2.混乱、日本・ロシア編
西暦2029年12月31日
それは突如として次々と起こった。
震度1〜2の地震が断続的に発生したかと思えば突如としてオーロラが出現したのである。
当然ながら、日本ではオーロラは北海道の一部地域でしか確認されない。
更にそれだけでは無い、10秒見にも満たないオーロラが消えたと思ったら、対馬の対岸に見えていた釜山の灯りが消えたのだ。
おまけに全ての人工衛星と海底ケーブルの消失。
この影響は凄まじかった。
大陸間の国際電話の不通や自国以外のインターネットサービスの異常、使用不可となったGPS。
一瞬にして新年の祝う大晦日の世界は混沌と化した。
最もそれは政府や一部の人間のみで、殆どの人は年越しによるシステム不調程度にしか思っていなかった。
だが、彼等は直ぐに知る事になる。
もう、彼等が居る星は地球ではない事に、そしてこれまでの地理や外交、安全保障は通用しないという事に。
西暦2030年1月1日、日本国 首都東京 総理官邸
「どの国と連絡が取れるんだ?」
ゆっくり寝ていた所を秘書に起こされ気分は最悪な状態で廊下を足早に歩いていく人が居た。
「どこも取れません。」
質問に隣を歩いている秘書の男性が素っ気なく答えた。
う〜んと唸りながら歩いて行く2人の男性は警備の人と何回かすれ違いながら目的地へと到着した。
危機管理センター、日本国の総理官邸の地下にある国家にとっての非常事態に対応する場所である。
だが、そんな危機管理センターも年明け早々、必要最低限の人員しか居らず、職員が座る椅子も所々空きがある。
年末年始は国防を担う一部の自衛隊以外にとっては休みの日だ。
役所もしっかりと正月を満喫している。
通信途絶が発生したのは丁度0時を回った頃、そして危機管理センターに召集がかかったのは30分後の0時30分になってからだった。
まだ1時間も経ってない今、長期休暇で帰省している職員などは直ぐに家を飛び出しても鉄道すら運行していない。
「現在、アメリカを含む全ての国との通信が途絶しています。国外との通信ケーブルが全て切断されていると思われますが、国内の通信ケーブルは無事で北海道や四国・九州・沖縄、小笠原諸島などとは通信出来ています。」
総理が入って来た事に気付いた防衛大臣が現状分かっている事を伝える。
ちなみに防衛大臣が居たのは偶々であり、年も明けたし家に帰ろうとしていた所を防衛省の職員の一人が呼び止め危機管理センターへと連れて来たのだ。職員、good job!
彼は1日2日と休みの予定だったが、経った今、出勤日となった。
「他の大臣は?」
「官房長官はあちらに。数名の大臣とは連絡が取れており、航空機や新幹線の始発で東京に向かうそうです。」
防衛大臣の答えにうんうんと頷く総理大臣。
他人から見ればしっかりと日本の長としてやっているという印象を受ける立派な総理大臣である。
だが、実際には自分の睡眠が無くなったのを他の大臣達にもと、考えている国の長としてはアレな人間である。
最も、その事を知ってるのは官房長官と秘書、各大臣、そして総理夫人のみである。
「あと、こちらは不可解な事なんですが、複数の通信所でイギリスの無線を傍受しました。」
「・・・イギリスって無線が傍受できる程近くにあったのか?」
「いえ、有りません。」
自衛隊のシギント活動は24時間365日行われており、その実態は謎に包まれている。
シギント活動は自衛隊の防衛省直轄の情報本部がその任を帯びており、周辺国の通信を傍受していた。
ただ、つい数時間前までは韓国や北朝鮮・中国・ロシアなどの日本とあまり仲がよろしくない国の軍事無線を傍受していたとだけ言っておこう。
「在日米軍は?」
「本国を含め在韓米軍やハワイ、グアムとの通信が繋がらないようです。つまり、我が国と同じです。」
