26.PATOと核の共同運用
新世界歴1年1月20日、日本国 東京湾洋上
この日、東京湾洋上のイギリス海軍航空母艦【クイーン・エリザベス】の甲板上で日本・イギリス・スフィアナとミレスティナーレ帝国の降伏文書調印と平和条約が行われた。
普段、甲板上に出ている艦載機などは全て仕舞われ、豪華なテーブルと椅子がポツンと置かれた。
そして日本の総理大臣、イギリスとスフィアナの首相が調印した文書にミレスティナーレ帝国の首相がサインをした。
一連の降伏文書調印と平和条約は東京条約と言われ、日本・イギリス・スフィアナとミレスティナーレの戦争状態が終わりを迎えた。
今回の戦争により日本・イギリスはフェルニア油田の採掘権を得た。
スフィアナもリサニア荒野の採掘権を得ている。
今回の平和条約の後、ミレスティナーレ帝国は日本・イギリス・スフィアナ・オーストラリア・ニュージーランド・台湾・アイルランド・アイスランドとの国交を結んだ。
「これで戦後0年ですか・・・」
日本の安納総理大臣は悲しそうにそう呟いた。
今回の戦争で日本が出した戦死者は作戦に携わった自衛官7名。
イギリスは0名であるが、スフィアナはアルフヘイム防衛で87名の死者を出している。
「ですが、これでこの地域は安定しました。必要な犠牲ですよ。」
そう言ったのはイギリス首相。
だが、彼も何処か寂しそうな表情で海を見ていた。
「・・・必要な犠牲ですか。」
必要な犠牲、何処か納得出来ない言葉であるが、国のトップとしては納得しなければならない言葉である。
隣にいるスフィアナの首相は何も言わずに海を見ている。
「ミレスティナーレの使節団が帰国した後は条約機構の設立ですか?」
「その予定ですね。」
条約機構、つまり前世界でのNATOのような軍事同盟をつくろうとしているのである。
今現在、加盟を宣言しているのは日本・イギリス・スフィアナ・オーストラリア・ニュージーランドの5ヵ国。
まだ参加を表明していない台湾とアイルランド・アイスランドは国内での意見調整中である。
数日前までは日本でも条約機構の加盟を巡り与野党が国会で大論争を繰り広げていた。
防衛出動に消極的賛成した野党も条約機構への加盟は反対だったらしく、審議が一時中断する程となった。
しかし、戦争というのを経験した日本国民の世論調査では、右も左も、どの新聞社でも賛成が反対を上回る結果となり、最終的には与党と賛成野党の賛成多数で加盟が決定された。
「確か太平洋及び大西洋条約機構、PATOでしたっけ?もう訳わかりませんね。」
幸か不幸か、スフィアナの世界でもスフィアナが位置していた大洋は太平洋と呼ばれていたらしかった。
その為、名前は太平洋(日本・スフィアナ・台湾・オーストラリア・ニュージーランド)及び大西洋条約機構となったのである。
「本部は何処に設置するのですか?」
「とりあえず本部はスフィアナ連邦国のスレイナ島という事で話は付いている。」
NATOはベルギーのブリュッセルに立派なNATO本部があるのだが、PATOの本部はスフィアナ連邦国のスレイナ島で決定している。
理由としては参加国のほぼ中心に有り、それなりの部隊が駐留しており、インフラも整ってる為である。
ただ、まだ決まっただけであり、建物も規則も何も無い為、建物が完成するまでは加盟国の施設を持ち回りで使う事で決定している。
「これで日本も実質的な核保有国ですか、なんとも言えませんね。」
PATOは軍事同盟であり、その為、核の共同管理も含まれている。
PATO加盟国で核を保有しているのはイギリスのみである。
加盟国としては少ない予算で核を運用でき、イギリスとしては核運用に必要な莫大な予算が分担でき、安く済ませられるというメリットがある。
最も、核の使用にはPATO総会での全会一致が不可欠ではあるのだが、結果的に日本が核を保有している事にもなるのだ。
ちなみにこの事に関しては日本の世論は比較的好意的である。
