46.日本の右翼化
新世界歴4月10日、日本国 首都東京 総理官邸 会議室
この日の夜9時過ぎ、日本国の総理や官房長官を含む各省庁のトップ達は楕円形のテーブルに腰掛け目の前の書類と、つい1時間程前に伝えられたある結果を見て頭を抱えていた。
「とりあえず時間になったので始めよう。一応この衆議院議員選挙の結果は与党や今後の憲法改正には良い結果だ。」
2030年度衆議院議員選挙。
それは1976年の三木内閣の時に行われた任期満了による選挙に引き続き日本国憲法下での2回目の任期満了による選挙である。
任期満了による選挙の為、本来ならば2030年の1月に行われる予定だったのだが、異世界転移という災害と防衛出動命令下での非常事態という事で延期されていたのだ。
各候補者は1ヶ月前の3月始めから選挙活動を始め、約1億人いる有権者達が今日、4月10日に投票するのだ。
その結果が出され、議員達は悲喜交々だったのだが、問題はその結果で、明らかに日本国民の世論がミレスティナーレ帝国との戦争後、急速に右旋回したのである。
「極端から極端に振れる国民性だと思っていたが、まさかこれ程とは・・・」
基本的に日本国の大方な多数派は民自党が政権を握っている事からも保守右翼である。
ただ、これまでは真ん中よりの保守右派だったのが、今回の選挙では完全に右派になったのだ。
「いくつかの泡沫政党が消えたか・・・」
「まぁ、その辺りは良いんだが、まだ右翼政党が生まれてないだけマシか・・・」
欧州の方では移民排斥や軍備拡張を主張する右派政党が一定の支持を得ているのに対し、これだけ右旋回した日本ではまだ右派政党が生まれてないのだ。
まぁ、日本の最大政党で与党である民自党が保守右派というのもあるが、これで右派政党などが誕生すれば、右派への傾きに拍車が掛かるところであった。
そう考えると、まだ極端な方へは行ってないのだろう。
「さて、とりあえず今回の選挙で憲法改正に必要な3分の2以上の議席を獲得したな。」
そうである。
憲法改正には衆参両院で3分の2以上の賛成と国民投票で過半数の賛成が必要なのだが、これまでは改正派政党で3分の2の議席が獲得出来ていなかったのだ。
基本的に憲法改正又は憲法改正による国民投票に積極的なのは与党の民自党と道州制を掲げる日本改進党の2党である。
今回の選挙で衆議院の議席465のうち372議席をその改正派の政党が占めている為、改正の発議は容易に出来る。
最も、国民投票で改正が否決されてしまえばどうする事も出来ないが、その辺りについて総理はあんまり心配していなかった。
「とりあえず憲法の改正草案を纏めないとな。他にも仕事があるが、又更に増えそうだ・・・」
総理の発言に他の大臣は苦笑いするしか無かった。
新世界歴1年4月10日、イギリス連合王国 首都ロンドン ダウニング街10番地
「そうか、与党が大勝したか・・・」
「はい。下院465議席のうち372議席を憲法改正派政党が占めました。」
イギリス首相は外務大臣からの報告にホッとしていた。
前世界、地球では多少気にする程度でしか無かった日本の選挙報告だが、既に日本とイギリスは隣国なのである。
特にこの戦争が多発している現在、自国並みの軍事力を持っている国が隣国で準同盟国なのは非常に有り難かった。
「この選挙結果で日本は自衛隊の大幅な増強を行うでしょう。数ヶ月前に発表された12中期防プラス新大陸の防衛で恐らく国防予算は約700億〜800億ドル程度まで急増するでしょう。」
国防大臣の発言に首相は恐ろしさを感じた。
これまでは日本の軍隊、自衛隊に余り興味は無かった。
ほんの10年程前までは450億ドル弱という国防予算を見て、自国軍の550億ドルと比べて下だと思っていた。
だが、日本の国防予算のGDP比は約1%程度でイギリスの1.8%の約半分なのだ。
首相やイギリスの各大臣は改めて認識した。
日本がイギリスの倍近い規模の経済大国だと言うことを。
「日本と軍事同盟を結ぶべきか・・・」
「軍事同盟ですか?ミレスティナーレのような事が今後起きる可能性があるので結ぶべきかと。」
「日本が憲法9条を改正してから改めて再考すべきでしょう。」
首相の同盟発言に室内は一気に騒がしくなるが、誰も反対は言わない。
前世界ではイギリスはNATOの一角として他国からの脅威には無縁であった。
だが、この世界ではミレスティナーレの時のように簡単に戦争が起きてしまう。
更に言えば日本やオーストラリア、イギリス、スフィアナが居るこの新太平洋はある意味、孤島なのだ。
イギリスからオーストラリアまでは数千km程度だが、オーストラリア大陸から次の陸地に向かうとアルテミス大陸となるが、距離は約1万2000km。
隣国間でそのような距離とは、少なくとも地球世界では考えられない距離間である。
