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50.戦力が足りない、2

 


 新世界歴1年5月15日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 防衛総省 会議室


 日本国防衛省が新大陸に駐留させる戦力の捻出に頭を抱えている頃、スフィアナ連邦国防衛総省でも職員達が同じ事で頭を抱えていた。


 そもそも日本より兵力が多いと言ってもスフィアナ軍が防衛する地域は日本の約1.5倍もあるのだ。

 別に余裕なんてあるわけが無い。

 常に最低限プラスα程度の兵力を維持していたのだが、いきなり自国より遥かに広い場所の防衛を命じられたのである。

 当然、戦力は足りずに新大陸開発決定により浮かれている他省庁などを白い目で見ていた。


「戦力が足りない・・・」


 連日連夜に及ぶ会議と複数回に渡るAIによる試算を行っても、明らかに現有戦力では新大陸の半分の防衛など不可能だった。

 もちろん、この試算は新大陸の半分を有する事となった日本国自衛隊を友軍として計算した場合である。

 仮想敵として計算すればその数倍の戦力が必要になってしまう。


 そもそも今のスフィアナ連邦陸軍には一時的な派遣ならともかく恒久的に派遣出来る戦力など一部を除き、殆ど存在しない。

 まだ、陸軍より海軍や空軍の方が派遣出来る余裕は大きいだろう。


 と、内閣に伝えたのが1週間程前の事である。

 それからの内閣や議員、有識者達の会議で国防費のGDP比をこれまでの1.5%から1.8%に増額する事を決定したのが2日前。

 そもそもスフィアナの議会に日本のような極端な左派(ここでは軍縮派・廃止派を指す)は存在しないので、GDP1.8%程度の予算案もまとめられるだろう。


 だが、島一つの防衛では無い。

 大陸一つの防衛である。

 1個旅団や1個師団程度の生半可な戦力では話にならない。

 少なくとも1個方面隊規模の部隊派遣が大前提となる。

 唯一の救いが今すぐでは無い事だが、今後、数百万人単位が移住する事は間違いないだろう。


 そもそも0.3%程度(約1.5兆円)の増額で大陸を防衛出来るのかすら怪しい。

 広さ的に考えるともう一つ、スフィアナ連邦国軍を新設してもおかしく無い規模である。

 まだ、大陸に国家が無いだけマシだろう。

 敵が居たとしても大陸の外から来るのだから、海上で迎撃出来るからだ。


 そんな感じで頭を悩ませている防衛総省内でも、一角だけ浮かれている部署があった。

 それは陸・海・空軍の訓練場やその他演習などを維持・管理する部署であった。


「新大陸は土地が広いからな。ミサイルも最大射程で射撃出来るな!」

「西スフィアナ島分の土地を丸々演習場にしても余るぞ!」

「これで止まっていた巡航ミサイルの性能試験が再開出来る!」

「はっ!弾薬の増産をメーカーに伝えなきゃっ!」


 てな感じで、頭を抱えている他の部署とは逆の雰囲気で、ある意味異質だった。


 と言っても別に彼等の仕事量は減るどころかむしろ倍増しているのだが、これまで出来なかった試射や演習が出来る様になるとあってか、いつも以上のスピードで仕事を片付けていった。


 余りの彼等の目のギラつきに他の人間が思わず救急車を呼ぼうかと携帯を取り出す程だったが、他の人間が無言で「諦めろ」と首を横に振るのを見てそのまま携帯をポケットに仕舞った。

