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両陣営、相構えて

「随分とお早い時間に来たと思ったが、なるほど、自動車(オウトモオビル)か」



 仕掛けておいた隠し写映機(カメラ)からの映像に、九留島子爵は感嘆の声を漏らした。

 秩父に引っ込んだ形の九留島朱鷺也だが、外部からの来訪者が全く無い訳ではない。陸軍あるいは警視庁から定期的に査察はあるし、日用品を持ってきてくれる隊商もいる。

 彼らの来訪を事前に察知する為に、秩父の何ヵ所かには自力で開発した写映機(カメラ)を設置していた。外敵の察知も兼ねているため、これらは全て藪あるいは木の葉の陰に仕込んである。



「見たところ蒸気(スチーム)で走るようですわね。誰が開発したのやら」



「さあな。恐らく伊澤警視辺りだろう、あやつも中々抜け目が無い」



 美憂の独り言めいた問いに答えつつ、九留島子爵は映像から目を離さない。

 彼の傍らには清和もいる。いつも通りの黒い執事服を着込み、沈黙したまま映像を睨んでいた。

 写映機(カメラ)が伝える映像を写しているのは、縦二尺、横三尺ほどの横長の画面であった。

 この画面、奥行きもそこそこある。全体にずんぐりしたこの筐体の後方からは黒いコオドが伸び、部屋の壁面に消えていた。



 もし三嶋一也がこの筐体を見ることが出来たならば、これが往年のブラウン管テレビに非常によく似ているということに気がつくだろう。

 昭和の時代、庶民のお茶の間に娯楽を届けた懐かしのブラウン管テレビだが、無論この明治時代にあっては本来存在し得ない代物だ。

 陸軍の戦力増強の為に、九留島子爵が独自開発した門外不出の技術であった。



 そのテレビの画面の横に設置された、らっぱのような形の金属管からは音が――より正確に言うならば、音声が流れていた。

 写映機(カメラ)と共に集音機(マイク)が設置されており、それが拾った音声だ。



「ふむ、奴等少し休憩するようだな。猩々の群れを切り抜けて、気が抜けたか?」



「かもしれませんね。あの銃士が運転していたようですが、ちょっとへばっているようですし」



「だらしないですわね」



 主従の会話に割り込みつつ、美憂は手厳しく指摘する。

 たかが四里の道のりであの体たらくとは。本当に戦う資格があるのかも疑わしい。



「だが全体で考えれば、山道を歩く手間も無く猩々とも戦わずに済んでいるからな。多少休んだとしても、随分効率的だ」



「あの銃士、三嶋一也と言いましたか。そういう意味では中々やりますね」



「真っ先に潰した方がいいかもしれんな。よし、これで情報は十分だ。清和、美憂!」



 清和との会話を終え、九留島子爵は檄を飛ばした。

 飯能からの山道を越えたなら、あとはこの屋敷までは一里程度だ。

 徒歩でならば、一時間かかるかかからないか。のんびりしている暇は無い。



「出迎えの準備だ。屋敷の前方、森が途切れた辺りで迎撃する。守衛用の写映機(カメラ)遠隔声機(スピーカー)はちゃんと動くな?」



「はい、昨日整備しておきました。問題ございませんわ」



 長いスカートの裾をちょんと摘まみ、美憂が一礼する。



「よろしい。清和、昨日言った通りだ。火之禍津(ヒノマガツ)に搭乗する。基本整備は終わっているが、お前の目で確認だけ頼んだ。私一人では見落としがあるかもしれんからな」



