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VR   作者: 三宅 大和
3/3

コネクト

 七月十九日月曜日。某編集社ライトノベル部署。


藤井桃: 昨日はお休みの中、原稿確認していただきありがとうございま

す。

四条 : いえいえ、半分趣味みたいなものですから。今回も面白い展開で読み進めいていて楽しかったです。

藤井桃: そう言っていただけると嬉しいです。今回も誤字は多かったみたいですが(笑)

四条 : まあ、それを直すのが私の役目なので・・・

藤井桃: いつもありがとうございます。

     話は少し変わるのですが、今シェルゲームズで超が付くほどリアルな人生ゲームがプレイ出来るのをご存知ですか?


 いきなりものすごくタイムリーな話題を出してきた。確かにあのゲーム

が開始したのは三日前とかで、今朝のニュースでは特集が組まれていたし、

SNSでも昨日の晩くらいからかなり話題になっている。俺たちがプレイで

きたのは隆二に紹介してもらって話題になる前に行ったからで、今から行く

となると予約いっぱいで何ヶ月も待たされることになるだろう。


四条 : もしかして、行ってきたんですか?

藤井桃: いいえ。今日の朝テレビで見て知って、これは異世界転生モノの小説を書く身としては一度経験しておくべきだとも思ったんですが、どうも十二月くらいまで予約でいっぱいみたいで・・・

 

まさかそこまでの人気を博しているとは。逆に言えば例の件でマスコミに取り上げられたら時の損害も多大なるものだということだ。まったく、俺はとんでもないものを背負わされたみたいだ。

正午になり、約一時間の昼休憩が始まった。

さて、ここらで編集者らしく助言の一つでもしてこのチャットを終わらせることにしよう。


四条 : 実は私、昨日あのゲームやってきたんですよ。

藤井桃: ええっ、本当ですか?!

     どうでした?

四条 : 正直、リアル過ぎて異世界転生の勉強にはなりそうにありませんでした。

担当編集者的には藤井さんのファンタジックな発想を大事にした いので、藤井さんがあのゲームをプレイして発想が現実的になってしまうことは避けたい。そう思ってしまうくらいものでした。

藤井桃: そうですか・・・じゃあ辞めておきます。

四条 : 助かります。

     それではまた次の原稿をお待ちしております。

お疲れ様です。

藤井桃: はい、よろしくおねがいします。

     お疲れ様です。


 チャットアプリを右上のバツ印で閉じて、画面左下にカーソルを持っていく。シャットダウン。

 午前の仕事は一応片付いた。午後はイラストレーターに原稿を送って挿絵の発注だな。

「やっと終わったか。」

 回転椅子の背もたれに仰け反ると、それを覗き込む男と目が合った。高校の運動部生にも見える爽やかで、どっかの現場監督プログラマーとは違い含みのないスマイルフェイスがそこにあった。

「笹田か。」

「慎二、飯行くで。」

 笹田遼太。この部署では唯一の同期で、普段、仕事中は一切私語を言わないし常に真剣な表情をしているのだが、昼休憩のチャイムがなるといかなる躊躇もなく仕事を中断し、俺のもとへ昼食の誘いをしに来る、一言で言うなら、オンオフがしっかりしているタイプの男だ。

「今日はどこ行くんや?」

「うーん・・・カツ丼とかどうや。」

「ありやな。」

 その上かなりの親切人間だ。今も俺が立ちやすいように椅子を引いてくれた。礼を言って立ち上がる。

 心から尊敬できる友達だ。それに、俺はこの男に対してかなり感謝している。なぜならこの男、笹田遼太は・・・


「はいっ、カツ丼大盛りおまちっ。」

 ウエイトレスのおばちゃんがお盆に乗せたカツ丼と漬物を運んできて笹田の前に置いた。その後直ぐに俺が頼んだ『カツ丼並』も運ばれて来る。

「ほらっ、箸。」

「ありがとうっ。それで、樋口さんとは進展あんの?」

「そんなに気になるか?」

「そりゃ、くっつけたのは俺やし、もし上手くいってないとかだったら俺にも多少なりとも責任はあるし・・・」

「んな責任ねえよ。」

そう、この男、笹田遼太は、俺にとって恋のキューピッドでもあるのだ。

編集社のライトノベル部署で作家の編集担当を務める俺と、経理部に務める彼女。ほとんど接点のなかった二人が突然付き合うことになった。その裏にいた存在。それが笹田であり、笹田の彼女であった。

