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其の魔女、黒き大鎌を振るいて死を悼み

 目の前で三嶋一也の死を見た訳ではない。

 しかし、遠目であってもそれは明らかだった。

 火之禍津(ヒノマガツ)の主砲から放たれた熱線が一也の胸を貫き、彼は倒れ伏した。

 あれで助かる筈がない。



 "く、くそっ......!"



 感情が荒ぶる。ガチガチと歯が鳴るのを止めきれない。

 怒りか。これは怒りか。

 誰への怒りだ。

 一也を殺したあの機体への怒りか。

 それを阻止することも出来ず、ここで無様に転がっている自分への怒りか。



 "どっちでもいい。そんなことはどっちでも構いやしないさ。重要なことはただ一つだ"



 ガトリングガンが掠めた脚、肩が痛む。

 だが、それがどうした。こんな掠り傷など、一也が味わった恐怖と痛みに比べたら無いも同然だ。

 かって感じたことの無い程の激情が、ヘレナの体を突き動かす。

 それと共に、半ば自動的に魔力が溢れ出してくる。



 "頼む、私に力があるというならば――今こそ、使い時なんだ"



 感情が荒れ狂うと共に、自分の魔力量が増大していく。

 怒りでたがが外れたのだろうか。ぷつん、と理性の糸が切れ、腹の底で煮えたぎる殺意が血に溶け込んでいる。

 ならば、遠慮する必要は無い。今の自分ならば使えるはずだ。



「上位魔術が一つ、黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)......!」



 小夜子と順四朗を制し、ヘレナは前に出た。

 色の冠を抱いた魔術は総じて高度な魔術が多いが、中でも黒と白の二つは特別だ。

 黒々とした魔力が波打ち、自分の右手の中で大鎌(ズイッヒェル)の形と成っている。



「あいつは私が殺る。危ないから離れていてくれ」



「で、でもヘレナさん、たった一人で」



「おや、先程たった一人で突っ掛かっていこうとしたのは、何処の誰だったかな?」



「う......」



 ヘレナにやり込められ、小夜子は項垂れた。傍らに立つ順四朗が、その小さな肩をぽんと叩く。



「小夜ちゃん、ここは隊長に任せて退くで。あの化け物どうにか出来そうなん、今の隊長くらいやろ。せやろ?」



「ま、そういう訳だ。怪我もしているし、ここは私が何とかしてやる」



「分かりました。でもその代わり、これを着けて下さい。お願いします」



「ん? 飾紐(リボン)か?」



 小夜子が懐から取り出した物は、細めの青い飾紐(リボン)だった。

 ヘレナの了承を待たずに、小夜子はそれでヘレナの髪を手早く結った。

 普段は無造作に流した髪が後頭部でくくられ、子馬之尻尾(ポニイテエル)のようにきゅっと束ねられる。



「......私、戦えないですから、だから私の分までお願いします」



「......ああ。分かっている」



 涙が滲んだ小夜子の言葉は、十分に伝わった。決意も新たに、ヘレナはゆっくりと前に出る。その背中へ、順四朗の声がかかった。



「敵さん、わざわざ待ってくれてたんやな。えらい親切やん」



「自分の優位を確信してるってことだろう。だよな、九留島子爵? わざわざ待ってもらって済まないな」



 九留島朱鷺也の返答は、すぐには返ってこなかった。

 凡そ二十間の距離を隔てた場所で、火之禍津(ヒノマガツ)はその威容を停止させている。それがゆっくりと両腕を広げた。



「仲間が一人殺されたというのに、随分と冷静だな。もっとむきになって攻めてくるかと思ったのだが?」