「承知致しました。それでどう致しましょうか、問答無用で攻撃されますか?」



「それも無粋よ、遠隔声機(スピーカー)を通して警告だけはしてやる。もっともあのヘレナ・アイゼンマイヤーが尻尾を巻いて退散などあり得ぬだろうがな」



 くく、と喉の奥を鳴らし、九留島子爵は視線を映像から外した。年齢を感じさせない溌剌とした動作で、椅子から立ち上がる。

 老練な華族の優雅さと野性的な野武士の狂暴さ、相反する二つの要素を兼ね添えた風格が、この男の背から滲み出ていた。



「存分に暴れたい故、お前たち二人は後方で待機しておれ。流れ弾に当たるなど、馬鹿馬鹿しかろう」



「万が一の際には飛び込みますれば、ここはお言葉に甘えさせていただきます」



「兄様に同じく」



 二人が素直に応じたのを確認し、満足げに頷く。

 助けなど無用というだけの自信もあり、同時に二人を巻き込みたくないという気遣いもある。

 狂気すれすれの領域を歩みながらも、ごく近しい人間にだけは気遣いらしき物も見せる。

 それが九留島子爵の性格であった。



 迎撃準備に出ようとして歩みかけ、九留島子爵はふと足を止めた。

 その顔は今いる部屋の出口ではなく、反対側に向いている。

 構造上、屋敷の奥に繋がると見られるそちらの壁には、古びた扉があった。

 埃がある程度は払われている為、開かずの扉という訳ではないとは分かる。

 だが、所々に錆びの浮いた鉄の扉の重厚感は、この部屋の古いながらも上品な造りにはまるで似合っていない。



「......触れさせはせぬぞ、絶対にな」



 重い一言を吐き出して、九留島子爵は部屋を出た。

 清和と美憂も続いて出る。最後に出た美憂が、ふと中を覗く。誰もいないにも関わらず、彼女は「行って参ります」と声をかけてから鍵を閉めた。




******




 さくっ、さくっと地面を踏む度に軽い音が鳴る。畦道にも生えた短い草が絡み、またほどける音だ。

 コンバットブーツの底で繰り返される音を意識しながら、一也は肩にかけた二挺の銃をかけ直す。



 一挺は吉祥寺村で手に入れた魔銃だ。

 一也の知る限り、恐らく二十一世紀と同じレベルの技術で仕立てられたライフル。

 Daemon Busterと銘打たれたこの銃で、何人も死地に追いやってきた。



 もう一挺は、タイムスリップ時にサバゲーで使っていたM4カービンの改造版――M4カービン改である。

 従来はBB弾しか撃てなかったこれも、今では硬度を遥かに上げた御影石製の弾丸をばらまける。

 慣れ親しんでいることもあり、近距離では頼りになる武器だった。



 息を吐く。吸う。

 愛用の二挺の銃の重みを肩で感じながら、それを苦にせず体が動く。

 程よい緊張感が自分の中で張り詰めつつある。

 戦闘になるのか。恐らくそうだ。避けられない。"怖いか"と自分に問うと、"怖い、だけど戦える"と答える自分がいる。



 "一人じゃない。皆がいる。お互いに守って、守られて。この四人ならどうにかなる"



 視線を上げる。

 自分の前を行くのは、奥村順四朗だ。六尺はある長身をしばしば屈めながら、飄々と先頭を行く。

「結構上りあるやん」とぼやきつつも、その足取りは確かだ。その卓越した剣技に何度救われたことか。

 本人は「大したことやないで」とは言うが、刀一本でここまで張り合える者は中々いないのではなかろうか。



 背後を見る。

 長い黒髪を左で結ってサイドテールにしているのは、最も付き合いの長い紅藤小夜子だ。

 同時五体行使可能の式神に加え、補助系統の呪法を得手とする彼女の存在は心強い。

「九留島子爵があっさり投降してくれたらいいですねー、って無理ですよね」と隣のヘレナに話しかけている。



「奴がそんな男ならば、私達にあんな喧嘩の売り方はしないだろうよ。事ここに及んでいては無いだろうな」



 答えるヘレナ・アイゼンマイヤーは、その青緑色の双眼を瞬かせた。

 金色の髪を払いつつ、しっかりとした足取りで進む。

 欧州の魔術の名家たるアイゼンマイヤーの血を引く彼女は、近距離(ショートレンジ)遠距離(ロングレンジ)も関係ない。

 そして技能だけでなく、冷たい鋼を思わせる精神力も兼ね添える。名実共に第三隊のエースであった。



「俺、一人じゃないんだよな」



「何でありんすか?」



「何でもないよ。時雨さん、そろそろ隠れててくれ」



 思わず漏れた本音に苦笑しつつ、時雨を札に収納する。地図によれば、目指す九留島子爵の屋敷は遠くないはずだ。

 九留島子爵がどんな手段を用意しているかは分からない。

 最低でもガトリングガンくらいは備えているだろうし、もしかしたらそれ以上の武装も有り得る。

 だが、この四人なら。自分を含めたこの四人なら、誰が相手でも張り合える気がしていた。



 "それに今回は奥の手もある"



