65.経済大国はツライよ
新世界歴1年8月7日、ベルギー王国 首都ブリュッセル 欧州連合(EU)本部
転移当初からイベリア半島で始まった異世界の軍事大国、レムリア帝国軍と北大西洋条約機構(イギリスは脱退)、いわゆるNATO軍の戦争は5月初めには当初の支配域で膠着状態を見せ始め、7月現在には停戦状態となっていた。
本来ならば、その時点で交渉などが行われる筈なのだが、いきなり市街地にミサイルを撃ち込んでくる国である。
そんな国に使節団などを送る事は出来ずに、米仏空母艦載機による国境付近基地の攻撃も成功した為、スペイン南部のみを封鎖して、残り地域の避難命令を解除した。
そんなこんなで、一応イベリア半島北部・中部には平和が戻ってきたのである。
「それで?現在は国境付近は落ち着いていると?」
NATOの職員からの報告を受け取ったEU大統領はそう聞き返した。
報告書によるとレムリア帝国軍の侵攻によりスペインやポルトガルは単独では国を維持する事が出来ない程疲弊しており、EUからの継続的な支援が必要と記載されていた。
と言っても、金を出すのは毎度のドイツとフランス、そしてイタリアだろうが・・・
「はい。最早スペイン・ポルトガル両国はまともな経済活動すら出来ません。国土が戦場になったんですから。」
「・・・・・イギリスは?」
既にイギリスは10年ほど前にEUを離脱し、イベリア戦争が始まって直ぐに、地理的要因が理由でNATOも脱退していた。
イギリスがヨーロッパに金を出す理由は無いのだが、多少でも出させないとフランスやドイツが大反発し、最悪EUの崩壊が起こりかねない。
だが、しかし・・・
「イギリスは日本と同様に義援金として多少の資金と支援物資を送ったのみで、これ以上関与しようとはしませんでした。地理的に大きく離れたので、払う必要が無いと考えたのでしょう。」
「クソが!!」
大統領は思わず机を殴りつけたが、よくよく考えればイギリスの判断はご最もである。
誰が、わざわざ壊滅した国の復興費用を進んで払いたいと思うか?
もしも彼がイギリス首相の立場なら、同じ行動をとっただろう。
「はぁ、はぁ、」
「大丈夫ですか?」
「・・・あぁ、失礼した。少し取り乱したようだ。」
「全然少しじゃねぇだろう。」と貧乏クジを引いてしまった担当官は思ったが、顔には出さずに次の話へと進めていく。
最も、1番の貧乏クジはこの時期に欧州議会理事長、いわゆるEU大統領になってしまった目の前の男なのだが、そんなストレスのかかる仕事に就く気は無い担当官は取り敢えず置いておく事にした。
「ちなみに、アメリカはスペインとポルトガルに合わせて1兆ドルの支援を発表しました。」
「1000億ドル!?たったそれだけか!?」
1000億ドル、つまり日本円だと10兆円と言う日本の一般会計予算に匹敵する額なのだが、瓦礫の山となったスペイン・ポルトガル両国を復興させるにはその10倍くらい無いと足りない。
ちなみにその1000億ドルの復興支援の財源はアメリカ政府の国債なのだが、貰う方はそんな事は気にしない。
「とりあえずドイツとフランスに更なる支援を求めるか・・・私の仕事では無い気もするがな。」
「EU大統領」や「欧州連合大統領」と呼ばれている彼だが、彼の今いる椅子の役職名は欧州理事会議長である。
つまり、日本で言う衆議院議長であり、総理でも大統領でも無いのだ。
更に権限も議長プラスα程度でしか無く、某国の大統領のような軍事出動命令も議会の解散命令も持っていない。
あくまでもEU加盟国の調整役なのだ。
そんな自分の役目以上の仕事をしようとする欧州理事会議長を報告に来たNATOの職員は同情するような目で見ていた。
新世界歴1年8月7日、ドイツ連邦共和国 首都ベルリン 連邦国防省
ドイツ連邦国防省第2庁舎があるベルリンの方の連邦国防省では、今回のイベリア戦争での反省点や改善点、そして今後のドイツ連邦軍の将来計画を纏める会議が行われていた。
「陸軍は今回の戦争で少なくない数の装備が破壊されましたので、現在稼働可能なレオパルド2戦車は68輌になります。」
「空軍もEF-2000の稼働状態が急激に悪化しており、一刻も早い予備部品の調達、予算の増加を強く要請致します。」
「海軍に関しましても同じです。現在海軍が保有している潜水艦8隻のうち、稼働状態にあるのはたったの1隻。これは予算不足による施設及び整備の老朽化が原因です。」
会議が始まってから30分、陸海空軍の問題点が次から次へと出てきて、どんどんと必要な補正予算が増えていく。
会議に同席した連邦財務省の担当者もその額に顔を青ざめさせていく。
最も、今彼等が言ったドイツ連邦軍の問題は今に始まった事では無く、10年以上前から言われていた事である。
冷戦終結後の行き過ぎた軍縮によりドイツ連邦軍はその戦力を大幅に減らし、その問題が現れているのだ。
