48.防衛省の苦悩
新世界歴1年5月10日、日本国 首都東京 中央合同庁舎第3号館 国土交通省 大会議室
国土交通省内にある大会議室、そこには国土交通省の人間だけでは無く経済産業省や防衛省、その他大学教授などの多数の人間が席に着いていた。
別に何かを決めるわけでは無い。
ある国家についての現状を共有する為の会議である。
「・・・それではスフィアナ連邦国、この国についての情報共有を行う会議を始めたいと思います。スフィアナ連邦国についての基礎データについては皆さんご存知の通りだと思いますので今回は省かせて頂きます。」
今回の司会進行役を務める国土交通省の人間が説明を始める。
今回の転移により日本の隣国ともなった異世界の国家、スフィアナ連邦国についてはまだ知らない事が多すぎる。
地球ならば新しく出来た新興国でも、それまでの歴史などがあり、知らない事は無かった。
だが、地球とは違う世界の異なった文明形態の国で人種も文明も異なる。
その為、日本政府はこれまでスフィアナの事を知る為に視察団を度々派遣しており、スフィアナも日本に視察団を派遣していた。
今回はその報告会議でもある。
「では、まず国土交通省から報告させて頂きます。スフィアナの建築物やインフラなどは日本や他の地球世界国家とそう大差は有りません。高速鉄道や高速道路なども存在し、超高層ビルなども存在し、決してファンタジーな国ではありません。」
ここで言うファンタジーとは見た目では無く、科学的な事である。
例えば物理法則を無視しているなどの報告があればそれはそれで大問題である。
建築物やインフラ技術で日本とそう大差が無いのであれば日本のゼネコンがスフィアナに進出する事も、またその逆もあり得た。
「唯一、日本と違っているという事で有れば都市形成ですが、その辺りは環境省に説明を任せます。」
「環境省です。建築物やインフラにファンタジー要素は有りませんが、植物に関してはファンタジー要素は満載です。我々が視察したスフィアナ連邦国の州の1つであるアストレア州の州都の中心には幹の幅が100mを超え、高さは数百mにもなるまさに大樹と呼べる物が聳え立っていました。」
この大樹に関しては既に日本国内でもニュースになっており、国民の関心が非常に高い事は分かっている。
このせいで旅行会社や航空会社からの自由渡航の圧力が政府に掛かってきており実際に許可を出す外務省、航空機の安全などを監督する国家運輸安全委員会は大変なのである。
「当然ながらそんな大きな植物は地球にはありません。この大樹の事を彼等は精霊樹と呼んでおり、信仰の対象でもあるそうです。この事からも分かる通りスフィアナは自然を非常に大切にしており、それは都市開発からも伺えます。スフィアナでは法律により建築物を建てて良い場所と駄目な場所が決まっており、自然環境法という法律では全国土に占める自然面積が約80%以上と定められています。その為、スフィアナではニュータウンや郊外の住宅地と言った物が無く、常に都市の再開発が行われています。」
環境省の職員の説明に国土交通省や経済産業省の一部職員は唖然とする。
つまり土地を購入しても建物を建てられない可能性があるという事である。
更に土地に限りがあるなら建物は高層化し、その為住宅費などはどんどん値上がりする。
例え日本で自然環境の保護の観点から規制と言っても殆どの国民は大反対するであろう。
それだけでスフィアナの国民性がどういったものか窺い知る事が出来る。
「もちろんこれはスフィアナの国土が我が国の約1.5倍もあり、人口が3分の2程しかいない事も影響していると思われます。」
慌てたように環境省の職員が補足してくるが、何の補足にもなっていない。
そのような理由で規制出来るなら地球の他国で同じような法律があっても良い筈である。
ただ、土地売買の自由とその土地の不可侵は民主主義国家では当たり前であり、同じ民主主義国家であるスフィアナが実行して国民が納得出来ている事が驚愕に値する事なのだ。
「では次に経済産業省から報告させて頂きます。スフィアナの産業形態は地球の他の先進国と同様に第3次産業が最も高く、大企業も多数存在します。自動車などの我が国と競合する部分も多数存在し、関税などの国内産業保護の必要はあると思われます。」
と言っても自動車産業に関しては前世界では日本は関税を既に全廃していた為、新たに掛ける事にはならないだろう。
日本が関税を掛けて保護するのは工業ではなく農業だろう。
