76.ブラック省庁
新世界歴1年11月7日、日本国 首都東京 防衛省
先月の国会での憲法改正に伴う国民投票の実施が決定されてから、国会議事堂前では連日数万人の群衆が憲法改正賛成派と反対派に分かれ、衝突していた。
日によって賛成派が多い時もあれば、逆に反対派が多い場合があるので、警戒に当たる警視庁は日々神経をすり減らして都内の治安維持業務を行なっている。
そんなこんなで憲法改正による衝突が各地で行われている日本だったが、やはりと言うべきか、賛成派と反対派の間での暴行事件や傷害事件が発生してしまった。
言ってしまえば日本の戦後の安全保障の転換期である為、当たり前と言えば当たり前なのだが、負傷者が出るような国民投票は行うべきでは無いという意見が反対派から出て来た。
まぁ、それに耳を傾ける人が居るかと聞かれれば、居ないのが実情なのだが、左派系の団体などが色々と面倒だった。
そんな訳で各都道府県の公安委員会はデモの主催者を確認しては、公安条例に基づきデモの許可を出さないなどの対応をとっていった。
そんな訳で国中が二分される事態になっている日本だったが、当の自衛隊や防衛省などはあんまりこの国民投票に関しては興味は無かった。
既に自衛隊は世界有数の防衛力(軍事力)を有しているのは周知の事実だし、憲法9条が改正された所で防衛費が倍になる訳でもない。
自衛隊の隊員が足りない(新大陸防衛により増やした)のはいつも通りである。
それよりも自衛隊の定員拡大や増強、新大陸の防衛などの事案に対する職員は常に不足しており、当の防衛省職員からして見れば、憲法改正するよりも先に防衛省の職員を増やして欲しいのが本音だった。
という訳で世の中が憲法改正で騒いでる最中も防衛省職員達は12中期防とその後の新大陸防衛計画に基づいた部隊再編や装備調達・装備更新で手一杯だった。
「第2戦車連隊の74式戦車を全て10式戦車に更新するから製造元の三菱重工の担当者呼んでこい!」
「え?ミレスティナーレが74式戦車欲しがってる?そんなもん防衛省の一存で決めれるか!!」
「国後島に高射部隊新設するから11式短距離地対空誘導弾が足りない?東芝に言えよ!」
と言った感じで防衛省の中でも特に調達などを担当する防衛装備庁は阿鼻叫喚の忙しさであった。
特にアルテシア大陸に駐留させる陸上自衛隊第7師団の改編や新たに第6/第7地対艦ミサイル連隊の新設、15個高射群から17個高射群への増強など急を要する仕事は沢山あった。
ちなみにその部隊新設に必要な『10式戦車』や『11式短距離地対空誘導弾』『12式地対艦誘導弾』『24式中距離地対空誘導』、そしてその他必要な装備などの調達は補正予算により行われている。
その為、今年度の防衛省補正予算は通常の倍以上の額になっているそうだ。
そして、更に別の部署では・・・
「アメリカがF-35Cを薦めてくる?知るか!艦載機は中古のF/A-18E/Fで決定してるんだよ!」
「E-2Cを空母艦載機で導入する事はアメリカ政府に伝えているんだよな!?」
「アメリカが電磁カタパルトを売り込んでくる?リニアカタパルトを開発したから結構だよ!」
皆、徹夜などで仕事している為、かなりお怒りのようだ。
ちなみ軍事に詳しい人なら何の話か大体想像出来るだろうが、海上自衛隊の航空機搭載護衛艦の艦載機の調達に関する部署である。
艦載する戦闘機に関しては日英共同開発の『F-3』戦闘機の艦載機版で決定したのだが、今から開発する為、その繋ぎで現在のアメリカ海軍空母打撃群の艦載機である『F/A-18E/F』をリリース若しくは中古を購入する予定なのだが、アメリカ政府としては『F/A-18E/F』よりも『F-35C』を売った方が大量生産によるコストダウンや今後の為にもメリットがある為、しつこく『F-35C』を薦めてくるのだ。
と、言ってもアメリカ政府内でも余計な事はせずに利益を取ろうという勢力が一定数居る為、恐らく『F/A-18E/F』で決定するだろう。
アメリカとしては日本が空母を持ってくれるだけで、色々とメリットがあるのだ。
恐らく将来的に国際派遣や自国艦隊の補助云々考えているのだろうが、将来の事は果たしてどうなるか分からない。
ちなみに空母建造の鍵とも言える射出装置については空母保有の野望があった海上自衛隊が技術研究本部(現防衛装備庁)時代から開発を続けてきた為、アメリカ海軍空母が採用している電磁カタパルトと同世代のリニアカタパルトの開発に成功しているのだ。
実施試験などはこれからだが、その為電磁カタパルトは必要無い。
