53.経済や国家財政は何処の国もピンチです
新世界歴1年5月28日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸 首相執務室
「・・・今季はマイナス5.2%の成長率か、これだけで済んだのは幸運なのか?」
スフィアナ連邦国のアルノア・フィルナンデス首相は執務室で経済・産業基盤省や財務省から上がってきた総合収支報告書を見てそう呟いた。
そこに書かれていたのは今季のスフィアナの経済報告で、スフィアナ連邦国の経済成長率はマイナス5.2%と記載されていた。
経済成長率マイナス5.2%という数字は日本から見たら、2008年のリーマンショックのマイナス6.0%、2020年のコロナショックの8%と比べるとまだマシな数字だ。
まぁ、大差無いが・・・
だが、ここ数十年間毎年2.0%〜3.0%の安定成長を続けてきたスフィアナにとっては衝撃的な数字であり、幾つもの記録を塗り替えた数字だった。
そもそも世界地図が塗り替える異世界転移が起きている状況でマイナス5.2%で済んでいること事態奇跡で、それだけスフィアナが日本と同様に内需主導型の経済だという事を示していた。
最も、日本はマイナス6.0%〜7.0%とも言われており、スフィアナより酷いのだが、酷い国は10%台に達しているのでその国と比べたらまだマシと言えた。
「ちなみ失業率は約4%で、去年の1.2%と比べ倍増しました。」
「まぁ、そうなるわな。」
日本は中小企業の倒産が相次ぎ失業率が5%台に達していた。
その事を知っていたのかフィルナンデス首相は経済・産業基盤相の報告を聞き、その程度で済んだかと内心ホッとしていた。
だが、近年稀に見る失業率の高さと経済成長の大幅な落ち込みでフィルナンデス政権の支持率は調査ごとに下がっていた。
アメリカや日本などは大規模な経済対策を打ち出し経済を活性化させようとしており、スフィアナも大規模な経済対策を行おうとしていた。
「企業の収益の落ち込み、エーテルの販売先の喪失、国内経済の鈍化により今年度の財政は大幅な赤字になる見込みです。赤字国債の発行は必須ですね。」
「収支の割合はどのくらい?」
「私の憶測ですが、10:7程ですね。歳出がこれまでと同等ならば10:8でしたが、経済対策や失業保険などの歳出が嵩みますので・・・」
スフィアナはこれまで中東の産油国のようにエーテルの輸出により財政は非常に豊かだった。
中欧レベルの社会福祉制度を維持し、尚且つGDP比5%弱の研究開発費と1.5%の国防費を拠出しながら財政は国債を発行せずに収支が拮抗する程だった。
税収だけならば日本と同様に6〜7割程度なのだが、それにエーテルの輸出利益が上乗せされていた。
だが、異世界転移によりそのエーテルの輸出先が無くなり、国内経済も悪化した。
その為、今スフィアナの財政は非常にピンチだったのだ。
その緊迫感が財務相の発言からも窺える。
「国内経済はともかく、財政の健全化の為には一刻も早くエーテルの輸出先を見つけなければならないな。」
「その件ですが、我が国の南方8000km地点に転移しましたルクレール王国大使より早急なエーテルの輸出を要請されています。またルクレール王国海軍艦艇の護衛も含まれています。」
前世界でスフィアナ最大の友好国であり貿易国であるルクレール王国は地球世界で言う日本と中国のような位置関係だった。
だが、転移でその位置は8000kmも離れてしまったのだ。
更にスフィアナ連邦国とルクレール王国の間にはスフィアナの仮想敵国であるアルテミス人民共和国が位置していた。
流石にアルテミスも非武装の民間船を攻撃する程、落ちぶれてはいないが、この非常時、可能性は十分にあり得た。
「アルテミスか・・・エーテル輸送船の妨害はしないと思うが、まぁ用心するに越した事は無いか・・・」
「では、護衛は許可する旨でよろしいですね?」
「構わないだろう。」
スフィアナとルクレールの安全保障上の関係は同盟国である。
その為、ルクレール王国海軍の艦艇がスフィアナの領海に入る事もスフィアナ連邦国海軍の艦艇がルクレールの領海に入る事も珍しく無かった。
流石にスフィアナからルクレール王国までの輸送船を護衛するというのは前代未聞だが、エーテルという重要資源を輸送する為、ルクレール王国の考えは十分に理解出来た。