「ふん、表面的な怒りが全てじゃないさ。貴様が私の大切な部下を殺した事、それは紛れも無い事実だ」



 返事をする度に、心に針が刺さる。

 遥か前方で倒れている一也の姿が目に入り、感情の波が泡立つ。



「そうだな。任務に命を賭け、立派に殉職したのだ。警察官として本望だろうよ。無論その程度の覚悟はした上で、火之禍津(ヒノマガツ)に抗ったのであろうがな」



「ああ。だがな、殺した張本人が偉そうな面をして垂れた講釈を黙って聞ける程、私も大人じゃない」



 右手に握った漆黒の大鎌(ズイッヒェル)を、無造作に一振りした。

 大気が歪む。

 長さ六尺五寸に達する長尺武器にも関わらず、その一振りは恐ろしく俊敏だった。死神が持つと言われる、柄の先端に大きな刃が付いた単純な造りではある。

 だが純粋に凝縮した魔力だけでこれ程の大きさの武器を形成となると、滅多に見られる物ではない。



「先程振るっていた剣とは違うが、所詮は近接武器には違いあるまい。よもや、それでどうにかなるとは思ってはおるまいな?」



 九留島子爵は僅かに困惑していた。

 先程まで火之禍津(ヒノマガツ)を操り、こちらが圧倒的に押していた。

 にも関わらず、ヘレナは一人でどうにかしようというのか。これ以上に何か秘策でもあるのか。



「どうにかしてやるんだよ。一つだけ忠告してやる。気をつけろ、今の私はさっきまでとは別物だぞ」



 無造作に新たな武器を肩に担ぎ上げながら、ヘレナはうっすらと笑った。

 九留島子爵の中で嫌な予感が弾ける。

 髪を結ったせいもあろうが、今までとは雰囲気が違う。違い過ぎる。

 危機感が働き、操縦桿を動かし左腕を稼働させる。



 "大口径ガトリングガンで蜂の巣だ"



 多少不自由にはなったが、射撃自体は問題ない。何もさせずに退場させてやるつもりだ。

 六連式のガトリングガンからの連弾がヘレナに殺到する。生身で食らえば、一溜まりも無い必殺の連射武器である。

 だが、ヘレナはそれを予想外の行動で防御した。

 ただ、その黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)を横に一閃させたのだ。

 確かに大きな刃である、だがガトリングガンの広範囲射撃を防ぎきるには全く足りないはずだ。

 九留島子爵だけでなく、小夜子も順四朗もこれで終わったと思った。



 しかし、その予想は見事に裏切られる。



「ふう、流石に危なかったかな」



「ば、馬鹿なっ、防いだというのか、その鎌の一撃で!?」



「見れば分かるだろうに?」



 不敵な笑みを浮かべ、ヘレナは数歩間合いを詰めた。

 何が起きたのか理解出来ないまま、九留島子爵も火之禍津(ヒノマガツ)を前進させる。

 ガトリングガンの本気の連射を止めるなど、まぐれだ。一度はあり得ても、二度は無い。



 "ならば、距離を詰めての連射で追い込む"



 "一気に斬り込んでやる"



 この時、九留島子爵とヘレナの考えは偶然ながら一致した。

 前者はまさかヘレナが自分の攻撃を凌ぐとは予想出来ず、焦りから勝負を急いでしまった。

 後者は千載一遇の好機を生かし、得意の形に持ち込もうとしただけだ。



 火之禍津(ヒノマガツ)の巨体が迫るのを肌で感じつつ、ヘレナは果敢に距離を詰めた。

 さっきの防御は、恐らく上手く行き過ぎだ。

 黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)の能力は、周囲の空間を巻き込むように歪ませるという物だ。

