56.最後の足掻き
新世界歴1年6月12日、日本国 首都東京 総理官邸
「は?どういう事?」
いつも通り総理官邸の執務室で通常業務をこなしていた総理は外務大臣からの報告に思わず聞き返してしまった。
「そのままの意味です。朝鮮総連が我が国に対し朝鮮半島で抑圧されている朝鮮人の支援を要請してきました。」
そもそも朝鮮総連は国じゃ無くて民間団体なので外務省の管轄では無いのだが、北朝鮮の出先機関ともなっているので、北朝鮮との国交が無い日本は朝鮮総連を半ば北朝鮮大使館として扱っていた。
「えっと、同じ事言われてもよく分からないんだけと、韓国や北朝鮮は中国に併合されて無くなったんだよね?」
「はい。無くなりました。」
「ならそれは我々じゃ無くて中国政府に言うべきじゃ無い?」
韓国及び北朝鮮の両国は転移当初の中国の新大陸攻略作戦の失敗の批判逸らしとして中国に占領されていた。
一応は朝鮮戦争の休戦協定を破棄した北朝鮮が韓国へ侵攻し、援軍として北朝鮮が中国及びロシアに要請し、韓国は敗北し北朝鮮に併合された。
その後、北朝鮮の要請により朝鮮半島の8割を中国、北東部2割をロシアに割譲していた。
その為、既に北朝鮮や韓国は無くなっており、朝鮮半島で起きた事を日本に行ってくるのはお門違いであった。
「それなんですが、2月〜3月くらいに国内の中国人や朝鮮人が船をチャーターして自国に帰国した事がありましたよね?」
「あぁ、停船要請を無視して向かったやつか、殆どの船が無事に到着したって聞いているけど?」
異世界に転移し、民間機の運航は全てストップとなり国内にいた外国人旅行客はそのまま日本国内に取り残される事になった。
しかし2月の半ばにユーラシア大陸発見のニュースを聞きつけ一部の外国人が外務省に帰国要求をしてきたのだ。
まだ海底状況が不鮮明な為、その場では答えをはぐらかしたのだが、我慢出来なかったらしく、外洋航路の大型船舶をチャーターし、海上保安庁の要請も無視したままそのまま出港してしまったのだ。
更に日本から逃げ出すように在日の人達も日本国籍を放棄し、そのまま向かった為、200万人近い人口が減ってしまった。
「一部の船舶が浅瀬に乗り上げ座礁したようですが、殆どの船舶は無事に朝鮮半島や中国大陸の港に到着しています。ですが、まさか自国が中国に占領されていると思っていなかったらしく、その責任が日本政府にあると・・・」
「非難しているの?」
「・・・はい。」
もう無くなってしまった国の事まで補償していたら金が幾らあっても足りない為、この件に関しては放置一択だった。
というより、わざわざ日本国籍を放棄している為、国籍を放棄した時点で日本政府に彼等を助ける理由は無い。
逆に中国政府に内政干渉と言われたら何も言えない状態になってしまう。
「まぁ、かなりの人達が帰ったみたいだから前程の影響力はないでしょ。放置しておいて良いよ。中国政府に対しては遺憾の意程度の発表で良いかな?」
「そうですね。中国政府との密約もありますし。」
外務大臣の発言に総理は悪い人がやるようにニヤリと笑った。
別に密約と言っても国内法や国際法に引っかかるような事を結んだ訳では無い。
ただ単に中国政府と様々な密約を結んだだけである。
日本政府は朝鮮半島が中国の領土であると承認する代わりに中国政府は尖閣諸島及び台湾の領有権を放棄する事。
中国政府は竹島の日本帰属を認める事。
また朝鮮半島及び中国国内の日本資産を接収する代わりに日本国内の中国資産を日本政府に譲渡する事。
中国国内に居る日本人及び日本国内にある中国人の中で帰国を希望する者はあらゆる手段を用いて速やかに帰国させる事。
と、この3つである。
「ほんと、こんなのバレたら間違いなく政権が崩壊するよなぁ。」
「まぁ、もう韓国と北朝鮮は過去の国ですから。実際に中国とロシアという大国に分割されたので、我々がどうする事も出来ませんよ。」
一応、この密約は日本の国会にて承認されていないので法的な効力は一切無いのだが、中国との関係もある為、公にされる事のないまま歴代政権が引き継ぐ事になるだろう。
ちなみに中国に居た日本人の中で帰国を希望する者は中国政府所有の輸送船で日本に送り届けられ、日本に居た中国人の中で帰国を希望する者も日本政府がチャーターした船舶で中国に送り届けられた。
まるで、戦争開始直後の国民交換だが、別に中国と戦争する訳ではない。
位置的に遠くなったので今後数十年は関わらないという中国政府のある意味での意思表示でもあった。
「朝鮮総連も解体される事が決まってますので、彼等の最後の足掻きでしょうな。」
「ある意味の風物詩でしたね。」
「嫌な風物詩だなぁ。」と総理が言うが、これまで朝鮮総連によってある程度コントロールされていた彼等の動きが読めなくなるのは公安などからしてみれば厄介事だった。
