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ーーその男は、世界の崩壊を予兆した。
初めて未知のウイルスが発見されたその時に。
全てが未知のウイルスに侵され、枯れていく、そんな世界の崩壊を。
そこで、男は考えた。
少しでも人類を守らなければ。と。
男は大きな研究室に、何百人という研究者を連れて閉じ籠もった。
未知のウイルスに対抗する為に。人類を守る為に。
研究を続けているうちに、男は病いに侵される。そして、命という時間が圧倒的に足りないという事に気付くのだ。
全ての始まりは、ただ人類を守りたいという純粋な気持ちだった。
だが、男は思った。
研究を続ける為には、未知のウイルスを世界で一番理解している自分の命を絶やしてはならない、と。
最初は何人かの研究者を説得して、健康な臓器を移植した。協力した研究者も人類の未来を信じ、進んで臓器を提供したのだ。
それから男の研究は徐々に変化していった。研究を続ける為に、命を絶やさない方法を探したのだ。
男は他の研究者も巻き込み、寿命を延ばす為の研究を始めた。
最初は嬉々として手伝っていた他の研修者達も、次第に疑問を持つようになる。
不満を口にした研究者を、男は人知れず研究材料にした。
それから長い年月をかけて、研究者がどんどん減っていき、男に寿命という死神が近付いてきた時、ついに薬が完成する。
他人の命を糧として、自分の命を長らえる薬。
それが完成した時、男の周りにほとんど人が居なくなっていた。
それでも男は諦めなかった。
人類を守る、という事を。
男は研究室を大きな木の中に移した。長年の研究で、植物には未知のウイルスが効かないと判明したからだ。
木に移り住んでから数年後。未知のウイルスが一気に増えて、そこに住んでいた者以外の、全ての人間を滅ぼした。
男は木の中に残った人間だけでも守ろうと決めた。そして、その為にはその人間達の寿命を延ばす必要がある。
男は人工授精でたくさんの人間を作り、薬にした。
薬の材料が人間という事を知っているのは一握りで、ほとんどの人間は知らなかったのだ。
そんなサイクルを続けているうちに、住んでいる木が朽ちそうになっている事実に気付き、人間に使っている物と同じ薬を使う。ところが、木には効果が無かったのだ。
男は考える。どうしたらこの木を生かし続けられるのだろうか、と。
そして、人間を生き存えさせる薬から、木を生かす研究にシフトした。
それからまた長い年月をかけて、木を生かし続け、尚且つ大きくする事に成功する。
人の命と木を使って造った種。それを育てて、木の養分とする方法。
その時点で、男以外の人間は全て薬になってしまっていた。
男は、人間を増やす事を考える。居住地を広げ、もう一度人類の歴史を歩もうと。
だが、一人で育てられる人間なんてたかが知れている。早急に手が必要だ。
そこで、機械を造る事にした。男には長い年月で得た知識があったのだ。
機械を造った事で、いろんな作業を並行して行えるようになった。人間を増やした時に住めるよう、住める土地も広げていった。
やっと人間を増やせる事に、男は歓喜した。たくさんの子どもを作り、機械に面倒を見させたが、大人になるまで生き続ける子どもは居なかった。
男は絶望に呑まれた。
何故失敗するのか理解できなかったのだ。
それでも長年の孤独に堪え兼ねて、新たな命を造り出す。
機械と木、そして人を融合させた存在。
ーー人間のプロトタイプ。
それにプロトと名付けて、成功に喜んだ。長い時間の孤独から解放されたのだ。
プロトは自ら、機械の生き物を生み出す。ペット機と名付けられたそれは、男の時間をより一層賑やかにしてくれたのだ。
しばらく、男はプロトとペット機と過ごす事になる。
プロトは吸収が早く、子どもを育てられるまでに成長した。プロトはペット機と共に、子どもたちを育てた。
そんな最中、プロトは男の研究を知ってしまった。人間を薬として、人間を生かす薬。