 柄を握った時の感触でそれを感じ取り、半信半疑ながら大鎌(ズイッヒェル)を振るった結果、たまたま上手く行ったというだけ。



「だが偶然で掴んだ好機でも――」



 また火之禍津(ヒノマガツ)の左手が回転数を上げる。

 距離をさっきの約半分、十間に縮めてからの連射で片をつける気か。

 だが、今の自分ならば一気にこの距離からでも。



加速(ブリンゲン)......天使之翼(エンゲルフリューゲル)!」



 魔力が増加した分だけ、使える魔術にも余裕が出来る。

 機動力を引き上げる天使之翼(エンゲルフリューゲル)を、初速を爆発的に引き上げる加速(ブリンゲン)で強化した。

 その効果は絶大だ。



「近寄れると思うか、小癪な!」



 ガトリングガンの掃射が迫るが、全て無駄撃ちだ。

 九留島子爵が気がついた時には、ヘレナは火之禍津(ヒノマガツ)の懐近くに滑り込んでいた。

 下から一気に黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)を切り上げる。

 相手の右手の盾がぎりぎりで間に合ったのが残念だ、だが、盾の表面を大きく削った。



「鋼であろうとも、この黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)の刃は止められん」



 切り上げながら、その動きを止めずに右へ反転した。

 体を捻りながら、右斜め上から切り裂く。巨大な鎌の刃はまたしても、盾の表面に食い込んだ。

 胴体へ何とか一撃と三度、大鎌を振るう。これもぎりぎりで止められたが、相手の動きには余裕が無い。



「どうした、九留島子爵。ご自慢の機体が押されっぱなしだぞ!」



 凄絶な笑みを浮かべたまま、ヘレナは大きく回り込んだ。

 速さならば、確実にこちらが上だ。

 しかも盾による死角を利用し、相手からは見えないように動いている。

 だからこうして背面さえも取れる。



 四発目の攻撃は、見事に火之禍津(ヒノマガツ)の右脇腹を抉った。

 機械の身なので、出血や痛みは無いだろう。

 だが、損傷自体は残る。鋼の薄板だけならば、この黒い刃は確実に効く。



「く、くそっ、おのれっ!」



 不用意に間合いを詰めてしまったことを悔やみつつ、九留島子爵は機体の左腕を振り回した。

 かわせばその隙に離脱しガトリングガンで撃ち落とす、そう考えていた。

 しかし、この攻撃をヘレナは受け止める。火之禍津(ヒノマガツ)の剛腕を、黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)の柄を縦にして。



「っ、せやあっ!」



 体全体が軋みそうだったが、辛くも受け流すことで回避した。

 体勢が崩れかけたこの機械の化け物へと、大鎌(ズイッヒェル)を叩きつける。盾が邪魔だ。だが構わない。

「しゃらくさい!」と一声叫び、見事に火之禍津(ヒノマガツ)の盾の一部を切り落とした。

 刃の周囲の空間を巻き込むことで、想像以上に破壊力は高い。



「ちいっ!」



 ヘレナの予想以上の強化に、九留島子爵は戦慄していた。

 損傷を受けた盾ごとぶん殴ろうとしたが、これも後方に回避される。

 小回りの利きと加速度の差で翻弄されているのが、癪に触る。



 "だが、何時までこの攻勢が持つ?"



 最初は面食らったが、時間と共に余裕を取り戻した。

 確かにあの大鎌ならば、こちらの装甲を破ることは出来るようだ。

 だが、それはこちらも同じこと。所詮は生身の肉体、一撃通りさえすればいい。

 落ち着いて見てみれば、速いものの全く捉えられない程ではない。



 "火之禍津(ヒノマガツ)の出力回復までは、距離を取って突き放すか"



 三嶋一也に放った主砲は、駆動部(エンジン)の熱量を利用している。その為、使用後はしばらく機体の出力が低下する。ならば焦る必要は無い。

 自分の失策を笑い飛ばし、九留島子爵は火之禍津(ヒノマガツ)を旋回させた。

 巻き込まれぬよう、ヘレナは後ろに下がるしかない。



「何時までも避けられると思うなよ」



 間合いが開いたならば、大口径ガトリングガンの出番だ。

 この弾数を再び捌ききれるか、ヘレナ・アイゼンマイヤー?




