78.戦後85年目の決断、2
新世界歴1年12月7日、日本国 首都東京 総理官邸 会議室
今日この日、総理官邸内のコの字型の机が並べられている会議室には総理大臣を始め官房長官や防衛大臣など内閣の大臣や長官達が勢揃いしていた。
皆の視線の先にあるのは会議室に備え付けられている大型テレビであった。
「さて、いよいよか・・・」
「投票は19時で締め切りましたので、後は集計だけですね。」
今回の国民投票、『憲法9条改正に伴う国民投票』はある意味では賭けに近かった。
賛成が多数なら改正され自衛隊は憲法上で日本の軍事組織となり、これまでの自衛隊違憲論は無くなる。
逆に反対が多数ならばこれから日本中の裁判所に自衛隊反対派が自衛隊は違憲であると提訴するだろう。
ちなみにもう一つの国民投票である『憲法96条改正に伴う国民投票』は改正したら良いなぁ、程度にしか思ってないので政府はそこまで真剣では無く、マスコミも96条改正より9条改正の方が視聴率が取れるので大事な事なのだが、殆ど話題になっていなかった。
「まぁ、統治行為論を理由に司法判断の対象外とするだろうがな。」
「面倒になるのは確実でしょうね。」
統治行為論とは『日米安全保障条約』や『衆議院の解散』、『自衛隊の違憲論争』などの高度な政治的判断を国民から選ばれた訳でも無く、責任も負えない裁判所が司法審査の対象から除外する事である。
つまり、判決を出さないのだ。
「・・・そう言えば、各マスコミの調査ではどうなっている?」
「え〜と、そうですね。左派系は反対派が多く、右派系は賛成派が多いですね。」
総理からの問いにタブレットで情報を読み上げた官房長官だったが、その答えを聞いた周りの人間は皆、一概にこう思った。
(役に立たん調査だな・・・)
せめて、どっちが有利か不利かわかるような情報を出せよ!と無茶を心の中で思う大臣達であった。
そんな各団体から援助してもらってるマスコミが中立な筈ないのに・・・
「・・・各都道府県での集計は一部終わってるんじゃ無いのか?」
「一部都道府県では終了してますが、人口が少ないので、微妙ですね。」
「まぁ、そうか。」
例え2つの都道府県で勝っていても、その都道府県より人口が多ければ負けてしまうのが、国民投票である。
例えば四国4県で賛成派が勝利した、だが、広島では反対派が勝利した。
これだけ見ると賛成派が有利に思えるかもしれないが、5つの県全て足して分けると反対派が多い事もある。
その為、都道府県別の賛否は余り役に立たないのだ。
「各地で集計が終了してきましたね。」
「さてさて、賛成か反対か・・・」
「否決されれば私達内閣は総辞職ですね。」
「ミレスティナーレ戦役の事もあるし、否決される事は無いと思うが・・・」
まぁ、今回の国民投票法案を出したのは内閣である。
その国民投票を国民に否決されてもなお、居座るような人間はそうそう居ないだろう。
と言っても、この中の何人かは否決されて内閣総辞職しても、次の内閣にコソッと入ってそうなのが、なんとも言えないが・・・
そして大臣達の視線は会議室内の大型テレビの方へ向く。
今回の集計結果はNHK、日本国営放送で発表される。
日本中が注目する中、国民投票の結果が発表された。
その結果は・・・
『憲法9条改正に伴う国民投票』
賛成、55%
反対、41%
『憲法96条改正に伴う国民投票』
賛成、62%
反対、35%
というものだった。
つまり日本国憲法の9条改正案及び96条改正案は国民投票の結果、可決される事になったのだ。
「改正、されましたか・・・」
「・・・されましたね。」
総理と官房長官は安心したようにそう言った。
「というより、96条も改正されましたね。」
「そう言えばそうだな。まぁ、いいか。」
その後に行われた総理大臣による記者会見で自衛隊の命名変更は現状行われない事が発表された。
こうして憲法9条第2項の削除と国防組織を明記した新2項、シビリアンコントロールを明記した3項の付加が行われ、自衛隊は憲法上で日本の国防組織となったのであった。
ちなみに極左政党は相変わらず、この国民投票が無効であると主張し続けたそうだ。
そしてひっそりと憲法96条も改正されたが、その事を報道したマスコミは極々一部のみだった。
新世界歴1年12月8日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸 執務室
「え〜と、いまいちよく分からんのだが、この憲法9条と96条の改正で何か変わったのかね?」
昨日は休日だった為、本日の朝、外務大臣に日本での憲法9条改正について報告された首相は外務大臣の報告を聞いた後、そう聞き返した。
「・・・9条の改正により自衛隊が日本の国防組織になりました。96条の改正でこれから憲法が改憲し易くなりました。具体的に言えば国民投票が必要無くなり国会のみになりました。」
「96条はどうでも良い。9条で、これまでは違っていたのかね?」
「憲法上では認められてませんでした。」
「憲法上で認められてないのに、法律を制定して予算まで認められていたのか?」
「・・・・・」
(自分に聞かれても知る訳無いじゃん!)と外務大臣は喉まで出かかったその言葉を出さずに飲み込んだ。
まぁ、スフィアナには(他国にも)憲法の解釈改憲なんて存在しないので、つまり日本語は難しいという事である。
