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 ≪サクヤへ


 サクヤがこの手紙を読んでいるということは、私は既に死んでいるのでしょう。この手紙は、投薬をやめてから半年くらいで書いています。


 サクヤは人の死を知らないから、どんな感情が生まれたか、今の私には分からないけど……私はとても幸せです。

 サクヤと最後の時間を楽しく過ごせて、本当に幸せです。


 何から説明したらいいか分からないから、最初から話すね。


 私は管理する側になって、最初は雑用をしていたの。でも、どんどん研究で成果を上げて、かなり高い地位を掴む事ができたんだ。サクヤは知らないだろうけど、結構偉かったんだよ?≫


 偉そうに胸を張って鼻を膨らませながら言うミツキを想像して、ふっと笑みをこぼす。そういえばミツキは自分の仕事について一切話さなかった。


 ≪だけど、上に登れぼ登るほど、この世界の醜さを思い知らされる事になったんだ。そんな時に、盗みに入ったレジスタンスの人たちと出会った。彼らは私の知っているレジスタンスとは違い、全てを知った上で、世界の在り方を変えようとしてたんだ。

 私が出来ない事を、彼らはしようとしていた。だから、私も彼らと共に生きようと思ったの。


 ーー次のページに、私が実際に行っていたおぞましい罪を書きます≫


 手紙から顔を上げる。ゴウとシイナは静かに俺を見守っていた。手紙を見るに、彼らがミツキの言うレジスタンスだろう。


 一番下の行に書かれたその文章をもう一度見る。

 ミツキ自身が言う、おぞましい罪とは一体何なのか。果たしてそれを受け止める覚悟が俺にあるのか。


 一つ、深呼吸をし、ページをめくった。

 びっしりと埋まっていると思っていたそのページは、簡潔に一言しか書かれていなかった。


 ≪私は、たくさんの人を、とても無残な方法で殺し続けてました≫


 目を疑う。

 ミツキが、殺しを?

 そんな事、するはずがない。


 「どうした?」


 手紙を見て硬直した俺に、ゴウが不思議そうに言った。


 「いや、あの、ちょっと良く分からなくて……」


 震える手で二枚目の手紙を二人に見せる。


 「あぁ、なるほど」


 そう言って何度も頷くゴウを呆然と見た。なにが"なるほど"なのか。

 ミツキの事を全て知っているかのように納得しているゴウに、ふつふつと怒りが湧いてきた。


 「な、なんだよ! 何がなるほどなんだよ!」


 ゴウが目を伏せる。


 「その先があるはずだ。ちゃんと最後まで読んでくれ」


 言われなくても最後まで読むに決まっている。腹の虫が収まらないまま、だが、言い合っても仕方がないので三枚目に視線を落とす。


 ≪これは本当の事。レジスタンスの人たちも知っているし、同じ仕事をしてた人たちもいる。

 私たちは、人口の何倍もの命を犠牲にして生きているんだ。


 毎月の投薬で使用されている薬。あれは、人を殺して作っています。そして、私もあれを作っていました≫


 怒りが、急速に萎んでいく。人の命を犠牲にして、人の命を延ばしている?

 あまりにも常軌を逸脱しているのに、何故かストンと腹落ちしてしまった。


 投薬で永らえている命というものが当たり前の世界。でも、どこかで感じていた。何かがおかしい、と。


 ただ、それに目を向ける事をしなかった。だって、当たり前の事だから。


 投薬の薬が何を原料にしているのか、どこで作っているのか、どうして安定供給が出来ているのか。


 その答えが人の命。


 ≪この手紙は、私が一番信頼しているレジスタンスの人たちに預けています。

 サクヤが今後、どんな選択をするか分からないけど、もし彼らと共に進むならーー。これを託します。


 私がいなくても、サクヤなら大丈夫。

 今までありがとう。大好きだったよ。


 ミツキ≫


 そう締めくくられた手紙に、視界が歪む。ポタッポタッと手紙に雫が落ちた。


 悔しい。そして、悲しくて寂しくて怖くて辛い。


 シイナがそっと背中を撫でてくれて、静かに言う。


 「ミツキちゃんはね、今生きている人たちの為に自分を殺してたんだ。投薬をやめると、みんな死んでしまう。何も知らずに死んでしまうから。だから薬を作り続けた。僕も同じ仕事をしててたんだけど……恐怖に負けて逃げちゃった」