俺たちは直ぐにお互いを好きになった。それから週末になるたびデートをするようになり、週明けの昼休憩には決まって笹田から今のような質問を受ける、よって今日でこの質問は三回目になる。過去二回は大した進歩もなかったのでなんの報告もしなかったが、今回に関しては実際変化があった。正直酒で酔った勢いで事に及んだことを進歩とは言い難いが、そういう状態になるまで飲むこと自体が進歩かはどうかは抜きにして変化ではあると思うので一応報告しておく。

「樋口さん積極的やなあ。」

「やっぱりそういうことやんな。」

「そうゆうことやろ。知らんけど・・・」

知らんけど・・・関西圏御用達、会話における最強の保険である。正直決めつけるようなこと言ってから保険をかけるとか無責任すぎると俺は思う。

「ともかく、上手くいってるみたいでよかった。」

「・・・ああ。」

「どうした?」

「いや、なんでもない。」

大盛りを空にした笹田を五分くらい待たせて並盛りを間食した俺は手つかずの水を飲み干し席を立った。

会計のあと、財布に溜まったレシートを捨てながら俺は尋ねた。

「なあ笹田、有給の申請って一日前でもいけるん?」

「なんや、明日休むんか? ・・・作者さんに迷惑かけへんなら大丈夫やと思うで。」

「そうか、良かった。ちょとな、訳あって明日から二日くらい東京行くことになってん。」

もちろん、その訳は言わない。この男のことだ、言ったらきっといらぬ心配をして頭を抱え込むはずた。

「東京やと!?また急な話やな。」

意表を突かれたという反応こそとった笹田だったが、その後それ以上の詮索をしてくることはなかった。



 その夜、仕事を早めに切り上げた俺はすぐに家へと戻り、押し入れの中に眠っていた旅行用のカバンを約二年半振りに取り出して二日分の衣服とエチケット用品をその中に放り込むんでファスナーを閉じた。とりあえず準備完了。時刻は十九時十分。

 二十一時には新大阪駅で隆二と合流しなくてはならない。ここから新大阪までは電車で一時間もあれば行ける。中途半端な時間だな・・・

 家でじっとしているのも退屈なのでとりあえず荷物を持って外に出た俺は最寄りの駅に行く途中で暇を潰そうと考えたが、あるのはコンビニぐらいで大して時間を潰すことも出来ず、おにぎり、スナック菓子、コーラなど車内で口が寂しくならないような軽いものを隆二の分も含め購入して十九時三十分には最寄り駅に着いていた

 まあ、ちょっとくらい余裕があったほうが良いか。

 十九時三十六分、難波方面尼崎行区間準急に乗った。

 乗って最初に気付いたのは、平日の十九時代に田舎から都会に向かう人はまあ少ないということで、乗客も各シートの端にチラホラ座っているくらいだった。俺はそのどちらかに詰めて座るわけもなく左右から均等な距離であるセンターに深々と腰を下ろした。隣に大きな荷物を置いていても誰の迷惑にもならないのは気が楽でよかった。

 電車の揺れや走行音を聞いているとやはりあの時のことを思い出す。

スローモーションで落ちているはずなのにまるで宙に舞っているような感覚。終りが来るのをただ待つことしか出来ないという諦観。

本来なら俺の方こそ電車に対して何かしらのトラウマを抱いてもいいだろうに、あのときの俺に恐怖の色はなく、だから今もこうして何食わぬ顔で電車に乗れてしまっている。

昨日、珍しく隆二にも心配された。六時間掛けて車で東京まで行くという案も出たのだが、お互い仕事終わりで疲れているしそれで事故ったら元も子もないだろうということで、その後出た「夜行バスなら問題ないやろ。」という隆二の提案を押しのけて、俺の方から新幹線という手段を提案した。なんでも旅費はシェルゲームズ持ちらしく、俺もご足労願われて行くのだからそれなりの贅沢をさせてもらおうということで、グランクラスというやつに初乗車することになって、今は良い意味でドキドキしている。

