41.多国籍海軍合同演習
新世界歴1年3月5日、日本国 神奈川県横須賀市 海上自衛隊横須賀基地
「やれやれ、何でこうなっているんだ?」
海上自衛隊横須賀基地の岸壁で海上自衛官のうちの1人がそう呟いた。
彼の目の前には沢山の艦艇達、そしてそれぞれの海軍旗は旭日旗だけでは無くイギリス・スフィアナ・台湾・オーストラリアの海軍旗と様々だった。
「新太平洋条約機構結成の事前演習だろ?」
「こらこら、新世界に於ける多国間の親善という建前があるんだぞ?」
「誰が信じるんだ?そんな建前。」
「さぁ?」
流石に太平洋及び大西洋条約機構(PATO)という名前は長過ぎたのか、結果的に新太平洋条約機構(NPTO)に変更された。
今回はそのNPTO結成の多国間の親善という名の、実際はそのNPTOの事前演習である。
参加国は日本の他、イギリス、スフィアナ、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、アイルランドが参加している。
他にアイスランドも付近国家なのだが、アイスランドには軍隊が存在しない。
それまでは他国に頼ってきたのだが、流石にそれはマズイと思ったのか、現在軍隊の保有を前提とした話し合いを行なっている最中である。
日本からは海上自衛隊のDDH-181【ひゅうが】、DDG-177【あたご】、DD-118【ふゆづき】、FFM-131【よど】、FFM-132【あら】、AST-4203【てんりゅう】の6隻が参加している。
イギリスは空母1隻と駆逐艦5隻、スフィアナは巡洋艦1隻、駆逐艦2隻、フリゲート2隻、オーストラリアは駆逐艦1隻とフリゲート2隻、ニュージーランドと台湾、アイルランドはそれぞれフリゲートを1隻づつである。
総勢24隻の大艦隊ではあるが、海底地形の把握が不十分な為、潜水艦は参加していない。
基地付近では、マスコミや野次馬が大勢押し寄せ、異世界の国家、スフィアナ連邦国海軍の艦艇を写真に収めようと躍起になっていた。
「しかし、スフィアナのミサイル巡洋艦だっけ?デカイな。」
「満載排水量1万4000tらしいぞ?中国の055型より大きい。」
「マスコミも野次馬もパシャパシャ撮ってるし、明日の朝刊の一面にでも載るんじゃね?」
「多分な。」
その次の日、大手新聞・地元新聞の一面にスフィアナ連邦国海軍のミサイル巡洋艦が載ったのは言うまででも無い。
新世界歴1年3月6日、日本国 小笠原諸島沖 自衛隊演習海域
RIMPAC並みとなったNPTOの実弾演習が小笠原諸島沖の海上自衛隊演習海域でスタートしていた。
海上演習の1番良い所はいつもは煩いマスコミが居ない事である。
基地前にはいるのだが、流石に演習海域まで同行する気は無いらしく、艦艇内は静かだった。
太平洋が広くなり、アメリカ航路が無くなった事により小笠原諸島沖の海上自衛隊演習海域は4倍にまで広がった。
その為、海上自衛隊は長射程の装備を撃てる為、各護衛艦には最大限の弾薬を搭載していた。
そして実弾演習が始まり2時間後、対空射撃演習が行われる中、スフィアナ連邦国海軍汎用駆逐艦【エルセル】のCICで艦長や他の艦艇要員は他国海軍の演習を見ながら談笑していた。
「軍事技術的には我が国より少し劣っている程度なのか?」
「恐らくそうでしょう。断言するのは危険ですがね。」
そう言い合うのは汎用駆逐艦【エルセル】艦長の海軍大佐とスフィアナ連邦国防衛総省から派遣されてきた技術士官である。
彼等が劣っていると言ったのは兵装群の性能では無い。
それを纏めるソフトウェアの話である。
スフィアナ連邦国海軍の最新鋭艦艇ではAIが導入されており、最終判断以外はAIが行うという段階にまで来ている。
だが、先程から無線などで聴く限り、スフィアナ以外の艦艇では目標の選択から発射までの動作を人が全て行っており、AIが導入されているような動作では無かった。
「何故そう思う?」
「殆どの艦艇はAIのかけらも無いシステムでしたが、日本のもがみ型FFMと呼ばれるフリゲートはAIが一部ですが導入されていました。ハードウェア、ソフトウェア共に我が国のフリゲートと比較しても引けを取りません。」
「日本か、科学技術レベルは他の国よりは高そうだった国だな。政府が新大陸を日本と二分したのは正しい判断だったか・・・」
元々スフィアナ政府は新大陸進出に積極的では無かった。
理由は1ヶ国だけで行っても中途半端になり、結局的には放置区域となるだけだからだ。
だが、日本はスフィアナと同じ経済規模の国家で、人的資源も多少とは言えスフィアナよりも多かった。