この後、公安の予想通りに総連のコントロールを外れた彼等による凶悪犯罪が発生してくるのだが、今は誰も知らない。
新世界歴1年6月12日、ミレスティナーレ帝国 首都ミレス 首相官邸 首相執務室
日本やスフィアナとの戦争の敗北の責任を取って当時の政権は議会を解散、総選挙を行った。
その結果、ほぼ全ての大臣の顔ぶれがガラリと変わってしまったのだが、彼等がやる事は全く変わっていない。
そして、何故か首相もまた当選してしまいまた首相の職を続ける事になっていた。
「とりあえず現状を整理しよう。これまで保有していた全ての海外領土との通信が未だに再開しておらず、海軍及び空軍は再建途中という訳か・・・」
「新たなテレビ方式と鉄道の路線は日本方式で決まり、日本の外務省からODA、政府開発援助で技術込みで支援してくれるそうです。」
ミレスティナーレ通信庁のデジタルテレビ方式の選定とミレスティナーレ運輸省鉄道局の新路線建設の両選定は日本とイギリスの熾烈な受注合戦の末に技術提供を申し出た日本の勝利となっていた。
これにより日本は今後数十年間のミレスティナーレの放送関連設備と鉄道設備の輸出を継続的に行う事が出来、日本企業には莫大な利益が転がり込んでくる筈である。
最もこの敗北によりイギリス政府は国内の放送関連会社や鉄道関連会社から猛批判を浴びる事になるのだが、この件に関しては日本のODA勝ちだった。
「そう言えば陸軍の戦車はイギリス製の戦車に決まったんだって?」
「はい、そうですね。今まで使っていた我々の戦車がおもちゃに見える程のレベルでしたよ。」
「海外領土が発見されてませんので海軍戦力の低下は如何ともし難いです。」
ミレスティナーレは19世紀のイギリスもビックリな程海外に進出していた。
世界が二分されるような陣営の盟主だったので当然と言えば当然なのだが、問題はその海外領土が見つかってない事である。
海軍の7割、陸軍の4割、空軍の5割と決して少なくない戦力が海外領土に配備されており、この転移でその戦力全てが現状消失してしまっているのである。
特に海軍戦力に関しては問題で、日本とスフィアナとの戦争で少なくなった戦力までやられてしまった為、今仮想敵国のニルヴァーナに侵攻されたら間違いなく敗北する事は目に見えていた。
「残存海軍戦力は軽空母2隻を主力とする第3空母艦隊と軽装艦艇を主力とする護衛艦隊、そして大型艦が少しです。唯一の救いは殆どの艦艇が新しい艦艇ばかりだったという事ですが・・・」
その新しい艦艇をもってしても日本やスフィアナの海軍艦艇には遠く及ばない。
そもそもミサイルを迎撃出来る程の高性能迎撃システムがある事自体反則だと彼等海軍の人間は考えており、一部交戦的な人間も海上自衛隊やスフィアナ海軍の艦艇を視察して一瞬で戦意喪失していた。
「そう言えば3ヶ国に採掘権を渡したフェルニア油田とリサニア荒野の方はどうなっている?」
ふと思い出したように首相は戦争で日本、スフィアナ、イギリスの3ヶ国に譲り渡したフェルニア油田とリサニア荒野の事を思い出した。
「フェルニア油田の方は隣接する海岸線の都市キラウェアの護岸工事を行なっており、また同時進行でフェルニア油田近くで大規模な工事を行っています。日英両政府の説明によりますと石油の蒸溜施設との事だそうですが、かなりの規模です。」
「リサニア荒野の方はスフィアナが工事車両などを持ち込み露天掘りで採掘を始めています。またキラウェアの護岸工事にも噛んでおり現在キラウェアは日英スの資本が投下されかなり発展しています。」
フェルニア油田担当の者とリサニア荒野担当の者、両者が出した複数枚の写真を見て執務室内に居た人間は驚きの余り声が出ないようだ。
彼等が見せた写真に写っていたのは人口20万人程度の海岸線の遠洋漁業基地のある中堅都市の姿では無く、他国の資本が惜しみもなく投下され、建設中の大型船舶でも接岸出来る程の立派な港湾施設と大幅に拡張された国際空港と言っても過言では無いキラウェア飛行場の写真だった。
キラウェア飛行場はセスナ機レベルの小型機が離着陸する誰も見向きもしない地方の小規模飛行場だった。
だが、そんな小規模飛行場が大幅に拡張され、建設中だが、明らかにミレスティナーレ最大の空港であるミレス国際空港を上回る規模になるのが簡単に予想出来る程のキラウェア飛行場だった。
「キラウェア飛行場の拡張は運輸省航空局は既にご存知の筈ですよ。視察団が何回か訪れてましたので、あと運輸省海運局も・・・」
そんな事彼等から一切聞いてないと怒鳴りかけた運輸省大臣だったが、そういえばこの後航空局と海運局の局長から緊急での報告があると言ってたなと思い出した。
大臣が何かに理由を付けて先延ばしにしていたのだが、それを悟ったのか会議室内の他の大臣達から冷たい目で見られる運輸大臣だった。




