96.造船業は何処も彼処も忙しい
新世界歴2年1月20日、日本国 神奈川県横浜市 J社横浜事業所磯子工場
今から約20年程前の造船再編により国内の造船大手同士が合併して出来たこの会社は比較的、官公庁から船舶を受注する事が多い大手防衛企業である。
現在、未曾有の好景気を迎えている造船業でもM重工やK重工などの海上自衛隊の艦艇を継続して受注している3社の造船企業は護衛艦の建造や修理などで常に自衛隊用のドックを確保している。
商用船舶と違い利幅は小さいが継続的な利益や国からの支援が見込める防衛産業により生き残った企業も少なくない。
現在の海上自衛隊主要船舶はこの造船大手3社で回されている事からもその重要性は分かるだろう。
そんなJ社の数ある造船所の中でも官公庁専用とも言って良い磯子工場内の比較的セキュリティの整って、暖房が効いている部屋の中には多数の人間が居た。
その部屋の中に居る人間は主に2つの組織で区切られる。
1つはこの磯子工場を所有するJ社の社員達、もちろん現場の人間は1人も居ず、上から指示を出す本社の人間だ。
もう一方は特徴的な制服に身を包んだ政府の人間、つまり防衛省の官僚達である。
「今から話す事は政府により機密指定されてますので漏らした場合、特定秘密保護法により処罰される可能性がありますのでご注意下さい。」
明らかに防衛省内でも高い地位にいそうだなぁと感じられる人が権力をチラつかせながらJ社の人間に釘を刺した。
と言っても、これまでに機密の塊であるイージスシステムなどの防衛機密に触れてきた彼等にとって機密保持は当たり前の事なのでそれに対して恐怖を抱く者はこの場に居ない。
あるのはどれだけの大仕事を任せて貰えるのだろうか?という期待のみである。
ちなみに会談場所にJ社の本社や支社を使わなかったのは時間の都合上偶々で有り、そこに特段深い意味は無い。
そしてJ社の人間が頷くのを確認すると担当者は本題へと入って行った。
「・・・では、本題に入ります。防衛省海上事業調達本部は先月、こんごう型DDGの後継として予定していた16DDG及び17DDGの建造計画を大幅に変更し、12中期防とそれに合わせた新大陸防衛計画に基づき、建造時期を早め13DCG及び14DCGの建造に変更する事を決定致しました。」
担当者がそう告げるとJ社の人間は口には出さないものの、驚いた表情をしてわざわざ彼等がこの場に足を運んだ理由を知った。
ちなみにそれぞれの建造計画にある数字は建造計画年なので16DDGの場合は令和16年度(2034年)に計画されているという事である。
それが13DCG、令和13年度(2031年)に早まった事を意味していた。
「1つよろしいですか?」
「はい、何でしょう。」
J社の社員が質問があるそうなので担当者は質問を許可した。
まぁ、多少の知識がある人ならばある違和感には気付くはずだ。
「建造年の短縮は分かりますが、DDGミサイル護衛艦からDCGへの艦種変更はどういう事ですか?新たな艦種を設置したという事ですか?」
海上自衛隊の護衛艦には英語のスペルを数文字付けた艦種区分というのが存在する。
例えば一般的な護衛艦に付けられるDD、これは汎用護衛艦の事を表している。
ヘリコプター搭載護衛艦ならばDDH、イージス艦などを含むミサイル護衛艦はDDG。
近年になって増えた艦種だと多機能護衛艦のFFMなどがある。
だが、DCGなんて艦種はこれまでに無かった。
最も、海上自衛隊の艦種はアメリカ海軍のを参考に使用している為、多少の知識が有れば想像は出来る。
「DCGは大型多目的護衛艦、まぁ早い話ミサイル巡洋艦になりますね。」
「み、ミサイル巡洋艦ですか・・・」
ミサイル巡洋艦と言っても既に就役している海上自衛隊の【あたご型】や【まや型】イージス護衛艦は満載排水量が1万tを超えており国によっては巡洋艦に分類される大型艦である。
「こちらが建造予定の13及び14DCGの要目になります。」
「では、失礼します。」
そう言って担当者から建造予定艦の要目が記載された書類を受け取った。
機密保持の観点からデジタルデータでは無く書類である。
13及び14DCGの設計は現在、最終段階に入っており、次の国会で審議予定の令和13年度一般会計予算にて防衛予算として組み込まれる予定だ。
本来ならば予算が認可されてから設計などに入るのだが、その過程をすっ飛ばしており、防衛省及び海上自衛隊がこの13及び14DCGにどれだけ力を入れているか分かる。
そして受け取った書類に記載されていた次期大型多目的護衛艦の要目は次の通りである。
『次期大型多目的護衛艦(13DCG及び14DCG)の建造計画に関する要目(予定)』
排水量:12400t(基準)
:15800t(満載)
全長:192m
全幅:22.5m
深さ:12.5m
吃水:6.8m
主機:SHI社製エーテルタービンエンジン×4(180000ps)
:電動機×2基
