89.ダンジョン調査の1番乗りは特殊部隊と決まっている
新世界2年1月4日、日本国 東京都練馬区 陸上自衛隊朝霞訓練場
特殊構造体、通称ダンジョンが発見されて完全封鎖されている朝霞訓練場には現在多数の自衛隊戦闘車輌が警戒に当たっていった。
上空周辺にはマスコミのヘリコプターと言いたい所だが、朝霞訓練場は国防施設の為、マスコミや一般のヘリコプターやドローンの飛行は認めていない。
つい先程も何処かの一般人が無許可で飛ばしたドローンが自衛隊の迎撃用レーザーで撃ち落とされたばかりだ。
持ち主は怒り心頭で出てきたが、小型無人機等飛行禁止法により警察官が有無を言わさず連行して行った。
恐らく彼は手痛い罰金を払う事になるだろう。
そんな事はさて置き、朝霞訓練場の中心部、ダンジョンの有る直ぐ手前には周りの陸上自衛官とは雰囲気も見た目も違う一団が居た。
周りの自衛官は統一感有る服装装備で持っている小銃も『20式小銃』と統一感があるのに対し、その一団は服装こそは同じ物の、持っている武装がバラバラなのだ。
ある者はドイツ製やアメリカ製の『HK416』や『M4A1』を持っており、またある者はサブマシンガンの『MP7A1』を持っている。
更に全員顔を黒色の布で隠しており、まるで何処かの特殊部隊のようである。
それもその筈、彼等は陸上自衛隊が誇る特殊部隊である特殊作戦群だからだ。
一刻も早いダンジョン内部の情報が欲しい政府、主に防衛省は自衛隊特殊部隊に内部調査をするように命じたのである。
ちなみに朝霞訓練場が選ばれた理由は何かあった場合に対処出来る戦力があるからである。
「突入開始まで後5分だ。準備は良いか?」
「問題無い。」
国産の腕時計の時間を確認しながら話す隊員達。
今回の調査の為に選ばれた隊員は5名、サブマシンガンを持つ前線が2名、アサルトライフルを持つ中盤が2名、軽機関銃を持つ支援が1名である。
中で何が起こるか分からない為、普段より多めの弾薬や食糧などを持っていく。
それだけで荷物の重量は20kg程、武器や装備品を合わせて30kg以上ありそうだが、慣れているのかヒョイっと荷物を背負い最終準備に取り掛かる。
ちなみに彼等が帰ってこない場合は彼等は訓練中の事故死として処理される為、ある意味使い捨てである。
実際にヨーロッパやアメリカでは派遣した部隊と音信不通になる事が多々有るらしく、それらの批判を避ける為に政府が立てたクソッタレな作戦である。
いわゆる死人に口無しだ。
最も彼等はそれを知っていて、敢えて志願したので流石は現代の防人である。
「・・・時間だ、行くぞ。」
「了解・・・」
時計を見て予定時刻なったのと同時に彼等調査隊は未知の洞窟の中へと入って行った。
ちなみに元が国防施設の為、訓練場の外にいる群衆にもドローン規制法のせいで空撮出来ないマスコミにも彼等が入った事は気付かれる事は無い。
2:2:1のフォーメーションでダンジョンに静かに入って行く彼等だが、流石は特戦群、動きに無駄が無い。
各隊員は全方向を警戒しながらダンジョンの中へと入って行く。
「やはり光源は無いか・・・」
やはりと言うより、予想通りだが、ダンジョン内部は真っ暗闇で彼等の視界は各装備に取り付けられてるライトのみである。
ちなみに軍用のライトの為、めっちゃ明るい。
どれ程明るいかと言うと、直視すれば失明するレベルと言えば分かるだろうか?