日米安全保障条約はそのままだが、在日米軍はここ10年でアメリカの自国ファーストやフィリピンへの駐留再開により最盛期5万人弱居たのが今は約3万人程度の兵力まで減ってしまった。
と言っても殆どの基地などはそのままなのだが、在日米軍の軍事力が減った事は確かだ。
「なるほど・・・」
「総理、大陸の確認の為、下地島と千歳からF-15。那覇からF-35。築城からF-2が上がりました。」
防衛大臣の閑散とした声が広い室内に響く。
滑走路が増設された那覇空港/基地はこの時代になっても相変わらず民間・自衛隊・海上保安庁が共用で使用している。
下地島基地ができた事で少しは那覇基地の負担が減るかと思うが、下地島基地の戦闘機部隊は新設なので那覇空港/基地の負担は殆ど変わらない。
多少、スクランブル発進の回数が減ったくらいである。
「まぁ、仕方がないか・・・」
続々と職員が集まり、騒がしくなって行く危機管理センターで総理のその呟きを聞いた者は誰も居なかった。
西暦2030年1月1日、ロシア連邦共和国 首都モスクワ クレムリン
「それで、どうなっているんだ?」
ロシア連邦共和国大統領の他、多数の幹部がコの字型のテーブルに座っている。
その手元には十数枚の報告書を束にした書類がクリップで留められ置かれている。
日本やアメリカ、欧州の一部の先進国ならば書類の代わりにiPadなどのタブレットが置かれているが、2030年代になっても大多数の国では未だに紙がその地位を占めている。
「全く分かりません。人工衛星とは一切繋がりません。アメリカワシントンのホワイトハウスと繋がっているホットラインも切断されています。現在戦闘機をアラスカ方面へ飛ばしています。」
ガヤガヤと室内が騒がしくなる。
特に安全保障や運輸系の大臣達の顔は蒼白だ。
騒がしくなった室内だったが、元スパイの大統領がスッと手を少し上げると室内は静かになった。
日本や他国の首脳では不可能な芸当だ。
「他には?」
「全体的に気温が上昇しています。体感的にはなんとかというレベルですが、数値上では確実に上昇しています。」
「具体的な数値は?」
大統領がそう聞くと大臣はパラパラと何枚か紙をめくり、その書類に記載されている通りに報告する。
「ロシア全体的に10度です。」
「自然資源・環境省としての見解は?」
大臣の発言にまたもや室内はざわざわと騒がしくなったが、大統領は無視して、報告元の自然資源・環境大臣に質問する。
だが、見解は?と書かれても自然資源・環境大臣としての返答は1つしか無かった。
「現状ではなんとも・・・異常気象としか・・・ただこれが事実ならば非常に不味いです。」
自然資源・環境大臣の発言に何が不味いのか分からない者が半分、分かって顔を蒼ざめている者が半分。
大統領は分かっている者の1人だったが、分かって無い人も居るみたいなので大統領は大臣に説明を促した。
「このままの状態が続きますとシベリアの永久凍土が溶ける恐れがありますので、道路や建物、基盤インフラまでに甚大な被害が出る恐れがあります。最悪、極東地域の放棄まで必要になるかもしれません。」
三度騒がしくなる室内。
大統領は最早、静める気は無いようだ。
これからやる仕事などを考え頭を抱えている。
「そ、それは困る!ウラジオストクは重要な基地だ。中国に対処するにもシベリアを含む極東は必要だぞ!」
そう言ったのは国防大臣である。
ロシアにとってウラジオストクは帝政ロシアから続く重要な軍事都市である。
対日本やアメリカに睨みを利かす為にもシベリアは非常に重要だった。
更にまだ他国よりは仲が良いと言っても中国である。
いつ裏切る(中国も独ソ不可侵条約や日ソ不可侵条約を反故したロシアには言われたく無い)かもしれず、国防の為にもロシアにとってシベリアは必要だった。
「あくまでも可能性です。ただ現実に気温が10度上がったのは事実ですので・・・」
資源や安全保障なども絡み、終わりの見えない会議は続く。




