21.敵地攻撃
新世界歴1年1月15日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸
「敵地攻撃に空母を出せない?どういう事だ?」
首相官邸にある首相執務室内の首相が座っている前で言い争いを繰り広げているのは外務副大臣と防衛大臣である。
2人はかれこれ30分も言い争いを続けていた。
理由は防衛大臣がアルフヘイム攻撃の報復措置として行う敵地攻撃作戦に空母の派遣が出来ないと言った事に始まっていた。
最早、椅子に座っている首相は止める気も無く、ただ単に2人の言い争いを眺めてる。
「アルフヘイムの戦闘機部隊が現在機能していないので、代わりに空母がアルフヘイムの防空を担うしか方法が無いんです。」
「アルフヘイムに空軍基地があったろ?それで良いじゃないか。1機も失ってないんだから機能はしてるだろう。」
アルフヘイム空軍基地に配備されている第406戦闘飛行機の損耗率は0。
キルレシオは0:50を超えていた。
しかし、その代償として機体に十分な整備が出来ずに機体寿命を縮める運用の仕方をしていた。
これは整備部品が無かった事や整備をサボった訳ではなく、ただ単に時間が無かったのである。
次から次へと湧いてくる敵戦闘機に対し予備機すらも動員して空中戦を繰り広げた。
結果、整備をする時間が満足に取れずに整備不良となってしまったのである。
戦闘中に整備不良とならなかったのは整備士が最低限の整備を限られた時間内に行っていたからに他ならない。
しかしその辺りを分かっている防衛大臣は良いのだが、外務副大臣はその辺りに関しては全くの素人。
外務大臣なら「なら仕方がない。」と言って納得したのだが、現在日本に戦後関連の交渉をしに行っている。
その為、外務副大臣がこの場にいるのだが、彼は「仕方がない。」と言って納得するような人では無かったのだ。
別に彼がおかしいのでは無い。
外務大臣が寛容過ぎなだけである。
「アルフヘイム空軍基地の戦闘機部隊がどれだけ疲弊しているのか、貴方には分かってますか?アルフヘイムに駐留していた406戦闘飛行隊のノヴァーク戦闘機は半数以上が全てバラして点検しないといけないドック整備が必要な状態なんですよ?もし、空母を他に出して何処かの敵がアルフヘイムに攻めて来たら間違い無く事故が起きますよ。」
「だ、だが・・・」
空母を出さないと困るが、事故が起きるのはもっと困る。
彼が派遣部隊に空母を出してくれと言ってるのは軍事的な事では無く外観的な事。
事故の可能性を許容してまで行う事では無かった。
「それにパイロットも限界なんですよ!とにかく、防衛大臣としてはこれ以上、406戦闘航空隊を酷使させる訳にはいきません!空母は出せない。イギリスが空母を出すんですからそれで良いじゃ無いですか!」
外務副大臣がどれだけ言っても彼の管轄は外務省である。
防衛総省を管轄する防衛大臣が頷かない限り、空母を派遣するのは無理だった。
「もう1隻の空母は出せないのか?」
このままでは埒が開かないと首相が提案して来たのはスフィアナ連邦国海軍が保有しているもう1隻の空母だった。
だが、しかし・・・
「【スイレート】の姉妹艦【アルファール】は現在ドック整備中で後1ヶ月程かかります。」
「巡洋艦1隻と汎用駆逐艦1隻にアイギス防空駆逐艦1隻を出すので防空態勢に問題はありません。それにイギリスが派遣する【クイーン・エリザベス級】でしたっけ?は【スイレート級】と同等サイズの中型空母ですので、2隻も空母があっても邪魔なだけです。」
イギリスの空母【クイーン・エリザベス級】とスフィアナの空母【スイレート級】は瓜二つな見た目の空母である。
双方共に満載排水量は約6万5000t、ツインアイランド式で、ほぼ同じ場所に艦載機用エレベーターも付いている。
唯一の違いは【クイーン・エリザベス級】はVTOL空母の為、スキージャンプ台が付いている。
しかし、【スイレート級】はCTOL空母の為、スキージャンプ台は無く、リニアカタパルトが2基搭載されている。
ちなみに艦載機の数は双方共に40機程度で有り、乗員の数なども殆ど同じだった。
その為、軍事情報誌では現代の7不思議の一つとも言われている。
「結局、どれほどの艦艇が敵地攻撃に向かうんだ?」
首相が防衛大臣に作戦戦力を聞いた。
「我が国が巡洋艦1隻と駆逐艦3隻の計4隻。日本がヘリ空母1隻と護衛艦3隻の計4隻。イギリスが空母1隻と駆逐艦2隻の計3隻。合わせて11隻の艦隊です。」
ちなみにここで言うヘリ空母とは【いずも型】では無く【ひゅうが型】である。
【いずも型】はF-35Bの搭載により、ヘリ搭載護衛艦から航空機搭載護衛艦と艦種を変更している。
その為アルファベット表記もヘリコプター搭載護衛艦のDDHでは無く、航空機搭載護衛艦のDDAに変更された。
「成る程、ところでその日本の護衛艦というのは何なのだ?」
