95.2度目の敗北
新世界歴2年1月15日、日本国 首都東京都新宿区 内閣衛星情報センター
「狭い、ホントに範囲が狭い。」
1つのタブレットの画像を見ながら男はそう呟いた。
タブレットには衛星からの画像が映し出されているが、その範囲は極めて小さく、日本やアメリカ周辺のみである。
他の場所は黒く塗り潰されており、海なのかも陸地なのかも分からない。
「そんな事言っても仕方が無いじゃ無いですか〜、まだこの世界に転移してきて経った1年ですよ?これでも各国の打ち上げ能力はフルに使ってるんですから・・・」
先程からぶちぶち言う担当者に対して別の担当者はそう告げた。
彼等は内閣情報調査室、通称CIROの衛星情報センターの人間である。
所謂、情報機関なのだが、そもそも彼等の役割は衛星画像の分析、そこまで規模は大きくは無い。
国によっては宇宙機関やイミント機関に統合されている部署である。
そんな内閣衛星情報センターだが、転移前は15基の衛星を運用するそれなりの規模の機関だったのだが、転移により衛星は全て消失した。
そもそも日本の衛星打ち上げ余力はそこまで高く無く、年に20基も打ち上げられない。
更に言えばその数少ない打ち上げ能力に自国で打ち上げ能力の無い周辺国(日本とスフィアナ以外)が外交的に圧力を加えたりしてくるので余計に無かった。
更に打ち上げ能力のあるスフィアナ連邦国は別世界の別次元の技術発展を遂げた国家である。
つまり地球技術とは違う技術形態の為、スフィアナに丸投げする事は出来ないのだ。
流石にそれではマズイと、技術の統合などが行われているが、一長一短に出来る物では無く、数年は日本が新太平洋地域の衛星打ち上げを一手に担う事になっていた。
そんな訳でJAXAは各省庁や各国からの圧力を受け続けていたが、そこは行政のトップである内閣。
安全保障を理由に防衛省と内閣情報調査室以外の衛星は全て後回しにしていた。
と言ってもその双方が打ち上げる衛星はどれもこれもそれなりの大きさや重量がある大型衛星な為、種子島宇宙センターでしか打ち上げられない。
イプシロンなどの小型ロケット発射場である内之浦や民間打ち上げ場がある串本などに振られている。
それはさて置き、世界有数のロケット打ち上げ能力がある日本で内閣情報調査室にはかなりのリソースが割かれている筈であった。
しかし、それでもこの惑星の数%程の偵察能力しか無かったのだ。
「まぁ、ロシアとかインドとかの衛星も合わせたらそれなりに増えるんだろうが、ESAがアレだしな・・・」
ESA、欧州宇宙機関は前世界で民間の衛星の約半分を打ち上げた正直、JAXAとは比べ物にならない程の打ち上げ能力のある組織であった。
しかし、転移によりESAの打ち上げ能力は限り無くゼロに近い水準まで落ちていた。
理由はイギリスがESAを脱退した事、そしてESAの主要打ち上げ射場であるギアナ宇宙センターが行方不明になった事である。
ギアナ宇宙センターがある南アメリカ大陸は未だに発見されておらず、ESAの打ち上げ能力は大きく低下していた。
「また大陸とか文明とか見つかったら面倒だぞ・・・」
「数%しか分かってないんだろ?じゃあ見つかるだろう。残りの90%近くが海とは考え難いからな。」
正確には衛星の撮影範囲内に居ないだけで、既に判明している大陸や島々などを含めたら2割近くにはなるのだが、衛星の打ち上げが間に合わないのだ。
「アメリカみたいにポカポカロケットを打ち上げてる国なら心当たりはあるが・・・」
「・・・無理だ。技術形態が異なる。」
職員の心当たりに別の職員は直ぐに拒否した。
彼が言った心当たりはSAA、スフィアナ連邦航空宇宙局の事である。
この世界での最初の衛星を打ち上げたメンフィス宇宙センターはJAXAの種子島宇宙センターよりも赤道に近く、打ち上げ射場の規模も大きい為、打ち上げ能力も高い。
何せ種子島と同等規模の島を丸ごと打ち上げ射場にしているのがメンフィス宇宙センターなので、発射台の数も桁違いに多い。
前世界では他国のロケットも打ち上げていた、地球で言うギアナ宇宙センターのような立ち位置だったのだが、現在は政府からの要請でその打ち上げ能力の殆どを自国に振り分けていた。
