64.八方塞がり
共和国歴1430年(新世界歴1年)7月25日、エストシラント共和国 首都エストデルタ特別市 大統領府 会議室
地球の先進国と変わらないような高層ビルが建ち並ぶエストシラント共和国の首都エストデルタは人口約6000万人の約8分の1の約750万人が暮らす世界でも有数の過密都市でもある。
ただ、先進国なだけあってスラムなどと言った物は無く、必要最低限ではあるがちゃんと社会保障制度も整った街でもある。
そんな共和国だが、現在はかつての活気に満ち溢れた街の面影は何処にもない。
突如として起きた国家転移、そのせいで国のエネルギー源でもあったエーテルの供給が途絶え、国中で深刻なエネルギー不足に陥っていたからである。
当時の政権は直ぐさま、火力発電所の建設と残存発電所のフル稼働を支持、幸いにもエストシラント共和国には国の需要を賄うだけの化石燃料があった為、エネルギー問題はとりあえず解決している。
そんな中で一向に解決する気配が無いのが経済問題である。
前世界ではエストシラント共和国が位置していた太東洋に面している国家に自動車や工業機械を輸出し、莫大な貿易黒字を計上していた。
しかし、その利益は国内に10ある財閥が吸い取っており、近年になって格差の広がりが深刻な社会問題となっていた。
しかしそれでもGDPは右肩上がりで、年間約2%の安定成長を続けていた。
転移までは。
転移により好調だった国内経済は急速に悪化、100万を超える失業者を出し、失業率は4%から9%へと跳ね上がった。
更に財閥頼りの国内経済が国民の不満を呼び、政府は手っ取り早く、国民向けに何かしらの成果を示す必要があった。
それが今のエストシラント共和国の現状である。
「GDP成長率はマイナス10%を超える勢いで下落を続けており、国内全ての財閥が赤字になっています。」
「深刻な経済不況により極右政党が支持を集めており、次の選挙では野党第2党は確実と言われています。」
首都エストデルタの大統領府で各大臣の報告を聞いているのはこの国の大統領である。
転移当初のエネルギー政策の大変換により支持率は上昇したものの、経済不況により危機的状況に陥っていた。
「・・・分かった。それで国防大臣、新しく発見した新大陸の方はどうなっている?」
大統領は自国海軍の潜水艦が発見した新大陸に自国経済復興の足掛かりにしようと考えていた。
しかし、その新大陸には先に進出していた国があるようで、最終手段も含めて軍に調査を行わせていたのである。
「衛星が使えない為、潜水艦や航空機による調査の結果、スフィアナが新大陸に進出している事が判明しました。」
「何!?スフィアナだと!?」
「はい。どうやらスフィアナは他国、国名までは分かりませんが、と共同で新大陸の開発を行なっているみたいです。」
エストシラントにとってスフィアナは大陸を挟んで別の大洋に位置する遠い国である。
だが、その国の情報についてはかなり詳しく周知しており、どれ程の経済規模か、軍事規模かも把握はしていた。
「スフィアナならエーテルの供給も可能ですよね?」
そう言ったのはエネルギー大臣である。
去年まで国の発電総量の約6割をエーテル発電により賄っていた。
しかし、エーテルの供給が途絶えた為、火力発電に切り替えたのだが、コストや自然環境に対する負の割合がかなり大きく、エネルギー大臣としてはエーテルに戻して欲しかった。
「だが、スフィアナにエーテルを供給してもらうなら新大陸は諦める必要がある。両方共という訳にはいかないぞ!」
前世界の国際法に照らし合わせて言えばスフィアナが先に発見して実行支配している為、後に発見したエストシラントはその新大陸を領有する権利は一切無い。
今更スフィアナに一部割譲を要求しても断られるのが目に見えている。
室内の雰囲気が一気に戦争ムードに高まりかけた。
だが、それに異を唱える者も居た。
「外務省として反対です!今戦争をしてもしスフィアナに負けたらどうするつもりですか!?スフィアナとアルテミス間での戦争は貴方方も良くご存知の筈だ!」
外務大臣のその発言に各大臣は頭を抱える。
あの、エストシラントよりも遥かに大きい国力・軍事力を持つアルテミスが何度もスフィアナに敗北している。
その事実だけでもスフィアナが軍事強国だと分かるだろう。
だが、経済産業省やエネルギー省は最後の望みをかけて国防大臣の方を向いた。
「それに対して国防大臣はどうお考えですか?」
そして外務大臣も最後の望みを断ち切る為に国防大臣に質問を投げ掛ける。
「当然、スレイナ諸島を巡る紛争に関しては研究したが、そもそもの話、アルテミスは伝統的な陸軍国家だ。アルテミス航空軍が保有している空中巡洋艦も陸地でしか使えない。陸軍国家が海軍国家であるスフィアナに敗北するのは当然の事だ。」
期待していた事を国防大臣から言われて経済産業大臣とエネルギー大臣の瞳が煌めく。
国防大臣は更に話を続ける。
「スフィアナとは直接的な交流は無いが、わざわざ新大陸開発に別の国と共同で行っているという事は新大陸を丸々統治し、防衛する力が無いだけでは?スフィアナ連邦陸軍は総兵力が20万人程度しかいないそうだ。逆に我が陸軍は総兵力は40万人近く居る。更に動員する事も可能だ。」
「動員してもらったら困るんですがねぇ。」
国防大臣の動員発言に経済産業大臣がボソッと異を唱えるが、国防大臣は聞こえていないのか、更に話を続ける。
