73.勘違い
新世界歴1年9月15日、エストシラント共和国 首都エストデルタ特別市 国防省 会議室
「では、これより新大陸侵攻作戦についての会議を行います。」
司会進行役の担当者の発言でこの会議は始まった。
ちなみに、この会議は完全極秘であり、この部屋には電波妨害装置を作動させている。
「作戦開始のX dayは軍の備蓄資源関連で来年に決まりました。では偵察局、偵察結果をお願いします。」
「分かった・・・」
そう言って席から立ち上がったのは偵察局、エストシラント国家偵察局と呼ばれる主に情報収集などを担当する機関の人間である。
エストシラント共和国国内に衛星の打ち上げ場が無い為、現在もエストシラント共和国は人工衛星を保有出来ないでいた。
と言ってもエストシラント共和国は先進国である。
衛星は保有していなくても電子偵察機や高高度偵察機などの情報収集機などを多数保有しており、それらを飛ばして情報の収集にあたっていた。
「まず初めに新大陸に関してだが、領有を表明しているスフィアナ連邦国と日本国はこの大陸の実効支配は出来ていないと、まず初めに伝えておく。」
つまり、こちら側が先に部隊を上陸させても相手側の戦力は少ないという事である。
更に言えば、まだ統治出来ていないと、戦後の交渉で自国領土に編入出来る可能性もあった。
まぁ、そちらの方は戦争の結果次第だが。
「ただ、現在彼等は新大陸の海岸付近幾つかの地点で物資を揚陸し、都市らしき物の建設を始めている。恐らく完全までにはどれだけ急いでも1年以上はかかるだろう。また、それと同時に軍事基地らしき物も偵察機からの情報で確認出来る。つまり、時間を遅らせれば遅らせる程、彼等の戦力は増していくという事だ。偵察局からの大まかな説明は以上だが、その事を念頭に置いてくれ。」
国家偵察局からの報告に陸海空軍の担当者達は攻めるなら早い方が良いとの共通認識を持った。
続いては秘密情報本部からの報告だが、これについては殆ど説明も無く終了した。
何故なら日本・スフィアナとエストシラントは交流が一切無く、距離もかなり離れているからである。
つまりスパイや工作員を送り込む手段も無ければ、傍受する電波すら飛んでいないのだ。
「・・・ですのでSDIHとしてはスフィアナはともかく日本という国の軍事力を殆ど知らない。その状態での戦争は非常に危険だと考えています。」
秘密情報本部は今回の戦争に反対した。
だが、陸海空軍の各担当者はあまり彼等の言葉を重要視していなかった。
「ですがねぇ、その日本とやらの本国の位置と新大陸はかなりの距離が離れているんでしょ?」
「大体、3000km〜4000km程ですね。何故、そんな離れた場所を領有したのか理解に苦しみます。」
海軍長官の発言に空軍長官が補足する。
最も、この指摘は日本国内からもあったのだが、流石に莫大な資源を目の前にぶら下げられては日本政府としても放置するという方法は取れなかった。
ちなみに一番の理由は与党の援助者からの突き上げである。
「スフィアナなら問題無く領有する距離ですよ?」
「そんなスフィアナみたいな海軍強国がポンポン居てたまるか!」
「普通に考えて、中流の海軍国レベルと判断するのが妥当でしょう。」
と、彼等は言うが、日英スの海軍強国がポンポン集まっているのがこの新太平洋地域である。
ちなみにエストシラントもそれなりの海軍強国であり、イギリスとフランスを足したくらいの艦艇数は保有している。
少なくとも日本1ヵ国で相手するにはかなり厳しい相手だ。
「そもそも我が国の海軍力で大陸周辺の制海権を確保出来ますか?上陸させた部隊が孤立すれば元も子もない!」
日本はスフィアナレベルの海軍強国では無いという説明には納得してしまった秘密情報本部長官だが、流石にエストシラント海軍がスフィアナ海軍に勝てるとは当然ながら思ってなかった。
そもそもスフィアナは太平洋一の海軍強国として知られ、その実力はアルテミス海軍との戦争に勝利している事からもよく分かる。
しかし、そんな秘密情報本部長官の発言に海軍長官は秘策有りと、立ち上がり説明を始めた。
「今回の作戦では、秘密裏にアルテミスと接触し、双方でスフィアナを攻撃する密約を結んでいます!」
海軍長官の密約発言に室内はザワつき始めた。
アルテミスは過去に何度もスフィアナと衝突し、その度に敗退しているが、その海軍力は無視出来ない規模、少なくともエストシラント並みの海軍力を保有していた。
「スフィアナもアルテミス海軍が出て来たら艦隊を新大陸に派遣する余裕は無いでしょう。新大陸より自国本土の方が大事ですからねぇ。」
