5.対応策と野心
新世界歴1年(スフィアナ歴4230年/大陸共通歴2730年)2日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸
前世界では多数ある太平洋と名の付く海洋の一つであるリティア太平洋と呼ばれる大西洋程の大きさの海洋最大の地域大国と呼ばれた国の頭脳である首相官邸は、4年前に建てられたばかりの近代的な建築物である。
素材に木をふんだんに使っており、なおかつ鉄筋コンクリート製の為、耐久性も高い建築物となっている。
そんな建物の地下1階、そこに危機対策司令センターと呼ばれる円形の部屋はあった。
地下1階と言っても天井は通常爆弾程度なら問題無く耐えられるだけの強度を有している。
流石にバンカーバスターなどの特殊爆弾には耐えられないが、それ以外なら耐えられる。
そんな堅固な守りに固められた危機対策司令センターでは大型液晶ディスプレイの前の円形の机でこの国のトップやその手足が座り、事態の報告を行っていた。
「昨日、メーデー信号を発信しその後消息を絶ったレイラル地方艦隊所属の艦艇2隻については未だ消息は掴めません。」
「国家安全保障局です。スレイナ島に設置しているレイラル通信所からは正体不明の電波が多数観測されているとの報告があります。その発信位置はレイラル地方艦隊の2隻が演習予定だった海域と一致します。」
年が明けたと同時に起こった全衛星との通信途絶、及び海外との海底ケーブルの断絶は日本やその他、世界各国と同様に国に混乱をもたらした。
その原因については未だに分かっておらず、現在諜報活動などを行う国家安全保障局などが全力を挙げて調べていた。
その結果がスフィアナ連邦国北西の海域に電波を使用するだけの技術のある新たな国が出現した可能性というものだった。
「とりあえず艦艇が拿捕されたという情報がある以上、何もしない訳にいかないだろうし、何故かは分からないが国が有るのは確かなようだし外交官を乗せてその国と接触してきてよ。」
そう軽い感じで外務大臣に発言したのは、この国の治安維持などを全て統轄する国家安全保障大臣である。
ちなみに前述の国家安全保障局とややこしいが、こちらはアメリカとは違い内閣府の外局であり国家安全保障省とは何の関係も無い。
「海外領土との通信も途絶するし、一体どうなっているんだ?」
それはともかく、その未知の国と接触し乗員の返還を要求しなければならない外務省としてはそんな簡単な話では無い。
まず、どのような国かも不明である。
独裁国家の可能性もあれば覇を唱える帝国主義の国かもしれない。
前世界ならば外交官などは国際法上、敵国であっても身分が保証されていたが、その未知の国が身分を保証するかどうかさえも分からない。
と言っても、近くにある以上は接触しない訳にもいかず、外務省内では派遣外交官の選別が始まっていた。
「はぁ、せめて衛星が使えるならどれくらいの文明レベルの国か分かったんですがねぇ・・・」
そう言ったのは科学技術省のトップである大臣であった。
だが、無い物ねだりしても仕方がない。
少なくとも世界が変わったのは確かなのだ。
前世界なら大陸に最も近い島に設置されているレーダーサイトには陸地が一部映っていた。
だが、今は映っていない。
「・・・ちなみに船は当然、海軍の艦艇を使用しますよね?」
「当然。」
もはや外交官を派遣しないという選択肢が無い事に気付いた外務大臣は派遣に関して質問をした。
普段なら海上保安庁の船でも良いのだが、今回の場合は話が違った。
今までと同じ世界なら良いのだが、未知の世界、そうなるとこれまで使用していた海図が使用出来ない。
そうなると、自然的に海底の地形データが分かるソナーを搭載した船になる。
ちなみに普通の船にはソナーは搭載されてない。
そこで出番となるのが海軍艦艇である。
軍艦は潜水艦を探知し、攻撃する事も想定されているので、殆どの艦艇に高性能ソナーが搭載されている。
更に今回、外交官が派遣されるのは未知の国である。
最悪の場合武器を使用し退却する事も視野に入れなければならない。
その為にも兵装が充実した大型の軍艦が望ましい。
それが派遣される哀れな外交官に対しての外務大臣のせめてもの慈悲であった。
だが、ここで思わぬ反論が出た。
「だがな、相手は我々が知る限りスフィアナに最も近い国家だ。軍艦などを出したら砲艦外交と見られるんじゃないのか?」