何せルクレール王国の発電の6割はエーテル発電によるものであり、王国軍にもエーテルは使用されている。
エーテルは石油程、保存が効かない為、備蓄する事が殆ど出来ないのだ。
その為、ルクレール王国は早急にエーテルを輸入する必要があった。
その結果が先程の海軍艦艇の護衛だろう。
「あと、日本、イギリス、オーストラリアの3ヵ国がエーテル発電所の建設が決定したそうです。」
「ほぅ、思ったより早いな。」
「日本は脱原子力を掲げていますので、オーストラリアとイギリスもコスト的にエーテル発電に切り替えたいのでしょう。」
「成る程、とりあえずエーテルの事は関係機関で調整してくれ。財務相は早急に補正予算案の提出を。」
日本が脱原子力を掲げているのは2011年からなので、2030年の現在も日本の発電の約1割が原子力なのを考えると国内外向けのポーズという事は理解出来ると思う。
だが、原子力に対する不信感が根強いのも事実なので日本政府はこの際に脱原子力を実行しようとしていた。
イギリスとオーストラリアはただ単にエーテル発電の方がコスト的に安価だからである。
エーテル発電の仕組みは火力発電と対して変わらないのだが、温室効果ガスを出さないのは非常に魅力的だった。
「分かりました。」
「了解しました。」
「かしこまりました。」
経済・産業基盤相、財務相、外務相の3人が返事をして執務室から出て行った。
ふと首相が時計を見ると、既に時間は深夜を回っていた。
新世界歴1年5月28日、日本国 首都東京 総理官邸 執務室
「・・・・・」
スフィアナ連邦国首相が官邸で経済及び国家財政について頭を抱えている頃、日本国総理も全く同じ事で頭を抱えていた。
時計がカチカチと時を刻む音しか聞こえない執務室だが、ちゃんと総理大臣をはじめ経済産業大臣や財務大臣など多数の人間が居る。
「この数字は本当なのか・・・?」
「はい。事実です。」
予想していたが、余りの事実に現実から目を背けたくなるような数字がその書類には並んでいた。
今、総理大臣が見て頭を抱えているのは日本の四半期経済成長率と失業率に関する書類である。
どの書類も失業率以外、大幅な下落で、その数字の左横には必ずマイナスが付いていた。
令和12年度四半期経済成長率マイナス8%
令和12年度四半期失業率6.5%
これが今、この国の経済の現実だった。
「ちなみにスフィアナはマイナス5.2%、イギリスはマイナス6.7%、アメリカはマイナス10.4%、中国は不明です。」
「まぁ、上がるわけ無いよな。」
マイナス8%という数字だけ見ると「酷い」としか言いようが無いのだが、異世界転移という大災害により貿易相手国が一時喪失した事を考えると経済が崩壊していないだけ奇跡である。
まだ体力がある先進国でコレだ。
発展途上国や海外からの観光客により国内経済を維持していた国など経済破綻して、国内が無政府状態という国も少なくない。
「とりあえず財政より経済を立て直す方が先決だな。」
「そうですね。議員の中にはコロナ対策と同様の仮措置を求めていますが・・・」
「一人当たり10万円と中小企業への持続化給付金か?」
「はい。」
2020年に発生したコロナウイルスによるパンデミックに始まるコロナ不況に日本政府は生活保護受給世帯及び年金受給者を除く国民全員に10万円を支給した。
更に体力の無い中小企業向けに持続化給付金などを給付した。
結局は他国と比べてコロナの感染者数が少なかった事もあり大幅マイナスを叩き出した経済成長率も翌年の2021年に持ち越しとなった東京オリンピックのおかげもあり持ち直した。
経済産業大臣や一部議員は今回もそれを行えと言っているのだ。
財務大臣は良い顔をしないが。
「まぁ、だがそれくらいしないと国内経済は良くならんか・・・」
「それよりも貿易相手を失ったのが痛いですよ。」
「だが、来月からはミレスティナーレへとの貿易が開始されるんでしょ?アメリカとも再開されますし、多少はマシになるんじゃ無いですか?」
結局のところ政治家達にもコントロール出来ないのが経済の為、日銀か市場任せにするしか無いのである。
彼等に出来る事は今回の大不況で生活がピンチな人にお金を渡す事くらいであった。




