70.ヨーロッパの事よりも・・・
新世界歴1年8月25日、アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C. ホワイトハウス 大統領執務室
「そうか、印パで核戦争か・・・」
大統領は国務長官からその報告を聞いても特に視線を移す事無く、目の前の政務に取り組んでいた。
「パキスタンは無くなるでしょう。核保有国が1つ減っただけ良かったのでは?」
国防長官も印パの核戦争を好意的に捉えていた。
元々アメリカはインドを対中国の防波堤として捉えていた節があるので、そのインドの力が増す事は喜ばしい事だった。
パキスタンはその為の犠牲とも言えた。
と、言うよりも大統領を含むアメリカ政府は言ってしまえばそんな事どうでも良いのだ。
理由は単純である。
「アァ〜!!クソッ!なんでウチが欧州の復興費用を払わなければならないんだ!?」
「アメリカだからでしょう。」
大統領の叫びに国務長官はある意味で説得力のある言葉を返した。
今回の戦争によりイベリア半島にある国家は国として維持が出来ない程に壊滅、結果的に何処かの国が支援しなければならないのだが・・・
「1兆ドルだぞ!?1兆ドル!?なんでアメリカが新たに借金してまで金を用意しなければならないんだ!?欧州の奴ら、財政状態良いんじゃないのか!?」
「私に言われても。」
大統領に怒鳴られてタジタジする財務長官だが、実際に欧州の復興費用を出す事に対する国民の不満が大きい事も事実だ。
「まぁまぁ、その事は既に決まったんですから今更言ってもどうにもなりませんよ。それよりも、そのレムリア帝国とやらと終戦どころか停戦すらしてないのに、もう復興作業させても良いんですか?」
「ん?どう言う事だ?」
「いやぁ、今もしもレムリアが大攻勢を仕掛けてきても大丈夫なのかなぁ、とふと思いまして・・・」
国務長官に言われて、そう言えばそうだと今更ながらに思い出す大統領は(で、どうなんだ?)と言わんばかりに国防長官の方を向いた。
当の国防長官は何があったのか知らないが、はぁ〜と溜め息を吐き説明を始めた。
「現場の軍人達もその件に関しては危険だからと反対しましたが、当のスペインとポルトガル臨時政府、更には欧州の主要各国がそんなんだったらいつまで経っても復興出来ないと言われて、更には民間団体からも封鎖を解除しろとの批判があり・・・・・」
国防長官は(私はそう言ったんですよ!)といった風に仕方が無く感を出して説明する。
まぁ、だがもしもレムリアが攻勢を仕掛けてきて犠牲者が出たら「封鎖を解除しろ!」と言った民間団体はアメリカを批判するのは間違いないのだろうが・・・
「本当に大丈夫か?」
「一応、接合地点から半径100kmは一般人の立ち入りを禁止していますし、復旧した4ヶ所の空軍基地には300機近い航空機が配備されています。更にはPAC-3迎撃ミサイルやアイアンドームなども多数配置しました。大西洋には我が軍の空母2隻とフランス軍の空母1隻の常に3隻を常時待機させています。」
まぁ、そこまでしてたら良いかなぁ?と思えてきた大統領達。
何かあっても死ぬのは自分達じゃない為、心の余裕があった。
何もかも投げ出したとも言う。
「まぁ、特に何も起きたないのなら良いや。で?本題に入るが、テルネシア方面はどうだ?」
どうでも良いといった感じで話をテルネシアへと振る。
アメリカに直接的な被害が無いイベリア戦争とは違い、テルネシアとの戦争によりアメリカ軍は大損害を受けているのだ。
実際にグアムのアンダーセン空軍基地は完全に破壊され、多数のパイロットや兵士達が死んでいる。
イベリア戦争に国民の目を逸させる事は出来たが、軍部や政府にとってはベトナム戦争以上の黒歴史になってしまった。
「アンダーセン空軍基地は現在、復旧作業に当たっており、先の戦争で損失した機は旧在韓米軍や在日米軍の所属機で賄おうと考えています。フィリピンが現在も行方不明ですので、在比米軍及びアフリカ軍、南アメリカ軍と空母1隻は現在も行方不明です。」
大統領からいきなり話を振られた国防長官だったが、カンペを見ているようにスラスラと述べた。
ちなみに在比米軍は在韓米軍及び在日米軍の一部を抽出している為、約4万人の戦力を誇るかなり大きな地域配備軍だった。
アフリカと南アメリカに関しては全体的には多くはない為、2つの地域を合わせても1万人にも満たない。
「見つからないのなら仕方が無い。これから我が国はマスコミが言っているように新東西冷戦をしなければならないからな。」
大統領が皮肉るようにそう言った。
旧東西冷戦と違うのは相手がアメリカ軍と同規模の通常戦力を維持している点、そしてもう一つは日本や韓国、そしてヨーロッパ諸国のような防波堤が居ない事である。
