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第三隊 対 火之禍津 参

 弾道とは、普通は視認出来る物では無い。だが今回に限っては、はっきりと見えた。

 赤く弾底が塗られた弾丸が秘めるは、火炎の付与効果である。故に灼熱弾(スコーチングバレット)と名付けたのだが、これほど迄に派手とは思わなかった。



 言依仮名(ことしろがな)を刻んだ弾丸は、銃身(バレル)内で加速した。

 放たれたと思った瞬間から、弾丸自体が赤熱を帯びていたのだ。

 一也の網膜はその一瞬を捉えた。

 通常弾よりも遥かに射撃の反動が大きい、上半身ごとぶれる。だが、あれは――当たる。



「うお、爆発した!?」



「わ、わわっ、あの鉄のお化けが仰け反ったでありんす」



 流石は呪法仕込みと言うべきか。

 着弾の瞬間に一也と時雨が見たのは、とんでもない量の火炎が弾けた光景だった。

 火之禍津(ヒノマガツ)の左肩を直撃した弾丸は、その肩と上半身の半ばを覆う程の派手な爆発を撒き散らした。

 火之禍津(ヒノマガツ)駆動部(エンジン)に引火すればいい、と願ったが、そこまで期待するのは無理か。

 それよりこの機会は逃せない。追撃の二発目を撃たねば。



 "くそっ、やっぱり銃身(バレル)に負荷がかかってる"



 予想はしていた。

 攻撃呪法を引き起こすためか、その余波で銃身(バレル)が熱い。グローブ越しでも容赦なく伝わる。

 銃口やフロントサイト辺りの歪み、下手をすると暴発のリスクがある。



 "撃てても後一発、その後はしばらく使えない!"



 加熱された銃身(バレル)を自然冷却させねば、二度と使えなくなる。覚悟は決まった。「頼む!」と時雨に声をかけつつ、射撃姿勢を再び作る。

 腕、肘、膝、肩などの各部位の角度、そして体全体のバランスが先程の強烈な反動で乱れていた。

 自分で大まかには戻せるが、最後の微調整だけを時雨に任せる。

 体に憑依させることで、一也の先程の体勢の記憶を刷り込ませていたからだ。



「完了でありんすよ」



 耳に時雨の声。狙撃眼で捉えた視界に、あの鋼の機体。

 初弾命中から既に十数秒、立て直してきている。間に合うか。

 フロントサイトとリアサイトを結んだ直線に、一也は自分の視線を乗せた。

 100%の命中などない、故にこれ以上迷っている暇も無い。

 不安を切り捨てての二発目、これも見事に着弾した。

 再び広がる炎の赤色と、それに襲われる火之禍津(ヒノマガツ)の銀色が現実離れした対照を描く。



 "ダメージは!?"