自国が月に1〜2本しか打ち上げられない側で週に数本打ち上げているのは羨ましかったが、技術形態が違うのでどうしようもない。
「アメリカも手一杯だしな。」
「って言うかアメリカ大陸まで部品を運ぶのすらキツいだろ。」
「となると台湾・オーストラリア・ニュージーランド辺りか・・・」
当然ながらロケットの打ち上げ場所も何処でも言い訳ではなく、赤道に近ければ近い程良い。
そうなると日本だと沖縄、海外だと台湾・オーストラリア・ニュージーランドの4択になる。
「そう言えばオーストラリアに打ち上げ射場あったよな?」
「政府の尻を叩いて協力させるか?」
何度も言うが彼等は内閣情報調査室の人間である。
つまりは政府の人間なのだが、彼等の言っている政府の人間はもっと上の人間の事である。
「と言っても暫くは衛星不足で活動する羽目になるだろうなぁ。」
「今、未知の国が来ても俺達じゃあ探知出来ないぞ。」
言外に自衛隊に期待するしか無いと言っている彼等だったが、不幸な事に彼等の心配は直ぐに現実になる事を未だ知らない。
新世界歴2年1月15日、アメリカ合衆国 バージニア州マクリーンラングリー CIA本部
「・・・はい、その通りです。はい、誠に申し訳ありません。」
バージニア州郊外の森の中に突如そびえ立つオフィスビル、そんな建物の中にアメリカが世界に誇るCIAの本部はあった。
しかし、そんな情報機関であるCIA本部内でも特にセキュリティの整った部屋で備え付けの電話を手に長官はある人物にペコペコ頭を下げて謝罪していた。
『・・・では、日本を含めた新太平洋地域の我々の諜報網は完全に消滅したと言う事かね?』
「ゼロではありませんが、以前のような世論操作や諜報活動は実質不可能です。ただ、現地の情報機関との関係も有りますので影響力はある程度は維持しています、大統領。」
アメリカが日本の選挙活動に介入した事により与党の55年体制が続いた事は周知の事実である。
ただ55年体制が終わった後も直ぐに元の政党に戻った事から介入しなくても変わらなかったのでは?という批判もあるが、万全を尽くすのが情報機関のモットーだ。
しかしそんな日本やアングロサクソン諸国での諜報網が崩れ始めたのはこの世界に転移して直ぐの事であった。
一時は諜報網を再構築し直そうと躍起になったアメリカだったが、本日をもって新太平洋地域での諜報網は崩壊、一部の影響力を残すのみとなった。
『・・・分かった。中国に続き2度目の敗北は誠に残念だが仕方が無い。』
「残念」と言っているがその口調はあんまり残念そうでは無かった。
アメリカと新太平洋地域は最多でも1万6000kmは離れており、通信ならともかく人を送り込むのも海路による輸送しか出来ない。
そんな超遠距離地域でこれまでの体制を維持するのは無理だと判断したのだろう。
『・・・それで?わざわざ優秀な人材を潰したのだからそれなりの情報はあるんだろうな?敵の情報は何か分かったのか?』
長官は一応は文官なので何かの責任は退任するだけなのだが、その下にいる実務機関のトップの責任は退任だけでは済まされない。
対価に犠牲が付き物のように、犠牲にも対価は必要である。
そして、その答えは自らの命と引き換えに現場の人間は入手していた。
「相手はスフィアナ連邦国情報局、通称FIS。日本やイギリスと同NPTOに参加している異世界の国家、スフィアナ連邦国の情報機関です!」
『・・・っ!』
スフィアナ連邦国、未だ謎の多い国家である。
隣国となってしまった日本ならいざ知らず、太平洋往復分の距離が離れてるアメリカにはその国の情報は殆ど入ってきていなかった。
文化・技術・軍事その全ての知識が圧倒的に不足していた。
最もMI5・GCHQやDIH・PSIAなどもCIA・NSAとFISとの情報戦を見て見ぬ振りをしていたので結果的に同罪だが、わざわざ自国内で他国の情報機関を助けるメリットが無いので問題は無い。
つまり、スフィアナに落とされたアメリカが悪いというこの一言に尽きる。
力の無い物は駆逐される、自然界の論理は情報の世界においても同じだった。