理由としてはPATOの共同管理でも、実質的に運用しているのはイギリス軍であるという事。
そして、これまでイギリス内の判断だった核の使用がPATOの全会一致になった為、核の使用のハードルが高まったという理由である。
そして、そんな日本の事情を知ってるイギリス首相と最近知ったスフィアナ首相が同情するような目で見ている。
「核兵器ですか・・・我々の世界では廃れた兵器ですねぇ。」
スフィアナ首相の突然の発言にその場に居た日本総理とイギリス首相、オーストラリア首相が「え?」と言うような目で見ている。
「ど、どう言う事ですか?」
「え、えっと・・・」
日本総理の質問に狼狽えながらも説明したスフィアナ首相の説明は次の通りだった。
彼等の世界で約70年前に当時の軍事大国が核兵器の保有を宣言し、それから核開発競争が始まった。
しかし、その開発国が行った初の核実験によりその国に住んでいた精霊が怒り、その国はそれから30年間に渡り大災害がたて続けに起こり、現在までに人口が約10分の1となった。
それを見た各国は慌てて核開発を永久凍結し、それまでの実験記録を破棄し、地球で言う国連で核開発禁止条約を締結した。
その為、スフィアナの世界では核兵器を保有している国や原子力発電など行っている国は1ヵ国も存在しない。
よってスフィアナも核兵器は保有していないとの事だった。
「じ、人口が10分の1ですか・・・」
その説明を聞いていたイギリス首相や日本総理、オーストラリア首相は余りの歴史に言葉が出なかった。
「まぁ、もし何かあった場合は我が国は棄権しますので、あしからず。後、我が国に持ち込みさえしなければ特に何か言う事は有りませんので。」
スフィアナ首相は核保有国のイギリス首相を見ながらそう言った。
「と、ところでその核実験を行った国の今の人口はどのくらいで?」
「約2500万人程でしたね。ちなみに減った半分程度は他国への移民ですので。」
日本総理の質問にスフィアナ首相が答えと補足を告げるが、半分が移民でも、少なくとも1億人近くが犠牲になった災害とはどの程度の災害なのだろうと想像しただけで寒気がした。
新世界歴1年1月20日、アルテミア大陸西部 上空3000m
戦争が起きていた。
ただの戦争では無い、太平洋戦争末期のような一方的な虐殺である。
多数の船に対し100機近くの戦闘機が群がるが、船から放たれたミサイルや高性能対空機関砲などにより撃ち落とされる。
地上に墜落した戦闘機の尾翼には赤い星と真ん中に貫くような赤い線が左右に描かれていた。
中国人民解放軍空軍の戦闘機である。
「ふはは!!まるでハエだな!」
巨大船のブリッジで胸に星がいっぱいの階級の男性が魔術でコーティングされ防弾ガラス以上の耐久性を誇るガラスの外を見ながら言う。
黙って聞いている周りの将校達も口には出さないが、彼と同じような気持ちだった。
「我が国に足を踏み入れるからそうなるんだ蛮族が!」
彼のこの発言が彼等の心の中の気持ちを代弁していた。
彼等は突如として自国の都市を攻撃し、瓦礫の山を作った。
そして、いきなり自国の領土に軍隊を上陸させ、攻めてきた。
多数の民間人が死んだ。
多数の軍人が死んだ。
そして彼等はこうやって自国領土内に基地を建設し、そこから戦闘機を差し向けている。
我々は中華人民共和国を名乗る国から侵攻を受けている。
我々、アルテミス人民共和国は侵攻を受けている。
だからアルテミス人民共和国はこの船を差し向けた。
アルテミス人民共和国の最高傑作とも呼ばれている空中巡洋艦隊を。
この空を飛ぶ船に対し彼等はただ単に戦闘機を失わせる事しか出来ていない。
我々は最強だ!
この神聖なる大地から敵を追い出そう!
その時だった。
この艦艇を中心とした太陽が生まれたのは。
太陽は全てを包み込み、全てを焼き尽くし、全てを無に返す。
この太陽の名前は原子爆弾。
人類が作った人工の太陽だった。