プロトは初めて、男に反発した。
男はプロトに愛情があった為、壊す事が出来ず、隔離する事にした。
男はそれから、プロトが育てた子どもたちと研究を続けた。
長い年月をかけ、情報を絞り、人類の歴史を進めたのだ。
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「あの人は、悪い人じゃないの。でも、やっている事が正しいって訳でもない。人類を生かす為に命に振り回されてしまったのね」
自分と男の物語を、プロトはそう締め括った。
話についていけない。今の話が本当なら、世界樹を壊したら全ての人がウイルスで死ぬという事だ。
「プロトさんは、俺たちを止めたいんですか?」
そう聞くと、プロトは首を傾げた。
「……どう、かしらね。この話を知って、それでも世界樹を壊すと言うのなら止めはしないわ。それがあの人の研究結果だもの」
世界樹を破壊すれば、人は自然な形を取り戻すと思っていた。本来の生を全うし、笑顔で人生を終える。そんな未来。
だが、世界樹や人々の延命は過程に過ぎず、本当の敵は未知のウイルスだった。このまま世界樹を破壊したら、人類そのものが消えてしまうのだ。
「そうだ、種は!? 造られた種はウイルスで死ぬんですか?」
「種、は……多分人が死んでも生きる残ると思うの。だって種を造る時にこの世界樹も使われているんだから。それに、種はもう植物だわ」
俺が死んでも、ミツキは種の中で永遠に生き続けてしまう。
「プロトさんの話が本当だとしても、嘘だとしても、俺のやる事に変わりはありません。種にされてしまった、大切な人を解放したいんです」
レジスタンスに入り、みんなの事が好きになり、みんなの夢が、ミツキの希望が、俺の目標となった。
だが、最初から俺の一番は決まっている。
世界がどうなろうが、人類がどうなろうが、俺がどうなろうが関係ない。
ーーミツキを救う。
それが、俺の中で変わらない気持ちだ。
「う、うぅ……」
急にプロトが胸を抑えてながら屈み込む。次の瞬間、地面が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「あなたのお仲間が、あの人を殺して世界樹の核を壊したみたい」
「そんな!」
プロトの話を伝えて、何が変わったか分からない。だが、何も知らずに彼らは未知のウイルスに侵されてしまう。
彼らが信じた未来の為に起こした行動で、永遠にその機会が失われるのだ。
そんな事があって良い訳がない。
「くっ……! シイナ! ゴウ! なんで繋がらないんだっ!」
通信機を耳から外し、破損箇所がないか確認する。
「それ、連絡手段? 何を使っているか分からないけど、ここでは通じないわよ。外から完全に隔離されてしまっているのだもの」
プロトが俺を見て冷静に言った。プロトは世界樹と繋がっていると言っていたのを思い出し、両肩をガシッと掴む。
「他の人が、俺の仲間たちが、どうなってるか分かりますか!? 何か、彼らと連絡する手段は……!」
プロトは俺から顔を背けた。
「徐々に、世界樹が崩壊してるの。あなたのお仲間も今は無事だけど時間の問題ね。でも、それは彼らだけじゃない。あなたもよ」
その真剣な顔に、今度は俺が顔を背ける。
「分かってます。分かってますがーー」
ぐにゃりと、急に立っていられない感覚に陥った。床に足を付けようとするが、上手くいかない。
「きゃあ!」
倒れそうになったプロトを反射的に抱え、真っ直ぐではない床を転がった。
「助けるですー! ぎゃふん」
「ボクも助けるですー! ぎゃふん」
「ボクだってーぎゃふん」
急に飛び出したペット機たちが、俺たちと壁の間に挟まる。衝撃を緩和してくれたようだ。
「ありがとう。一体、何が……」
自然と機械相手に出た感謝の言葉に驚きつつ、自分たちが置かれている状況を整理する。
床がどんどん垂直になり、壁がどんどん水平になる。
これはつまり、傾いているのだ。世界樹が。