「そう言えばさぁ、結局アメリカってどっちなんだ?」
「どっちって?」
「イージスシステムの売却は渋っておいて、F-35Cを売り込んでくるとか、なんかチグハグしてないか?」
【こんごう型】イージス護衛艦の後継艦の選定の時にイージスシステムの提供をアメリカから拒否(正確には納期が遅過ぎるので日本側が拒否した)された時は、左派系右派系新聞が『日米蜜月関係の終わり!』と大々的に報道したのは経った数ヶ月前の事であった。
更にはその報道が、国内からの在日米軍基地撤退報道と重なった為、アメリカはモンロー主義に回帰したと思われていたのだ。
「まぁ、アメリカも一枚岩じゃ無いって事だ。」
「ただ、対中露の防波堤という役目が無くなった分、これまで通りって訳にはいかないだろうな。」
「アメリカと、これまで通りの位置関係だったら俺達がテルネシアに対応する羽目になってたからな。」
アメリカがテルネシアに戦争をぶっ掛けたというのはベトナム戦争時のトンキン湾事件の事もあり、ある意味では常識になっていた。
現在、テルネシアとアメリカは太平洋を挟んで対立しており、間に防波堤となる国も無い為、東西冷戦よりも激しい軍拡競争になるだろうと専門家達は推測していた。
「新太平洋地域もキナ臭いぞ?」
「GDP比1.3%で足りるのか?」
「・・・足りんだろうなぁ。」
「また、財務省にぶちぶち言われるぅ。」
今後の仕事量増加と財務省からの小言増加にゲンナリする防衛省職員達であった。
そしてその頃、防衛省のある市ヶ谷から少し離れた霞ヶ関にある財務省では、こっちもこっちで令和13年度予算案編成に伴う各省庁からの作業に追われていた。
基本的に国家予算はその年の4月〜来年度の3月までの予算の為、12月程に役人が決定して、1月〜3月の間で国会にて審議され、3月末に予算案が成立するのがいつもの流れなのだ。
だが、ミレスティナーレ戦役に伴う国民の自衛隊増強要求やアルテシア大陸の北側領有に伴う開発、異世界転移に伴う各産業への支援金など様々な要因で各省庁が財務省に提出する筈の概算要求が遅れに遅れていたのである。
ちなみに、まともに期限までに概算要求を提出してきた中央省庁は計13ある中で、総務省・法務省・文部科学省・財務省・国家公安委員会(警察庁)のたった5省庁のみである。
ちなみに、この5省庁は転移による影響が他の省庁と比較して軽微に終わった省庁である。
そして、残りの8府省でも内閣府・外務省・農林水産省・環境省の4府省は概算要求の大きな変動も無く、比較的直ぐに概算要求が提出された。
問題は転移による影響も大きく、新大陸の開発にも関わっている厚生労働省・経済産業省・国土交通省・防衛省の4省である。
と言っても、厚生労働省と経済産業省に関しては補正予算で仕事は殆ど終わっている為、除外して良い。
問題は国土交通省と防衛省であった。
「防衛省って一番職員居るんじゃ無かったのかよ!もっと早く概算要求書出せよ!」
「国交省もこんな要求、来年度の補正予算で良いじゃんかよ!」
「海保から大型巡視船4隻?今ある船でなんとかしろよ!」
「こんなに防衛予算増やすのかよ、また野党が煩いぞ!」
当の防衛省と国土交通省の職員がこの場に居たら殴り合いになりそうな状況だが、彼等もここ数日間は職場に泊まり込みで徹夜の為、愚痴を言わずには居られないのだ。
ちなみに国会の4分の3程の議席は防衛費増額を望んでいる政党が占めている為、恐らく可決されるだろう。
そして、何処かが増えたら何処かを減らさなければならず、減らす部分は自然と・・・
「こんなに年金とか生活保護減らして良いのか・・・」
「来年度は税収増えるよな?今年度と同じって事は無いよな?」
「来年度は100兆円規模の補正予算とか無いだろう・・・多分。」
厚生労働省の予算、いわゆる社会福祉関連である。
与野党問わず、問題になりそうな部分であるが、財務省が決める事では無いとスルーされた。
ちなみに転移により前期は大不況となった日本経済だったが、後期はミレスティナーレやスフィアナとの貿易、そして新大陸の開発により経済が持ち直した。
と言っても、税収は大幅に減っており、日本の借金がまた増えてしまった。
ちなみに、この状況は日本だけでは無くスフィアナやイギリスなどの新太平洋地域各国、その他の地域の国家全てに共通して見られた状態なので、別に日本だけが特別というわけでは無い。
こうして各省庁のブラック企業も真っ青の労働が終わった瞬間に財務省職員の労働が始まったのであった。




