92.議員は周りの色に染まるもの
新世界歴2年1月10日、日本国 首都東京 国会議事堂前
1960年と1970年に行われた安保闘争、2015年の集団的自衛権賛否デモ、2017年の共謀罪賛否デモ、2030年の憲法改正賛否デモ、いずれも数万人から数十万人が国会議事堂前に集まりそれぞれの意見を訴えたデモである。
そして2031年1月8日、この日も国会議事堂前には4万人を超える群衆が集まり、ある事で賛否のデモを行なっていた。
賛成派・反対派いずれのデモのプラカードに共通する言葉が記載されていた。
『特殊構造体関連法案』
簡単に言えば年が超えた1月1日に日本を含む世界中に現れた現在の科学では解明出来ない特殊構造体、ダンジョンに関する法案を纏めた物である。
そして現在、数万人の群衆の目の前にある国会議事堂ではその『特殊構造体関連法案』の法案審議が行われていた。
新世界歴2年1月10日、日本国 首都東京 国会議事堂 衆議院本会議場
「総理!ダンジョンを政府管轄にして一般人の侵入を禁止するとはどう言う事ですか!?これは国民の権利の侵害と言わざるを得ない。」
毎度の衆議院名物の女性議員である彼女が声を高らかに政府を追及している。
だが、今回はそのキレのある追及も少し弱く、何処か及び腰である。
それもその筈、彼女の考えとしては政府のダンジョンへの侵入規制などの法案を纏めた『特殊構造体関連法案』に関しては諸手を挙げて賛成なのだ。
だが、自身の所属している政党からしてみれば去年の4月の衆議院選挙で大敗を期し、手っ取り早く国民の支持が得られそうな話題に乗った。
それが、ダンジョンの国民解放である。
そして、彼女の追及に対し総理大臣が立ち上がり説明を始めた。
「正気ですか?本気でダンジョンの民間解放の危険性を貴方ならお分かりでは?あの映像を貴方もご覧になった筈では?特殊部隊でさえ行方不明になるような危険地帯に丸腰の国民を入れて終えば、1週間も経たずに死体の山が出来ますよ!?」
いつもはほんわかしている総理も今回はマジだ。
流石に最悪の結果が見えているような賭けはしない。
ちなみに総理が言った映像とはアメリカから提供されたアメリカ軍兵士のダンジョン調査の映像である。
基本的には陸自特殊作戦群の映像と殆ど同じだったのだが、唯一違う所がある。
それはダンジョン内の生物の攻撃により隊員が瀕死の重症を負った事である。
「し、しかし武器が有れば・・・」
「貴方は銃規制に賛成だったのでは?まさか国民に銃を持たせる事を容認すると?」
「い、いえ、そう言う事では・・・」
基本的に彼女は政府のダンジョン規制に賛成の立場なのだ。
流石に銃規制の緩和の意見に対し総攻撃を加えるような国で銃規制などの銃刀法の改正とは口が裂けても言えなかった。
新世界歴2年1月8日、日本国 首都東京 総理官邸 執務室
無事に特殊構造体関連法案が可決した後、官邸に戻って来た総理は半ば呆れながらブツブツと文句を言っていた。
「全く、アイツらは銃規制の緩和に反対だったんじゃ無いのか・・・」
「まぁ、個人としては規制に賛成なんでしょうが、政党としては若者の支持が欲しいんでしょう。」
最もその時次第でコロコロ意見が変わるような政党など誰も支持しないでしょうが、と官房長官は付け足した。
「ところで政党の支持率はどうなってるんだ?」
チャランポランな総理でも政治家としては支持率は気になるらしく官房長官に尋ねた。
官房長官は「民間の調査ですが」と言ってタブレット画面を見せた。
そして総理は驚愕した。
「はぁ!?ウチの支持率が2%落ちてるのは良いとしてなんでなんでこの政党がこんなに支持を伸ばして野党第1党になってるの!?」
「統治機構改革、道州制を目指しており、大阪では我々の敵対政党ですね。」
「いや、なんでそんな勿体ぶった言い方なんだ?普通に維新日本の会と言えば良いだろ。」
政策が比較的似ている両党が何故大阪で敵対しているかと言うと、ただ単に都構想で揉めてただけなので都構想が完成した今は対立する必要は無いのだが、都構想での対立が足を引っ張って未だに対立している。
国会では与党でも野党でも無いゆ党であり、今回の特殊構造体関連法案や憲法改正案など与党の提出した法案に賛成する事も多い政党である。
前回の世論調査ではあの連峰議員が所属している政党に続いて12%程の支持を得ていた筈なのだが、今回の調査では一気に18%まで急上昇し、世論調査だけなら野党第一党になっていた。
「多分、真っ先にダンジョン規制を表明したからでは?ダンジョンの近くに住んでる人や治安の悪化を恐れる人達には支持されるでしょう。」
「・・・まあ、維新に関しては半分与党ですから支持を得るのは良い事でしょう。規制法案も無事に可決しましたし、サッサと勧めていきましょう。じゃ無いといつまで経っても自衛隊を撤収出来ません。」
現在、発見したダンジョン全てに陸上自衛隊を派遣して警戒に当たらせているが、いつまでもそうしている訳にはいかない。
ゼロにするのは不可能でも、減らさなければ何か起きた場合に対応が遅くなる可能性があった。
「あぁ、そうだな。とりあえず国有化法と規制法かな?」
そう言って総理は特殊構造体関連法案に基づくダンジョン周辺の判決300m以内の買収と特殊構造体侵入規制法に基づく保護区域と制限保護区域に関係者以外を入れないようにその場にいた国土交通大臣と国家公安委員長、警察庁長官に告げた。
