないなー」

 わざと声に出してみた。もちろん、反応してくれる人はいない。

 少し寂しくなって、体感温度がぐっと下がる。

 寒さを紛らわすためにストーブをつけ、少し離れた所で横になる。

 しばらく待つと、暖かい風が体全体を包んだ。眠気がだんだんと瞼を重くする。

 僕はこの心地よさが大好きだった。一人ぼっちでいる寂しさを感じずにいれるのは、眠っている時くらいだ。睡眠こそ、僕にとってのオアシスだった。

「みけも一緒に寝るかい?」 

 仰向けになっている僕のわき腹に、頭をすりすりとおしつけ、みけは眠る。いつもの場所で、いつものように。

「調子がいい奴め」

 そのくせ時間が立つと別の場所に移動して、お腹が空いた途端僕にまたすりすりしてくるんだろ?

 全てお見通しだけど、それでもみけが愛おしかった。僕はみけの頭をなでた後、目をつむった。

 いい夢が見られますように。みけは「ばかじゃん」という様に、大きくあくびをした。


 ☆


 ぼーっとする頭で外を見てみると、灰色の雲で覆われた空は、より黒色に近づいていた。

 みけは僕のわき腹にはやっぱりいなくて、ソファの上で毛づくろいをしていた。

 まるで「早く起きなきゃ風邪ひくぜ」と言っているみたいで、ほんの少しだけ嬉しくなってしまった。

「心配してくれるのか?」

「にゃーん?」

 いや、そんなわけないか。

 みけはそのまま何も言わず毛づくろいを続けた。

 台所に立ち、みけ専用の茶碗に餌を盛る。その音に反応したみけは、ソファから飛び起きて、僕の足に顔をこすりつけた。

「にゃにゃ~ん」

「やっぱり調子がいいな」

 けど、みけに餌をあげるのは僕の仕事なんだ。母さんと約束したんだ、ちゃんと面倒見るって。

「はい、カリカリご飯だよ」

 餌を下に置くと、みけは一気に食べ始めた。そんなに急がなくてもいいのに。

 みけが食べ終わる前に、ソファを陣取っておかなきゃね。

 ソファに座りテレビをつけると、体操のお兄さんが爽やかな歌声で踊っていた。

 昔は体操のお兄さんと言ったら、ご飯までもうすぐの合図で、わくわくが止まらなかった。昔と言っても、幼稚園の頃の話だけど。

 今となっては体操のお兄さんなんて、煩わしいだけの存在だった。早くバラエティー番組が見たいんだよ僕は。

 子ども向け番組の一時間後くらいに、母さんは帰ってくる。

 部屋があまりにも暗かったので、リビングの電気をつけた。

 僕の家で、宿題はリビングでやることが決まりになっている。頭のいい大学生の統計では、小さい頃にリビングで勉強していた比率が高いらしい。

 母さんはそれに感化されて「ゆうやも、宿題はリビングでやってみたらどお?」

 と僕に提案した。

 そのすぐ後「じゃあ、今日から宿題はリビングでやろうね」と決めてしまったのだ。

 僕の意見が介入する余地はない。せっかちな母親だよまったく。

「宿題めんどくさいよね、みけ」

 みけに話しかけたつもりが、すでにリビングから姿を消していた。

 重い腰をあげる。

 僕は自室に置いてある教材一式をリビングに持ってきて、テーブルに広げた。

 テーブルの照明をつけた。勉強をする準備は万全。明日の漢字テストを勉強するためにノートを広げた。

 そこには可愛らしいイラストが沢山載っているが、どれもこれもが僕にとって凶悪で、まるでクラスのいじめっ子たちに見えてしまう。

 クラスのいじめっ子も漢字も、単純に苦手なのだ。暗記モノは不得意だし、クラスの連中は僕をすぐからかってくる。

 僕なんて、じっと黙っているだけなんだから、構わないでくれればいいのに。

 学校での愚痴を心の中でこぼしながら、漢字をノートに写した。

 おかしい。なかなか覚えられない……。

 もしかして、何者かが暗記の邪魔をしてるとか……。

 まあ、覚えられないのはいつものことなんだけどさ。

 暗記モノの中でも、特別漢字は苦手だ。

 苦手というより、漢字が嫌いなのかもしれない。どっちにしろ、重要なテストではいい点数が取れた試しはなかった。

 ペンを置いて、漢字ノートのイラストたちと睨めっこをする。そのイラストは、クマとトラと羊を、アメコミ風に描いたものだった。こんなノート、どこで買ったんだっけ? 母さんに買ってきてもらったのか?