そう言って海軍長官はニヤリと笑う。
陸・空軍長官以外はその笑みが酷く恐ろしいものに見えた。
恐らくアルテミスからしてもエストシラントの事は利用している程度にしか思っていないのだろう。
距離的に考えてアルテミスとエストシラントの利害が衝突する可能性は無いのだから。
エストシラントとアルテミス双方からスフィアナを挟み込む作戦。
この話を聞いた人達は一気に今度の作戦の成功可能性が高まったと感じた。
しかし彼等は知らなかった。
そのスフィアナの同盟国は彼等が考えているような海軍小国では無い事を。
帝国時代、その後の時代も常に世界2位の海軍力を維持し続けた海軍大国である事を。
新世界歴1年9月15日、アルテミス人民共和国 首都リガルノ 国防省
「・・・大臣、本当に良かったんですか?あんな密約を結んで。」
アルテミス人民共和国の軍事を司る国防省大臣執務室で黒いスーツを着た男が、椅子に座って書類作業を行なっている男性に尋ねた。
彼は国防大臣の秘書、そして彼が問い掛けた男はアルテミス人民共和国国防大臣である。
「まぁ、ウチに損は無いしな。国民も先の中国とか言ったっけ?その国の攻撃で都市を失った政府に対する不満もある。今回の作戦はその国民の不満の捌け口だよ。」
視線を書類から一切移動させずに、秘書の質問に答えていった。
彼の言う通り、国民は中国による核攻撃で都市を失った政府に対する不満を強めていた。
一党独裁だが、中国とは違って選挙もあるこの国では国民の不満は直に政権の支持率といった形で現れる。
国家主席はかなりの権力を有しているが、それでも次の選挙に負けてしまえば失脚してしまう。
その事を現在の国家主席は焦っていた。
「ところで、作戦計画書は出来たか?」
「はい。こちらに・・・」
そう言って秘書は持っていた茶封筒を大臣に手渡す。
大臣は受け取った茶封筒をペーパーナイフで封を開け、中に入っていた数十枚もの書類をペラペラと捲っていく。
「ふむふむ、海軍は東海方面艦隊を投入か・・・これだけ有れば目標海域の制海権は確保出来るな。」
アルテミスは前世界での地理上、大陸の東海域を担当する東海方面艦隊、北海域を担当する北海方面艦隊、南海域を担当する南海方面艦隊の4つ方面艦隊しか無い。
更に北海域は流氷なども流れてくる為、北海方面艦隊は砕氷艦などの軍艦とは言い難いような艦艇しかない。
マトモな戦力は東海方面艦隊の2個艦隊と南海方面艦隊の1個艦隊の計3個艦隊のみである。
作戦計画書によるとその東海方面艦隊の中の地域防衛用の小型艦、コルベット艦やフリゲート艦を除いた2個主力艦隊を全投入する事が記載されていた。
この作戦が失敗すればアルテミスはまた20年以上、外洋進出が出来ない国となってしまう。
慣れてしまったと言えばそれまでだが、陸空軍からして見れば、「いい加減勝利しろよ!」と言われているのも事実だった。
「まぁ、海軍もスフィアナ以外にはちゃんと勝利してるんだけどねぇ。」
「今回の作戦では、もしスフィアナの艦隊が出張ってきても少数でしょう。恐らく大多数は新大陸方面に向かうのでは?」
「まぁ、撹乱には丁度良いかな?」
かなり今回の密約に期待しているエストシラントと比べて、アルテミスは密約を撹乱程度にしか考えてなかった。
まぁ、向こう側もこちら側も相手を利用する事しか考えていない為、当然と言えばそれまでだが、それなりの海軍国であるアルテミスとエストシラント2ヵ国に挟まれるスフィアナは大変だろうなぁ、と人事のように思う。
「しかしこの大陸、こんなに広いのに経った2500万人しか住んで無いのかよ。」
「ウチも大概ですけどね。まぁ、人口密度的にはウチの方が多いですけど・・・」
大臣や秘書が侵攻予定の大陸の地図を見ながらそう言う。
「総兵力は7万5000か・・・・」
「ですが、付近の国々とは集団的安全保障体制を構築しているので、こちらが侵攻した際にはかなりの数に膨れ上がると見られます。」
秘書の発言に大臣は「まぁ、大丈夫だろう」と比較的安易に捉えていた。
今回の作戦は別大陸への上陸作戦だが、過去に何度も上陸作戦を行なってきたアルテミス人民共和国陸軍にはノウハウがあった。
「まぁ、作戦開始時はエストシラントに合わせる必要があるね。」
大臣はそう言って机に書類をバサッと放り出した。
その書類のタイトルはこう書いていた。
『オーストラリア大陸侵攻作戦』と。
また、新たな戦乱が新太平洋地域を包み込もうとしていた。




