69.印パ戦争
新世界歴1年8月20日、日本国 首都東京 総理官邸 執務室
「失礼します。総理!」
「どうした?」
いつものように(やっているかは知らないが)高級そうな机に向かって日々の業務をこなしていた総理はバンッ!と音を立てて開かれた扉に驚いた。
と言っても流石は総理、驚きを身体に出さずに、平常心で質問した。
「インドとパキスタンとの戦争で核爆弾が複数使用されたようです!」
「なに!?」
官房長官からの報告には流石の総理も驚いた。
インドとパキスタンが戦争になっていたのは既に様々な情報ルートから知らされていた。
しかしそれが核戦争になったとは、事態はそこまで深刻さを増したのかと総理は気持ちを改めて切り替えた。
「それで、状況は?」
「極めて深刻です。本日の現地時間18:00にインド国内3ヶ所で核爆発を確認。その後パキスタン国内6ヶ所で核爆発を確認しました。その後、核爆発は確認出来ていませんが、人口密集地帯で核が使用されたと推定されます。」
「・・・・・死傷者は?」
総理は絞り出すように聞いた。
当然ながら、つい先程発生した事なので、こんな短時間で詳細な情報が出ている筈もない。
ただ、インドやパキスタンの人口密集レベルなどを加味すると相当な民間人が犠牲になっているだろう。
「詳しくは不明ですが、30万人以上は間違い無く犠牲になっていると思われます。」
「・・・そうか。ところで、中国の動きは?」
あの辺りの国際情勢はある意味単純だ。
インドと敵対しているパキスタンを中国が支援している構図だからだ。
それに宗教や歴史的経緯を含めると複雑怪奇になるのだが、まぁパキスタンand中国Vsインドと考えてくれたら良い。
「現場部隊同士で小競り合いが起きている程度で中央政府が動く気は無さそうですね。地方政府は別ですが・・・」
「海軍戦力をかなり失ったからなぁ。内輪で揉めてるんじゃ無いのか?」
「可能性はあるでしょう。」
戦前の反省を生かし陸・海・空自衛隊の統合運用を進めている日本に対し、中国は未だに陸・海・空軍間での仲はお世辞にも良いとは言えない。
特に最近は共産党政府の海洋進出により陸軍の人員や予算が削られ、海軍に回されている事から、今回の海軍の失態は陸軍からすれば「ザマァ見ろ!」だろう。
最も、軍に限らず権力争いがある中国では(中国に限った事では無いが)、現在中央政府が機能していない可能性も十分に考えれた。
「ところでインドとパキスタンの戦争はどのような感じだ?」
「その事についてですが、コレを見て下さい。」
そう言って官房長官が差し出したタブレットを覗き込む面々。
現在、この部屋には総理と官房長官、外務大臣特に防衛大臣、そしてついでに国家公安委員長が居る
「コレが今の両軍の支配地域?」
「多少の変更は有りますが、大まかにはコレであっています。」
官房長官が見せてきたタブレットにはインドとパキスタンの地図が映し出されていた。
そしてインド軍支配地域が赤色、パキスタン軍支配地域が黄色、そしてついでに中国軍支配地域が青色で区分けされていた。
中国とインドの国境地帯は細かな変更はあるものの、大まかには変わっていない。
問題はインドとパキスタンだった。
「コレは確かに、パキスタンは核を使うなぁ。」
「まぁ、国力的には正しい結果なんですけどねぇ。終戦後揉めないか?コレ。」
「・・・揉めない訳ないだろう。」
既に80万㎢あるパキスタンの国土の7割はインド軍に占領されており、首都イスラマバードを含む幾つかの都市のみが、辛うじて残っている形だ。
ゲリラ掃討を含めたら泥沼化しそうではあるが、支配域に入れるならば後1ヶ月程度で収束しそうだ。
インドの勝利で。
「つまり、コレがパキスタンの最後の反抗だと?」
「恐らく。中国も支援する余力が残されているとは思えませんので、このままパキスタンはインドに併合されるでしょう。」
総理の問いに外務大臣がそう答える。
最後の反抗が核とはアレだが、倍の核を撃ち返されているので、倍返しというやつだろう。
まぁ、何にせよハルマゲンドンにならないで良かったと、この場での話は終わった。
新世界歴1年8月21日、ミレネア大陸 ルクレール王国 首都エルクシア 首相官邸
ルクレール王国はアフリカ大陸程の面積を誇るエルクシア大陸の約3分の1を支配する大国である。
残り3分の2のうち半分をルクレール王国の影響下の国々が支配し、残り3分の1は何処の国の領土でも無い、自然保護地域として半ば放置されている。
ちなみその自然保護地域は地球でいう南極条約のような条約により領有権の主張をしてはならないとされている為、例え中国のような国家が自国の領土だと主張しても認められる事は無い。
そんな事はさて置き、ルクレール王国の首都エルクシアはインドのニューデリーやオーストラリアのキャンベラのように近年になって計画的に作られた比較的新しい都市である。
30年前の新首都圏開発計画により開発されたエルクシアは人口約40万人と約4億人の人口を誇るルクレール王国の人口規模からすると非常に少ない。
そんなエルクシア中心部にある首相官邸の執務室では複数人の国家幹部が集まっていた。