 腰に回したマガジンラックに触れる。

 通常弾を収めたマガジンとは別に、一つだけ分けて収納しているマガジンがある。

 その中にあるのは、あの呪法内蔵式の弾丸だ。

 浄霊祭の時に伊澤警視からもらった弾丸は、残り五発。どの弾丸から撃つかは事前にセットしておくしかない。

 色々迷ったが、今は赤色の二発、黄色の二発、水色の一発の順に撃てるようにしている。

 相手が機械工学に長じているため、物理攻撃優先で組んでみた。



 "銃身(バレル)にかかる負荷を考えたら、使わないにこしたことは無いが"



 霊殺弾と名付けた水色の弾丸はともかくだ。火炎の追加効果があるという赤色の弾丸、それに雷の追加効果があるという黄色の弾丸は、射撃の際の反動も大きいだろう。

 下手をすると、銃身(バレル)が歪み、射撃の正確性に影響があるかもしれない。

 だからこその切り札である。

 そんなことを考えながら歩いていると、背中から声をかけられた。



「一列になっていると見つけられやすい。適度に間隔を開いて進もうか」



 ヘレナである。

 彼女自身、左に外れるように距離を取っていた。

「了解」とだけ答え、一也は右に開く。順四朗と小夜子も同様に倣う。

 前を見ると、道があるにはあるものの森の中に消えている。

 素直に道なりに進めば、敵のいい的だ。木々を盾としてばらばらに進む方が利口だろう。



 "九留島子爵の屋敷はこの先か"



 このまま歩けば、秩父の西方やや南にある三峰山に行き着く。修験道の祖とも言われる役小角(えんのおづぬ)が修行したとも伝えられる、中々に霊験がありそうな山らしい。

 九留島子爵の屋敷はその麓辺りに位置することになるが、何かしら意図があってのことか。

 霊魂を武器に転用しようとしているという本人の言葉を信じるならば、関連性はあるかもしれない。

 だが今は不確かな憶測よりも、目の前を見据えるべきだ。

 自分の左方に位置するヘレナらを確認しつつ、一也は木立の中に身を滑り込ませた。






 日本刀だけでどこまで行けるのか。

 それは、奥村順四朗の自分自身への問いかけだった。

 腕に自信が無い訳ではない。

 だが近代化の波に乗りつつある明治において、刀は実戦における主力武器から、徐々に単なる象徴的な概念へと変わりつつある。



 "ていうても、これしか出来へんしなあ。しゃあないやん"



 拳銃なども練習はしたが、性に合わなかった。

 今でも狂桜(くるいざくら)のみを武器としているが、警察の中ではそれを時代遅れと言う者がいることも知っている。

 別に怒る気はない。それでも思うところが無い訳でも無い。

 遠距離からの射撃武器――銃を用いた集団戦が戦いの中心となってきているのは事実、更には英吉利(イギリス)辺りでは大砲を搭載した戦艦なる武装船すら建造されているらしい。

 日本刀だけではどうにもならない領域へと、闘争の場は移っているのだろう。



 "――ふん、柄にもなく考えてしもたわ"



 怖い笑みが自分の口の端に浮かんでいる、と順四朗は自覚する。

 だから何だと言うのだ。

 自分は自分の持てる技量を叩きつけるだけだ。

 それしか出来ないことなど、百も承知ではないか。

 器用に立ち回る人間もいれば、既存の技術にしがみつき、それを磨くしかない者もいる。

 自分は後者だったというだけの話だ。



 "あの高城清和ってのも、そうなんかなあ"



