68.相手は誰だ?
新世界歴1年8月19日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード スフィアナ連邦情報局 FIS庁舎 会議室
FIS庁舎内にある傍聴対策バッチリの機密が確保された会議室内ではFISの各担当者が出席した会議を行なっていた。
当然の事ながら会議内容はエストシラント共和国に対する事である。
最も、今回の会議はFISの第二課からもたらされたある情報に対する会議なのだが、ヒューミントを担当する第一課だけではなく、第二課、第三課、第四課の人間まで出席している。
ちなみに第一課はヒューミント担当、第二課はシギント担当、第三課はイミント担当、第四課はマジント担当である。
他にも多数の課がFIS内には存在するが、公安担当だったり技術担当だったりする為、今回の会議には呼ばれていない。
「・・・本当なのか?SDIHが他国の情報機関と接触しているという情報は。」
「信用出来る情報筋からの情報だ。」
「エストシラントの通信傍受でも何処かの国とやり取りしている事は把握しているが。」
今出てきたSDIHは秘密情報本部と呼ばれるエストシラント共和国の情報機関である。
エストシラントは衛星を現在保有していないので、ヒューミントが主だが、その能力は非常に高く、FISの第一課でも把握するのは難しかった。
「通信から何処の国か絞り込めないか?」
「絞りこんだ結果が、アルテミスなんだなぁ。他の可能性としては地球世界のユーラシア大陸だな。」
地図上でエストシラントとスフィアナを線で結び、更にその線を伸ばすとアルテミスやユーラシア大陸と結び付く。
エストシラントも馬鹿では無いので通信自体は暗号化されており、指定された機械以外では分からないようになっていたのだが、相手が悪かった。
FISはその暗号化された情報を量子コンピュータを使い、強引に解読したのだ。
「それで・・・解読結果は?」
「まだ解読中だ。今週中には結果が出るだろう。」
そう言ったのはFISでも情報分析などを行う第三課だった。
当然の事だが、幾ら量子コンピュータだと言っても指定された機械以外で読み解こうとしているのだ。
そんなに簡単に解ける程簡単な情報では無い。
「そうか、可能性があるのはアルテミスか?」
「ウチとは因縁のある相手だな。前回の戦争から20年程だったか?」
そう言ったのはマジントを担当する第四課の課長である。
ちなみに彼は20年前も変わらず第四課の課長だった。
国民の殆どがエルフとのハーフなこの国で10年や20年など大した時間経過では無いのだ。
「まぁな、ところでアルテミスじゃ無くてその先のユーラシア大陸?の国という可能性は無いのか?」
「何か現在、あちこちで戦争が起きているようですので、シギントはともかくヒューミントは難しいんですよね。」
ちなみにその戦争情報は第一課や第二課では無く、日本のDIH経由で受け取った情報である。
インドとパキスタンがやり合っているのはいつもの事として、中国とインドも小競り合いを起こして、いつ核戦争になるか分からない極めて危ない橋を3ヵ国は渡っていた。
逆にロシアは毎度の事ながら静観を決めてはいるが、条約によりインドを後方支援していた。
まぁ、条約を破るのがロシア(ソ連)だしね。
日本側曰く「よくインドはロシアと条約を結んだな」と感嘆の声を漏らしていた。
「中国とロシアか、彼等の世界の2位と3位の軍事大国だったな確か。」
「インドという国も確か4位ですよ。あと、そのインドと戦争しているパキスタンという国も含めて全て核保有国です・・・」
経った今、彼等は心の中で絶対に関わり合いにならないでおこうと誓った。
のだが・・・・・
「ちなみにインドという国はルクレール王国と現在貿易をしています。」
「ルクレール王国と!?何故だ!!」
ルクレール王国はスフィアナの同盟国であり、半ば宗主国のような感じでもあった。
更に現在進行形で貿易も行っており、付き合いはアルテミスよりも古かった。
「インドと戦争をしている中国は海軍力をこの前のアルテミスとの戦争で失っていました、パキスタンも海軍力は皆無に等しく、潜水艦戦力も殆ど無いので、海上貿易する分には支障が無いという理由だそうです。」
「危ねぇな。大丈夫なのかよ。」
「まぁ、自国では有りませんし、多少の軍事的圧力を跳ね返す力はルクレール王国も持ってますし・・・」
ルクレール王国は海軍力こそ弱い(海上自衛隊レベル)が、空軍力と陸軍力は非常に高く、例え現在のアジアに介入しても(絶対にしないが)戦えるだけの戦力を持っていた。
海軍力と空軍力はそれなりに高いが、陸軍力が全然のスフィアナに心配される程ルクレールも落ちぶれてはいないだろうと、ルクレールの心配をするのを止めた。
「じゃあ、取り敢えずアルテミスとエストシラントが連携しているという仮定で防衛計画を練るように防衛総省に伝えるか・・・」
結局のところ、エストシラントがアルテミスと結び付いているというのはあくまでも仮定でしか無く、暗号を解読するまでは証拠は何処にも無かった。
後は防衛総省や内閣が決めてくれるだろうと、会議を終了させた。
新世界歴1年8月20日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 防衛総省 会議室
