57.情報機関
新世界歴1年6月12日、日本国 首都東京 防衛省 情報本部
日本国防衛省情報本部は約4000名の職員を抱える日本国最大の情報機関である。
この情報機関の特色としては、アメリカのCIAやイギリスのMI6のようなスパイを使ったヒューミント活動では無く、アメリカのNSAやイギリスのGCHQのような衛星などを使ったシギント活動をする組織である。
ちなみに日本のヒューミント活動は公安調査庁が担っている。
そんな情報本部にとっても日本国の異世界転移はこれまで積み重ねてきた情報や戦略を全て捨てる事と同意だった。
情報本部もとい、日本の仮想敵国は中国やロシアなどの周辺諸国。
当然、情報本部の諜報戦略も日本の周辺諸国に重きが置かれ、周辺諸国以外、特に異世界の国に関しては全くの無知に等しかった。
「スフィアナの諜報機関について分かった事はあるか?」
情報本部の職員がそう尋ねたのは防衛省では無く、公安調査庁、つまりヒューミント活動などを行なっている別機関の人間だった。
「進展は無いですね。スフィアナはそもそも別種族の人達が住んでいる国ですからヒューミント機関にとっては相性最悪です。」
スフィアナ連邦国に住んでいるのは人間とエルフのハーフであるハーフエルフである。
勿論、人間も住んでいるが、スフィアナでは少数派で、そこに人間率100%の日本人が紛れ込んでも非常に浮いてしまう。
更にそもそもスフィアナについては情報が非常に少なく、一般人の渡航も解禁されてない状態である。
公安調査庁にとっては非常にやり難い相手だった。
「やはりそうか・・・」
「それで?シギントの方は如何ですか?何か進展でも?」
基本的に日本国の情報機関はヒューミント活動よりもシギント活動の方に特化している。
そもそも1番の人員と予算を投入されている情報本部がシギント機関な為、当たり前なのだが。
情報本部は高性能な通信傍受装置を多数保有しており、人工衛星まで保有していた。
「一応スフィアナ連邦情報局、FISがある事は判明している。人員約8000人を抱える巨大機関という事はスフィアナ国内で販売している書籍などから分かるが、それ以上はな・・・」
日本やアメリカ、イギリスなどではシギントやヒューミントなどは別々の機関・組織に分けられているが、どうやらスフィアナの情報機関はドイツのように全て同じ機関のようである。
「それで?能力などは分かっているのか?」
「大方はな。かなりの実力を持った組織という事はハッキリしてるな。」
控え目に言っても独自に人工衛星や高性能傍受装置などを保有している情報本部は優秀である。
その機関が半年間動き回り、それだけの情報しか出てこないのならば連邦情報局はかなり優秀な組織なのだろう。
と言っても、転移前に保有していた人工衛星は全て消失している為、地上機器のみなのだが、それは世界各国同じだった。
「ところで国内のスパイの方は?NISや中央統戦部の動きは?そちらの方で処理したのか?」
「まぁ、大変だったがな。」
そう言って公安調査庁の担当者はここ最近のネットニュースが表示されたタブレットを見せた。
するとそこには国内各所で発生した銃の発砲事件について多数記載されていた。
そのニュースを掲載しているどのマスコミも、暴力団同士の抗争として多発した事件であり、転移によって国内の治安が悪化していると締めくくられていた。
「全部そうなのか?」
「大方は此方の話だな。まぁ、暴力団同士の抗争が多発してるのは本当だと公安の連中達が言ってたな。」
「・・・それで?どれくらい処理出来た?」
「パッと目に付くところは全部だな。SATまで投入したからな。一部自衛隊の力も借りてるがな。」
SATは警察の特殊部隊である。
一応、全国各地に配置されており、その能力は非常に高いと言われている。
だが、SATにしても自衛隊にしても、その力を借りたという事は通常の警察官では太刀打ち出来ない程の火力を相手側が持っていたという事であり、かなりの規模の銃撃戦があったのでは無いか?と推測された。
「そう言えば大規模な火災も幾つかあったな。証拠を隠滅したか?」
「ノーコメントで・・・」
彼等双方共に情報機関の人間である。
必要な情報以外ペラペラ話す者は情報を扱う人間として相応しく無い。
情報本部の担当者はそういう事なんだろうと思い、これ以上聞く事は無かった。
新世界歴1年6月12日、日本国 沖縄県 名護市 陸上自衛隊 辺野古駐屯地
20年前の2010年には、約2万人もの在日米軍が駐留していた沖縄。