1番の問題は予算不足であり、財政規律の問題から国防費の減少が続き、現在のドイツの国防費は約400億ドルと日本の約3分の2程しか無い。
そして、ついに連邦財務省から派遣された担当者がキレた。
「そんな額を割く程、今のドイツには無い!!だいたい貴方方は今のドイツの財政状況をご存知なのか!?国防費を増やしたらその分だけ他の予算を減らす事になるんだぞ!」
机をドンッ!と叩きながら連邦財務省の担当者が怒鳴り散らす。
だが、彼の言っている事は正論である。
現在のドイツの財政は非常に厳しい状況にあった。
転移不況による歳入の減少と、不況に対処する為の緊急予算、そしてイベリア戦争での補正予算などなど。
ドイツ連邦国の財政は21世紀で過去最悪な物となっていた。
「だからと言って、軍が機能しなければ何の意味もない!」
「部品も人員も予算も何もかもが足りないんだ!」
ドイツ連邦国防省の方も負けじと言い返す。
最も、ドイツ連邦軍の問題は予算が有れば解決する問題でも無い。
冷戦終結後の人員削減により現在のドイツには大規模プロジェクトを行うノウハウを国家機関・メーカー・軍が失ってしまっているのである。
その根本的問題を解決するには軍の規模を縮小するか、莫大な予算をかけるかのどちらかしか無いのだが、莫大な予算をかける事はドイツの財政が許してくれない。
ちなみに、この後にEUからイベリア半島復興の金を出せと言われて更にドイツ国内は混乱するのだが、それは後の話。
新世界歴1年8月7日、フランス共和国 首都パリ 軍事省
隣国ドイツで国防省と財務省が醜い争いを続けている時、フランスでもイベリア戦争での反省や今後の計画を纏める会議が行われていた。
「陸軍は今回の戦争でかなりの痛手を受けていますので、損失装備分の補填を行いたいと思います。」
「今回の戦争で約2割の戦闘機を空軍は損失し、その損失分を補正予算にて補充したいと思います。現在、補充する予定の戦闘機はラファールを予定しています。」
「海軍は空母リシュリューの損耗機の補填のみです。後は弾薬代ですかね?」
海軍の関係者はそう言って陸軍と空軍の担当者を見た。
陸・空軍の担当者は双方共に頷き、財務省の担当者も了承した事で議会はともかく、この場での補正予算は了承された。
NATOに頼り冷戦終結後に軍備を大幅に縮小したドイツと違い、フランスはド・ゴール主義によりNATOを出たり入ったりしていたのである程度の軍事力は保有している。
というよりNATOに出たり入ったりしていたので、自主国防になったり集団的安全保障になったりと時の政権によってコロコロ変わっていたので、下手に戦力を減らせなかったのだ。
「しかし、レムリアとは平和条約どころか停戦協定すら結んでいないんでしょう?派遣部隊を一部引き揚げて良かったんでしょうかね?」
世間ではすっかりと復興ムードだが、レムリア帝国とは停戦どころか、未だコネクションすら無いのである。
よって、再びレムリア帝国軍の侵攻が開始される可能性もあって、NATOは未だに警戒態勢を引き下げていない。
最も、前線に出てこなくなったんだから良いじゃんと、各国政府は考え、イベリア半島に派遣していた部隊の一部を引き揚げたのだが、その事に対してアメリカは苛立っていた。
「アメリカ政府はふざけんな!ってお怒りのようですがね。」
「アメリカのお怒りはご最もなんだが、どうせEU主導のイベリア半島復興計画にウチとお隣さんが金を出す羽目になるんだろうなぁ。」
「イギリスが羨ましいね。」
一時は自主国防方面に走ったイギリスも転移によって日本やスフィアナとの集団的安全保障を構築しており、国防状況の大幅な変化により苦しんでいるのだが、これから独・仏がスペインとポルトガルに支援する苦労に比べたら遥かにマシだろう。
いつもこういう大変な時を狙って支援提供してくる中国も色々と失敗したみたいで黙りしていた。
「そう言えばイタリアは?」
「未だに、コロナ不況から抜け出せて無いな。もう10年も経っているんだぞ?」
「お国柄じゃないのか?」
イタリアは2020年のコロナウイルスの流行により国内の医療態勢が完全に崩壊してしまい、更にはコロナ不況による財政危機も重なった為、未だに経済が混乱していた。
最も、コロナの被害で言えばドイツもフランスも対して変わらないのだが、トップの差なのか、お国柄なのか、ドイツらフランスの復興は早かった。
「そんな事までお国柄で済ますなよ。結局日本は感染者数はともかく死者数は少ないまま終わったしさぁ。」
「死者数が万を超えてもおかしく無いレベルなんだかなぁ。あの不思議国はよく分からん。」
結局はどんだけ会議をしても、議会が予算を可決しないと何も決められないので、2時間の会議時間は前半15分だけが真面目な会議で、残りの1時間45分は安全保障など何も関係ないただの井戸端会議となってしまった。
それでも問題にならない所がフランスのお国柄なのだが、本人達が一番分かっていない。
流石、自由の国。




