54.いつも通りの国会
新世界歴1年6月3日、日本国 首都東京 国会議事堂 衆議院本会議場
4月の衆議院議員選挙以降、議席の党勢力が大きく変わった衆議院本会議場では、選挙前では野党第一党だったのだが、ミレスティナーレとの戦争以降、急速に国民の支持をうしなって、今では野党第2党にまでなった党の国対委員長という役職の女性議員が大声で意気揚々と総理及び防衛大臣に質問追及を行なっていた。
「今は異世界転移という大災害で経済不況時です!国民の生活支援に多数の予算を割かなければならない時に、空母という物に多額の予算を掛ける時では無い!!」
立憲自由党国対委員長の発言に今は少なくなった左派系政党の野党議員から拍手が起きる。
それに気を良くした国対委員長は更に発言を続けた。
「そもそも、自衛隊の専守防衛政策に空母は不必要です!空母の建造は年々国家予算を圧迫する防衛費の増加に拍車を掛けるのは間違い有りません!!更に憲法9条との適合性にも疑問が持たれます!そこのところはどうお思いなのですか総理!!」
国対委員長は憲法9条との適合性を基に政権の航空機搭載護衛艦(空母)を批判するが、別に国会に空母建造の予算案が提出された訳では無い。
3月の初め頃に異世界転移による『令和11年度中期防衛力整備計画』の凍結と新たな『令和12年度中期防衛力整備計画』が公開された。
国対委員長はその12中期防に含まれた『航空機搭載護衛艦(DDA)の建造』に対して異を唱えているのだ。
ちなみに国対委員長がこれまで以上に声を張り上げているのは自身の政党の勢力が大幅に減った事と、ミレスティナーレとの戦争以降、各マスコミの世論調査で半数以上が憲法9条の改正に賛成した事による危機感からきている。
という野党の事情はさて置き、指名された総理は内心(面倒だなぁ)と思いながらも、それを表に出す事無く立ち上がり答弁を始める。
「え〜、この新しい世界では地球とは比べものにならない程の広大な海洋面積があります。これまで地上の滑走路からどうにかなる距離でしたが、今はそうではありません。更に新たに我が国の領土となった新大陸、アルテシア大陸の防衛もあります。その際に柔軟な運用が可能な航空機搭載護衛艦は我が国、自衛隊に必要な装備なのです。」
一応は過去の答弁で攻撃型空母は保有しないと言っているので政権側の人間は絶対に空母とは言わずに航空機搭載護衛艦と呼んでいた。
言ってしまえば言葉遊びなのだが、それがまかり通るのがこの国の憲法の悪い所なのだ。
だが、柔軟な運用と言ってしまえばそれまでなので一部の人間以外は指摘しない。
ちなみに勿論野党の空母保有反対派の人間はどれだけ納得するような答弁をしても賛成する事は絶対にあり得ないので、この『自衛隊による航空機搭載護衛艦保有の是非』を巡る答弁はこれからも続いていく。
そして、そのような事ばかりの野党に僅かに残った支持者も離れていき、結局は与党の支持を上げるだけに終わるのだが、この時野党の人間は気づいていない。
世界が変わってもこの場だけはいつも通りの日常が続いていた。
新世界歴1年6月4日、日本国 首都東京 国土交通省 大会議室
「現在アルテシア大陸には簡易飛行場や簡易港湾施設しか無く、開発にはスフィアナ連邦との連携が必須となります。」
国土交通省内の大会議室内では十数人の男女が集まり会議を進行中だった。
これは国土交通省内に新たに発足した新大陸開発庁の会議である。
その為、この会議には国土交通省を初め内閣府、外務省、経済産業省、環境省、総務省、防衛省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省など宮内庁以外の全ての中央省庁が参加している。
一応組織図上では内閣府の外局として設置されているが、新大陸開発という事で実際に開発を行う国土交通省、民間企業などとの調整を行う経済産業省、そして新大陸開発初期段階の輸送支援を行なったり防衛を行なう防衛省がこの新大陸開発庁において絶大な権限を持っている。
そしてその4つの中央省庁以外に意外にも権限を持っているのが環境省である。
これは新大陸が緑溢れた自然豊かな大陸な為、余りにも過度な乱開発を行ってしまう事を防ぐ為となっている。
だが、実際にはスフィアナに居る精霊を怒らせない為であり、外務省並にスフィアナとの連絡を取っていた。
「・・・ではアルテシア大陸の開発はスフィアナのような多極集中開発方式という事で決定致します。」
司会進行役の言葉に出席者達から拍手が送られるが、殆どの要項は事前に各省庁の人間達が擦り合わせをしており、この場はあくまで確認程度の事である。
ちなみにこの会議を含め新大陸開発に関する会議はマスコミをシャットアウトしており、この場には政府の人間しかいない。