そうそう、リニアモーターカーを使えば一時間で東京に着くことも可能だったのだが、それじゃ疲れも取れないし、夜の十時に着こうが十一時に着こうが鳥羽紬に会うのは明日の昼を予定しているので、特に急ぐ必要もないから辞めた。

リニアモーターか。今となっては当たり前のように存在する交通機関の名だが、ちょと前、それこそ一昨日体験したゲームの世界観ではリニアモーターカーは構想段階のものでしかなく、少なくとも俺が生きてる間では完成していなかった。悠人や月島はその瞬間を見ていたかもしれない。

そもそもあのゲームの舞台は何年前の日本なんだ? さっきコンビニに寄った時も久々に完全自動のレジを見たような気がしたし、会計の時なんか、無意識に財布を探してしまった。財布なんて今やファッションの一部でしかなく、実際に使われているところを見ることなんてないはずなのに。

まあ、その辺りの設定なんかについてもこの後の電車旅の中で隆二に聞いてやろう。ほら、やっぱりリニアにしなくて正解だ。

・・・そんなことより、俺はこれから白河、正確にはそのプレイヤーだった鳥羽紬という人物に会うのだ。正直ファーストコンタクトをどうすればいいのか、そもそもそれをファーストと言っていいのかも分からない。隆二に見せられた資料が二ページて終わっていれば確実に躊躇っていただろう。あの三枚目さえなければ・・・

三枚目の件はとりあえず今は置いておいて、今はとにかく鳥羽紬との事実上初対面になる再開に向けて何かしらの策を講ずる必要がある。なんでも、彼女はゲームでのトラウマから電車や踏切、駅のホーム、またそれに準ずるものへは近付けないらしく、おそらくその「準ずるもの」の中に俺も含まれているというのは昨日の審議でも出た通りだ。

じゃあどうやって対面しろというのだ。隆二は『一度俺を見た彼女がパニックに陥ったところにすかさず俺がハグしに行く。』とか適当なことをほざいていたが、それでうまくいくのはアニメやドラマの世界の話であって現実がそんなに甘くないことくらい二十五年(あの十八年を入れたら四十三年になるがまあいいや)生きていれば分かる。

もしかして隆二ってあのツラで童貞なんじゃないか・・・そうならこのあと試しに火山さんのこと女性として紹介してみようか。

どちらにせよそういうくだらない話は隆二と会ってからだ。後でゆっくり出来るように今はただ作戦を練ることに専念することにしよう。

そう思った時には鶴橋駅到着のアナウンスが流れていた。慌てて立ち上がった俺は、降りようとしたギリギリで置き忘れた荷物に気付いてすぐさま引き返し、閉まるドアに挟まるスレスレのタイミングでなんとか降車に成功した。少し脇のあたりがヒンヤリしている。これは後で臭くなるやつだ。

上がった心拍数を元の状態まで戻そうと深呼吸を何回かしていると時計の針に目がいく。針はまさに乗り換え時間一分前を指し示していた。人の並んだエスカレーターを横目に階段を駆け上がった俺は磁気定期を購入していたことに感謝しながらワンタッチで改札を通って閉まる寸前の電車にそれがどっち方面の電車かも確認しないまま飛び乗った。プシューとドアが音を立てて閉まる。

真っ先に確認したのはドアの上にある電光掲示板。運のいいことにそれはこの電車が新大阪行きである事を告げていた。それでようやく一息ついた俺だったが、さっきから上がったままの心拍数を下げるのに必死で、策を考えることなどすっかり忘れ、呼吸が正常になる頃には新大阪に着いていた。

今夜はゆっくり眠れそうにない。


待ち合わせ場所に隆二の姿は無かった。腕時計を覗き込むと二十時三十五分とあった。そりゃ隆二も居ないわけだ。待ち合わせ時間より二十五分も早い。

走る必要なかったやん・・・

だからといって急いだ分考える時間を得たかといえば別段そういうわけでもなく、五分後にはキャリーバッグを引くサングラス男が姿を現した。

「よっ。」

「なんやその格好。」

その身なりは、さながら清水寺を見に来た海外旅行客といった感じで、まさかこの男が今から出張だとはここにいる誰も思っていないことであろう。同行を願われた俺の私服の方がまだマシなまである。

