33.中期防衛力整備計画
新世界歴1年2月10日、日本国 首都東京 防衛省
「上も無茶言いますね。」
「ほんとだよ。仕事倍どころじゃねえぞ!」
市ヶ谷の防衛省庁舎内の色々な担当課で職員達が口々に文句を言っていた。
もちろん防衛省だけでは無く財務省や経済産業省、国土交通省なども同じような物だが、防衛省が最も酷かった。
理由は2日前に官邸から降りてきた、ある命令だった。
「世界が変わったから中期防を見直して再提出してね。」
この命令を受け取った担当者は目の前の上司を殴りかけたが、なんとか自制心で苛立ちを抑えに抑えて受け取った。
中期防衛力整備計画は5年に1回決定される物で、既に令和11年度の2029年に11中期防が決定されていた。
ただ、転移により地理的環境が大幅に変わってしまった為、11中期防を見直し、新たに12中期防を策定する事になったのだ。
「防衛費のGDP比1.5%って野党が煩いぞ!」
「在日米軍撤退の穴を埋めるって何をするんだよ!原潜でも導入するつもりか!?」
「戦闘機定数の大幅増って何処から戦闘機購入するんだよ!」
既に今年度(令和12年)の防衛予算は去年に国会に提出して可決されている為、不足分は補正予算で何とかするしか無い。
これから先、来年度の防衛予算を財務省に概算要求しなければならないのに、更なる12中期防の制定など防衛省の職員にとっては仕事量が2倍になった気しかしなかった。
普段、防衛予算増やせと言っている人が居るが、徐々に増えていくのは構わないが、いきなり増えても困るだけなのだ。
予算はいきなり増えても人はいきなり増えない為、一人当たりの仕事量は必然的に増える。
「結局台湾向けのFFMはどうなったんだ?」
「閣議決定されて認められたよ。6隻で28億ドル。簡易システムを搭載するらしいな。」
「結局PATOに加盟したから問題無いって判断か・・・」
「そっちは防衛装備庁の仕事だ。俺達には関係ない。」
流石にOPY-2新型多機能レーダーやC4ISRシステムなどの搭載は拒否されたものの、船体としてのガワの輸出や、システムのモンキーモデルの輸出、Mk.41の輸出(許可元はアメリカ)は認められた。
対艦ミサイルや魚雷、搭載ヘリコプターなどは台湾が独自開発したのを搭載する予定であるが、その他は海上自衛隊の【もがみ型】FFMと変わらない予定だ。
「大体、新中期防の作成っていつまでに提出なんだ?」
「11中期防を少し見直すだけだから数日で終わる。終わるまではどうしようも無いがな。」
そう言った担当者は暗い目で目の前のデスクワークをしながら呟く。
聞いた職員も小さく「そぅ。」と呟き、目の前の仕事に戻った。
この日から数日間、防衛省の部屋の明かりは一切消えなかったそうだ。
新世界歴1年2月14日、日本国 首都東京 総理官邸
総理官邸内の総理執務室、その部屋の中には総理大臣と防衛大臣、後ついでに官房長官が居た。
そして、執務室内の木のテーブルの上には防衛省職員が寝ずに仕上げた令和12年度中期防衛力整備計画の書類が置いてある。
側でその書類を見る官房長官の心の中には、良くこんな短時間で仕上げたな、との思いしか無かった。
「ほうほう、良く仕上げたね。」
「まだ簡易的な概要ですので詳細は後日提出します。」
「仕方が無いよね。・・・ふむふむ。なるほどなるほど。目玉は航空機搭載護衛艦2隻の整備?」
「自衛隊用語ですね。早い話、空母です。」
防衛大臣がそう言い切ると、官房長官は「また野党が・・・」と呟いていたが、総理大臣は気にしない。
一応だが、海上自衛隊は空母を既に保有している。
【いずも型】DDH2隻は『F-35B』戦闘機の運用が可能なように既に改修されている。
だが、搭載数は10機未満と少なく、何ちゃって空母な為、野党もまぁまぁ許せるレベルなのだろう。
「大きさは?」
