25.新エネルギー
新世界歴1年1月19日、日本国 大阪府港区夢洲 国際会議場
2025年に大阪の舞洲で開かれたEXPO2025、関西大阪万博の跡地に建てられたカジノシティと大規模な国際会議場。
そして、その国際会議場敷地内に佇む、高さ170mの高級ホテル。
その高級ホテルの最上階にある大規模な会議室では、ある会議が開かれていた。
出席しているのは日本・イギリス・スフィアナ・台湾・オーストラリア・ニュージーランド・アイルランド・アイスランドの各資源・エネルギー関連省庁の代表達である。
と言っても今回の会議はマスコミなどに伝えられている公式な会議では無く、普通の会議、別に建物を封鎖するような事はしていない。
今回の会議が開かれたのは地球世界のエネルギー構造とスフィアナの世界のエネルギー構造が違う為、スフィアナ連邦国政府が提案し、行われた会議である。
だが、エネルギー構造が違うと意味不明な事を言われ、各国は閣僚級を会議を行う場である大阪に派遣し、ここまで豪華な面子が揃ったのである。
「では我々の世界のエネルギー構造を説明する前に私はスフィアナ連邦国のエネルギー省大臣を務めていますリセフ・リコナンドと言います。よろしくお願いします。」
スフィアナ連邦国エネルギー大臣と名乗る男性が現れ、ペコリと一礼をする。
そして円形のテーブルに座る各国の担当者も返すように頭を下げる。
スフィアナ政府としてはエネルギー省の別の職員を派遣する予定だったのだが、各国が大臣級の閣僚を派遣してくると聞いて慌てて大臣を派遣したのである。
ちなみに、慌てたのはスフィアナだけでは無く開催国の日本もであり、慌てて資源・エネルギー庁長官を派遣している。
「では、まず大前提として我々の世界には魔術や魔力と呼ばれる物が存在し、このように小さな火種を生み出す事が出来ます。」
そう言ってリセフ大臣は人差し指にライターの火程度の火種を出した。
それを見た会議の出席者達は「お〜!」と驚いたような表情を見せた。
「少し話は逸れますが、我々の世界の人間は各個人に1つ、エレメントと呼ばれる属性があります。私の場合は火でしたが、水や風などもあります。ですがそこまで威力は大きく無く、せいぜい先程のように火種をうみだしたり、コップに水を入れるくらいです。」
大臣は大した事では有りませんよ、という風に話すが、そんな物無い世界の人間にとってはそれでも十分に凄い事である。
だが、それを今指摘すると話にならないので、質問したいのをグッと我慢して説明を聞く。
「それで、これらの魔法や魔術と言われるものを使う元は辺りの空気中を漂っている魔素と呼ばれる物です。そしてこれらが凝縮し、液体や鉱物に集まり、変化したのが、エーテルと言われる物です。」
スフィアナの世界でエーテルはエーテリウムやエーテルリキッドなど様々な呼び方をされるが、学術名は全てエーテルであり、同じ物である。
「そしてこのエーテルと呼ばれる物が我々の世界で使われていたエネルギー源になります。」
ここで大臣は話を区切った。
参加者達は興味深そうに話に聞き入っている。
「もちろん我々の世界でも石油や石炭・天然ガスなどの化石燃料は存在し、現在でもそれらの化石燃料は主要エネルギーとして使用されています。」
スフィアナの世界でも化石燃料は存在し、スフィアナ連邦国内にも石炭や鉄鉱石などの鉱物は大量に埋蔵されており、沖合では天然ガスや石油が埋蔵されている事が確認されている。
「このエーテルは燃やしても二酸化炭素などの有害物質を一切出さずに大量のエネルギーを手に入れられるエネルギー源です。」
その言葉に参加達はうろたえる。
それが本当ならこの世界のエネルギー構造が一変し、これまでの資産が負債となるからだ。
だが、どんなエネルギーにもメリットとデメリットがある。
かつて夢のエネルギーと言われた原子力にメリットとデメリットがあったように。
「しかし、このエーテルはある危険性が有り、一部艦艇や航空機、発電に使われているのみとなります。その危険性とはこのエーテルは水に触れると大爆発を起こすという事です。ですので一般の自動車の燃料としては使用出来ません。」
水に弱いというのは致命的な事であった。
水分というのは空気中に必ず含まれており、空気と隔離しなければ大爆発を起こす。
下手すれば原子力よりも危険なエネルギー源だった。
「正確には液体の水と接触すれば、ですので空気中の水蒸気は一応問題有りません。更に誘爆はしないので、液体に触れた部分のみとなります。」
そこで参加者の1人から手が上がった。
オーストラリアから派遣された閣僚だ。
「その爆発とはどの程度なのですか?」