「長期戦ならばスフィアナともう1ヵ国ある向こう側の方が有利だろう。その為、短期決戦で電撃的に新大陸を占領して講和する。」
「正気か?」
外務大臣が有り得ないと言うが部屋の雰囲気は完全に国防大臣の言葉に載せられていた。
その国防大臣も、何処ぞの第二次大戦の帝国のような事を言っているが、電撃戦のメリットしか分かっていない世界な為、起こりうる事だ。
探せば電撃戦で敗北した国もあるかも知れないが、それらが彼等の耳に入る事は無かった。
「スフィアナと共同で開発している国の事も知らない現時点で武力行使を行うには危険性が高すぎませんか?」
そう言ってきたのは今まで黙っていた財務大臣だが、彼は一応は中立である。
もしこの作戦が成功すれば国内経済は回復し、財政も豊かになる。
逆に敗北すれば財政は今以上に悪化する。
だが、完全に戦争を行う雰囲気になっている為、疑問点などを潰しておきたかったのだ。
「えぇ、ですから全面戦争ではこちらにも痛手を負う可能性がありますので、あくまでも局地戦争で行う考えです。この新大陸を一部でも我が国の領土にしなければ我が国の経済は死ぬ!新大陸の開発により将来的にスフィアナや共同開発国の国力が伸びる可能性は非常に高い。そうなった時、我が国に打てる手立てがあるかどうかは分かりません。もし無ければそのままスフィアナなどに我が国は飲み込まれてしまうでしょう。」
国防大臣がそう言い切った時に、外務大臣からは諦めのため息が聞こえた。
この部屋内に武力行使を行う事を反対する者はいなくなった。
「では国防大臣。直ぐに武力行使に関する報告書を纏め、提出しろ。防衛戦争以外は議会での議決を必要とする。根回しも必要だぞ?」
「はい。心得ています。」
エストシラント共和国は国名からも分かる通り共和制国家である。
アメリカで有れば大統領の命令一つで戦争をする事は簡単に出来てしまうが、エストシラント共和国では防衛戦争以外では議会での議決を必要としていた。
もし、その議会で武力行使が否決されてしまえば軍を新大陸に派遣する事は出来なくなってしまう。
だが、とにかく政権内では新大陸、アルテシア大陸への武力行使が決定された。
それが議会で可決されるのかは今はまだ、誰にも分からない。
新世界歴1年7月27日、日本国 首都東京 総理官邸
「そうか、そのエストシラント共和国とかいう国が新大陸に侵攻する可能性が高いか・・・」
夜の東京の街並みを眺めながら防衛大臣の報告にそう答えた。
既にエストシラント共和国についての基本情報は入ってきており、陸軍力重視の軍隊編成という事も分かっている。
「陸軍重視と言っても海軍力も相当なものです。中型空母1、ミサイル巡洋艦2、高性能防空駆逐艦4、汎用駆逐艦27、空母を除けば20年前の海上自衛隊と殆ど変わらない戦力です。陸軍も総兵力40万、空軍も400機近い作戦機を保有しています。」
中型空母まで保有しているのだから2010年代の海上自衛隊を上回っていると言っても良いだろう。
特に陸上戦力の多さは韓国と同等程度で、何故日本より小さい島国でこんなに兵力が必要だったのか、理解に苦しむ所はあるものの、驚異ではあった。
「だが、インフラなど何もない場所に陸上戦力を揚陸させても殆ど進めないだろう?」
「こちらをご覧ください、総理。」
そう言って防衛大臣が差し出したタブレットにはエストシラントが上陸すると思われる大陸東部の衛星画像が写っていた。
大陸を二分する大河の河口付近だが、堆積物により水深は浅そうなので日本領やスフィアナ領どちらにも行ける場所だ。
所々森林地帯と呼べる深い緑が写っているものの、大陸を二分する大河を除けばそこは草原地帯であった。
「・・・ここ、戦車通れるの?」
「はい。戦車どころか、多少不整地帯に対応している装輪車輌でも通れます。更にこの砂浜は揚陸するのに丁度良い場所になります。」
その場所が湿地地帯ならば、まだ救いようがあったのだが、草原地帯なら余裕で戦車は走行出来る。
もしかしたらエストシラントがそこに簡易飛行場を建設して戦闘機を運用する可能性すらあった。
普通ならば牧場にするような場所なのだが、エストシラントがわざわざそのような施設を建てるとは思えなかった。
「一応、この草原地帯、大河で二分されてるよね?橋も無いし、どちらかに上陸したら逆側へは来れないんじゃ無い?」
まだ諦めきれない総理はひたすら現実から目を晒せる理由を探し続ける。
「諦めて下さい。新大陸分割協定でアルテシア大陸は日ス両軍で防衛すると有ります。スフィアナ側に上陸したからと言え自衛隊を出さなければ両国の関係にヒビが入ります!」
「・・・・・攻めてくる可能性はどのくらい?」
防衛大臣の強い口調に諦めたのか、総理は初めて攻めてくる可能性について言及した。
「まともな国なら10%程、アメリカのような国なら90%程、中国のような国なら100%ですね。」
「確率高くねぇ!?」
思わず総理は叫んでしまった。
案外、世界はまともな国の方が少ないのである。
日本なら0%と言い切れるのだが、この新世界で日本のように居られる国は恐らく1割も無いだろう。
「ただ、攻めてくるのは明日かもしれませんし、10年後かもしれませんので、心の準備だけしておいて下さい。」
防衛大臣からそう言われ、総理は諦めた。




