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 「まず、ミツキの手紙にどこまで書いてあったのか知りたい」


 俺は頷いて、ざっくりと二人に説明をした。


 「そっか。そんな内容だったんだね」


 シイナがそう言って俯く。


 「ミツキは確かにたくさんの人を殺した。だが、好き好んでやっていた訳じゃない。みんなを……お前を守りたかったんだ」


 ミツキの変わらなかった笑顔を思い浮かべて、目を閉じる。


 「ミツキの願いを叶えたい。それが、今俺の生きる理由です」


 俺がそう言うと、ゴウが大きく息を吐き、覚悟を決めた顔で口を開いた。


 「ミツキが書いていなかった事を話そう。奴らが何をしているか、だ」


 続けて喋ろうとしたゴウを手で制し、口を開く。


 「その前に、ミツキが生かされているという話を聞きたいんですが」


 自分でも分かるほど、声が強張っていた。


 「いや、それを理解するためにも、奴らが何をしてるのか知る必要がある」


 強い意志のこもった言葉に、迷いが生じる。確かに、ミツキの事は最優先だが助けるとしても相手の正体は知っておいた方がいいだろう。


 「……分かりました」


 俺の言葉に軽くゴウが頷き、口を開いた。


 「まず、俺たちがどうやって産まれてきてるかは知ってるな?」


 俺たちは産まれてから薬に適応するまでの間、同じ施設で育つ。そこで基本的な教養を施されるのだ。


 「はい。優秀な精子と卵子を使って、人を作って、更にそこから優秀な人間を選別して、という繰り返しから産まれています」


 「そうだ。それは事実だが……いくら優秀な遺伝子と言えども、全てが完璧になる訳ではない、という事は分かるか?」


 目をパチクリとさせる。


 「えっと、どういう意味でしょう?」


 「先天的な障害がある子どもも産まれるんだ。五体満足ではなかったり、脳に障害があったり、形が人ではなかったり、だ」


 「………」


 ゴウが言っている事の理解ができなかった。真剣な表情で言うゴウが嘘をついてるとは思えないが、そんな人間は知らないし、にわかに信じ難い。


 「もちろん、奴らの創っている世界にそういう人間は存在しない。存在自体を消されているんだ」


 ゴウに頷いてシイナも口を開く。


 「僕もあの施設へ行くまでは、サクヤと同じでそんな人間は居ないと思ってたよ。でも……」


 シイナはその先が続けられないようで、ゴウがシイナの肩を優しく触った。


 「そういう、奴らの定義に合わない人間、そして、施設での試験に合格出来なかった人間が、薬の元だ」


 施設で生活していた頃を思い出す。俺とミツキの世代も、施設に居た時には百を超える人がいたはずだ。日に日に減っていく彼らを、施設の人たちは薬への適応が完了したから外の世界へ出て行った、と説明していた。

 だが、実際に俺が施設を出てから生存を確認出来ているのはごく僅か。


 その事実に、さーっと血の気が引いていく。


 「そんな、こと」


 「信じられないか? でも、俺たちやミツキはそれを見てきた。命の重さは変わらないはずなのに、奴らには違うらしい」


 確かに存在した命。その命を選ばれた俺たちが踏みにじっている。自らの命を永らえる為に。


 施設でよく遊んでいた少女も、喧嘩をした少年も、ご飯を一緒に食べた俺より小さかった少女も、早くに出た子どもたちはみんな薬になっていた、という事実。

 俺は何も知らずに、毎月身体の中に彼らの命を入れられていたのだ。


 胃の奥から酸っぱい物が込み上げ、慌てて口を押さえる。


 「俺たちは、そんな歪んだこの世界を変えようと思ってる。人の命を、それもたくさんの人たちを犠牲にしてダラダラと生きる事に何の意味がある?」


 「ミツキちゃんも僕たちと同じ気持ちだったんだ。薬を一つ作るのに、何人が犠牲になってると思う? 少なくても、三人。毎月、人口の三倍が犠牲になってるんだよ」


 ゴウに続いてシイナが言う。泣きそうなその顔を直視できなかった。


 「昔は、な。愛し合った男女から赤ん坊が産まれてたらしい。みんな望まれて、生きる為に産まれてきてた。そんな世界を取り戻したい。それが、俺たちレジスタンス、そしてミツキが望んだ世界だ」