「日本独自の艦種らしいです。日本の海上自衛隊の水上艦艇は全て護衛艦と呼ばれるらしいです。ちなみに我が国の基準に当てはめれば護衛艦3隻は駆逐艦2隻と巡洋艦1隻になります。」
何故、フリゲートや駆逐艦・巡洋艦を護衛艦で一纏めにするのか分からない首相だった。
だが、自衛隊表記は名付けている本人でも首を傾げる事があるので、気にしては駄目だ。
「不思議な国だ。まぁ10隻そこらの艦隊に空母2隻も要らんだろ。海外領土の防空を疎かにする訳にはいかないからな。」
今回の敵地攻撃を行うのは巡洋艦や駆逐艦の巡航ミサイルや対地ミサイルである。
空母は艦隊の防空を担うだけであって、1隻辺り最大40機程の戦闘機を搭載出来る中型空母が2隻もあっても仕方が無いのだ。
「はい。では、この概要で第一空母打撃群から分派します。」
ちなみにアルフヘイムに派遣した第一空母打撃艦隊は空母1隻、巡洋艦1隻、アイギス防空駆逐艦2隻、汎用駆逐艦4隻、輸送艦1隻、病院船1隻である。
その為、巡洋艦1隻、アイギス防空駆逐艦1隻、汎用駆逐艦2隻を派遣すれば、アルフヘイムに残るのは空母1隻とアイギス防空駆逐艦1隻、汎用駆逐艦2隻、輸送艦と病院船が1隻づつとなる。
「あぁ、それで頼む。」
新世界歴1年1月17日、ミレスティナーレ帝国 帝都ミレス 参謀本部
ミレスティナーレ帝国の首都ミレスにある参謀本部は歴史を感じる立派な建物である。
都市自体の歴史が古く、周りの建物も歴史を感じる立派な建物の為、参謀本部も浮く事無く、ミレスの街に佇んでいる。
だが、そんな立派な建物とは裏腹に会議室で会議する軍幹部達の表情は暗かった。
何故なら国の安全確保の為に行った2つの作戦がことごとく失敗し、逆に国がピンチになってしまったからである。
「え〜これまでの状況を説明致します。我が国より1500km離れた場所に出現した島の占領作戦では14隻の艦艇と86機の艦載機が喪失しました。3500km離れた島の占領作戦では24隻の艦艇を喪失、作戦に参加した戦闘艦艇は2隻の空母も含めて全て喪失致しました。」
部屋に重苦しい空気が流れる。
今回の会議は皇帝も出席している大事な会議である。
しかし、誰もがこの国の現状を分かっている為、何も発言しない。
「更に2日前から攻撃した国の報復攻撃と思われる攻撃が相次いでおり、主要な空軍基地は全て壊滅。海軍基地も幾つかは壊滅的なダメージを受けています。」
「何故?」「どうして?」などは誰も聞かない。
ここ2日間の会議で散々聞いたからだ。
だが、結果は何も分からない。
ただ、敵はこの国より高度な技術を用いてミサイル攻撃をしてくると言う事だけが分かった。
「艦隊の再建は・・・・・・」
「早くても5年、元の戦力に戻すなら10年程です。特に空母2隻を失ったのが痛いです。空軍もかなりの戦闘機が地上破壊されています。」
彼等が失った艦隊は日本に例えると、4個ある護衛隊群のうち3個護衛隊群を失ったのに等しかった。
国防は穴が空きまくり、艦隊の再建は途方もない時間と予算がかかる。
「もし、これでニルヴァーナが攻めてきたら我が国は終わりだぞ?」
ニルヴァーナとはニルヴァーナ皇国という国家である。
皇国と付いているが皇族は居らず、国家労働者党と呼ばれる党の一党独裁政権の国家であり、それ以外の政党は存在しない。
ちなみにミレスティナーレ帝国は帝国とついているが、実質的には立憲君主制の議会民主制の国家である。
ちゃんと選挙の自由や報道の自由もあり、それを皇帝が保障しているという体制の国家である。
前世界ではニルヴァーナとミレスティナーレは地球で言う東西冷戦を繰り広げており、海外領土の取り合いを行なっていた。
距離的には日本とブラジル並みに離れている為、冷戦が熱戦になる事は無いのだが、何処かの海外領土では必ず代理戦争が起きていた。
「え〜、その攻撃を行なっている国の艦艇から降伏勧告が届いており、・・・・・降伏も視野に入れるべきかと思います。」
「くそっ!海外領土さえ有れば・・・」
国土面積でニルヴァーナに劣るミレスティナーレは海外領土を沢山保有しており、軍の半数、特に海軍の6割は海外領土に展開していた。
そして、今まで口を閉じていた皇帝がようやく口を開いた。
「その国とやらとの交渉を始めろ。最悪、余の首でも構わん。その国がニルヴァーナよりマシである事を祈ろう・・・」
皇帝の降伏を前提とした交渉命令により、ミレスティナーレは日本・イギリス・スフィアナとの交渉を始める事になる。
ちなみに北海道やアルフヘイムを攻撃した司令官は日本・スフィアナ両国軍の対艦ミサイル攻撃により船ごと沈んでいる為、既にこの世には居なかった。
日本・スフィアナ両国がミレスティナーレに求めるのは賠償金や経済介入であり、皇帝の首は一切求めていなかった。
だが、勿論この時、皇帝やその他の人間がこの事を知る事はない。