「ところで、土地の所有者が土地の売却を渋った場合はどうすれば良いですか?」
そう聞いて来たのは国土交通大臣である。
時が時なら武器を使って強制的に立ち退かせるのだが、令和日本ではそんな事したら即内閣退陣である。
一応、日本国憲法第29条に公共の為に強制的に土地収容が出来るのだが、成田空港闘争などを見ても分かるようなごねる人はとことんごねるのだ。
ちなみに総理はダンジョン関連法案の中に新たに土地収容の法案を作ったように言っているが、正確には土地収容に定める事業に関する法律である土地収容法第3条に新たにダンジョンを足しただけなので、新規法案ではなく改正法案である。
「もしダンジョンの生物が溢れて立ち退きを拒否したら俺が責められるんだ。早急に保護区域と制限保護区域を確保してくれ。」
その決意はある意味、政治生命を賭けた決意でもあった。
成田空港や石木ダムを見ても分かる通り、強制執行が出来ても長年に渡りやってない場所は多く無いが、存在する。
憲法に認められているからとは言え、警察が立ち退きを行うのは国民の批判は少なくない。
総理はその事を分かって敢えて「やれ」と言っているのだ。
普段のチャランポラン総理からは見えない一面であった。
別の言い方をすればヤケ糞とも捉えられる。
「わ、分かりました。」
このダンジョンに関しては世界各国でも考え方が二分されている。
日本やイギリス・スフィアなどの新太平洋地域に関しては各国で話し合った結果、ダンジョン周辺の土地は政府が管理し、一般人の侵入を禁止したり、そういう方向に向かっている。
一方でアメリカのように連邦制を理由に地方政府に丸投げした国もあればロシアやドイツのように政府が管理するが侵入は自由という国もあった。
ちなみにミレスティナーレ帝国は当初はロシアやドイツのように政府が管理して侵入は自由にする方向だったのだが、他の新太平洋地域の全国家がミレスティナーレに対し抗議した結果180度方向転換し、他の新太平洋地域国家と同様に規制した。
「ラノベとかではダンジョン解禁なんてやってるが、現実的には有り得ない選択肢だよ。」
「空想と現実の差ですね。」
全くだと執務室内に居た他の大臣も頷いたらして同意した。
「失礼します!」
そんな雰囲気の中、扉を打ち破る勢いで入って来たのは外務大臣であった。
いきなりバンッ!!と激しい音を立てて扉が空いた為、扉近くに居た環境大臣はビクッとしてそれを見てしまった農林水産大臣と気まずい空気になった事は置いておく。
「どうした?」
「オーストラリア政府から緊急要請です!」
「オーストラリア政府から?」
「はい。ダンジョンの確保と警戒に人手が足りないそうなので軍隊、もしくは治安維持組織を要請してきました。」
それを聞いて何人かの大臣達は「あ〜」と納得したような表情を見せた。
オーストラリアの面積は約770万㎢、そんな広大な土地に出現したダンジョンの数など想像に難く無い。
日本の21倍の面積に住んでいる人口は約2500万人。
そして、警察や軍隊もその2500万人の人口に見合う数しかいない。
他国より遥かに多いダンジョンと他国より少ない人員、当然の事ながら足りなくなるのは当たり前だった。
「既にイギリスや台湾が出兵を表明しており、スフィアは人種の問題から空軍機を派遣して情報を提供する事を表明しています。」
スフィアナの住民は大半がハーフエルフ、そして一部にはツノが付いた魔族と呼ばれる人も居る。
そんな異種族の部隊が人しか居ない国に行くとなると別の意味で騒動が起きそうだ。
と言ってもスフィア政府としてもただ拒否するだけでは問題があると思ったのか空軍機を派遣してダンジョンの位置情報などを提供する事にしたそうだ。
一般人ならともかくスフィアもオーストラリアもNPTOに加盟している関係から両国軍同士の交流はそれなりにある為、少なくとも騒ぎになる事は無いだろう(どちにしろマスコミによって騒ぎになる事は仕方が無い)。
「治安維持とダンジョン付近の警戒程度なんだな?」
「はい。武力鎮圧などでは無いとオーストラリア大使から確約をもらっています。」
もし暴動が起きて他国軍が鎮圧する事になればその気が無くとも、両国間の外交問題に発展する可能性も高かった。
その為、オーストラリア大使は確約したのだが、実際に現地に派遣されると曖昧になるのが世の常である。
「防衛大臣、派遣部隊を捻出出来るか?」
「予備役を招集すれば何とか。」
「よし、許可する。根山大臣は航空会社にチャーター便の要請をしてくれ。」
「はい、分かりました。」
そう言って防衛大臣と(初めて名前が出て来た)国土交通大臣は急いで各省庁へと戻って行った。
オーストラリアとの関係は現在、アメリカレベルに重要なので無理してでも部隊を出す必要があった。
ちなみに「何故警察じゃ無いんだ?」と思ったそこの貴方!
日本の警察は国家警察では無く地方警察なので各警察の指揮権は各都道府県知事にある。
一応、各警察を管轄する為警察庁があるが、あくまで管轄なので現場の警察官は1人もいない。
その為、国外派遣を想定されてない警察は指揮命令系統の問題で纏まった数を送る事が出来ない。
そんな豆知識はさて置き、総理と官房長官は早速治安維持名目での自衛隊の国外派遣を説明する為の記者会見準備に取り掛かった。