 辛そうにそう告白するシイナに何も言えずに、ただただ下を向いた。


 「今の状態じゃ俺たちの話を聞く気にもなれねぇだろ。シイナ、空き部屋に連れてってやれ」


 ゴウが頭をかきながら立ち上がりシイナに言う。シイナは頷いて、静かに俺を部屋へと案内した。




 真っ暗な部屋の中、ベッドに横たわる。この世界の理不尽を呪いながら。


 なぜ、ミツキがそんな事をしなければならなかったのか。なぜ、世界はこんなにも歪んでいるのか。なぜ、俺は気付いてやれなかったのか。


 ここは地下なので、日付の感覚が一切ない。ただ、何度も食事を出され、それに手をつけられない日が続いた。


 ふわりふわりと意識が浮上しては、過去を悔やみ、意識を手放してはまた浮上して。


 ぼーっとベッドでそんな時間を過ごしていたある日、ゴウが荒々しく部屋のドアを開けた。


 「お前、いつまでそうしてる気だ!」


 乱暴に布団をはがれ、胸ぐらを掴まれる。


 「ミツキの事が好きだったんだろ? ミツキもお前の事が好きだったんだろ? こんな腐ってるお前を見たらミツキが悲しむだろ!」


 唾を飛ばしながら大声で言うゴウから顔を背ける。


 「ミツキは、もう、いない」


 長い間言葉を発していなかったせいか、掠れた声が出た。


 「いいか、お前が読んだ手紙が全てじゃねぇ。ミツキは、ミツキの魂は、生かされてるんだ!」


 合わなかった焦点を、ゴウに向ける。


 「ミツキが、なんだって?」


 「ミツキはまだ生かされてる。いいか、奴らはミツキの命を弄んでるんだ」


 力の入らない手で、ゴウの腕を掴む。


 「どういう、事だ」


 乱暴に俺の腕を払って胸ぐらを離すと立ち上がり、きつい視線を俺に向けてゴウが言った。


 「話が聞きたきゃ、まずは飯を食って身なりを整えて広間に来い。今のお前みたいな役立たずに話す気はねぇ」


 吐き捨て、ドアを出て行く。代わりにシイナが顔を出した。


 「久しぶりのご飯だから、お粥だよ。ちゃんと食べてね? ご飯食べないと頭も回らないし、力も出ない。ミツキちゃんの為と思ってさ」


 「ミツキの……」


 言われるがまま、出された食事に初めて手をつける。ねっとりとしたノリの様なお粥だったが、その温かさと久々に味覚を刺激された舌のおかげで、すぐに食べ切ってしまった。


 頭が少し冴えた気がする。

 今の俺は、ミツキという単語に反応するだけの屍だ。ゴウの言い方は乱暴だったが、最もだった。

 ミツキが居たら怒鳴られているだろう。


 服を着替えて、広間へと向かう。

 不機嫌そうなゴウに向かって頭を下げた。


 「すみません。よく考えると、お二人に迷惑しかかけてませんでした」


 「……少しはまともになったじゃねぇか」


 頬づえをつきながら、ぶっきらぼうに言うゴウを見てシイナがにやける。


 「あー見えて、すっごく心配してたんだよ」


 「おまっ! 余計な事を言うな!」


 掴みかかるゴウをひらりと躱してシイナが笑う。


 「本当にすみませんでした」


 もう一度、深々と頭を下げた。


 「ま、まぁ、許してやるよ。とりあえず座れや」


 ミツキの手紙を信じるならば、彼らは悪い人たちではなさそうだ。

 ゆっくりとソファーに腰掛け、大きく深呼吸する。

 ゴウの口ぶりを考えるに、手紙には書かれていない、残酷な事実がまだあるはずだ。


 「話してください。全てを」


 俺がハッキリと言うと、ゴウが真面目な顔で頷いた。

 隣のシイナも笑顔を引っ込めて硬い表情を浮かべる。


 「覚悟の決まったいい目だ。全て話してやろう」


 そう言ってゴウは、話し始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新を待っていました。 この世界観が……カズオ・イシグロの『私を離さないで』に匹敵する衝撃を受けました。 今後も期待します。 最後まで、お付き合いしますから。
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