サングラスを外し胸ポケットに差し込んだ隆二がワックスで固められた髪をかきあげながら「平日に悪いな。」とだけ言った。

高校デビュー、大学デビューに失敗した分を二十五歳にして取り返そうと頑張っているような隆二の姿を見ていると、この男を童貞だと疑った俺の感性はあながち間違っていなかったのかも知れないと思えてきた。

「お前に紹介したい女性が居るんだが。」

「はっ? なんやいきなり。」

「まあまあ、そのことも含め電車が来たら色々話そう。」

買ってきたおにぎりを渡して、だいたい十五分くらい控え室で軽めの晩飯を済ませると新幹線到着のアナウンスがホームに流れた。流線型の先頭車両が減速しながら俺たちの前を横切り、続いて二、三、四・・・と車両が通り過ぎて行き、最後尾の十二両目が俺たちの目の前に停まった。

「この一両がグランクラスか・・・」

俺の隣で隆二が感嘆のような独り言を漏らした。

「乗ったことないんか?」

「ないな。」

まあ、一平社員たる二十五歳の我々が興味本位で乗れるものでもない。確か普通席の倍はしたはずだ。こんなもの、会社からの手当てが無ければ乗ろうとは思わない。シェルゲームズ様様や。・・・いや、そもそもシェルゲームズのせいでこんなド平日に大事な有給を二日も消費して東京に繰り出す羽目になったことを忘れてはいけない。アフターケアをしっかりしていれば俺の手を借りる必要もなかっただろうに。 だいたい・・・

目の前で片開きのスライドドアが静かに開いた。真っ先に乗り込んだ隆二に続いて俺も乗り込む。さっき隆二から渡されたばかりの切符を切ってもらい、入ってすぐ右にある自動ドアをくぐると、そこには乳白色を基調にしたロイヤルな空間が広がっていた。

俺がすっかり見とれている中、隆二は最初こそ感嘆を述べていたがすぐに手元の切符を確認して自分の席を求めて歩き出した。まあ、ここに立っているのも後ろがつっかえて迷惑だと思い、それからすぐ俺も隆二の方へ歩き始めた。

車両の幅は普通車やグリーン車と同じはずなのにかなり広く見えるのは多分シートの数が少ないから、確か座席の数はグリーン席の四分の一くらい。

「ここや。」

隆二が指した二人がけの席に腰を下ろす、少しして通路を挟んだシングルシートに銀髪と白ひげを蓄えて白のジャケットを着たいかにも金持ちそうなお爺さんが座った。

これがグランクラスか・・・

全員が席に着いたところ女性客室乗務員によるアナウンスが流れた。なんでも今から弁当と飲み物を無料配布してくれるという。しかも飲み物はソフトドリンク、アルコールどちらでも飲み放題らしい。

俺がコンビニ寄った意味よ・・・

弁当とビールが広げた折りたたみテーブルの上へ並べられ、列車が動き出したところで隣でスパークリングワインを持っていた隆二と乾杯した。この男、すっかり長期休暇のバカンス気分である。

さて、ここで本題に戻ろう。ゲームによってトラウマを抱えてしまった鳥羽紬、彼女を救う手段がシェルゲームズにはあったんじゃないだろうかと俺は思っている。だから、どうしてそれをやらないのかずっと疑問だった。

「お前らなら記憶を操作してトラウマになる原因の記憶だけ取り除いたり出来るんやないん?」

人も記憶をメモリースティックに保存したのだ。では、逆に消すこともできるのでは?そう思ったのもつかの間、隆二の答えはノーだった。

「記憶をコピーしたり貼り付けたりするのは出来ても、削除することは技術的にも倫理的にもできへんねん。やれたらやってるって。」

「そんなに違うんか?」

「そうやな〜どう言ったらわかりやすいか・・・じゃあまず、俺たちがやってるのは厳密に言うと記憶の操作やなくて脳の操作やねん。」

脳の操作と記憶の操作、聞いた感じ何が違うのか素人の俺にはわからないが専門家が言うのだから違うのだろう。

「やから言ってしまえば俺らは脳をコピーして脳を貼り付けてると考えてみてくれ。ほら、脳を削除・・・ヤバイやろ?」

そりゃヤバイに決まってる。というかその例えなら前の二つも凄いことになっているが、まあ、要は脳の記憶を担う部分以外の情報もまとめて操作しているがために記憶だけをいじることはできないと言うことだろう。