『触らぬ神に祟りなし』、一寸だけその言葉が頭の中を過った職員だった。





 新世界歴1年5月20日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸


「なんか防衛総省の訓練・演習担当課から凄い量の新大陸での演習申請書が来てるんだけど、何かあったんですか?」


 毎週恒例の定例会議後、席を立った防衛相に一時的に新大陸への上陸許可などの仕事を全て請け負う為に新設された新大陸開発庁長官がそう聞いた。

 1週間程前に閣議決定された『新大陸防衛に伴う国防費のGDP比1.5%から1.8%への増額』以降、新大陸での訓練及び演習申請が急増していたのである。


 もちろん陸・海・空・戦力基盤軍の増強が決定した為、訓練・演習の回数が増えるのは当然だが、その増え方が尋常ではなかったのだ。


「・・・新大陸の大きさを考えれば国内の演習場で撃たない装備も撃てるので、各部隊からの演習申請が担当の課に押し寄せている状態なので、その件では?」

「そんなに撃てない装備があるのか?」


 長距離ミサイルを保有する海軍や空軍ならともかく、陸軍の装備は両軍に比べたら射程は短い筈だった。

 少なくとも、長官はそう思っていた。


「数キロや数十キロ程度の射程ならともかく百キロ以上の射程の装備なら国内の演習場では制限などがありますので・・・」

「成る程・・・」


 彼女(防衛相)がそう言うなら、そう言う事なのだろう。

 専門外の自分が口を挟むのは違うなと長官は諦める事にした。

 どちにしろ、新大陸開発庁が行うのは訓練や演習の認可の可否を出すだけであり、詳しい内容は担当の防衛総省が行う。

 自分達の仕事が増えないなら大丈夫だろうと、訓練・演習申請に許可を出すよう彼は部下に伝えた。


 そもそも新大陸開発庁は様々な機関の利害が絡み合う新大陸に関する事を一元化する為に()()新設された省庁である。

 その為、彼等が行うのはインフラも何も無い新大陸で重点的に開発する場所を決め、開発し、住民を誘致し、自治体を設置するなど多岐に渡る。

 更に新大陸における共同開発国である、日本との調整も行い、必要な法案が有ればその作成と提出も行う。

 軍の(装備)が必要なら軍の派遣も要請しなければならず、新大陸開発庁は今、スフィアナで防衛総省並みに忙しい省庁でもあった。


「あぁ、法務相。この法案なんですが・・・」


 もういっそ庁では無く省にしてくれれば国会への予算の提出などが出来るのだが、新大陸開発庁はとりあえず作った省庁なので、法律もまだスカスカなのだ。

 これから法案などを煮詰めて省にするのだが、平気で1年程かかるだろう。

 長官はため息を吐きながら必要な業務をこなすのであった。





 新世界歴1年5月24日、ユーラシア大陸中部 インド側支配地域 カシミール連邦直轄領 インド軍駐屯地


 物々しい柵と小銃を持った兵士達が巡回に当たるこの場所はインドとパキスタンの間で長年揉めているカシミール地域である。

 転移前からインドとパキスタン両国はこのカシミール地域を巡って幾度と無く紛争を繰り返しており、過去に何度も戦争をしている。

 国民同士ではそこまで険悪では無いのだが、国家間はいつ戦争になってもおかしく無い程、険悪な為、軍は常に警戒態勢だった。


 そんな国境付近の陸軍の駐屯地では数名のインド軍の兵士達が『INSAS小銃』を持って談笑していた。

 一応言っておくが、警戒する兵士達は別に居て、彼等は休憩中である。


「そう言えば聞いたか?」

「何が?」

「中国が新大陸に攻め込んで海軍艦隊が壊滅したそうだぞ?」

「中国海軍?結構規模大きく無かったか?アレ。」

「分からん、なんか津波が押し寄せてきたそうだが、正直分からんな。」

「だから今緊張しているのか?ホントにやめて欲しいよ・・・」


 転移前なら例え中国で起きた出来事だろうと簡単に入ってきたが、海底ケーブルが寸断し、復活した通信衛星も軍事に優先され、民間ではまだ復旧していない。

 その為、例え隣国で起きた出来事でも数ヶ月経った今頃になってようやく民間に出回って来たのだ。

 最も、この『中国海軍が壊滅した』と言うニュースは当の中国政府が隠そうとしている為、余計に入ってこない。

 更に真偽を国民が確かめる術も無く、現実性の高い噂程度にしか思われていない。


 もし、その情報が本当ならば、中国がインドと仲の悪いパキスタンをけしかけてインドの目を自国から背けさせる事も十分に考えられた。

 その為、現在連邦直轄管理地域であるジャム•カシミール州のインド軍部隊は普段の警戒態勢とは別の要因で警戒を強めていた。


「今、世界中で戦争だらけだろ?日本にアメリカにヨーロッパに太平洋に・・・」

「あれ?日本は終わったんだろ?アメリカも。」

「アメリカはヨーロッパ救援で部隊を派遣したんじゃなかったっけ?」

「中東は・・・いつも通りか・・・」

「世界中、戦争だらけだな。」


 隣国である中国からは殆ど情報が入って来ないが、アメリカや日本、ヨーロッパなどからは直ぐに情報が入って来ていた。

 だが、彼等にとっては

 日本での戦争=意外

 アメリカでの戦争=いつも通り

 ヨーロッパでの戦争=興味無い

 なので、ユーラシア大陸以外では比較的近い日本での戦争が話題に上がる事が多かった。

 と言っても、日本とインドは1万km以上離れている為、転移前程話題にはなっていないのだが。


 そんな物騒な最近の世界について話していると、突如部屋内の警報アラームが鳴り響き、スピーカーから声がした。 


『緊急事態発生!緊急事態発生!国境地域を哨戒中のパトロール部隊が銃撃を受けた!総員戦闘準備!!繰り返す・・・』


「やべっ!戦争かよ!」

「いつもの挑発じゃ無いのか?」

「今、情勢が怪しいから戦争になるかもな。」


 戦闘準備を受けた兵士達の反応は大きく2つに分かれた。

 一つは戦争だと思い、慌てて準備をする兵士。

 もう一つはいつも通りの挑発だと思い、面倒そうに準備する兵士である。

 パキスタンからの挑発、インドからの挑発、このカシミールで戦闘は日常的であり、長い間、ここに配備されている兵士達は慣れていた。

 慌てて準備をするのはカシミールに来て日の浅い兵士達である。


 だが、どちらの兵士達もしっかりと装備を持って銃の確認をマニュアル通りにしている点は流石だった。

 そして準備を整えた兵士達は休憩室から飛び出して国境付近へと向かって行った。


 ここでも、この光景は見慣れた日常だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 実効支配できない土地を領有宣言してもあんまり意味ないですね。 大陸全体を支配できるようになるまでに横やりが入らないといいなあ。
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