93.経済力は軍事に直結する。
新世界歴2年1月12日、イギリス連合王国 首都ロンドン ダウニング街11番地
「あぁ〜、クソッ!危険なのがなんで分からんのだ、あのクソ議員達め!!」
マスコミにスッパ抜かれたら即問題になりそうな毒を吐いたのはこの首相官邸の主である。
彼がイラついている理由は日本や他の国と同じようにダンジョン解放を求める議員達が散々審議妨害してきた事なのだが、もう一つあった。
「他の新太平洋地域国家の法整備はどうなっている?」
「日本は2日前に関連法案を両院で可決成立させ、現在土地の行政代執行?まぁ、強制収容ですね。も含めた周辺地域の確保を行っています。スフィアナは言わずもがな、台湾・オーストラリア・ニュージーランドも先程、成立したそうです。」
「嘘だろ・・・って事は残ってるのはアイルランドと我が国だけか?」
1番素早く法案を成立させたのが、他国に脅されたミレスティナーレのは皮肉だろう。
その後にアイスランドとスフィアナが成立させて、2日前に日本、本日は台湾・オーストラリア・ニュージーランドが成立した。
「そう言えばオーストラリアで法案成立したなら派遣した部隊を撤収・・「出来ません。」」
2日前、オーストラリア政府の要請を受けて派遣した陸軍部隊を撤収出来るかと思った首相だったが、言っている途中で国防大臣に否定された。
「オーストラリアでの法案成立が大前提の軍派遣ですから。懸案だった日本も部隊を派遣したのでこれ以上派遣する必要が無くなったのは良いニュースですね。」
憲法を改正したばかりだから派遣しないのでは?と思われていた日本だったが、政府や防衛省は災害派遣という名目で自衛隊をオーストラリアに派遣した。
武器を持っていったのは災害による治安悪化に対処する為と半ば強引な理論だが、オーストラリアの治安が悪化して日本に食糧や資源が入ってこなくなるとそれこそ問題なので、当初予想されていたより反発は少なかった。
国民からして見ればテロのイメージがこびり付いた中東に派遣するより観光地でもあるオーストラリアの方がまだマシなのだろう。
「流石に日本も国内に色々と入って来なくなると困るだろう?」
「まぁ、ダンジョンの確保に人員が必要なだけで危険性は殆ど無いんですがね。」
更に言えば日本とオーストラリアは様々な軍事協定を結んでいる同盟国である。
これまでも度々、演習や訓練などで派遣されていたからこそのスムーズさだろう。
「とりあえず他国の事は構わん。国内の現状は?」
「現在までに報告されてるダンジョンの数は19ヶ所で、その全てが軍又は警察が確保しています。」
「よろしい。」
イギリス陸軍の兵力は陸上自衛隊の半分しかいない7万5000人である。
ダンジョンの確保や警戒に全て投入する訳にはいかなく、イギリス国防省の見立てではダンジョンの数が30を超えると軍だけでは厳しくなるそうだ。
「日本は既に予備役の招集を決定しており、我が国も行う必要があるかと・・・」
日英両国の陸軍兵力には倍近い開きがあるが、予備役に関しては日本が約4万人なのに対し、イギリスは3万人と大差が無い。
ちなみに国家によっては予備役が現役よりも多く数倍から十数倍の数に達する国も普通にあるが、日英は違う。
新太平洋地域だとそういう国は台湾とミレスティナーレくらいである。
「必要性はあるな。」
「ですが、法案が成立しないと公務執行妨害でしか罪に問えません。一刻も早い法案の成立が必要になります。」
イギリスにしろ日本にしろ法案が成立するまでは軍隊を派遣しても、あくまで警察の補助である為、警察以上の事は出来ない。
更にイギリスの場合はダンジョンの侵入を規制する法律が無いので民間人がダンジョンに入る事自体は罪に問えないのだ。
「分かっている。あと早急にダンジョン付近で防衛陣地の建設を進めてくれ。今の増え方だと予備役を招集しても間に合いそうに無いからな。」
「了解しました。」
新世界歴2年1月12日、フランス共和国 首都パリ エリザ宮殿
パリ中心部の第8区にあるエリザ宮殿はフランスの大統領官邸でもある。
そんなエリザ宮殿の主は疲れた様子でいつも座っているソファーに深く腰掛けた。
「その様子だと、聞くまででもありませんね。」
「あぁ、あの分からず屋の議員達め。何が権利だ、クソッ!」
どうやら旧隣国と同じだったようである。
当然ながら彼が議会で提出したのはダンジョンの侵入規制法案。
審議5日目に突入した今日も採決すら行われなかった。
ふと外を見ると今日もダンジョンの開放を要求するでデモの集団が見える。
「あぁ〜何がダンジョン開放だよ!日本から余計な知識が入らなければこんな事にならなかったのにぃ!!!」
