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連れられて来た場所は、風化している石畳の風車だった。男は無言で中に入り、俺が入ったのを確認してから扉を閉める。
「それで、ミツキの話ですけど」
「まあ、焦るなって。それに、目的地はまだ先だ」
ニヤリと笑ってそう言うと、おもむろに薄汚れた床の絨毯を剥いだ。
「これは……」
ぱっと見は何の変哲も無い石で出来た床だが、よく見ると、取っ手のようになっている部分がある。
「隠し扉ってやつだ。こんな所に来る奴はいなんだろうが、一応な」
この下に、隠さなければならない物があるらしい。ミツキの話を聞くだけのつもりが、危ない事に足を突っ込んでしまっている気がしてきた。
男が隠し扉を開くと、薄暗い螺旋階段が現れる。先が見えない程に深いその穴に、不安が押し寄せた。
「初対面でこんな所に連れて来られて、こんな怪しい場所に入ろうとしているんですから、少しくらい説明があってもいいんじゃないですか?」
既に片足を螺旋階段に下ろしていた男は、振り返って笑いながら振り返る。
「あー、わりぃわりぃ。俺はゴウだ。よろしくな!」
そう言って颯爽とゴウは穴の中へと姿を消した。
「……そういう事じゃないんだけど」
深くため息をつき、既に居ないゴウに文句をこぼす。とはいえ、ここに残されても仕方がないので、恐る恐る階段へ足を下ろして後を追った。
長い長い螺旋階段を気が遠くなる程降りた後、小さなドアのあるひらけた場所へと着いた。あまり運動をしていなかった俺の足は、切実に疲労を訴えている。
「よー! 戻ったぞ」
足をさすっていると、ゴウがそのドアを勢いよく開いて言った。
「お帰りー! ミツキちゃん、どうだっ……誰?」
中から飛び出してきた少女が俺の姿を認めて、訝しげに口を曲げる。
茶色の髪を二つ結びにし、ぶかぶかな白衣を着たその姿は、さながら研究者の真似事をしている子どもの様だった。
たが、姿で判断出来ないのが今の世の中。少女の姿という事は、単にそれだけ薬への適応が早かったという事だろう。
「あー、こいつがサクヤだ」
ゴウが顎で俺を指すと、少女は表情を一変させ、笑顔で俺に近づいてきた。
「君がサクヤ君かぁ。ミツキちゃんから色々聞いてるよ! 初めまして、シイナです」
そう言って手を出してきたので、反射的に握手してしまう。
「あ、はい、俺がサクヤです。よろしくお願いしますぇえ!?」
握ったシイナの手が、手首からすっぽり抜けた。硬直していると、カラカラと笑いながらシイナが袖から新たな手を出し、ひらひらと振る。
「それ、ただの義手」
ただ、袖の中に隠した手で偽物を持っていただけらしい。なんて心臓に悪い悪戯なんだ。
「シイナ、初対面でそれは驚くだろ。とりあえず謝っとけ」
「えー、子どもの可愛い悪戯じゃん!」
「お前より、サクヤの方が年下だ。見ろよ、まだ固まってるじゃねーか」
「ぐっ……。ごめんね、そこまで驚かすつもりはなかったんだけど」
耳が垂れた仔犬のように、下を向きながら言うシイナに俺はぎこちなく頷いた。
「あ、ハイ。ダイジョウブです」
それを見たゴウが頭を掻きながらため息をつき、ドアの向こうを見た。
「こりゃダメそうだな。とりあえず、中に入って休もう」
その言葉に従って、俺たちは室内へと入る。中は忘れられた牢屋のように古かった。
今にも壊れそうな椅子と机、そして、何も入っていない本棚。ベッドと呼ぶにはお粗末な、傾いている寝具。家具といえばそれくらいしかない。
その光景に呆然としていると、シイナか本棚の辺りに小走りで向かっていき、がさごそと何かをした途端、本棚が動いて明るい光が漏れ出した。
「あの先だ。行くぞ」
ゴウに肩を叩かれて進むと、大きく豪華な広間になっていた。
「ようこそ! ここが俺たちレジスタンスのアジトだ。歓迎するぜ、サクヤ!」
両手を広げて大きな声で、ゴウが言った。
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「さて、何から話したらいいもんか」
ゴウが顎をさすりながら宙を見る。
通された部屋は調度品も凝っており、アンティークな机を挟んで立派なソファが配置されていた。所謂、応接間というものだろう。
「そうですね……。まず、ミツキと貴方達の関係を教えてください。レジスタンスと言ってましたが、管理する側のミツキがレジスタンスと関係を持っている意味が分かりません」
世の中の動きに疎い俺でもレジスタンスは知っている。管理される事に嫌気が差した人たちが、管理する側に対してデモを行ったり、施設への破壊工作をしているのだ。
つまり、ミツキは狙われる側であって、目の前に座る彼らとは真逆の存在。
「ニュースになってるような、チンケなレジスタンスと僕たちを一緒にしないで欲しいな! 僕たちはーーむぐっ」
バタバタするシイナの口を押さえながら、ゴウが苦笑した。
「まぁ待て。落ち着け。話す前にする事があるだろう」
「んんんー! んん、んん!!」
シイナの顔がみるみる青くなっていく。
必死に抵抗するシイナだったが、俺に向き直ったゴウはシイナの鼻も塞いでいる事に気付いていない様だった。
「あ、あの、シイナさん息出来てないみたいですけど!」
一瞬、間の抜けた顔をしたゴウは、シイナを見て慌てて手を離す。
「ぷはー! ふーふー、死ぬかと思った」
「わ、悪い」
「ばーかばーか! ゴウのばか!」
ポカポカとゴウを殴り続けているシイナを片手であやしながら、ゴウが改めて俺を見た。
「ミツキからお前宛に手紙を預かってるんだ。まずはこれを読んでくれ」
そう言って、可愛らしい花の書かれた宛名のない封筒を取り出す。
「ミツキが、俺に……」
縋るように受け取ると、重みを感じた。手紙だけではないようだ。
「俺たちはその手紙に何が入っているのか、何が書いてあるかを知らない。それを安全にお前へ届けるのが、ミツキ最期の願いだったんだ」
自然と手が震える。
慎重に封筒を開けると、金属で作られたキーホルダーの様な物と、二つ折りにされた手紙が顔を出した。
壊れ物を扱うかの様に優しく手紙を開くと、ミツキらしい丁寧に書かれた文字が現れる。
≪サクヤへーー≫
冒頭にそう書かれた手紙を、俺はゆっくりと読み始めたのだった。