「インドとパキスタンの戦争は予想通りインドが勝ちそうだな。」
「・・・不測の事態もあったみたいだがな。」
国防大臣の発言に外務大臣がそう言った。
ちなみ不測の事態とはインドとパキスタンの核戦争である。
この事態は改めてこの世界情勢が緊迫している事を認識させられる事となった。
「まぁ、そう言っても核に関してはどうしようもないでしょう。遺憾の意で済ます事では?」
そう言ったのは経済産業大臣である。
彼にとっては14億人の巨大な市場であるインドとは良い関係を築いておきたかった。
その為にも、今回の件でインドとの関係を崩したくは無かった。
更にインドから先に核攻撃を仕掛けたのならともかく、インドは核報復をしただけである。
まだマシだった。
「核を使っていて、大災害が起きていないのなら、やはりユーラシア大陸とか言う大陸には精霊はいないようだな?」
「えぇ、そうですね。気候も転移前と比べてかなり変化してきているようです。逆にスフィアナなどが位置している新太平洋地域は転移前と気候は変わらないようです。精霊が居るんでしょうか?」
「精霊は気まぐれだからな。」
精霊の気まぐれは今に始まった事では無いのだが、転移元の地域が同じなのに、気候や精霊の有無に変化があっては、何かあるのでは?と勘ぐってしまう。
ちなみに彼等の言う通り、日本やイギリス、オーストラリアなどは転移前と気候は一切変化していない。
相変わらず冬は寒く、夏は暑い。
だが、現在発見されている北アメリカ大陸及びユーラシア大陸に関しては気候がかなり変化している。
例えばロシアのシベリアは転移前と比べて気温が10度程上昇した事により永久凍土が溶けてインフラに甚大な影響が出ている。
逆に北アメリカは5度程気温が下がり、流氷が来るようななった為、閉鎖した港も存在した。
これまでの膨大な気象データが使用できない為、新太平洋地域以外の気象学者にとっては阿鼻叫喚の地獄状態なのだが、元々的中率も対して高くは無い気がする。
「まぁ、スフィアナは尋常じゃ無い程、精霊の影響力が強い地域ですからね。その影響が新太平洋地域全域に及んでいるのでは?」
「恐らくな。」
そもそも日本国やイギリスなどの新太平洋地域にある旧地球圏国家はスフィアナがサリファ世界の普通だと考えているが、そうでは無い。
逆にスフィアナ連邦国はサリファ世界でも、ある意味で異質なのだ。
まず初めにエーテルは魔力が液状化もしくは固形化した物なのだが、そうなる為には精霊の力が必要だ。
だが、普通は余程の信頼関係や精霊にとってメリットのある事で無い限り精霊は頼んでも行ってくれない。
現にルクレール王国や他の殆どの国ではエーテルは産出しない。
その精霊に頼む行為によってエーテル開発の成功や失敗と言っているのだ。
言ってしまえばその行為が成功ならば後は簡単である。
そしてスフィアナ連邦国はサリファ世界最大のエーテル産出国である。
つまり、それだけスフィアナ周辺は精霊の力が強いという事である。
最も、それだけの事を行なっているという事は、精霊にとっても何かメリットがあるのだろうが、精霊との交渉はスフィアナの王族が行っているので、恐らくその契約内容が今後公開される事はないだろう。
それはスフィアナ連邦国の最大の秘密と言っても差し支えないものであるからだ。
「まぁ、逆にレムリアとか精霊に嫌われている国も有るけどな。」
「あのマジでヤバい国は知らん。」
精霊に嫌われて精霊が住まない土地になっても尚、レムリア帝国が生き残ってるのは宗教の力と単純に核を使っていないからである。
いつ精霊がキレてもおかしく無い程、不安定な天秤の上に居る事は違い無いのだが。
「そう言えば、そのスフィアナに関してですが、エーテルの供給が再開した事により、来月からは電気の節電や計画停電などは解除しても良さそうです。」
「ほぅ、ようやくか!」
「やっとだぁ!コレで経済界から愚痴を言われずに済む。」
資源・エネルギー大臣の発言に部屋内から安堵のため息や各界からの圧力に解放される経済産業大臣の叫びが聞こえる。
ルクレール王国の総発電量の約6割はエーテル発電によるものである。
ミレネア大陸内のルクレール王国影響下の国のうち1ヵ国だけエーテルが産出する国があるのだが、その国に頑張ってもらっても国内の計画停電や節電要請などは避けられず、大型産業設備の休止などを余儀無くされていた。
その計画停電が無くなるのだから経済産業大臣の喜びも計り知れない。
ちなみにルクレール王国を含むミレネア大陸各国にエーテルを輸出していたスフィアナ連邦国だったが、その輸出量はスフィアナが国内で消費するエーテルの約4倍と言えば、どれ程の量が想像が付くだろうか?
「ならば、各大臣はこれまで停滞していた経済への刺激策やスフィアナとの貿易航路などの安全、そしてこの世界で対応していく為の安全保障環境の整備計画などを立案してくれ。」
「了解しました。」
「分かりました。」
「はい。」
そう言って各大臣や各長官は意気揚々と執務室から出て行った。
その足取りはこの部屋に来る時よりも遥かに軽やかなものだった。