ダンジョンの本来の意味は地下牢なので、余計な知識が入らなければこんなデモなど起こり得ないのだ。
ちなみに大統領はその事で日本を恨んでいるが、発端となった日本文化の博覧会であるジャパンエキスポは日本政府だけでは無くフランス政府も全面協力しているので日本だけの責任では無い。
「とりあえずダンジョンの事は忘れよう!どうしようも無い!」
国の長として忘れたら駄目だとは思うが、気分転換する事は大事である。
「ではダンジョン関連以外の報告ですが、ドイツの軍拡が著しいです。どう対応致しますか?」
「どう致しますってこちらも対抗は無理かぁ・・・」
からまでGDPの1.2%程度しか軍事に予算を出さなかったドイツとは違いフランスは海外領土の防衛などもあり2030年のフランスの軍事費の対GDP比は2.3%とNATOの基準である2%を超えている。
簡単に言えばフランスは軍事費を上げる所まで上げてしまったので、平時でこれ以上あげるのは非常に難しいのだ。
まぁ、アメリカは3.5%なので可能性は無くは無いのだが、国民がその軍事負担を許容するかと言われれば違う。
「ドイツやイタリアとの協力は当然として、ホントどうしょうかなぁ?」
結果的に問題が増えたような気がしたフランス大統領であった。
新世界歴2年1月12日、イタリア共和国 首都ローマ クイリナーレ宮殿
フランスと同じくクイリナーレ宮殿は大統領官邸なのだが、その主である大統領は西部の隣国と違い、荒れる事無く政務に臨んでいた。
「ふむ、首相の方は大変なようだな。」
「・・・そのようですね。」
他人事のように大統領はそう言った。
実際に他人事だし、法案を通すのは大統領では無く首相の役目なので自分はする事が無いとばかりにコーヒーを一口飲んだ。
「と言っても問題は山積みだ。ドイツの軍拡に周辺国の反発、経済の低迷に加えてイベリア戦争はまだ終わってない。投げ出したくなる程の問題の多さだ。」
言外にイギリスが羨ましいと語っているが、イギリスはイギリスで問題は山積みである。
自国の危険性が少ないという意味ではイギリスは運が良いが、不穏な空気はすぐ側まで迫っている。
「首相は国防費のGDP2%を決定したようですが、どう思います?」
「どう思いますって言われてもな。そう考えるとドイツの軍拡は軍拡と言えないのかもしれないな。」
フランスは2.2%を維持、イタリアは1.8%から2%への増額、ドイツは1.2%から1.5%、そう考えるとドイツの軍拡は軍拡と言えないのでは?と思えてくるから不思議だ。
各国の軍事費をGDP比2%にすればフランスは600億ドル、イタリアは450億ドル、ドイツは760億ドルになる。
ちなみに日本は1200億ドルである。
「やはり経済は軍事に直結するな。アメリカは2%だと4900億ドルか、バケモノだな。」
「中国も2%だと5400億ドルになりますよ。今は無くなりましたけど・・・あとインドも2200億ドルですね。」
GDPが10兆ドルを超えるその3ヶ国は例外で良いだろ?と思うが、今は2ヶ国になり更に言えば残った2ヶ国も戦争状態や戦争寸前状態なのが問題であった。
と言っても恐らく転移してGDPはガタ落ちしているし、中国は分裂しているのだが・・・
「異世界の国もGDPが10兆ドルを超えてる国はあるだろうなぁ。」
他国がダンジョン関連で相殺されているのに彼等が何故呑気にしているかと言うと、それにはイタリアの特殊な軍隊事情があった。
「あって良かった警察軍だな。」
警察軍、通称カラビニエリと言われるその組織はイタリア第4の軍隊であり警察組織でもある。
イタリア軍の総兵力は約29万人と日本より多いが、このうち陸海空軍に属する兵士は約3分の2程度の18万人程しかいない。
残りの11万人は警察軍に属する兵士であり、ダンジョンの確保や警戒はこの警察軍が行なっていた。
もちろん警察軍には警察軍の役割はあるのだが、国防を放置出来る警察軍の11万人の人員は非常に便利であった。
「しかし、地中海が無くなったせいで海軍は大変だろうな。」
正確にはジブラルタル海峡がレムリア大陸により無くなり、アフリカ大陸も無くなった為、南に広がったのだが、地中海が無くなった事に変わりはなかった。
イタリア海軍の艦艇は波の小さい地中海で運用する為、かなりトップヘビーなのだが、海が広がって荒れるなら改修する必要があるだろう。
まぁ、それを指示するのは大統領では無く首相なので彼には関係ない事であったが。
「ふぅ、首相は大変だ・・・」
大統領の視線の先には議会でダンジョン侵入規制法案を通すのに四苦八苦する首相の姿が映し出されたテレビがあった。
2030年のGDPなどはゴールドマンサックスの『2030年及び2050年の各国GDP』から引用しています。




