94.変わらぬ日常
新世界歴2年1月13日、アルテシア大陸東部沖 上空7000m
本土がダンジョンやらで騒いでいる時、大陸の東部沖上空を1機の航空機が飛行していた。
見た目は民間機などに見られる2基のエンジンを搭載したジェット航空機なのだが、民間機と違い機体はグレー一色で窓も殆ど無かった。
そして機体にはスフィアの連邦海軍旗が描かれており、その機体がスフィアナ連邦軍に所属している事を示していた。
『P-12』対潜哨戒機と呼ばれるその機体はスフィアナが開発した最新の対潜哨戒機である。
日本と同様に周囲を海に囲まれているスフィアナにとっても潜水艦の探知は非常に重要な事で有り、対潜哨戒機の整備は海軍の重要な事だった。
太平洋戦争のトラウマもある日本は現在70機程の対潜哨戒機を保有している(アメリカは120機)が、スフィアナは日本以上の約80機を保有している。
幾ら日本より国土も領海も広いからと言え、流石に多過ぎでは?という指摘もあったが、準同盟関係を結んでいる日本からして見ればありがたい事だった。
ちなみに『P-12』は日本の『P-1』と違い双発エンジンである。
ちなみに『P-12』対潜哨戒機の航続距離は約1万kmで、スフィアナ本土の基地から大陸東部沖に行くにはどう頑張っても空中給油か片道にしかならないので、アルテシア大陸スフィアナ領にあるラステーナ基地経由で向かっている。
「SS-2からTACCO、16番ソノブイに微弱な推進音を探知。」
『TACCOからSS-2、了解。』
対潜哨戒機は潜水艦を見つける為の航空機だが、どうやって空を飛んでいる航空機から水中にいる潜水艦を見つけるのか?
艦艇ならば艦首に搭載されているソナーで見つけるが、航空機はそんな事を出来ない。
ならばどうするのか?
そこで誰かが思いついたのはソナーだけ海中に落とすという方法である。
今から考えても馬鹿げた方法である。
ソナーの値段は今でも数十万円するのに更に高い昔にそんなソナーを使い捨てにするなど狂気の沙汰である。
ヘリコプターならばホバリングしたまま吊り下げる為、使い捨てにならないのだが、ヘリコプターみたいに空中停止する事が出来ない哨戒機は完全に使い捨てである。
と言っても現代ではこの方法が哨戒機で潜水艦を見つける為の1つの方法として定着(それ以外にはいつ現れるか分からない潜望鏡を見つける方法しか無い)しているのだから予算度外視の軍隊は凄い組織である。
そしてその使い捨てソナーがソノブイである。
「ん?SS-2からTACCOへ。18番ソノブイに反応あり、識別表にて照合を行う。」
こんな場所で潜っている潜水艦など十中八九エストシラントしか無いのだが、前世界での地理的関係上、スフィアナ連邦軍はエストシラントの潜水艦識別表を持っていなかったのだ。
エストシラントの潜水艦識別表を持っていなかったのだ。
そこで急遽、ルクレール王国海軍に要請してエストシラントの識別データを提供してもらったのだ。
軍が苦労して集めたデータなのでそれなりの譲歩があったようだが、現場にとってはどうでも良い事である。
そして暫くすると本部の識別データから割り出した艦種や艦名などが送られてきた。
「U-52、エストシラントの245型潜水艦ですね。」
『やっぱりエストシラントか・・・』
『245型』潜水艦はエストシラント海軍の中でも比較的新しい大型の攻撃型潜水艦である。
そもそもエストシラント自体、島国なのに造船大国ではあるが技術はそこまで高く無いのでこの『245型』潜水艦も他国のライセンス品であった。
ライセンス品という事は本家のダウングレードモデルなのでスフィアナの潜水艦より性能は低い。
それは観測した推進音やエンジン音の大きさからも推測出来た。
「どうしますか?既にソノブイを投下しているので向こう側にもバレていると思いますが・・・」
『まだ居るのか?』
「機関を停止して無音航行してると思われます。」
ソノブイを投下されて位置がバレている状況でエンジン全開にして逃げたら余計に音が大きくなってバレてしまう。
戦中なら直ぐに対潜爆弾か対潜魚雷を投下されて即撃沈されている状況なので、エンジンを切って艦内のバッテリーで航行するのは潜水艦乗りとして常識だった。
「対潜爆弾を投下して警告しますか?」
エストシラントは認めていないがこのアルテシア大陸は日本とスフィアナの物なので、他国の潜水艦が自国の領海内を彷徨いているのは非常に問題である。