 魔銃を肩から外しながら、必死で相手の動きを探る。

 右手の盾が間に合わなかったのは、こちらにとっては幸いだった。

 左腕の機能不全まで持ち込めれば、という期待は一瞬、次にやって来た落胆が一也の心を冷やす。



「くそっ、まだガトリングガンが生きてやがる!」



「えっ、で、でも一也さん! あの左腕、どことなく動きぎこちなくなってやん?」



「二の腕だけだ、肘から下が動いてるんだよ」



 時雨に答えつつ、一也は斜面を滑り降りる。鋼の機体がこちらを向いたのが分かったのだ。

 正確な位置までは掴んでいなくても、大体の位置は認識したのか。ヘレナら三人は置き去りにしてでも、一也を第一優先事項にしたのだろうか。

 どうやらその二つの推測は当たっていたらしい。

 火之禍津(ヒノマガツ)がガトリングガンを左右にまき散らしてから、こちらに動き出したのが見えた。

 ヘレナらが無事であるのを祈りつつ、一也はまずは自分の身の安全の確保を優先する。



「やべえ! とりあえず逃げる、身を隠して!」



 恥も外聞も無い。

 時雨を再び札の中に収納し、一也は逃げの一手を取った。

 ヘレナの立てた作戦通りには事は進んだ、その上で火之禍津(ヒノマガツ)はまだしっかりと稼働している。

 意地を張って一人で立ち向かったとしてもどうにもならないのは、火を見るよりも明らかであった。



 藪から藪へ、藪から岩陰へ、岩陰から木立へと可能な限りの速度で逃げる。

 だが九留島子爵も相当頭にきたのだろう、火之禍津(ヒノマガツ)の追跡は執拗だった。

 排気口から白い煙を盛大に吐き出す度に、巨大な金属塊が差を詰めてくる。

 杉の枝をへし折り、少々の隆起は踏み砕きながらの怒涛の追跡だ。



「まずい、このままじゃ」



 息を切らしながらの逃走の中、一也の背に冷たい汗が流れた。




******




 操縦桿を矢継ぎ早に操作しつつ、九留島子爵は目を血走らせていた。

 機体の左肩に直撃を受けたのは、ヘレナ・アイゼンマイヤーの攻撃を凌ぎ、そろそろ本気を出そうかという時であった。

 耳をつんざくような爆音に三半規管が揺らされ、同時に操縦席の視界は火炎に包まれた。

 倒れぬように機体を立て直すことが出来たもののホッとする暇もなく、ほぼ同じ個所に追撃を受けた。

 再びの揺れ、そして熱の奔流に流石に慌てた。「おのれ!」と怒りの叫びを上げ、敵の大まかな位置を割り出しにかかる。



「清和! 火之禍津(ヒノマガツ)が攻撃を受けた! 恐らく奴だ、三嶋一也だ!」



「既に写映機(カメラ)で捕捉しました。映像回します」



 先ほどの美憂からもらった札に叫ぶと、返答はすぐに来た。

 手回しのいいことに、清和はこちらの意図を先回りしてくれたらしい。

 操作桿の間に置いた特殊な写映鏡(モニター)に、ふっと白っぽい光景が映る。

 光さす野外の映像だけに、この密閉された搭乗席では妙に明るい。



「やはりそうか、あの銃士が」



「はい。向かって左側の緩斜面です。距離凡そ二町と少しの辺りにいます」



「よくやった」



 通信を切り、火之禍津(ヒノマガツ)を動かした。

 自分の周りにたかっていた第三隊の三人目掛けて、軽くガトリングガンを放ち追い払う。

 左肩辺りの動作が鈍く、思わず舌打ちした。

 装甲を破るとは恐れ入った。だが今は当座の行動を決めるか。

 ヘレナら三人が死んだかどうかはどうでもいい、まずはあの黒の銃士からだ。



 "この火之禍津(ヒノマガツ)に損傷を与えるとはな"