推進器:可変ピッチ・プロペラ×2軸
速力:30ノット(56km/h)以上
乗員:約280人
兵装:54口径155mmレールガン×1基
:高性能20mm機関砲(CIWS)×2基
:SeeRAM 近SAMシステム×1基
:RWS×4基
:Mk.41 VLS(64セル)×2基
:17式SSM 4連装発射筒×2基(更に2基を後付け)
:HOS-303水上魚雷発射管×2基
:艦載機:SH-60L哨戒ヘリコプター×1機
C4I:リンク22 戦術データ・リンク
レーダー:未定
ソナー:未定
機雷戦:無人機雷排除システム
電子戦:未定
色々と突っ込みたい部分はあるが、J社の社員はとりあえず1つ気になった事を質問する事にした。
「・・・とりあえず1つよろしいですか?」
「はい、どうぞ。」
「この主機の使用は決定ですか?」
これまでは国内の三菱製やIHI製そしてアメリカのGE製やP&W製などの艦艇用エンジンとして有名処を使っていた。
それがいきなりSHI社という聞いた事も無いような企業の製品の採用である。
エーテルタービンという事で何処の国の企業か想像はつくが、完成して直ぐにドック入りという旧隣国のようにならないか心配だった。
「あくまでも仮決定です。現在建造中のFFMにて臨時搭載しますのでその結果次第ですね。結果によってはGE社のLM2500を搭載する事を予定しています。」
「しかし・・・」
それでも出会って1年程度の国の訳わからんシステムのエンジンを搭載する事に対し疑問が拭えなかったが、
防衛省としても訳わからんシステムなど採用したくは無かったのだが、採用せざるを得ない理由があった。
「本艦艇に搭載する予定のレールガンはかなりの電力が必要になりますので高出力な機関が必要になるんです。アメリカのズムウォルト級もこの電力問題で発射速度は毎分4発程度、原子力機関を本気で考えている程です。」
一時は日本でも原子力船などは研究していたが、事故が相次ぎ空母や潜水艦などの一部の艦艇を除いて採用している例は数少ない。
更にもし原子力機関を採用するならば現状で1800億円の艦艇建造費は軽く3000億円を超えて【ズムウォルト級】の二の舞になる事は間違い無かった。
「ですがスフィアナは残念ですが我が国よりも高い技術力を有しておりレールガン運用においてもそれなりの実績があります。現状で採用予定の機関はスフィアナの巡洋艦や大型艦艇で採用されているので欠陥などは少ないでしょう。幸いにも我が国への輸出は許可されましたからね。」
今が転移前ならば間違いなくレールガンの搭載計画は廃止されるが、この新たな世界にはサリファという別世界の国々が居た。
恐らくスフィアナと関わりの少ないアメリカは決してエーテル機関を採用せずに原子力機関を模索するだろうが、日本に原子力機関を搭載するという道は無かった。
最もエーテル機関を採用するならば新たにエーテル関連の施設を設置する必要があるのでどちにしろかなりの予算が必要になる。
防衛省上層部の一部は石油より安く安定供給が見込めるエーテルに機関を変更しようという案もあったが、ミレスティナーレでの超大量の石油資源発見により、取り敢えずは撤回されている。
と言っても近年何かとうるさいCO2などの温室効果ガスを排出するガスタービンやディーゼルなどとは違い一切の有害物質を出さないエーテルに変わるのは自然な流れなのかもしれない。
まぁ、ここでJ社が何を言おうと設計変更が行われる訳ない為、諦めたJ社の社員は別の事を質問した。
「取り敢えず艦艇の事は分かりました。M重工やK重工との受注合戦に勝たなければ意味ありませんからね。」
「いえ、今回の次期大型多目的護衛艦はJ社に受注させる事で決定していますよ。」
「・・・え?」
国防産業と言っても国の様々な利権が絡む受注なのだ、例え3社しかいないとしても形だけでも行う必要があった。
しかし、防衛省の担当者はその公募をせずに建造企業を決めようとしていた。
流石にOnly oneが多い防衛産業だからと言え、これは異常だった。
「・・・一応、理由を聞いてもよろしいですか?」
何か上からの圧力など様々な権力が絡み合ってるのでは?と想像したJ社社員だったが、防衛省の担当者の返答は単純な物だった。
「K社は潜水艦や輸送艦、その他小型艦に注力するとして辞退しました。M重工に関してはME&Sが防衛関連の艦艇事業をM重工に売却した事によりFFMはM重工1社での建造となっており、更に台湾からも受注しましたので、現在新たに受注する余力が無い状況ですので特例として公募を行わずにJ社の受注という事で決定致しました。」
簡単に言えば他が防衛関連の艦艇も含めて忙しすぎて、唯一防衛関連の艦艇建造ドックで空いているのがJ社だけだったという理由である。
最もJ社でも空いているドックはこの防衛関連の艦艇建造ドックのみで有り、他は十数年先まで空きは無い。
「成る程。」
取り敢えず結論は造船業は忙しいという事だった。