そして明らか人の手が入ったダンジョンを進む十数分、当然先頭を歩いていた隊員が手を上げた。
全員止まれという合図だ。
「どうした?」
「何か・・・獣の声のようなのが聞こえた。」
彼がそう言うのと同時に全員が銃の安全レバーを外した。
これで引き金を引いたらいつでも撃てる。
「・・・取り敢えず大丈夫そうだな。このまま警戒したまま進むぞ。」
「りょうか・・・!?」
了解と隊員が言おうとしたその時だった。
『グルル』と明らかに獰猛そうな鳴き声が聞こえ、3体の何かが、こちらに向かって歩いてきた。
「何だアレは!?」
「狼か?」
「新大陸で見たやつに似てるな。」
基本彼等は通常は普通の隊員としてバラバラに居る為、掃討作戦で新大陸に行った隊員も居るのだ。
殆どは上空からの射撃で済む為、隊員が直接射撃する事はそうそう無いのだが、彼はどうやら幸運だったようだ。
そして、そう隊員達が話している間にも3匹の狼らしき生物はゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かって来ている。
「取り敢えず俺がやります。」
そう言ったのは先程、鳴き声を聞いた先頭の隊員である。
隊長は無言で頷くと、持っているドイツ製の『HK416』を構えた。
他の隊員達も同じように構えているが、これはもし彼が撃ち逃した時の保険だ。
「やる」と言った隊員は先程言った通りに『MP7A1』を構えて数発ずつタタンッ!と発砲音を響かせ4.6mm弾を狼らしき生物に叩き込んでいった。
「やったか?」
「それはフラグだよ!」とか言われそうだが、幸いな事に今回は回収される事は無かった。
久しぶりの獲物を見つけて、先程までグルルと唸っていた狼達は突然の事に理解も出来ずに永遠の眠りに落ちた。
「回収するか?」
「そうした方が良いだろうな。」
そう言うと隊員の1人が無線機を取り出して本部と通信し出した。
「HQ、HQ、こちら調査隊、応答願います。どうぞ。」
『・・・・・』
しかし本部からの応答は無かった。
「まだ1kmも進んで無いよな?」
「構造物内という事を考慮しても不思議だな。」
彼等が使っている無線機は自衛隊専用回線、いわゆる軍事通信の為、建物内でも問題なく使える筈であった。
数十kmくらい平気で通信出来るので、今通信出来ないという事はこのダンジョン内で電波が使えない事を意味していた。
「お、おい!」
「どうした、え?」
倒した狼を見張っていた隊員の呼び声に全員が振り向くが、そこには驚きの光景が広がっていた。
何と確かに3匹の狼を倒したはずなのにそれが何処かに消えたのである。
ただ、死体があった場所にはヒラヒラと光の粒子ような物が舞い散っていた。
「これは・・・どういう事だ?」
「ラノベみたいにダンジョンに吸収されたか?」
「って事はアレはドロップアイテムか?」
そう言って指差した先には何やら小瓶が2つ無造作に置かれていた。
明らかに先程までは無かった物である。
「コレは何だ?」
そう言って隊員の1人が何かしらの液体が入った小瓶を持ち上げた。
手の平程の大きさの正に小瓶であり、中には透き通った緑色の液体が並々と入っており、コルクのような物で栓がしてあった。
「隊長どうしますか、先に進みます?」
「そうだな。行けるとこまで行ってみよう。」
「そうですね、その方が情報も得られるでしょうし。」
そう言って彼はケプラー製のヘルメットに取り付けられている小型カメラをポンポンと叩いた。
新世界歴2年1月5日、日本国 首都東京 総理官邸 会議室
「以上が特殊構造体、通称ダンジョンに調査した特戦群のヘルメットカメラによる映像です。」
会議室内に設置されている大型液晶ディスプレイでの映像が終わった後、防衛大臣はそう締め括った。
出席者である大臣や比較的近い考え方の与野党の一部議員達は全員が「マジですか・・・」と言い出そうな顔をしていた。
国家公安委員長や文化庁長官はもはや諦めの表情である。
「それで?映像に出て来た緑色の液体、解析は完了したのかね?」
(どんな物かは想像が付いているが)と総理は内心でそう付け足した。
ここに出席している人でも、比較的若い世代の人達は大方想像が付いているようだ。
「流石に1日やそこらで、解析が終わるとは思えませんが、現状分かっているのは、何かしらの回復能力があるという事です。」
防衛大臣がそう言い終えた瞬間、「ハイハイ、来ましたー!」とばかりに何人かの出席者達が機嫌良く頷いた。
そんな彼等を官房長官は呆れた表情で見つめるが、特に会議の場を乱している訳ではないので無視した。
ダンジョンというワードで内心ハイテンションの彼等がそんな回復能力を持った液体の事を聞いてどうなるのかは想像に難くない。
1番笑顔なのがこの中で最も若い議員なのはやはり世代だろうか。
「どうしますか?」
「どうしますか、とは?」
「いえ、この事を国民に発表するかどうかです。」
そうなった時は秋葉原や日本橋に居るコイツ達のような連中が騒いでまた東京都や大阪都から治安出動要請が来るだろうなぁと思う総理であった。
ちなみにあの大阪都からの治安出動要請の後、東京都や北海道、長野県などの都道府県から治安出動要請があり、結果的に総理大臣が全国に治安出動命令を出す事になった。
が、流石にヤバいのはダンジョン周辺のみで該当区域が限られるという意見から経った3日で全解除された。
「発表したくないが、しなかったら情報統制やら検閲やら言われるんだろぅ?」
「したくないが、するしか無いな。しなくないが・・・」
「しなくても数日程度で海外から情報が入って来そうですがね。」
したくないが、するしか無いという方針で一致する出席者達。
ちなみにインターネットは転移の影響で使えなくなっており、一部国内サーバーの物のみ使用可能という状態だった。
流石に衛星が遥かに足りず、その少ない衛星も軍や国家機関が最優先の為、数年はインターネットの完全復帰は無いと言われている。
その為、情報の伝達速度は極めて遅いが、それでも数日有れば一般人でも大抵の情報は手に入る。
つまり、国内のインターネットを完全に遮断する中国やロシアのような国家では無い限り、情報統制は不可能なのだ。
まぁ、マスコミとズブズブ関係の日本なら可能かも知れないが、敢えて危険を犯す必要は無いだろう。
「それでは今日、不本意ですが記者会見で発表する事にします。」
官房長官によって全国の治安維持機関への死刑宣告が告げられた。
死んだ様な目をする法務大臣と国家公安委員長を見て自衛隊に出動待機命令を出そうかと考える防衛大臣であった。