「まあなんせ、やれるもんならやってるってことか。」

「そういうことや。出来へんからお前を呼んだ。」

「なるほどね。」

桐箱仕様の弁当箱を開ける。現れたのはかなり上品で彩色鮮やかな、真夏なのに正月みたいな弁当箱だった。

「かなり豪華やな・・・」

同意を求めようと隣を振り返った俺が見たのはサンドウィッチに齧り付く隆二の姿だった。

「お前、洋食頼んだんか。」

「おん、俺がおせち系の具材苦手なん知ってるやろ? ・・・うわっ、なにこのハム、めっちゃ美味いやん。」

十年前はそうだったが、言っても大人にもなったわけだしそろそろ和食の良さにも気付いていると思ったんだが、そうか、まだ駄目なのか。

そういえば、この男を目にかけている女がいた。彼女が今の彼を見たらどう思うのだろうか。あ、なんか気になってきた。そんな興味本位で俺は彼女を紹介することにしたのだった。

「隆二、お前さあ、火山菜々子って娘覚えてるか?」

「ああ、うちのアルバイトの・・・はっ? なんでお前が知ってるねん。」

「昨日会った。その友達でプレイヤーだった西野悠って娘とも。」

「あー、じゃあエージェントのことも知ってんのか。」

「まあ、彼女が俺を守ろうとしていたことも知ってる。」

言ってはいけなかっただろうか。流石にバイトの娘に社の機密情報までは話さないだろうし、隆二が何か言ってきそうな雰囲気もないからおそらく俺が知っている範囲では何も問題にはならないのだろう。ただし、昨日この男から見せられた資料とこの臨時出張は省く。

「ちなみに、彼女は鳥羽紬が今どうなっているか知ってるのか?」

火山自身から白河もとい鳥羽のその後については聞かされていない。もし知った上で俺に気を遣って黙っていたんだとしら彼女のメンタルが心配だ。

「それは大丈夫や、言ってない。それで自分を責められると困る。」

「やるやん。」

心の底から出た言葉だった。今初めてこいつが現場監督なんかを務められていることに納得がいった。お前もなんだかんだ大人だな。

「で、あの娘について言いたかったことはそれだけか?」

「いや、まだある。」

さて、こっからが一応本題である。まずはクリエイターの卵として。

「火山さん、将来はVR関係の仕事に就きたいみたいなんやけど、お前からもなんかアドバイスしたりーや。」

「はあ? なんで俺が。」

「それから彼女、隆二のこと好きらしい。」

「えっ・・・?」

ほんの数秒だが表情が変わったのがわかった。まあ無理もない。誰だってあんな絶世の美女が自分のことを好きだと知ればこのくらいの反応は取る。

ただ、予想以上にピュアなリアクションで、童貞疑惑は濃厚になってきた。

「でも彼女、学生やろ?」

成人男性としては当然の判断であるが、それ以上に言い訳のように聞こえた。

「大学生って言っても三回生だしもう未成年やないで。」

「いや、でもさ・・・」

照れ隠しに髪をかく今の隆二を見て、当の彼女は何を思うだろうか? 少なくとも期待は裏切られることだろう。だが、案外ギャップにときめいてしまうかもしれない。俺にはわからないが、ライトノベルの編集をやっているとそういう流れをよく見る。もちろん、フィクションがご都合主義であるのは重々承知の上だが、そういう物語がある以上そういう発想に至る人間も少なからず存在するということだから一概にないとは言い難い。。