もちろんマスコミは秘密会議だと抗議したのだが、政府は「新大陸開発にスフィアナ連邦軍や自衛隊の協力を必要とする為、防衛機密などが含まれる」として取り合わなかった。
一応、会議後にはマスコミ向けの会見が開かれるが、その会見で視聴率が取れる為、それで納得していた。
ちなみに『多極集中開発方式』とはスフィアナの都市開発で採用されている方式であり、自然保護と都市開発を両立した方式である。
日本や他国のように環境を保全する場所を決めるのでは無く、都市開発を行う場所のみを決めるのだ。
メリットは開発場所以外に人の手が入る事が無い為、自然環境の保護が出来る。
デメリットは必然的に使用出来る土地が少なくなる為、地価が上がり易い事である。
最も政府関係者はスフィアナの精霊を怒らせるよりマシと考えており、マスコミや野党も自然環境保護という名目がある為、この開発方式を好意的に見ている。
1ヶ月程前に国会で採決された『アルテシア大陸に関する日本国及びスフィアナ連邦国間での分割に関する条約』及び『アルテシア大陸に関する法律』、いわゆる新大陸法にて70%以上の自然を残す事などが決められている為、この開発方式はその法律に影響された決定となっている。
野党はこの新大陸法にて新大陸の非武装を明記したかったようだが、賛成少数にて否決された。
そもそもスフィアナが軍を駐留させる為、空文化しているのだが、彼等にとってスフィアナの事はどうでも良いようだ。
「ではまず第1次都市開発により開発する場所は次の4地点でよろしいですね?」
「まだ鉄道も道路も飛行場も無い為、当然だろう。」
司会進行役の問いにそう答えたのは国土交通大臣である。
正面のプロジェクターに投影された地図にはアルテシア大陸が映し出されており、日本側の領土の4ヶ所にピンが立てられていた。
その全てが海岸線の湾になった場所であった。
内陸に都市を開発するのは現時点で不可能であり、海から資材を揚陸出来る海岸線が第1次都市開発の候補になるのは当然の流れだった。
ちなみに都市名は正式に決まるまで開発される順に第101都市、第102都市、第103都市、第104都市と仮決定されており、逆にそれがアニメみたいでカッコイイと国民には高評価だった。
仮決定だからと適当に数字を当て嵌めただけの国土交通省の職員は(まさかこの都市名にならないだろうな?)と思っているのだが、案外支持する声が多いので政府も決めかねていた。
「では次に新大陸防衛による自衛隊の基地及び駐留地の設置なんですが・・・」
「ん?何か問題でもあるのか?」
タブレットに表示された資料を見て言い淀んだ司会進行役にそう言うとは経済産業大臣である。
経済産業省からしてみれば新たに獲得した新大陸での権益を守る為に自衛隊に駐留させるのは当然と考えていた。
また何処かの団体が苦言でも言ってきたか?と思った大臣だったが、どうやら違うようだ。
「防衛省が提出した新大陸防衛計画に従い基地や駐屯地を建設しますと全ての都市に自衛隊の基地や駐留地が建設される事になりました・・・」
それを聞き防衛省関係者以外の他の出席達は「あ〜」と納得したような表情となる。
つまり簡単に言うと全ての基地・駐留地に配備するだけの人員を確保出来るか?という事である。
異世界転移による経済不況により現在自衛隊には就職難に見舞われた若者達が殺到している状態である。
それによりこれまで定員割れしていた状態の自衛隊は人員を確保出来た。
だが、所詮自衛隊の定員は陸・海・空三自衛隊全て合わせても25万人弱程度である。
現在、各安全保障研究所や官民シンクタンクなどが新大陸防衛に必要な人員や装備を発表しているが、どう少なく見積もっても10万弱の人員が必要である。
それは陸・海・空三自衛隊のうち航空自衛官と海上自衛官を足した数よりも多く、現在の自衛隊では大増員しない限り到底足りない数だった。
「当然人員は足りない為、用地は先に確保しておいて後で部隊を配備します。」
幸いなのはこの転移不況で仕事に就けずに溢れた人間、特に若者が大勢居るという事である。
勿論、不況でも仕事が0ということでは無いが、数万や数十万の人間が溢れている状態である。
最も、入隊したばかりの新人を新大陸に派遣する筈も無く、数年の訓練期間を経て派遣されるのだが、この件に関しては流石に徴兵制を導入する訳にもいかず(徴兵制でも良いから仕事が欲しい人間は居るが)、時が経つのを待つしか無い。
幸いにも直ぐに戦力が必要というような、差し迫った危険は無いのだから。
「分かりました。では次の事項ですが・・・」
空母よりもまず先に人員だよなぁ、と絶対に口にはしない事を思いながらも防衛省職員は黙って会議内容を頭に入れていく。
これまで問題とならなかった事を浮き彫りにしながらも日本の新世界で生き残る為の模索は続いていく。