「スフィアナはサリファと呼ばれる彼等の前世界で有数の資源輸出国で非常に裕福な国家として知られています。エーテルと呼ばれる彼等の世界独自のエネルギーで魔力の存在しない地球国家では生産する事は出来ません。このエーテルと呼ばれるエネルギーについては発電などの活用を念頭に現在協議が続いています。」
新しいエネルギーという事で何名かの出席者達が反応する。
エネルギー資源の多角化は非常に重要で、2035年までに原子力発電を全廃するという目標を掲げている日本政府としても新たな代替エネルギーの開発は急務だった。
「そのエーテルの輸出などによって得た潤沢な資金を使いスフィアナは研究開発に予算を投じています。その額はGDP比4.8%の約2400億ドルにもなります。」
そう言った途端に文部科学省や各大学の研究開発に携わる人達が崩れさった。
日本は研究開発にGDPの約3.3%を投じており、年々増加傾向ではあるが、これでも地球世界の中では多い方である。
だが、流石にGDPの5%弱という馬鹿げた数字にはならない。
これが中小国ならば話はまだ分かる(イスラエルが4%だし)、だが、スフィアナは年間GDPが日本並みの地域大国である。
そんな国が研究開発にGDPの5%弱も予算を投じている事自体驚愕である。
「そんなに研究開発費が多いという事は、他を削っているのか?軍事費などは少ないのでは無いのか?」
そう言ったのは有識者の1人である大学教授であった。
一般にはスフィアナは軍事には自国防衛程度しか揃えないと日本の自衛隊と同様に見られている。
これはただ単にスフィアナが友好的に接触してきた為、中国やロシア、北朝鮮のような軍事大国といった印象が薄い事が影響している。
「スフィアナの国防費のGDP比は約1.5%でドルに表しますと約750億ドル。日本円ですと約8.3兆円弱になります。」
「その程度しかないのか・・・」
「GDP比1.5%ですので地球国家の平均2.4%よりはかなり下ですが、スフィアナの前世界での防衛を考えると妥当な数字かと思います。決して軍事大国の数字ではありませんね。」
日本の防衛関連費が補正予算なども含めるとGDP比1.2%の約670億ドル、日本円に直すと総額約7.4兆円なのを考えると多い。
だが、日本の防衛費自体GDP比だと、他国から見れば非常に少ない部類に入るので日本と比較しても物差しが可笑しくなるだけなのだ。
ただ、それでもGDP比1.5%は自国防衛を考えると妥当な数字であり、決して軍事大国の数字では無い。
「我が国の国家予算の3分の1を占めている社会保障費が少ないんでしょう。去年のスフィアナの歳出を見ても20%程度ですし・・・」
「我が国は確か35%か・・・・・はぁ。」
日本は少子高齢化社会だ。
経済の安定成長により出生率は1.6程にまで回復したが、人口維持に必要な2.03には遠く及ばない。
子供が少なくなり、高齢者が増えるとそれだけ年金支給総額も増え、結果的に社会保障費も増えてしまう。
「当初は我々と同等レベルの技術水準と推測していましたが、スフィアナの事が段々と判明してきて、我々より技術水準が高い事が判明しました。」
「まぁ、そうだろうな。」
そう言ったのは防衛大臣である。
地球では先進国でようやく一部艦艇へのAI搭載や、レールガンの搭載などといった事が、スフィアナの海軍艦艇では全てでは無いが、かなりの規模で進んでいる。
最も、地球より遥かに進んでいる分野もあれば対して変わらない分野もある為、その辺りは魔法や文明形成過程の違いだろう。
「その為に新大陸での一部都市を開発特区にしたのだろう?」
「一部では無く、全てですね。自然環境保護との兼ね合いもあるのでどれほど上手くいくかは分かりませんがね。」
「防衛省としては新大陸に部隊を配備する事を考えると頭が痛いよ。」
経済産業省や国土交通省などが新たな土地と浮かれているが、防衛省にとっては逆に頭が痛い問題だった。
そもそも日本の自衛隊は国を守る事だけを考えてればよく、新たな島程度の防衛ならともかく、オーストラリアサイズの国土を編入するなど想定すらされてない。
つまり、兵力・装備共に何もかも足りないのである。
更に新しく12中期防衛計画を策定したが、その作成の際は新大陸の防衛などは考慮に無かった。
策定後、直ぐに領土に編入する事が決定したのだが、明らかに戦力、特に陸上自衛官が足りなかった。
編入する土地の面積を考えると陸上自衛官の定数を今の15万人から倍の30万人にしても良いくらいなのだが、そうなると防衛費は倍どころでは済まなくなる。
「ほんとに、どうしよ・・・」
会議室の一角で頭を抱える防衛大臣を他の浮かれていた大臣は気まずくなり、防衛省と同じように仕事が増える総務大臣などは同情するような視線を送る事しか出来なかった。