その事が日本やイギリスが新東西冷戦をあんまり気にしていない理由なのだが、日英政府からしてみれば勝手にやってくれ、といった感じだろう。
「冷戦で済めば良いですがね。」
国務長官がそう呟く。
東西冷戦とは違いアメリカとテルネシアは一度、戦争をしているのだ、冷戦が熱戦になる可能性は非常に高かった。
更に言えばテルネシアは核兵器を保有していないが、BMD能力は非常に高い。
つまり、今回の新冷戦は核戦争になる危険性を孕んでいない分、通常戦力を揃えなければならず、前回よりもお金がかかるという事だ。
ちなみ、前回の冷戦相手国のロシアはアメリカの南方に位置している為、その対策も必要である。
「財政・・・大丈夫かな・・・」
大統領と国防長官、国務長官が新冷戦の対応について話している時、蚊帳の外に置かれた財務長官はアメリカの財布の事ばかり考えていた。
いつの時代も軍隊は金食い虫であり、予算との戦いなのだ。
財政長官の心労は続く。
新世界歴1年(皇国歴7030年)8月25日、ニルヴァーナ皇国 皇都ニルヴァノーク 皇城 会議室
ニルヴァーナ皇国はこの世界で長らくミレスティナーレ帝国と戦争を繰り広げてきた大国の1つである。
政治体制は皇国党という政党が憲法の上に立つ一党独裁政権である。
ちなみにその皇国党の党首は皇族の1人なので、王政と言っても差し支えなく、貴族も存在する。
そんな中世ヨーロッパの価値観がまかり通るのがこの国なのだが、案外国民の不満は大きく無い。
ニルヴァーナ皇国は非常に肥沃な大陸を支配している大陸国家であり、その国力と軍事力を背景に周辺国家を次々と植民地にしていった。
その植民地から色々と吸い上げているので、国民の生活はそれなりに豊かで、皇族や貴族に対する不満も少ない。
そんなニルヴァーナ皇国の首都ニルヴァノークの中心部にある皇城内の執務室ではこの国のトップである女性党首が軍の幹部達を集めて喚き散らしていた。
「貴方方は馬鹿なんですか!?あのミレスティナーレが海外領土を失い大きく軍事力が低下しているのに、何をのんびりしているのですか!!」
意外にもニルヴァーナは既にミレスティナーレの海外領土の現状を把握しており、ミレスティナーレ本国が既に存在しない事も突き止めていた。
今こそミレスティナーレを攻め滅ぼす時!と皇族でもある女性党首は主張するが、軍部も軍部としてミレスティナーレ攻略作戦を実行出来ない理由があった。
「・・・ミレスティナーレが海外領土の喪失により大きく戦力を減らしているのは理解していますが、我が軍も植民地の喪失で無視できない程の戦力を喪失しています。」
まぁ、普通に考えたらわかる事なのだが、この女性党首にとってはそこまで頭が回らなかったようだ。
「はぁ?貴方方は処刑されたいのですか?」
めっちゃ冷めた低い声で脅すように彼女はそう告げた。
それだけで普通の人にとってはガクブル物だが、この国ではこれが普通なのだ。
「戦力が足りない?ならば直ぐに動員を掛ければいいでしょ!!!何をボサッとしているの!直ぐに行け!!」
「「はぃぃぃぃ!!」」
女性党首の剣幕に執務室内にした軍部の人間は急いで部屋から退散する。
室内からは怒鳴り散らして息が上がったのか、はぁはぁと言う呼吸音が聞こえるが、「もう歳なんだから」と諫める人は居ない。
誰も彼女に当たり散らされたくは無いからだ。
そんなこんなで怒鳴り散らして退散した軍部の人達は廊下で話しながら軍務省へと向かう。
「・・・動員しろって言ったって上陸までの護衛はどうすんだよ。」
「どのくらい艦艇は残ってるんだ?」
「1個主力艦隊と3個護衛艦隊だな。」
「うわぁ、めちゃくちゃ減ったなぁ。」
お前らそんな重要な話をこんなセキュリティのかけらも無い廊下で話して良いのか?と思われなくも無いが、誰も党首の怒りに触れたく無いのか、執務室付近には近づかない為、ある意味ではセキュリティが取れているのだ。
ちなみに、転移前のニルヴァーナ皇国海軍は4個主力艦隊と8個護衛艦隊の計12個艦隊編成だったのを考えると、大幅な戦力ダウンである。
対する相手国のミレスティナーレ海外領土だが、本来は現在のニルヴァーナよりも遥かに艦艇が少ないのだが、訓練による戦力移動によりニルヴァーナ以上の戦力が海外領土に駐留していた。
「兵力に関してはなんとかなるかも知れんが、動員するか?」
「しなきゃ、処刑されるぞ。」
「うわぁ、ミレスティナーレに亡命しようかな?」
こんな場面を党首に聞かれたら、その場で処刑されそうな会話をしながら彼等は軍務省へとトボトボと帰って行き、動員指示を出すのであった。