俺は何を考察しているんだ。

「まあなんだ、大学生の女の子を弟子にとっていたらワンチャンあるかもくらいに思っててくれればいいわ。」

あれ、なんかライトノベルのタイトルみたいだな。とうとう俺にも分かってきたのかも知れない。今度こっそり書いて応募してみよう。

「・・・一応考えとく。」

そうか、やっぱりありなんだな。・・・ということは、やはりあの時仕事中にうっかり隆二のことを呼び捨てしかけた女性は彼女というわけではなかったんだな。

「あいつは男に対してはどんな奴でも『何々君』って言う。」

「そういう奴か。」

「そういう奴や。俺の話はもうええ、お前こそこれから会う鳥羽紬さんとどう接するか考えてるんか?」

橋を動かす手が止まる。

「なんや決まってないんか。なら今はそのことだけ考えとけ。」

仰る通りだ。そのための出張であり有給あり、グランクラスは余計だが新幹線に乗っているのもそのためだ。

弁当を平らげると隆二はこれから向かうシェルゲームズ秋葉原支店の責任者と連絡を取り出したので、俺も軽く横になりながら白河、鳥羽との対面に向けて役に立つかわからないイメージトレーニングを始めることにした。

革製のソファーを限界まで倒しても後ろの客に迷惑がかからないのはグランクラスならではだ。

そっと目を閉じて考える。

今の俺って彼女にとってのなんなんだろうな・・・

















両側を線路に挟まれたホーム。そのど真ん中で俺は立ち尽くしていた。

踏切の警鐘が頭の中でハウリングしている。

「慎士、こっち。」

ふと、片側で誰かが俺を呼んだ。振り返ると黄色い線より向こう側に紗綾が立っていた。何してるんだ、そんなところに立っていたら危ないだろ。

「三上君。」

今度は反対側で俺を呼ぶ声がする。俺のことをそう呼ぶのは知る限り彼女しかいない。

「白河っ、なのか・・・?」

彼女はホームの端で片足立ちしていた。

警鐘が鳴っている。これは一体どんな試練だ? 俺は何を試されているんだ。俺にこの二人のどちらかを選べとでもいうのか? 選んでどうする? 選ばれなかった方はどうなるんだ?

わからない。思考が停止してただ佇むことしかできない俺の腕を誰かが引っ張った。鼻に入った髪の匂いが一昨日の夜を思い出させる。

「紗綾、何をっ・・・」

俺の腕を掴んで離そうとしない彼女がさっきまで自分がいたホームのヘリまで俺を走らせそのまま飛び立った。

何が起こったのかわからない。ただ分かるのはホームに一人取り残された白河の衝撃に満ち溢れた表情と、これから俺が死ぬということだけ。

なんか以前にもこんなことがあったな・・・


どうしてだよ、紗綾。


「・・きろ、慎士。」

まただ、また誰かが俺のことを呼んでいる。今度は誰だ、さっきよりずいぶん低い声だ。男の声・・・?

「起きろ慎士。」

目を開けるとそこには隆二の姿があった。辺りを見回す。そうか、俺は今新幹線で東京に向かっている最中なんだった。どうやら寝てしまったていたらしい。

「どんくらい寝てた?」

「一時間くらい。今もう東京や。」

世話しなく荷物をまとめる隆二をぼーっと眺めること約三十秒、騒がしいのは隆二だけでないことに気付き、乗務員のアナウンスが流れたあたりでようやく今、降りなければならないことに気付いた。

プルルルルというブザーを鳴らして新幹線の扉が閉じる。発車するのを背中に感じながら俺たちは改札のある上の階へ向かうべくエスカレーターを探した。

「はあ〜、ギリギリだった・・・ お前熟睡し過ぎなんだよ。なんかわけのわからない寝言言ってたしかなり焦ったわ。何が、『白河・・・』だ。」

長いエスカレーターの途中で言われた言葉。そうか、俺が無意識に言ったのはそっちだったのか。

「これからどうするんや? とりあえずホテルか?」

「まあとりあえずはチェックインやな。お前はそのまま寝ててくれたらええわ。」

「・・・お前はどうすんだ?」

「俺は荷物だけ置いて秋葉原支店の人と会ってくる。」

「わかった。」

秋葉原か・・・ ライトノベルの編集者になってからというものオタク文化に触れることも多く、勉強のためアニメを見ることも増えた。今や俺も見る人が見ればニワカだと言われるかもしれないけど一般的に見ればオタク。くらいの所にいるので東京に来たなら一度は寄っておきたい場所ではある。