 駆動部(エンジン)に点火すると、機体が地を蹴った。

 九留島子爵の怒りが乗り移ったかのように、写映鏡(モニター)で捉えた銃士へと向かう。

 いた、肉眼でも捉えた。

 機体の負荷を下げる為に写映鏡(モニター)の稼働を止め、そのまま一気に肉薄する。



「やはり貴様から潰しておくべきであったな」



 九留島子爵の操作に応え、幾分ぎこちない動きながら左腕が動く。大口径ガトリングガンの掃射が、秩父の山間部を抉りにかかった。







 距離を詰められたと悟った瞬間、一也は覚悟を決めた。

 火之禍津(ヒノマガツ)の左腕、それが自分に向けられている。

 避けられない、来る。防御しなくては――取りうる手は。



「"鉄甲"!」



 全身の硬度を飛躍的に高める防御呪法"鉄甲"、これしかない。

 顔をクロスさせた腕で覆う、全身に力を籠めて衝撃に備えた。耐えて......耐えきってやる。



「が、がああああっ!?」



 甘かった。

 全身を撃たれ、一也はのたうち回った。

 痛みというよりは衝撃が、ガトリングガンの弾丸を撃ち込まれた箇所から響く。

 血管が、骨が、内臓がバラバラになったのではないかとすら、切れ切れになった意識の中で錯覚した。



「あ、ああっ、一也さん!?」



 時雨の声が聞こえた。けれども、何故か酷く遠く聞こえた気がする。

 痛い。いや、痛いなどという言葉では追い付かない。

 だが、それでも全身に焼けつくような激痛があるのに、まだ立てる。"鉄甲"の防御が間に合っていたらしい。



「大丈夫......だ、これしきで殺られるかよ」



 口の中に広がった血を吐き捨てた。

 そうだ、ただの全身打撲だ。

 撃ち抜かれた箇所は一つも無い。こんなのは、ただ激痛ってだけだ。



 ずぅん、と重い音が聞こえた。

 はっと気がつき、一也は後退する。少なくとも後退しようと試みる。

 やけに重く感じる魔銃を手放し、M4カービン改だけを手にした。



「流石に一撃では仕留められないか。良く防いだな」



 近いな、と思った。

 火之禍津(ヒノマガツ)からの声が近いな、と思った。

 そうか、九留島、あんたが乗っているんだよな。

 大口径ガトリングガンってのは、あんなに効くのか。



 頭にも掠められたらしい。

 妙にふらつきながら、一也はM4カービン改の引き金を引いた。当たる、だけど全然効かない。悲しいほど軽い音が響くだけだ。

 そりゃそうだ、魔銃の通常弾でも効かなかったんだからな。

 いくら出力上げても、こいつじゃ足りる訳が無いよな。



「大した連射性能ではあるが、まさかそれで火之禍津(ヒノマガツ)の装甲をどうにか出来ると?」



 不愉快だ、その声が。

 そんなこと分かっている。だけど何もせずに諦めてたまるか。距離が二十間くらいなら、M4で確実に届く距離なのだから。

 二十間? そんなに詰められたのか。

 一也はハッと我に帰った。

 激痛で朦朧としていたのだろうか、意識が切れた瞬間でもあったのか。



「止めて......止めてあげてぇ! わっちはどうなってもいいでありんす、だから一也さんをこれ以上虐めないでぇ!」



 馬鹿、何言ってるんだよ。時雨さん、

 あんた、そんな事簡単に言ってんじゃねえよ。

 いつの間に勝手に姿現してるんだよ、隠れてろって言ったのにさ。



「事はもう君だけの話では無くなっているんでな。お前は後でゆっくりと捕らえるとして、そこの銃士は許してはおけんのだ。なあに、心配するな」



 鈍い鋼の色が、視界の中心にある。

 火之禍津(ヒノマガツ)の背中から、何かが持ち上がっていた。右肩の後ろ辺りからだ。

 ズ、ズズズと重い音を響かせて、黒い――あれは砲身か。

 直径五寸、長さ七尺程の細長い砲身が伸びている。

 その先端が一也を狙っていた。



火之禍津(ヒノマガツ)の最大火力を誇る主砲で吹っ飛ばしてやる。痛みを感じる暇も無いぞ」



 あの主砲と駆動部(エンジン)の動力を直結させているんだな、と一也は何となく分かった。

 武装の配置から考えてまず間違い無い。九留島子爵の切り札だろうか。



「くっそ......!」



 無駄な足掻きと知りながら、M4カービン改を撃つ。撃ちまくる。だが石の弾丸では、どうあがいても鋼は撃ち抜けない。軽い虚しい音だけが響く。



「消し飛べ、銃士」



 九留島子爵の声に続き、火之禍津(ヒノマガツ)の肩に据えられた主砲が、赤々とした光を灯した。

 主砲内部の暗闇に浮かんだ小さな点は、みるみる内に大きくなる。

 恐怖に駆られ、一也はせめてもの抵抗とばかりに"鉄甲"を発動させた。

 止められないまでも、せめてもの抵抗だ。

 何もせずに諦められるか。傷ついてボロボロになったBDUでも、呪法で強化されればもしかしたら。



 灼熱の火線が飛んだ。



 撃ち抜かれた。いや、そんな認識すら浮かんだかどうか。

 ハッ、と息を吐き出すような声しか喉からは漏れなかった。"鉄甲"で少しでも和らげようなんて無理もいいところだ。

 薄れてゆく視界、そこに映る自分の胸の辺りは風穴が開いている。文字通り貫通だ。



 "死ぬ"



 焼かれた胸部同様、脳内がオーバーヒートした。

 自分の残り少ない命が一秒一秒零れ落ちていく、でもどうすることも出来ない。

 膝が落ちた、両腕が落ちた、口からは真っ赤な血が垂れる。

 時雨が何やら叫んでいるようだが、聞こえない。九留島子爵の声、火之禍津(ヒノマガツ)の頭部から聞こえ......ない。



 "――畜生、ここまでか、よ"