「漢字やれよ」「ちゃんと覚えろよ」「いい点数取らないと、怒るからな」

 まるでそう言っているかのように、イラストたちも僕を見つめている。

 実際に聞こえた気もしたが、特別気に留めず、僕は漢字のイラストを注目した。

 いよいよ根負けして、再度ペンを握る。

 明日のテスト範囲の漢字を書きとりながら勉強する。

 当然楽しいはずもなくて、すぐに集中が切れてしまう。

 僕は集中の続かなさをリビングのせいにしていた。

 きっと、リビングで勉強してるから気が散っちゃうんだ。自分の部屋に机があるんだから、わざわざ母さんの決まりなんて守らないで、自分の部屋でやればいいんだ。中学二年生になった僕にも「反抗期」みたいなものが来たのかもしれない。自分ではよく分からないけれど。

 試しに自分でテストをしてみた。が、当然点数は悪い。バツばっかりで、やる気が一気に失せる。

「こら、やり直しだ」「母さんに褒められたいだろ?」「みんな勉強してるんだから、お前もしないとな」

 そう言われて出来ないのが僕だったから、やたらうるさいノートを閉じた。

 やってられるか。まったく。

 表紙のキャラクターがまだ何か言いたげにこっちを見ている。かわいいクマのイラストだ。

 僕に無理やり構う所が学校のいじめっ子たちに似ているので、無視することにした。

 勉強道具一式をテーブルに置いたまま、逃げるようにして、自室へと戻った。

 おいおい、俺をシカトしてもいいと思ってんのか、と後ろから聞こえた気がした。そこで振り向いたら僕は臆病者だし、振り向いたとしても威張り散らされるだけだから、そのままテーブルに置きっぱなしにした。

「その調子だから友達できないんだぜ。殻にこもりやがって」

 背中に突き刺さる憎たらしい声。

「分かってるよそんなの」

 声がした方を振り向かずに答えた。

 あれ? 

 声がした?

 僕はむしゃくしゃして、自室のベッドに寝そべった。

 ぐーっと伸びをすると、家の鍵の開く音が聞こえてくる。

 その音だけで、お父さんかお母さんか、どっちか僕は分かってしまう。

 今の音は、少し乱暴だった。

「ただいま」

 やっぱり……。

「おかえり、父さん」

 僕は跳ね起きて部屋から顔を出し、玄関の方を覗いた。

 茶色の革靴を脱ぎ、僕の傍まで来くると、頭をがしがしとかき回す。

 もう中学二年生なんだから、そういうのやめてよ。

 父さんは帰ってくると、決まって同じことをする。昔からそうだ。

「母さんはまだか?」

「うん。ざんぎょう? してるのかも」

「母さんも頑張るなー」

 最近の父さんは、母さんに対してよそよそしい。

 理由は分からないけれど、少し悲しい気がした。こーゆうのを、センチメンタル? って言うのか?

 昔はもっと仲良かったのに。

 僕が顔を突っ込むことでもないので、分からないふりをする。

「なあ、ゆうや」

「なに?」

「一人の時間退屈してたら、新しいゲーム買ってやるから、何か欲しいのあるか?」

 僕は少しだけ考えて「今は大丈夫」と曖昧に答えた。

 消そうとしても消えない気持ちが、ゆっくり、じわじわと込み上げてくる。  

 せっかく話を簡単に終わらせようとしたのに、父さんはまだ話を続けた。

「何でだ? 友達と一緒にやればいいじゃないか」

「父さん、本当に、大丈夫なんだ。ほら、今は勉強頑張ってるし」

 僕は無理やり笑って見せた。

 たぶん、目は笑ってなかったから、変な子に見られないか心配だった。

 僕は嘘つきなんだ。

 急に悲しくなってしまい、「じゃあ、勉強するから」と急いで口に出してドアを閉めた。

 布団に潜って強く瞼を閉じる。それでも、声が聞こえてくる。

「もう寝るのかな?」

 バカにした感じが耳につく。声なんて聞こえない。

 突然、布団が引っぺがされる。

 ノートにに描かれた羊が腕組をして、仁王立ちで立っている。僕はその光景に、ことばを失う。

「べんきょうしろって」と、羊は偉そうに言った。

「……あ、はい」

 どうしてノートのキャラクターがここにいるのだろうか。頭の中がその疑問で埋め尽くされる。 

「テストで点数取れるの?」

「たぶん……」

 僕は適当に答えた。いやいや、さらっとテストのこと聞いたけど、僕の方が色々と聞きたいよ。

「たぶんじゃ分からないでしょ。ちゃんとべんきょうして、完璧にしなさい」

 保護者じゃないのに、いちいちむかつく。しかも、腕を組んだ偉そうな態度。何様のつもりだ。

 苛立ちを募らせていると、キャラクターは一瞬にして、パッと姿を消した。当然、声も止んだ。

 しかし、耳の奥のほうで「完璧にしなさい……」と反響している。

 どうにかこうにか、耳にこびり付いた声から逃れようとして、もう一度布団にもぐった。

 じーっと蹲るが、耳からその声は離れなかった。

 気持ち悪くなって、ゆっくりと目を閉じた。口の中はネバネバしている。

 すると追い打ちをかけるように、視界にまで嫌な声が、文字として映り始めた。

「もうやめてくれよ」

 目頭が熱くなり、強く目を瞑った。僕は勉強が苦手なんだ。漢字は覚えてもすぐ忘れちゃうんだ。だから、許してくれよ。

 反響はしばらくしても止まない。

「みけ……」

 布団の中で、みけの名を呼んだ。

「みけ……みけ……」と何度も何度も呟く。

 当然、みけが布団の中に来るはずもない。

 何分経ったか分からないけど、いつの間にか僕は泣いていた。

 布団の中は熱気がこもっている。涙はいつもより生温かく、気持ち悪かった。

 静かに唇を噛んだ。


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