「予定では排水量3万〜4万t級の中型空母の予定です。20機〜30機程の艦載機を搭載する程度ですね。早急に必要だと思われますので令和14年度の進水を目指しています。正直言って今年度の補正予算に組み込みたい気分です。」
「ふ〜ん。F-35あるの?あれアメリカ製だよね?」
「ライセンス生産してますので。」
「ふ〜ん。」と分かってるのか分かってないのか分からない返答をする総理に防衛大臣は内心荒立つが、気にしてはいけないと話を進めた。
ちなみにライセンス生産をしているのは同じ『F-35』戦闘機でも通常型のA型の為、B型は全機輸入である。
が、防衛大臣がそう言ってるならライセンス生産させるのだろうと、官房長官は気にしなかった。
総理はその事を分かっているのか分かっていないのか先を読んでいく。
まぁ、アメリカ政府からすればA型を既にライセンス生産しているんだからB型のライセンスも認めて良いかな?というレベルである。
苦労するのは双方共に現場の人間だ。
ちなみに艦艇を計画してから進水までは約4〜5年程掛かるのだが、防衛省の事だ、空母の保有は海上自衛隊の悲願でもある為、計画書や設計図の1つや2つ、前もって準備していのだろう。
恐らく転移が無くても10年以内に建造されているに違いない。
「ちなみにひゅうが型DDH2隻は二桁の予備護衛隊に回して、護衛艦は現存のFFMを建造します。と、言いたいところですが新たに第5護衛隊群の編成が決定しましたので第11、第12護衛隊を第9、第10に繰り上げして新設します。4つでは流石に足りません。そろそろこんごう型イージス2隻の艦齢が危ういのですが、この辺りはアメリカと要交渉ですね。」
海上自衛隊の護衛隊は第1〜第8護衛隊までは護衛隊群と言われる主力護衛隊。
第11・第12護衛隊は一桁護衛隊群の予備で【ひゅうが型】DDH2隻はこの予備護衛隊に配備される予定であった。
そして、残りの第13〜第17護衛隊までが全国に5ヶ所ある地方隊所属である。
その為、4隻で構成される護衛艦隊と違い地方隊は3隻で構成されている。
だが、周辺の安全保障環境の急激な変化により新たに第5護衛隊群を編成し、【ひゅうが型】DDHは2隻共、新設される第5護衛隊群に配備される事となった。
しかし、戦略予備は必要な為、第11・第12護衛隊には新たな護衛艦が配備される。
簡単に言えば2個護衛隊分の増強である。
ちなみイージス艦は艦艇は日本製だが、イージスシステム自体はアメリカ製なので日本の一存では決められない。
当のアメリカはアレな為、どうなるかは分からないが、無理なら【あきづき型】DDのように国産FCSを搭載してミニイージスにするしか方法は無い。
「ふんふん、こんごう型DDG2隻の代替として多用途大型護衛艦の建造?」
「早い話、ミサイル巡洋艦ですね。対空・対潜・対艦・対地の全てに対応出来る大型護衛艦です。イージースシステムか国産のFCSシステムかはまだ決まっていません。イージスシステムの提供が可能ならば通常のイージス護衛艦になります。」
前世界のようにミサイル実験をする問題児やか仮想敵国が居なくなった為、イージース艦を整備し、弾道ミサイルに対処する必要性が薄れたのが大きい。
1ヶ国、もしくは他国を巻き込んで防衛する時代は終わりを迎え、日本もヨーロッパのように共同で防衛体制を整えようとしていた。
「自衛官の定数は陸上自衛隊は水陸機動団分を増強しますが、他の部隊は据え置きで、とりあえず中国の脅威が無くなった為、全国均等に装備の近代化を行います。海・空はそれぞれ増員し、海自は10年かけて潜水艦定数を22隻から24隻に増強、予備護衛隊を持って第5護衛隊群を新たに編成。空自の方も1個戦闘飛行隊と1個輸送隊、1個警戒隊をそれぞれ増強します。」
「ほぅ、おおすみ型は予定通り退役させるの?台湾辺りが欲しがって無かった?」
海上自衛隊は8900t型輸送艦である【おおすみ型】輸送艦の後継として1万3500t型輸送艦である【ぼうそう型】輸送艦の導入を進めている。