「いや、アルテミスとエストシラントが連携してくる事を想定しろって、二正面作戦はキツ過ぎるぞ?」
FISからの報告を受けた官邸が纏めた要望書に記載された内容を見て参謀総長はそう呟いた。
要望書曰く、エストシラントとアルテミスが侵攻してくる事を想定して、対応戦力の想定を行えという事である。
「まぁ、二正面作戦に関する疑問はさて置き、もしアルテミスが侵攻してくるとすれば何処に来る?」
「そりゃあ、位置的にオーストラリアかニュージーランドだろう?お荷物だが・・・」
最後の方は小さくて聞き取れなかったが、オーストラリアとニュージーランドの戦力を見るに、かなりの確率というか、ほぼ間違いなくアルテミスを迎撃出来るとは到底思えなかった。
そもそもオーストラリアもニュージーランドも人口は2500万人と500万人程度の国だ。
双方共に何処かヨーロッパの小国レベルの人口しか居ないのに、850万㎢もの面積を誇っているのだから、タチが悪い。
人口が少なく国力も小さい為、兵力は双方合わせても7万人程度しか無く、戦力としては対して役に立たない。
「今後の関係もあるし、支援しないという手は無いのだが、正直言って艦隊を派遣するのも厳しいぞ?」
「空軍に関してはアルテミスは空母の航空戦力しかないだけマシか?」
アルテミス本土からオーストラリアまでは軽く数千kmははなれている。
片道にしても給油にしてもそこまでやる程アルテミスは腐ってはいない。
となると恐らく4隻(ローテーションなどもある為、実質的には2隻)の空母艦載機がアルテミスの航空戦力になるだろう。
「アルテミスの空母ってどんくらい搭載出来たっけ?」
「ノヴァークの下位互換みたいな艦載機を30機程度、後は早期警戒機や対潜ヘリ程度かな?確かスキージャンプ式の空母だった気がする。」
そもそもアルテミスが海軍力を拡充したのは割と最近になってからで、30年前までは空母なんて物は保有していなかった。
流石に30年も経っているので、空母運用に関してはそれなりのノウハウを持っているのだろうが、空母初期開発国の1ヵ国でもあるスフィアナには及ばない。
よってカタパルトも開発されておらず、中国と同様にスキージャンプ式の空母である。
「となると2隻合わせて60機程度か、防空駆逐艦があるとしてもオーストラリアとニュージーランドで対応出来るか?」
「宗主国のイギリスも参戦するだろうから、ウチと日本はアルテシア大陸でエストシラントを相手にしたら良いだろう?」
既にスフィアナはアルテシア大陸のスフィアナ領側で4ヶ所の空軍基地と2ヶ所の海軍基地、そして日本と同様に各都市に陸軍の駐屯地を設置する計画を立てており、現在着々と建設が進んでいる。
あれ程兵力が足りないやら何やら叫んでいたが、いざ募集すればそれなりの応募が来た為、多少の増強で何とかなっていた。
「アルテシア大陸の防衛計画は既に立案済みだろ?」
「一応はな。エストシラントの予想戦力でこちらの派遣戦力も変わるが・・・まぁ、日本も派遣するんだろ?」
「条約を守るならばな。」
基本的にアルテシア大陸はアルテシア大陸分割協定により日本と共同で防衛する事になっている。
日本がどれ程の戦力を大陸に派遣するかは分からないが、日本も利権を失いたくは無い為、最低限防衛出来る戦力は派遣するだろう。
彼等はそう思っていた。
「今更、条約を破るような事はしないだろう?」
流石に日本は、ロシア(ソ連)や韓国のように他国との条約を破るような事はしない。
ただ、国内の残存左派勢力の妨害で派遣が遅れる可能性は十分に有り得たが。
「まぁ、一応エストシラントの予想戦力は推定では兵力7万人、航空機150機、艦艇20隻を想定している。」
「7万!?多く無いか?」
「エストシラントの常備兵力は35万だ。民間の船を徴収してもそのくらいは派遣するだろう。ちなみに航空機はアルテシア大陸に飛行場を建設される事を推定して、この戦力だ。造られなければ空母艦載機の50機程度だろう。」
イギリス程度の面積の国で常備戦力が35万は多い!と思うが、エストシラントが居た場所は情勢不安な国が集まっている大東洋である。
そんな場所で先進国と呼べるまでに発展したのはエストシラントが島国だったお陰で、ヤバイ奴が国内に入って来ず、国内の治安が保たれていたからだ。
ただ、戦力だけはそのくらいを保有しておかなければ危険な地域だったのだが、まさかその戦力が自国に向くとはスフィアナの人間も予想して無かっただろう。
「エストシラントが上陸したからっていきなりミサイルを撃ち込む訳にもいかんしな、無人機でも差し向けて警告させたら勝手に撃墜してくれるだろう・・・」
何とも考えが中国やロシアのようだが、流石に挨拶代わりなミサイルを撃ち込む程スフィアナは非常識な国家では無かった。
戦争になれば遠慮無くミサイルの波状攻撃を行い艦隊を幾度と無く壊滅させて来たのだが、戦争になる前までは大人しい国なのだ。
「まぁ、何も無い事に越した事は無いのだがな。」
そうはならないのがこの世界な為、何かしらの事が起きるだろうと現在準備中なのだ。
逆に起きなかったら起きなかったで、野党から「税金の無駄!」や「周辺地域を緊張させている!」と批判を浴びる為、何か起きて欲しいと何処か願っているのも現代社会の弊害だろう。