柔軟性が有ると言われたらそれまでなのだが、普通憲法というのはそう言った柔軟性が無い物なのだが、日本が特殊なだけである。
「まぁ、日本には日本国内の事情があるのだろう。NPTOや新大陸で足を引っ張らなければそれで良い。」
中々に辛辣な言葉だが、実際に共同戦線を張って同盟側の部隊に足を引っ張られ苦戦した事など地球の歴史を振り返っても数多い。
更にその共同戦線も殆どが政治的な意図で決められているので、現場の意見など思いっきり無視である。
その為、アメリカなどは戦力に加算しないやり方でやっているが、それは圧倒的な軍事力と国際発言力があるからであり、他の国では真似出来ない。
「そう言えばミレスティナーレから兵器売却要請が無かったか?」
「・・・まぁ、流石資源大国と言えば良いんですか、かなりの量の売却要請があります。」
この言葉を日本が聞いたら「お前もだろ!!」と言われるのだろうが、スフィアナも地味に資源大国である。
と言ってもロシア以上の資源大国であるミレスティナーレには勝てなさそうだが・・・
「防空レーダーは日本が受注したそうだし、戦闘機も確か日本だったかな?戦車はイギリスじゃ無かったか?」
「そうですね。通信設備は我が国が受注し、輸送機も我が国が受注しました。」
ちなみに戦闘機はあの防衛装備庁の技官達が絶句した『T-8』練習機の改造機である。
名前は『F/A-8』に決まったようだが、何せミレスティナーレは1000機程を採用しようとしている為、製造元は生産ラインの増強に必死であった。
案外ミレスティナーレ空軍からの評価は良かったみたいだ。
ちなみに戦車に関してもイギリスの『チャレンジャーMk.4』だけでは到底ミレスティナーレの要求数を満たせそうに無い為、モスボールされていた日本の『74式戦車』も売却する事になった。
様々な場所をダウングレードする事になり、『チャレンジャーMk.4』という派生型になったイギリスと違い日本の『74式』は当初から105mmライフル砲で重量も38tと軽量だった為ピッタリだったのだ。
ちなみに防衛省はその売却した資金で『10式』を調達しようとしている。
「ミレスティナーレへの売却にはアメリカも噛んでるそうですが。」
「アメリカか・・・まぁ、変にちょっかいを出さないのなら放置しとけ。暫くはテルネシアに付きっきりだろう。」
「分かりました。しかし、通信設備を他国に受注させるとはミレスティナーレに防諜の概念は無いんでしょうか?」
基本的に軍事通信は自国の通信会社もしくは信頼のおける同盟国の通信会社に受注させるのが基本であった。
そして使用する通信設備も同じである。
日本やイギリスも自国の通信会社でアメリカ製の通信設備を使用しており、スフィアナも自国の通信会社の自国の通信設備を使用していた。
だが、ミレスティナーレはその両方をスフィアナに受注させたのだ。
これでは軍事通信を含む通信を傍受して下さいと言っているようなものであった。
まぁ、戦争に負けた国がとやかく言う事では無いが・・・
「FRCHSはなんて?」
「いつでも傍受出来ると言ってました。」
FRCHSはスフィアナ連邦情報局の外局である電波通信本部の略である。
つまり情報機関であるFISの第2課、シギント部門である。
前世界ではアルテミスやルクレールなど敵味方問わず、通信を傍受していたのだが、現在では新太平洋地域の通信を傍受している。
「楽そうで良いな。」
「今後は分かりませんがね。」
実はこのミレスティナーレの通信網整備の時にはスフィアナのみならず日本やイギリス、そしてアメリカなどの政府の息が掛かった通信会社が受注を競いあっていたのだ。
日本ならDIH、イギリスならGCHQ、アメリカならNSA、そしてスフィアナはFRCHSという訳だ。
この時はスフィアナの通信会社を受注させるのにかなりの情報戦が繰り広げられたようで、まず様々な要因によりNSAがまず先に脱落し、日本・イギリス・スフィアナの争いだったようだ。
結果的に情報戦に勝利したのはスフィアナだったが、FRCHSの能力をかなりDIHやGCHQに知られる事になったと長官がボヤいてたなと今更ながらに思い出した。
この情報戦でDIHやGCHQもかなりのシギント機関だと知れたのだが、スフィアナでは今後シギント部門に注視する事になったキッカケでもある。
「イギリスやオーストラリア、ニュージーランドなどのエシュロンとやらが気になるが、まぁ、直ぐには分からんか。」
「この転移でそのエシュロンとやらの米英同盟というのは解散したそうですが、疑問ですね。」
エシュロンは軍事目的の世界最大の通信傍受システムなのだが、この転移により色々と位置関係が変わった為、システムに狂いが生じてアメリカは一方的に脱退し自国のみのシステムにしてしまった。
その為イギリスやオーストラリア、ニュージーランドなどの各国にある通信傍受装置は各国の情報機関に取り込まれ、日本の柿沼にあった通信傍受装置もDIHが取り込んだ。
ちなみにだが、スフィアナもエシュロンのような大規模な通信傍受システムを保有しているが、それが表に出る事は無い。
もちろん管理しているのはFRCHSである。
「エシュロンの規模が大きすぎるとかボヤいていたそうだが、解散したのなら朗報だな。」
そう言って首相はその日の仕事に取りかかっていった。
新太平洋地域における情報戦争はまだ始まったばかりだ。