まあ深夜に行っても仕方ないし、明日のためにも今晩はゆっくり休んでおこう。それに、有給は二日とっているから明後日までは東京に居れるわけだし、また行く機会があるかもしれない。

東京駅から徒歩十分くらいのところにあるビジネスホテルについたのは十一時半を過ぎた頃だった。チィックインを済ませて従業員に荷物を預けて再び外へと向かう隆二を見送ったあと、俺も荷物を預けて従業員の案内で宿泊部屋へと向かった。

部屋に入ってすぐ、シャワールームで一日の汚れを落とし持ってきていた寝巻きに着替えてベッドのヘリに腰かけた。

最近よくホテルに泊まる。この前が昨日の紗綾と行ったラブホテル。なんだかそのことがかなり前のことのように思える。あの夜から今に至るまでの間に色々あり過ぎた。

脳の許容を越える膨大な情報のせいで、本来喜ぶべき明日の再会をシンプルに喜べない。明日が来るのを待ち遠しく思いながらも、心のどこかでは今すぐ夜行バスで大阪に戻って何も知らないままのんのんと生きてやりたいと考えている自分がいる。いっそ明日が来なければいいのにと思いつつ、この不安な夜がいつまでも続くと考えるとそれはそれで憂鬱になる。

ベッドに入ってからも葛藤は続いた。目を瞑って頭の中に真っ白ななにもない空間を思い浮かべてみるが、毎回十秒と経たずしてJKかOLが現れて俺の意識を乱していく。

あかん、無理や。寝れるきがしねえ。

ただでさえ暑い七月の夜にこれだけ脳が活動すれば頭が熱を帯びてきて睡眠どころじゃなくなってきた。

「風に当たってこよう。」

 脳内で処理しきれなかった言葉が口から溢れた。これが俗にいう独り言である。当然誰かから返事が返ってくるわけでもなく、しんとした部屋に自分の声だけが反響したことにあとから恥ずかしくなった俺は、さっと腰を上げ明日着るように持ってきていた服に着替えて逃げるように部屋から出た。

 エントランスに向かう途中、ホテル内のラウンジで酒でも飲んで寝潰れてやろうとも考えたが店先には既に営業終了の看板が出ていた。とっさに腕時計を確認すると短針が文字どおり一時の方向を指していた。俺は二時間近くもあの二人のことを考えていたのか・・・なんかキモいな。

 部屋のあった二階から階段で一回のエントランスまで行くと、外に出るための回転式自動ドアが深夜ということで停止していた。俺が近づくのをセンサーで感じ取った自動ドアが気怠げに動き出すのは、就業時間ギリギリに残業を言い渡されたサラリーマンのようであった。相手は機械だが、なんだか少し申し訳ない気持ちになる。

 外に出て最初の感想は、『涼しい』でも『スッキリした』でもなく『生ぬるい』だった。やはりそこは七月、日が出ていない時間だとは言えヒンヤリとまではいかない。それに如何せんここは都会中の都会、涼しい訳がない。

とは言え空気の籠もる室内とは違い開放感だけはたしかにあった。だがまあ、部屋で冷房を付けている方が快適っちゃ快適だし、コンビニに寄って適当に何本か酒を買って部屋に戻ることにする。

五分くらい歩いてコンビニまで行き、来た時と同じ道で五分かけてホテルまで戻って来る。結局体が冷えることはなかったが、不思議と頭は冷えていた。行ってよかった。

例の如く止まった自動ドアを起動させ二階の宿泊部屋に戻ると、ドアの前に座り込む人影があった。

というか・・・

「なにしてんねん、隆二。」

 ドアを背もたれにしてスマホに目を落とし込んでいた隆二は、俺に気付くやほっとした表情になった。

「なんや、寝てたわけやなかったんか。」

 つまりこういうことだろう。

シェルゲームズの密会的なものからようやく帰って来た隆二だったが、ふと自分がルームキーを持っていなかったことに気付き、中にいるはずであろう俺に内側から開けてもらおうと考え呼び鈴を何度か鳴らしたが一向に反応がない。で、時計を見ると深夜の一時を過ぎていた。普通に考えたらもう寝ていてもおかしくない。そう思い、フロントに行ってスペアキーを借りてくれば良いものを頭の回らなかった隆二はドアの前で一夜を明かすことを決意した。しかし、眠っていると思っていた俺は酒の買い出しに行っていただけで、閉め出されずに済んだ隆二は安堵した。