「現在では我々地球世界とスフィアナのサリファ世界、そしてミレスティナーレの世界の3つですが、今後新たな転移国家や世界が無いとも限りません。ミレスティナーレ戦では我々の方が技術力で上回っていた為、勝つ事が出来ましたが、今後ともそうとは限りません。」
日本とミレスティナーレの技術差は約50年〜60年程度と言われている。
だが、これが逆ならどうだったか、間違い無く北海道はミレスティナーレに占領され、最悪の場合日本国がミレスティナーレに降伏した可能性すらあるのだ。
日本がミレスティナーレに勝てたのは運が良かったとも言えた。
「では、外務大臣はまた新たな転移国家が現れると?」
「はい。異世界転移というファンタジー要素満載の事態が起きたのですから可能性が無いとは言えないでしょう。」
外務大臣がそう言っているとの同様に科学者や大学教授なども新たな転移国家が現れる可能性があると警鐘を鳴らしたいた。
その為、イギリス軍としても早期警戒機の導入やレーダーサイトの建設など早期警戒能力の拡充に努めており、もしいきなり侵攻された時に備えて準備をしていた。
「この星は異常に広いからな。新大陸の東側などサッパリ分からん。」
「大臣、新大陸では無くアルテシア大陸です。」
「あぁ、そうだったな。スマン。」
もう今更どうしようも無いのだが、新大陸利権をみすみす逃してしまったと思っているのか、イギリスの閣僚会議で新大陸の話になると何処か皆不機嫌になるのだ。
恐らく日本やスフィアナの資源調査チームがアルテシア大陸で石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料からボーキサイトや鉄鉱石、レアメタルなどの鉱物資源が大量に発見されたというニュースとは多分関係無い。
「とりあえず、今我々に出来る事は日本やスフィアナがミレスティナーレの利権を得る前に我々が掻っ攫ってしまう事ですね。」
言い方はアレなのだが、実質的にはミレスティナーレに興味が無いスフィアナを除いた日英による経済植民地獲得競争である。
だが、日本がアルテシア大陸の開発にリソースを注がなければならない分、イギリスはミレスティナーレ開発で非常に優位であった。
しかし。
「その事なんですが、ミレスティナーレ情報通信庁によりますと今度始まるミレスティナーレでのテレビ放送にて日本のNTSC方式が採用されたと通達がありました。我々のPAL方式は不採用との事です。」
「他にもミレスティナーレ交通省が発表した情報によりますと今後新設される路線は全て1067mmの狭軌に決定し、現在ある路線も順次、狭軌に変更するとの事です。」
「「なんでぇ!?」」
外務大臣による報告であり得ないと叫び声を上げたのは運輸大臣とデジタル・文化・メディア・スポーツ大臣である。
この2つの省は戦勝国の権利として自国の規格を押し付けようとミレスティナーレに色々と働き掛けていたのだ。
特に運輸省はミレスティナーレの人間をイギリスに招いて標準軌を採用する事のメリットについてしっかりと説明しており、確実にミレスティナーレは標準軌を採用すると確信していた。
最も日本が推している狭軌も元々はイギリス発祥の規格なのだが、既にイギリスは狭軌から標準軌へと変更済みだった。
この日英の争いを見た鉄道マニア達は『こうなる事が分かってたら当時のイギリス人は日本に狭軌を押し付けなかっただろうなぁ。』と言ったそうだ。
ちなみにミレスティナーレの国土は非常に広く人口も多い為、もし自国方式が採用されればその利益は計り知れない。
更に、他の新太平洋国家も自国方式を変更する可能性すらあり、その将来性は非常に高かった。
しかし、そんな2人に外務大臣が淡々と理由を説明する。
「恐らく、路線に関しては我が国で日本の鉄道が運行されている時点でお分かりでしょう。放送方式に関しましてもアニメの放映云々でしょう。」
その通りである。
イギリス国内には日立の高速鉄道が運行されており、更にミレスティナーレの視察団がリニア新幹線を見れば間違いなくイギリスでは無く、日本に傾く。
というより鉄道に関してはイギリスに説得力が無い。
しかしこの説明で納得出来てない両者に外務大臣は最大の爆弾を投下した。
「恐らく1番の採用理由は日本からミレスティナーレへのODAでしょうね。」
「ODA?そんなの、我が国が日本に勝てる訳無い。」
「日本ってそんなに汚い手を使う国だったか?」
財務大臣のODA発言にようやく理解出来た両大臣はぶちぶちと文句を垂れ流していた。
ちなみに日本のODA額はイギリスの約半分である。
彼らは文句を言う立場には無い。
だが、日本のODAは殆ど全てが技術協力を前提としたODAなのである。
つまり、一刻も早く日本とイギリスの技術を吸収したいミレスティナーレにとっては日本方式を採用しない訳が無かったのだ。
その辺りを読み間違った為にイギリスはミレスティナーレ利権においても日本に一歩遅れる事になり、将来の利益を失ってしまったのだ。