既に3隻が建造され1隻が進水、2隻が就役している。
【おおすみ型】輸送艦は3隻だったが、日本版海兵隊である水陸機動団の強化の分として4隻体制にすると12中期防には記載されていた。
ちなみに台湾も海兵能力の向上の為、新型輸送艦を欲しがって居たという話である。
しかし日本から30億ドル規模の新型フリゲートの購入により、予算が流れ、立ち消えになっていた。
流石の台湾も艦齢35年の艦艇は欲しくない(潜水艦は50年近く運用していたが)。
「それは新型の方ですね。おおすみ型は古過ぎますので・・・」
「で?新型の方は?」
「予算的に無理と。」
「だよねぇ〜」と総理は納得する。
台湾の国防費は約1兆円と海上自衛隊の予算より少ない程度である。
その少ない予算を陸・海・空・憲兵の四軍で分け合っているのだから、海軍予算は更に少ないだろう。
「ところでさぁ〜。ミレスティナーレから色々と来ていたよね?」
「現在、防衛省内で審査しています。」
防衛省が忙しい理由、その2。
日・英・スにフルボッコにされたミレスティナーレ帝国はその後、行方不明だった海外領土が未だに発見されずに居た。
国内の海・空軍は戦力が壊滅している為、なんとも無いのだが、陸軍の中から徹底抗戦を叫ぶ者が居た。
それに対する帝国政府のやり方は単純で、徹底抗戦を叫ぶ者を3ヵ国に派遣して軍事力の違いをまざまざと見させあげたのである。
その結果、徹底抗戦を叫ぶ者は居なくなったのだが、かわりに増えたのは3ヵ国の兵器を導入して帝国軍を強化しようという声だった。
元々の技術力が1950〜1960年代レベルの為、一部を除き輸出は何とか可能なのだが、最新兵器の輸出などは論外。
その為、日・英・スの関連省庁は連日前夜、多忙な日々を過ごしていた。
「まぁ、人口2億人の国家だからねぇ。」
「国内の防衛関連企業は大喜びでしょうね。」
「戦車とかはどうするの?10式は無理だよね?」
「戦車に関しては74式の改良型でしょうね。」
「多分、イギリスに負けるでしょうが・・・」と小さく防衛大臣は呟く。
イギリスは1世代前に『チャレンジャー1』戦車があり、それはミレスティナーレの技術レベル的に丁度良いのだ。
砲塔も滑腔砲では無く、技術的に簡易なライフル砲で日本としては戦車の輸出に関して余り期待していなかった。
更に『チャレンジャー1』戦車は東西冷戦時代に大量に製造され、今でもかなりの数がイギリス国内でモスボール保存されている。
逆に日本は1970年代の『74式』戦車と1990年代の『90式』戦車の2種類が検討されているが『90式』戦車は今でも陸上自衛隊の主力戦車である。
戦車定数の削減と防衛予算の増額で、陸上自衛隊の戦車全てを『10式』戦車にするという手も有るが、何かあった場合にも非常に困る。
「戦闘機は?」
「F-4は生産ラインの問題で不可能。F-2とF-15も価格と性能面で無理。イギリスのEF-2000も厳しい。そうなると練習機のCOIN機改修しか方法は有りませんね。」
航空自衛隊の新型ジェット練習機である『T-8』練習機は『T-4』練習機の後継として採用されたジェット練習機である。
当初から、輸出を視野にCOIN機として使用出来る様に拡張性に余裕を持って設計されている為、今回の目的にピッタリだった。
更に他の戦闘機は1機当たり100億円程度の価格だが、『T-8』練習機のCOIN機仕様なら高くても1機30億円程度にまでなる。
ちなみに練習機は1機24億円だ。
「まぁ、どちにしろ、防衛省は大変だよねぇ〜。」
「・・・ですね。」
「大変だよねぇ〜」と言うならもう少し仕事減らせるように努力するか、お前もそれを見習って頑張れよ!と防衛大臣は内心思っていたが、彼にその事を言っても、無駄だと分かってるので、適当に相槌を打つ。
普通に会話しているのに何か禍々しい黒いものが防衛相から出ているのが見える、とは横から見ていた官房長官の言葉である。