そう発言したのは経済・産業基盤省のトップである経産大臣であった。
彼やスフィアナの経済界にとって近隣友好諸国の喪失はスフィアナにとっては非常にマイナスな事であった。
そのマイナスを幾分か和らげてくれる可能性のある国という事であまり強気な事は行いたく無かった。
そして、その事に対し何名かの大臣や長官が理解を示した。
しかし、外交官の安全を第一に考える外務大臣としてはここで引き下がる訳にはいかなかった。
「では、ソナーが搭載されてない船舶で向かって座礁したら誰が責任を取ってくれますか?私は海軍艦艇を勧めましたよ?」
責任うんぬんを持ち出されて軍艦反対派は一気に居なくなった。
どの国もそうだが、責任問題を持ち出されては後先どうしようもない人以外は一気に消極的になる。
最も、外務大臣がもの凄い美人だから、その分余り逆らえないという理由は多分関係ない。
こうしてスフィアナ連邦国は自国軍の艦艇を拿捕した未知の国(日本)へ向けて、交渉担当の外交官が乗船した艦艇を派遣する事を決定した。
ちなみに派遣される外交官の1番の目的はもちろん搭乗員の解放と艦艇の返還であるが、出来るならその国と外交関係を結んでこいと言われていた。
もし危険な国家ならば、その国の技術レベルを計り、報告しろという防衛大臣と科学技術大臣の厳命も受けていた。
新世界歴1年1月2日、中華人民共和国 首都北京 中南海
新年2日目の今日、バカンスに行った海南島から人民解放軍の機体で強制的に中南海に帰還され、機嫌が悪い14億5000万の人口を好きに出来る人が会議室の1番上質な席に座った。
何故、今日になったかと言うと国家主席が言った場所と全く別の場所に居た為、警察などの国家機関が海南島の至る所に設置されている監視カメラを使い必死に探してたのである。
その為、非常事態報告から1日遅れてようやくトップが帰還したと言う訳なのだ。
「とりあえずここに来る空軍の旅客機の中で詳細は聞いている。どうやら我が国の蓋が無くなったみたいだな?」
国家首席と同じ会議に出席しているのは中国14億5000万人を動かすチャイナ7とも言われている6名の中国共産党中央政治局常務委員だ。
ちなみにもう1人は国家首席である。
中国人口14億5000万人のかじ取りを行う会議だが、全てはこの部屋の7名が全てを決める。
そこに議会の議決や人権や憲法などは存在しない。
彼等の決定により法律が制定され、民族浄化が行われ、戦争が行われるのである。
ちなみに、首席が「我が国の蓋」と言っているのは中国が太平洋への海洋進出する上で地理的に障害となっている日本と台湾の事である。
「日本だけでは無くインドシナ半島を除いた東南アジア諸国や台湾・フィリピン、更にはアメリカなどもです。」
「人口衛星や海底ケーブルなどもです。確認出来る国はユーラシア大陸の国家のみです。」
国家主席の発言に一応分かっていると思うが残りの6人が補足情報を付け加える。
「そうか、日本に加えアメリカが無くなったのか、厄介だな。どこに製品を輸出すれば良いのだ?」
「ヨーロッパや朝鮮半島は確認出来ています。」
常務委員の1人がそう言うと、国家主席は「ほう」と笑みを浮かべた。
「韓国には米軍が居たよな?」
「はい。アメリカ陸軍1万2000名と空軍部隊が居ますね。在日米軍や在比米軍という後方支援が来ない分、特に障害は無いですね。可能性ですがアメリカが居なくなったので、もし発見されてもかなり遠いと思われます。恐らく撤退するかと。」
「ほう。そうなれば朝鮮半島は我が国の物だな。」
国民の物は国家の物。
国家の物は中国共産党の物。
中国共産党の物は国家主席の物。
これが現代の独裁国家、中華人民共和国である。
「ところで、他の大陸などは?」
「現在空軍の部隊や海軍艦隊を動員して捜索を行っています。少なくとも目の前の海が南シナ海のような内海では無い事は確かです。」
南シナ海が内海かどうかはさて置き、中国にとって周囲に囲まれた海なのは確かだ。
「なるほど、その島や大陸がどの国の物でも無いのなら取ってしまえば良いな。」
「アメリカや日本が居ない分、楽にやれますな。」
「確かに。」
アメリカや日本と言ったストッパーが居なくなった事により、現代の帝国主義兼独裁国家である中国が解き放たれようとしていた。