******




 黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)を振るいながら、ヘレナの心はどこか凍えていた。



 "済まない、三嶋君"



 再び掃射されたガトリングガンが弾幕となって襲ってくる、これを横に回避する。

 その間にも、自分の中で痛み続ける箇所があった。



 "部下の命を預かる身でありながら、私は君を守れなかった。犠牲にしてしまったんだ"



 厳しい態度も取るヘレナだが、周囲の人間に対する責任感や優しさも持ち合わせている。

 ましてや、殆ど年齢が変わらないにも関わらず、第三隊の隊員は自分を隊長と慕ってくれているのだ。順四朗に至っては、自分より年上である。

 そして、三嶋一也もその大切な部下の一人である。



 いや、今となっては......その一人であった、か。



 これで何も思うことが無い程、ヘレナは人情味の薄い人間では無い。

 戦意に絡めとられないようにしても、ちょっとした弾みで怒りに我を忘れそうになる。

 慟哭を必死に封じても、後から後から悔恨の念は沸いてきた。



 "私に怒ってくれてもいい"



 追い付いてきた弾丸の雨、それを必死でかわす。空間を歪めての防御が間に合う。



 "だが、せめて私に責任を取らせろ。君を殺したこいつだけは――"



 自分でも信じられない程の切り返しで、体を逆に振った。

 ガトリングガンの弾幕がヘレナから外れる。

 好機だ。接近戦、いや、そこまで踏み込む程の隙は無い。ならば。



 "――こいつだけは沈めてやる"



 黒があるならば、対となるのは白の一択。

 一時的に大鎌(ズイッヒェル)を消して両手に魔力を集めれば、それは明るく輝いた。

 透明度の高い光が手の中で凝縮する。解き放て、一気に。



「上位魔術が一つ、白之大砲(ヴァイスカノーネ)!」



 自分の持てる最高の魔術に咆哮を乗せて、ヘレナは白光を撃ち込んだ。

 大砲の名に恥じない直径一尺はある白光の柱が、狙いも正確に鋼の機体を直撃する。

 だが、当然盾は間に合っているか。爆発だけは派手だが、損傷は軽いだろう。

 けれども今のは一射目(アイン)に過ぎない。



二射目(ツヴァイ)



 更にもう一発を。人間より遥かに頑丈に作られた機体が相手だ、元より一撃で沈むとは思ってはいない。



三射目(ドライ)!」



 集中力を限界まで振り絞り、最後の三射目(ドライ)を放った。輝きが四方を染め上げ、火之禍津(ヒノマガツ)の巨体は白熱する光に包まれている。

 流石に無事では済むまい。というより、これで全く無傷であれば、正直打つ手が無い。



 力と力の真っ向勝負になれば、当然こちらが押し負ける。

 間合いが開けば、大口径ガトリングガンが襲ってくる。

 この白之大砲(ヴァイスカノーネ)の三連射で、出来る限り追い込みたい。

 ヘレナがそう考えたとしても、無理は無かった。



 だが――その期待通りには行かないらしい。



 ぶしゅぶしゅと機体の何ヵ所かは、白い煙を上げている。



「......やるではないか、この火之禍津(ヒノマガツ)に攻撃を通すとはな」



 黒ずんだ鋼の装甲の一部は痛み、衝撃からひび割れた箇所もあるにはある。だが、それだけであった。



「しかし、この程度では沈みはせん。私の執念の結晶だ、やらせてたまるものか!」



 火之禍津(ヒノマガツ)から、九留島子爵の声が轟く。

 鋼の機体の両肩がぎゅんと音を立て、まだ健在だと言わんばかりに重々しく動いた。



「――それならば、徹底的に潰すだけだ。あの世で三嶋君に詫びてこい」



 右手に再形成した大鎌(ズイッヒェル)、左手に白光を携え、魔女は一歩も退かず。



火之禍津(ヒノマガツ)を甘く見るなよ。貴様とて無尽蔵に魔力があるわけではないだろう」



 冷静に状況を見極めつつ、狂気の天才は機体を構えさせる。



 人知を越えた一騎討ちは、未だ終わる気配を見せそうもなかった。

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