 現代に帰るどころか、任務一つ果たせずに。こんな山奥で散るのか、俺は。三嶋一也は......終わ、る、のか。



 意識がブラックアウトした。



 最後に見た光景が何なのかすら思い出せない。そして思い出そうとする機能さえも、三嶋一也の中から消えた。




******




「っ、あ、ああ、ああああっ!?」



 時雨の細い声が響く。

 うつ伏せに倒れた一也の亡骸に被さるようにして、時雨は哭いた。

 幽霊となった身なのに、何故か涙が溢れる。熱い、こんなにも熱い涙が溢れる。

 ポタポタとそれが滴り、変わり果てた一也の頬を濡らす。






「ちっ、やはり主砲を使うと出力低下は避けられんか」



 一也の死亡を確信し、九留島子爵は機体を旋回させた。

 宣言した通り、時雨は後でゆっくり回収するつもりであった。まずは、まだ生きている第三隊の三名を優先するのは当然だった。

 仲間が倒れ、絶望にまみれた顔を拝むことになるか。それとも怒りに我を忘れて特攻してくるか。



「まあ、どちらにしても死ぬことには変わりは無いがね。さて、火之禍津(ヒノマガツ)で蹴散らしにかかるとしよう」



 邪魔な虫は潰してもいい。

 富国強兵の為の礎となって散れ。それくらいの覚悟は抱いて、この火之禍津(ヒノマガツ)にかかってきたのだろう。であれば、こちらとしては容赦なく散らせてやる。

 九留島朱鷺也の性質(たち)が悪いのは、これを何の疑念も無く実行に移せる点である。

 ゴゥンゴゥンと鈍い金属音を響かせつつ、彼は鋼の機体を駆る。







 何が起きたのかは見えた。



「あ......か、一也、さん......」



 だけど、心が追い付かない。頭が追い付かない。



「......や、やです、そんな、う、嘘」



 紅藤小夜子はようやく立ち上がりながらも、嗚咽を抑えきれない。

 紺色の制服に包まれた細い体が揺れ、また倒れそうになる。

 ガトリングガンが掠めたのか、手足の制服の生地は所々焼け焦げ、血が飛び散っている。

「阿呆、ぼさっとしとる場合か! はよ退け!」と順四朗に強く肩を掴まれるが、自分でも驚く程の力でそれを振り払っていた。



「――やってやる」



 呼気が燃える。涙が瞬時に蒸発した。荒れ狂う怒りが悲しみを吹き飛ばす。



「無理やって分かるやろうがっ! 自分、式神全部やられて丸腰なんやぞ! 無駄死にしとうなかったら、時間稼いだるから逃げえや!?」



「出来る訳無いじゃないですかああっ!」



 一也が死んだのである。

 抵抗の暇もなく、ほぼ一方的に殺されたのである。

 自分が恋した男性が、圧倒的な力でなぶり殺されたのを見たのである。

 それで黙って逃げるなど――それこそ死んでも嫌だ。



 棍を抜いた。伸縮自在のそれを目一杯伸ばす。

 一撃くらいはあの化け物をぶん殴ってやらねば、殺されるより先に、自分の感情に焼き殺されそうだった。

 順四朗の制止を無理矢理振りほどく。だが駆け出しかけた寸前、その足が止まった。



「悪いがここは譲ってもらうぞ、小夜子君、順四朗」



 声だ。良く知っているはずの声だ。だけど何故、こんなにも冷え冷えとしていて。



「ヘレナ、さん?」



「隊長......?」



 同時にこんなにも炎にも似た熱を、その声に感じるのだろうか。



「三嶋君の仇は――」



 小夜子と順四朗を制し、ヘレナ・アイゼンマイヤーが前へ出た。

 その目はこちらに向かってくる火之禍津(ヒノマガツ)を捉えているのだろう。

 小夜子には背中しか見えない。だが、その背中だけで十分に伝わってくる。



「このヘレナ・アイゼンマイヤーが全身全霊を賭けて取ってやる」



 気合いや闘志などという生易しい言葉では、到底足りない。

 魂の絶叫とでもいうべき覇気が迸る。

 その黄金の髪が輝き、全身から放たれる魔力が右手に集中していく。

 脈打つような鳴動が空気を揺らし、その一つごとに魔力は形を成していく。



「我が右手に宿れ。呪いの化身、血を啜る暗闇、万物刈り取る死神(トート)の象徴――」



 黒い脈打つような魔力が、ヘレナの右手に握られた。

 空間そのものを切り裂けるかと錯覚しそうな、それほどの圧迫感が集約され一つの武器となった。



「上位魔術が一つ、黒之大鎌(シュヴァルツズイッヒェル)......!」



 魔女は漆黒の武器を握りしめ、鋼の機体と相対する。

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