「エーテルは全て液体として精製されますので一概には言えませんが実験では通常火薬と同程度と言う結果が出ています。」
そう考えると火薬が必要無いとも考えられるが、水に触れて爆発しては危険過ぎて扱えない。
とりあえずその説明で質問者は納得したようで大臣は説明を続ける。
「ちなみにそのエーテルを発電に使用した場合の効率は他の化石燃料と同程度で発電コストは1kw辺り約0.5エルで我が国の発電の約3〜4割を占めています。」
その発言に各国の閣僚が色めき立つ。
0.5エルは日本円で約4〜5円。
世界で最も発電コストが安いと言われている原子力で1kw辺り約9円。
石炭火力やLNG火力・水力は約10円、風力や太陽光は8円〜12円と言われている。
彼の話が本当ならそれまでの発電方法より遥かに安いという事である。
「そ、そのエーテルと言うのは我が国でも採掘する事は可能なのか?」
「恐らく不可能かと。このエネルギー源の最大のメリットは場所を選ばないという事。ですが、その土地に住んでいる精霊に魔力を集めるようにお願いして初めてエーテル鉱石やエーテル溶液の採掘場が出来ます。精霊の居ない貴方がたの世界では恐らく不可能かと・・・」
スフィアナ連邦国と国交を結んで精霊の事は嫌と言うほど教えられた。
精霊は魔力から成り立っており、いわば自然の守護者である。
スフィアナの世界では精霊を怒らすと災害が発生し、精霊と良い関係を築けていれば災害は起こらない。
更に精霊が自然や天候をコントロールしている為、同じ緯度・経度でも年中夏の場所と冬の場所がある。
例えばこちらの島のビーチでは観光客が楽しく海に入って泳いでいるが、対岸の島は雪が降ってスキーをしている、というような具合だ。
精霊は人類にとっての隣人であり、決して怒らせて良い相手では無い。
スフィアナの世界では精霊を怒らせて国が滅んだ事例も一つや二つでは無いのだから。
「そうか、ではエーテルを採掘しているのは貴方がたの世界の国家のみという事ですか?」
「そうなりますね。」
イギリスの閣僚の質問にリセフ大臣は肯定する。
「ですが、エーテルの採掘と精製にはかなりの危険が伴いますので、我々の世界でもエーテルで利益を上げている国は我が国を含め7ヵ国でした。残りの国は安全対策に莫大な費用を取られ、赤字でしたね。」
つまり、エーテルを輸出する国は数少なく、その国が危険性の殆どを排除している為、輸入する国の危険性は多くないと言う事である。
今までの石油や天然ガスでも爆発すれば大事故になるのは一緒なのだ。
「前世界でエーテルは最重要資源でしたので、例え関係が悪くても勝手な理由で輸出規制をしてはならないという国際条約がありまして、我が国と戦争をしていたアルテミス人民共和国という国にもエーテルの輸出は行っていました。」
つまり、もし輸出して関係が悪化しても余程の理由が無い限り輸出規制や禁輸する事は無いよ、という事である。
出席者達はスフィアナの世界で恐らくそのエーテルを使って禁輸をチラつかせてやらかした国があるのだろうと、容易に想像出来た。
「・・・そのエーテルというのは本当に燃やしても二酸化炭素などの有害物質は出ないんですか?」
「はい。魔力を燃やしているのと同じですから何も残りません。」
前世界では地球のOPECのようなエーテル輸出国の同盟のような物は無かった。
その為、各エーテル輸出国が価格競争を行い顧客の取り合いをしていた。
スフィアナ連邦国は前世界では世界有数のエーテル輸出国であった。
エーテルは無くなる事の無い資源の為、化石燃料のように埋蔵量の心配をする必要が無かったのだ。
世界で7ヵ国しか無いエーテル黒字国の1つである為、スフィアナ連邦国政府の国庫には莫大な利益が転がり込んでいた。
しかし、この世界に転移し、前世界の顧客がさまざまな場所に転移してしまった為、現在国庫が非常にピンチなのである。
最も、それでも歳入の約7〜8割は税収などによる自主財源であるのだが、予定されていた付加価値税(消費税)や法人税などの減税法案は無期限延期状態となり、公務員の給与も幾分かカットされていた。
その為、スフィアナ政府としては周辺国にエーテルの輸出を行い財政を立て直したかったのである。
「成る程、このエーテルと呼ばれているエネルギーは国に持ち帰って検討したいと思います。」
「我が国も。」
「同様に。」
イギリス閣僚を初めとし、日本、オーストラリアなど次々と前向きな意見が出てきた。
結果、前参加国がこの石油や石炭などの化石燃料より遥かに安く効率の良いエーテル導入に前向きな姿勢を見せた。
この会議の後、スフィアナ連邦国のエーテル採掘場や精製所などの視察件数が跳ね上がる事になるのだが、それはまた別の話。