「こんな時間から酒か?」

「ああ、なんか寝付きが悪くって。お前もどうや。」

 鍵を開けて中に入る。電気を付け、ついでに冷房も掛けた。

「そうやな、話すこともあるし付き合うわ。」

 座卓テーブルの前にしゃがみ込みコンビニの袋から缶ビールとジーマの瓶を取り出し、どちらも自分用に買っていたが、隆二がビール好きなのを知っていた俺は瓶を手に取り、残った方を隆二に目配せで勧めた。

 プシュッ! ポンッ!

「「乾杯」」

 まずはお互いに二口ほど無言で飲んだ。甘ったるいアルコールの息を吐いたあと隆二が先に話を切り出した。

「明日、日付上は今日か。まあどっちでもいいけど、鳥羽さんと会うのは昼の一時とかになるそうやから、十二時まではお互い自由行動な。」

「分かった。」

 目的地ならもう決まっている。隆二も誘ってやろうかと考えたところで、当の男は今にも眠りそうな顔して皮肉交じりに呟いた。

「まあ、もっとも俺はそれまでずっと寝てるだろうが・・・」

なにに対する皮肉かは見当もつかないが、というかそもそも俺がなんとなく感じただけで皮肉であるかどうかも怪しいところである。

なんにせよ、現時点で俺も隆二も限界だったということだ。酒による効果か、はたまた友達との他愛のない会話により要らぬことを考える余地がなくなったおかげかは分からないが、まあなんせ、無事眠りに就けそうだった。

その反面、深夜テンションに入る準備もできていたのでこのまま朝まで飲み明かすこともできそうだったが、せっかくの自由時間が二日酔いでグダグダになるのももったいない気がしたので、実はもう一本買っていた酒は冷蔵庫に仕舞って、今のほろよい状態でベッドに潜り込んで勝手に朝が来るのを待つことにした。

つうか、そんな事を考えている間に目の前では隆二が静かに寝息を立てていた。ここで見た目にそぐわないデカイいびきでもかいていればまだいいものを、見た目通りで女子ウケの良さそうな寝息だったのがちょっとウザかったという感想を抱いたのがこの夜最後の記憶だった。


 翌朝、息苦しさで七時にセットしたスマホのアラームより早く目覚めた俺は自分の鼻と喉の調子が悪いことに気付いた。机に並んだ缶と瓶を見て二日酔いかとも疑ったが、そこまで度数の高くない酒を一本飲んだぐらいで翌日まで尾を引くほど自分が酒に弱くない事は経験上分かっている。じゃあなんでだろうと、ベッドのヘリに腰掛けながら無言で考えていると、静かではあるが機械音が聴こえてきた。音のする方を見て納得した。

 エアコンだ。どうやら俺はエアコンをつけっぱなしで寝るという禁忌を犯してしまっていたようで、つまり今の俺は風邪を引いている。

 今更無駄だとはわかりつつも一旦冷房を切る。リモコンを机に戻す時、床で眠る隆二に気付いた。何だこの罪悪感は。

 罪滅ぼし的に隆二の頭の下に枕を挟み毛布を掛けたあと、いよいよ喉のイガイガに耐えかねた俺は洗面所まで行ってうがいをし、顔を洗い、なんだか体がアルコール臭いなと思い傍にあった一回五百円の洗濯機に来ているものすべてを放り込み自身もひとっ風呂浴びてくることにした。

 念のため二日の有給と二日分の着替えを用意していた俺は迷うことなく二日目の服装になった。さっきの服を今日中に乾かせばもし明日まで泊まることになっても問題はない。

眠気も取れてさっぱりした俺はなんの躊躇いもなくシェルゲームズの奢りであろうホテルのルームサービスで朝食を済ませ必需品だけ身に着けて毛布でミノムシみたいになった隆二に行き先を伝える置き手紙だけ添えて扉を開けた。


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