しかし10年前の2020年からフィリピンへの駐留を再開した事により日本国内の在日米軍は減少傾向にあった。
2030年当初の在沖米軍は約6000名、これは日本国内の在日米軍1万4000名の半分弱だった。
また、在沖米軍の減少に伴い、沖縄県内に多数存在した米軍施設も次々と縮小された。
半分近く縮小された嘉手納基地は那覇基地から移駐してきた第10航空団が航空自衛隊嘉手納基地として使用する事になった。
その他の施設や基地などもかなり縮小されている。
そして3月、アメリカ政府は国内戦力の不足と地理的環境の大幅な変化、そしてヨーロッパ派兵を理由に日本政府との日米安全保障条約を事実上破棄、日本国内の在日米軍は一部自衛隊との連絡要員を除き、至急即時帰国命令を出した。
その為、現在沖縄には在日米軍が誰一人として居ないのである。
そこで問題となったのは多数の反対がありながらも結局、進捗度90%までになった辺野古基地である。
莫大な予算を掛けて建設している為、使わないという選択肢は有り得なく(野党からの批判の的になる)、結局抜けた在沖米軍の替わりとして自衛隊の基地となる事になった。
辺野古には陸上自衛隊と海上自衛隊が入り、これまで海上自衛隊の基地があった勝連基地もといホワイトビーチは大規模拡張され海上自衛隊6ヶ所目の基地となる予定だ。
辺野古基地はあくまでも海上自衛隊の燃料補給所などがあるだけである。
最も、いきなり沖縄県の14%を占める広大な土地の使用者が居なくなってしまったので米軍基地交付金が無くなり沖縄県は収入の大幅な減少に見舞われていた。
半分近くは自衛隊が継承したが、それでもかなりの敷地が余った為、殆どは公園になる予定である。
結果的に東千歳駐屯地を抜き日本最大の陸上自衛隊駐屯地となった辺野古駐屯地には1個水陸機動団と那覇駐屯地に居た第15ヘリコプター隊。
そして今日、辺野古駐屯地に新たな部隊が配備された。
「基地司令。たった今、第6地対艦ミサイル連隊の部隊配備が完了致しました!」
旧アメリカ軍の立派な基地庁舎内の基地司令室で担当者が基地司令にそう報告した。
本日は第6地対艦ミサイル連隊の新設配備日で、先程その開設式が終わった所だ。
第6地対艦ミサイル連隊は2011年まで栃木県の宇都宮駐屯地に存在していたミサイル連隊であり、今回はその廃止された部隊を再開したのである。
つまり増強である。
「ご苦労だった・・・しかし、今更地対艦ミサイルなんて配備して意味があるのかねぇ。」
「・・・中国、居なくなりましたからね。」
15年程前から防衛省が進めている南西諸島の防衛力強化。
宮古島や石垣島、与那国島に自衛隊駐屯地を新設し、下地島空港に航空自衛隊部隊を駐留させた。
元々は海洋進出してくる中国対策だったのだが、今改めて見ると在沖米軍は完全撤退し、南西諸島地域の全体的な防衛力は逆に減少している。
「敵らしき敵は居ませんからね。ミレスティナーレのような事が沖縄でも起こるのなら別ですが・・・」
「可能性が低いからこの程度の増強なのだろう?本当に想定していれば在沖米軍の抜けた穴を完全に塞ぐぞ?」
在沖米軍の撤退で確かに沖縄に配備された自衛隊は増強されているのだが、完全にその抜けた穴を塞いでいるか?と聞かれるとそうでは無い。
確かに沖縄を担当する陸上自衛隊第15旅団はその人員を10年前の2500名から3500名へと約1.3倍増員している。
ただ、在沖米軍約1万の穴を完全に塞ぐ気は防衛省に無いようだ。
「新大陸の防衛もあるからな、自衛隊に在日米軍の穴を埋める程の余剰戦力は無いよ。」
「ですが、今回の転移不況で溢れた新卒を大量に雇用してますが・・・自衛隊の定員が埋まったとニュースにもなってましたよ。」
「そうか、ならば君が言った新大陸に派遣されるんだろう。定員が埋まったと言っても陸自だけでも15万程度の兵力だ。恐らく定員も増やすんだろうな。」
「新兵の教育が大変だ。」と基地司令は苦笑した。
最も、人員確保の次に自衛隊もとい防衛省が頭を悩ましているのが確保した隊員の専門教育である。
給与は多少増えたが、自衛官は一部の幹部を除き55歳での早期定年を採用している。
一般企業が65歳〜70歳なのを考えると早過ぎる定年だ。
最も、殆どの隊員は防衛省が斡旋した企業へと再就職するのだが、自衛隊で学ぶのは殆どが潰しが効かない専門科目である。
一般科目のように簡単に教官は増やせない。
こうして様々な問題を抱えながらも新世界での周辺地理的環境に適応する為の自衛隊増強は続いていく。