対潜爆弾を投下して警告するのも1つの手である。
『いや、付近に味方潜水艦も居ないし、残りの燃料もそろそろヤバい。向こうが気付いているならそれで良い。帰投するぞ。』
「分かりました。」
既に潜水艦の位置が分かっているならそれをデータ入力して対潜魚雷を投下すれば潜水艦は撃沈される。
当然ながらその事は相手側も分かっているのでそれで良いと機長は帰投する事を決めた。
この光景も既に日常の一部と化していた。
新世界歴2年1月13日、日本国 北海道 オホーツク統合振興局 根室市
1年前のこの頃、根室市は戦場になっていた。
家や道路、果ては学校まで完全に破壊され、市街地は瓦礫の山となっていた。
幸いにも1週間程で根室市は奪還されたが、1年程が経つ今日になっても未だに復興はなされていない。
市内あちこちに黒煙を上げ大破したミレスティナーレの車輌の残骸や市街地の瓦礫は既に撤去されたが建物はポツポツとしか建っていない。
当然政府も復興支援に力を入れてはいるが、やはりそのリソースの大部分は敵艦艇のミサイル攻撃で破壊された根室分屯地の航空宇宙自衛隊第23警戒隊レーダーサイトの復興に割かれていた。
もちろん民間の復興費用と自衛隊の復興費用は別だが、そんな直ぐに復興計画を立てられるほど都市計画は甘くは無い。
現在、ようやく復興計画である『根室コンパクトシティ計画』が見えてきたが、明らかにその計画は前の都市より人口が減っていた。
この1年で根室市に住所登録している人口は5000人程減っており、2万人を切っていた。
最もその殆どが隣の釧路市や北見市、網走市などに移り住んでおり、オホーツク総合振興局という括りで見ると驚く程人口は減っていなかった。
「コンパクトシティとは聞こえは良いが、人口が2万人ではな・・・」
「最初は瓦礫の山だったんですからね?2万人でも残っただけマシでしょう。」
真っ先に再建された根室市役所の屋上で冬景色の中、白色になった建設機械が動き回る姿を見ながらそう言うのは国から派遣されてきた担当者達である。
富山市のコンパクトシティ計画を参考に計画された根室コンパクトシティ計画だが、そもそも富山市とは人口が段違いなので成功するかどうか望みも薄かった。
「それにこの冬だと暖房設備の維持の観点から言っても1ヶ所に纏めた方が効率的には良いと思いますがね。」
根室分屯地の拡大計画もありますし、多少は市への交付金も増えるんじゃ無いですかと付け足した。
根室市の復興計画では近隣での地熱発電所の建設計画も含まれており、その発電所から出た余剰温水を各家庭に敷き詰めて暖房にする計画もあった。
アイスランドの暖房設備を参考にしたらしく、発電所の建設計画予定地ではアイスランドから来た担当者も混じっていた。
ちなみに根室分屯地の拡大計画はあくまで根室市から防衛省への要請で実際にどうなるかは未定だ。
何せ国後島には陸上自衛隊国後駐屯地が建設されており、島の大部分が自衛隊の演習場になる事が決定している。
わざわざ根室分屯地を拡大する理由が無いのだ。
と言っても実際に侵攻を受けた根室市を含む北海道の道民からの自衛隊の拡充要請があるのは事実なので、防衛省は頭を抱えていた。
北海道は東西冷戦時代に予想されていたソ連の北海道侵攻を想定して北海道各地に自衛隊の駐屯地が設置されており、その兵力は4万人も居た。
現在自衛隊の隊員拡充が行われているとは言え、これ以上の兵力を北海道に割く事は厳しかった。
「根室市はダンジョンで観光客集めしようと考えたみたいだが、敢え無く政府に潰されたしな。」
「治安が悪くなるだけだよ、あんなもん。」
彼の言った通り根室市内にダンジョンと見られる構造体が出現し、根室市としてはあわよくばと思ったのだろうが、国会で可決された特殊構造体関連法案により逢えなく潰された。
国会前でかなりデモが起きてたので支持率大丈夫かなぁ?と心配していた総理だったが、国民はダンジョンが開放されて治安が悪化する方が困ると案外支持していた。
「雪国ってのはシベリアとかアラスカを見ても分かる通り人が住みにくい土地だからな。今後根室市の人口が増える事は無いだろうなぁ。」
そう言って仕事に戻る職員達だったが、その雪国北海道の人口は兵庫県と同等の約500万人を誇り、全国8位なのだから案外増えるかもと別の職員は思っていた。