 強い意志の乗った言葉に顔を上げる。

 ゴウの顔には、迷いの無い覚悟が浮かんでいた。


 彼らの話を全て信じるのであれば、なんと残酷で醜い世界なのだろうか。

 確かに不自由は何もない。機人が全てを行ってくれているし、俺たちがしなければならない事は何もない。

 ただただ生きている。いや、生かされていると言った方が正しいか。

 俺たちは人の形をした、ただのモルモットだったのだ。


 そう考えると、一気に生への興味が失せた。俺が死んでも、彼らからすると虫が死んだのと変わらない感覚なのだろう。


 「……それで、ミツキが生きているというのは?」


 そんな俺が唯一、生に執着する理由。彼女の事を考えると、不思議と力が湧いてきた。


 「一つ、先に言っておくが、ミツキが生きているというのは正確じゃない。ミツキの命が生かされている、という話だ」


 ゴウの物言いに、眉をひそめる。

 生きている事に変わりはないだろう。


 「ゴウ、その事なんだけど。サクヤに伝えるのは、もう少し調査してからの方が良いと思うんだ」


 小さな声で言ったシイナに目を向ける。俯いていて表情はうかがえない。


 「いや、俺は今すぐにでも聞きたいんですが」


 不機嫌を顔に出して言うと、ゴウが困ったように頭をかいた。


 「シイナ、サクヤは知りたがってるんだから話しても……」


 シイナがゴウの腕を掴んだ。ただそれだけ。それだけなのに、ゴウの動きが止まった。急に動きを止めたゴウに眉を寄せ、二人をまじまじと見る。


 ーーシイナが震えていた。

 いつもふざけているシイナが。


 俺はそれ以上、追求する事ができなかった。

 



**********




 「今日は水曜日か」


 雨を見ると、ミツキが投薬をやめた日の事を思い出す。俺は首にぶら下げた丸い塊を見つめた。

 時計の短針の様な形の碧い石が入っている、不思議な球体。ミツキが俺に残してくれたキーホルダーを、身につけられる様に加工したのだ。




 レジスタンスのアジトには、三週間程度居たらしい。前回の投薬から数日で一ヶ月となる為、俺は家に戻ってきていた。

 あんな話を聞かされて投薬なんて出来る訳がないと言ったのだが、革命を起こすには時間、つまり延命が必要だとゴウに諭されてしまった。


 あの薬の製造をやめさせる為に、あの薬を使うなんて、笑えない冗談だ。

 しかし、悲しい事にそれしか方法がないのも事実だった。


 シイナはあの後、すぐに部屋に引きこもり、俺がいる間に部屋から出てくる事はなかった。




 朝食を取り、腰にポーチを下げて、管理する側の建物ーーこの世界の中心へと向かう。


 世界樹、と呼ばれるその建物は、この世界で一番大きい長寿の木を利用してできた建物だ。

 なんでも、その木を建物として使用しながらも生き長らえさせ、尚且つ、まだ成長し続けさせている技術が、彼らの権力であり世界の支配者であるという象徴なのだそうだ。

 それを聞いた時は純粋に凄いと思っていたが、命を延ばすという話を聞いた今、世界樹が可哀想だと思ってしまうのは身勝手な感情なのだろうか。


 オートウォークに乗っていると、程なくして世界樹へと辿り着いた。

 扉に向かって歩いていると、視界に鮮やかな色がチラつく。


 世界樹の周りには彩り豊かな花々が咲いているのだが、俺からすると綺麗というより少し異様だ。

 通常の草花ではあり得ない色をした花や、変な形の花。人の背丈程もある大きな花に、何色かに分かれている花。まとまり感が一切無いこの花たちの個性には、世界樹が影響してるらしい。


 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 扉をくぐると受付の機人が感知して、音声を出力した。見た目はただのモニターだ。


 「投薬」


 端的に答える。感情を持たない機人相手に、回りくどいやり取りは必要ない。


 「照会しますので、IDをお願いします」


 「2537996512」


 少しの間を置いて、モニターに丸いマークが表示された。


 「確認が取れました。ようこそサクヤ様。左の通行口よりお進みくーー」


 俺は最後まで聞かずに、開いたドアへと入っていった。

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