更に必要最低限の軍事力もあり、もし新大陸の防衛を行う事態になってもスフィアナの手足を引っ張る事はないだろうとスフィアナ政府が判断したのである。
「兵力や法体制など気になる点は幾つか見られますが、同盟を結ぶに値する国家かと・・・」
「まぁ、どうするか決めるのは上だからなぁ。」
日本の歴史的経緯などは理解しており、それにどうこう言うのは内政干渉に当たる為、スフィアナ政府が特にどうこうする気は無い。
軍事力に国力を割き過ぎて自滅した国は歴史的に見ても数多い為、それよりはまだマシだろう。
これからどうなるかは不明だが、それに対応出来なかったら国が滅ぶだけだ、それにスフィアナが関与する事は無い。
「艦長、我が国の番です。日本の訓練支援艦から標的機が発射されるとの事です。」
艦長や技術士官がそう考えていると通信担当から報告が来た。
どうやら他国艦艇の対空射撃演習は終わったようだ。
他国とは違い異世界の国だからか、注目度は非常に高い。
そんな状況にも艦長は落ち着いて乗員に指示を出した。
「これより対空戦闘に入る。艦の射撃システムをAIに移管。兵装は主砲を選択せよ。」
「了解!」
「射撃システムをAIに移管しました。」
「艦前部127mm砲を兵装に選択。」
そんな艦長の指示を的確に実施していく乗員達。
これだけでも艦艇の乗員の練度が高い事が窺える。
射撃システムをAIに移管すれば艦の乗員がするのは射撃許可のみである。
その他は艦のAIが自動的に判断して射撃を全て行ってくれる。
流石に攻撃の最終指示は人が行うと軍規で規定されているが、それ以外に人が関わる事は無い。
「訓練支援艦てんりゅうより、標的機が発射されました。数2。距離8000。速度680ノット。」
乗員が海上自衛隊の訓練支援艦【てんりゅう】からの通達を艦長に報告するのと同じ時、汎用駆逐艦【エルセル】の対空レーダーは【てんりゅう】から発射された『BQM-74E 無人標的機チャカIII』を正確に捕捉していた。
対空レーダーが捕らえた目標は艦のAIシステムを通じてそのまま艦の射撃システムに伝えられ、乗員に許可を得る。
「AIが標的機に対する射撃許可を申請!」
「申請を許可する。」
「了解、申請を許可する。」
そう言ってCICの乗員は目の前のタッチパネルに表示されたAIからの射撃許可申請を認可した。
その認可はすぐさまAIに伝えられ、そして前部127mmレールガンの射撃システムに伝えられた。
ウィィィン、と主砲モーターが作動し、主砲が向きを変え標的機に的を合わせる。
その時もピッピッピッと標的の未来情報を計算する電子音がCIC内に響く。
乗員が艦長からの射撃許可をAIに出してここまで約2秒。
そしてAIのシステム内で何度も安全確認を終え、射撃が開始された。
バシュッ!!
バシュッ!!
レールガンの独特な発射音が響き渡り、その1秒後、訓練支援艦【てんりゅう】から発射された2機の『BQM-74E 無人標的機チャカIII』は汎用駆逐艦【エルセル】の127mmレールガンの放った砲弾により細かい破片となって消えていった。
「目標、2発双方の破壊を確認。」
「本艦に向かう目標無し。」
「了解した。対空戦闘を終了する。艦の射撃システムをこちら側に移管。」
「了解。」
訓練が終わった為、艦の射撃システムをAIから人間に移管させる。
このままだと何か飛行物体がある度にAIから射撃許可申請が来てしまう。
更にそれに合わせて弾薬が装填され、主砲も向きを変えてしまう為、非常に困る。
「まぁ、こんなものか・・・」
「他の艦艇も主砲で1発で迎撃してたんでそれなりの技術はあるでしょうね。」
「わざわざレールガンを使わなくても普通の単装砲で事足りただろ。」
対空ミサイル程では無いが、レールガンの発射コストは通常の単装砲や速射砲よりも高い。
大量の電力を流して、加速させる為にその分の電力供給が必要なのである。
流石のスフィアナもレールガンは大型艦艇にしか搭載出来ずにフリゲート艦などは通常の単装砲や速射砲を搭載している。
しかし、駆逐艦などには搭載出来ている為、それだけでも他の地球圏国家の艦艇よりは凄いのである。
「我が国の訓練支援艦を連れてきたら良かったかな?」
20隻もの戦闘艦艇に対し標的を発射する訓練支援艦が1隻では少なかったな、と艦長は今更思った。
だが、この多国籍海軍合同演習はある意味でマスコミ向けの為、中身はさらさらどうでも良いのである。
だが、せっかくならもっとちゃんとやりたかったなとは参加している艦の乗員、全員が思っている事だ。




