2話 いつも通りの変わらない日常
白い光がやけにうるさい。頭の上では、馬車の車輪がゴロゴロと土を噛んでいる。
「あ、起きました?」
俺と同じかもう少し年上の女の子が、ちょうどドアを開け部屋に入って来た。
「あれ、君、昨日の・・・」
「記憶ははっきりしているようですね。なら、早く下に来てください。」
そう言って彼女は下に降りていった。俺は腹にナイフが刺さって以来の記憶はないし、何もはっきりしてはいない。
「・・・ま、いっか」
ベットの横に、舗装されたてのレンガのように丁寧に並べられた靴を履き、木の軋む音と一緒に階段を降りる。
「イム!」
聞き馴染みのある声だ。
「リアさんも居たんだ。無事で良かったよ。」
実は心の中で、かなりの驚きと安心が居場所を拡大させているが、平然を装ってしまう。俺は彼女の隣に腰をかけているさっきの女の子に会釈して、二人の前に座った。
「すいません、待たせてしまったみたいで・・・」
「別に気にしなくて良いです。その間妹さんに事情は説明しましたし。リアさんはもう帰ってもらっても大丈夫ですよ。」
リアは首を横に振っている。
「そうですか。それと、あなたにも説明しなければ行けませんね。」
彼女は俺の方に向かい直し、飲んでいた茶と呼吸を一つ置いた。
「まず最初に、君はアレを誰に教えられたのでしょうか。」
「アレって・・・?」
アレ、とは何だろう。昨日、俺がいつから醜態をこの人に晒していたのか分からないが、俺は何も特別なことはしていない。ナイフおばさんに投げられたナイフをよけて。そのうちの一本のナイフに刺され
「(あれ?俺、刺されてなくね。)」
そういえば、そうだ。俺は刺されていないし、そもそも刺されていたら、今呑気に話なんてしてはいない。
「思い出したはずです。昨日、君が出した青い三角形を。」
「あぁ、あれ本当に出てたんだ。てっきり死ぬ前に幻でも見てるんだと思ってました。」
「それなら良かったです。もう帰ってもらって構いません。どうせ明日にはわかりますから。」
どうしても早く帰らせたいようなので。俺たちは地図をもらって、お暇することになった。
ー夜ー
四足獣の内臓のように広い館だ。俺とリアが養子として出され四年経ったが、今でも迷うことがある。俺とリアの親が結婚して、すぐに父が死んだ。葬式を終えたその日にはリアのお母さんがいなくなった。俺にとってはたった10日しか母ではなかったが、リアは12年も親として慕ってきた人だ。
「入って、良いですか。」
木のドアとにらめっこしながら、リアに尋ねる。
「・・・うん。」
声が合わせた鏡の奥の方から聞こえるみたいに弱い。毎晩、俺を鉈で倒して笑ってる人とは思えない、気の抜けた、打ちのめされている声だ。
「おじゃましまーす。」
それでも俺は聞かなければならない。いや、俺はただ聞きたいだけなのかもしれない。
「どこに座れば良いかな、ベッド?」
「うん。」
リアは俺がくるのを待っていたのだろう。ベッドの真ん中よりも人一人分枕側にすわりこけていた。
「ごめん。本当は私が行かなきゃいけないんだろうけど、たったの一歩も踏み出せなかった。」
「いいよ、気にしてない。」
俺はリアの隣に座った。人を騙すとき、騙された側はもちろん騙す側も心に傷を負う。
「ユリアさん、昼の彼女がね、昨日調べてくれたんだって。お母さんのこと。」
昨日のいつ調べる暇があったんだろう。だいたいどうやって調べるんだろう。つまらないことが脳内を泳ぐ。
「お母さん、お義父さんの葬式の翌日に、死んじゃってたんだって。バカだね、私。無いものの重みをあると思って、計れるはずのない天秤で必死に計って。」
「そういうときもあるよ。」
「私は謝っても許されないことをした。だから、もう」
「いいよ。」
リアは拍子抜けした面で俺を見た。
「いいよ。」
「でも、私、君が死んでも良いから自分とお母さんが生きる道を選んだクズで」
「それがクズなら俺もクズだ。自分が大事で何が悪いのさ。どんなに良い奴でも生きてなきゃ意味ないしね。」
それでも私は、と言いたそうにリアは俺の目を見る。
「俺は間抜けだ。手にこんなに血豆がついてるのに、4年たってもリアに勝てない。かわしてばっかで、後一歩が踏み出せない。俺もそんな人間だ。君が弱いなら、君に勝てない俺はもっと弱い。」
「そんなことは」
「一緒に弱いなら、一緒に強くなる。それでいいんじゃないすか。」
俺は名目上はリアの兄だ。だけど年は変わらないし、勉強、剣、は勝ったことがない。自分のことを兄だとも思ってないし、リアのことは一緒に住んでいる友達みたいな感覚だ。だからこそ、こういう時は道を舗装し合う必要がある気がする。
「イムはかわいそうなくらい優しいよね。」
リアは少し頭をひねってこう言った。別れた川をもとの川に合流させる、いつもの日常に戻す言葉を。