 東京で会った時に、あの執事は長剣で見事な抜刀術を見せた。

 余程鍛えねば、あそこまでは上達しない。

 頭の片隅でそんなことを考えつつ、順四朗は森の中へと分け入る。






 足元に注意しながら、紅藤小夜子は前へと進む。

 頭上で木の葉が揺すられる音がしたが、栗鼠が走り去っただけであった。

 ほっと安堵しながら次の一歩を踏み出す。



 "ちょっと吉祥寺村の周辺に似ていますね"



 実際は秩父の方が山深いのだが、帝都東京から見れば吉祥寺も秩父も似たような物だ。

 武蔵野に生を受けて育っているので、こういった場所を歩くのは慣れている。一見歩き易そうに見えても、実は枯れ枝と枯れ葉が重なり滑りやすい場合がある。

 そうした箇所を上手く見抜いて歩く。



 歩きながら頭の中で展開するのは、もうすぐ対面するであろう九留島朱鷺也の事だ。

 戊辰戦争での敗北と喪失という経験から、彼の人格は歪んだらしい。

 小を犠牲にしてでも大が生きるを押し通し、霊魂や死体を利用した兵器の開発に勤しむ。

 倫理観は無いのかと小夜子は憤る反面、共感出来ない部分が無い訳でもなかった。



 "もし私が同じ経験をしたら、そうならないという保証は無いですよね"



 同情する訳ではない。

 だが、頭から全否定する気にもならない。

 過去の体験から性格や考え方が変わる人間は多い。程度の差はあるが、殆どの人間がそうだと言ってもいい。

 だからそうなってしまった事情については、一応理解出来ている......と思う。



 "でも、時雨さんが自然な成仏を許されずに兵器にされちゃうのは――それはやっぱり違うんですよね"



 理屈ではない。甚だ感情的な反発ではある。

 時雨は別に小夜子の血縁者でも何でもない。だが、吉原で籠の鳥の人生を過ごした女性が成仏すら許されないというのは、同じ女として嫌であった。

 一也の件でいらいらしたことはあったものの、時雨の身の上に同情はしている。

 願わくば、九留島子爵の手にかかることなく、幸せな成仏をしてほしい。



 "九留島さんは家族を亡くした時に、そんな程度の思いやりも無くしちゃったんでしょうか"



 立場も年齢も全く異なる男の考えなど、小夜子の理解が及ぶ範囲ではない。

 どちらにせよ、好き勝手にさせる訳にはいかないのは確かだ。「あの小生意気なメイドさん共々、懲らしめなくちゃ」と高城美憂の顔も思い浮かべつつ、小夜子は更に森の奥へと進む。






 拳を開閉する。

 右、左と地面を踏みしめながら。意図的に少し深くした呼吸と共に、自分の中で魔力を練る。

 軽い熱にも似た感触が頭の中へと生まれ、そしてすぐに引いていく。調子はいい。



 "だが、これで足りるのか"



 ヘレナ・アイゼンマイヤーは自問する。

 今回の遠征を見越して、東京で数日間に渡って魔力の錬成をしてきた。

 通常使う魔術の行使については、より磨きがかっているはずだ。

 威力、行使速度はその時の集中力にも左右されるが、事前に体に染み込ませた魔力の錬成度にも左右される。

 横浜の時より、後者については上である自負はあった。



 "通常魔術だけで十分なら、それでもいいのかもしれないが"



 懸念が燻っていた。

 横浜で戦った邪馬魚苦(ジャバウォック)、あれより更に対攻撃魔術耐性が高い敵が出たとしよう。

 その時に、相手を貫けるだけの自信は無い。少なくとも、今のヘレナの使える攻撃魔術には存在しない。

 そのような事態は起こってほしくはないが、往々にしてそういう時こそ最悪の事態とは発生する物だ。



 脳裏に(よぎ)るは、更にもう一つ上の段階の魔術の存在だ。

 今の自分に行使出来るかどうかも分からない。精緻に巧妙に魔力を練り上げ、更に精神力を極限まで集中させた上で自分自身を解き放つ必要がある......それだけの代物である。

 グレゴリウス鉄旗教会の上位者のみに口伝されるというそれを、ヘレナも知識としては知ってはいる。

 だが実戦で成功させるとなると、またそれは別物だった。



 "必要とあらば、やってみせるさ。そんな場合が来ないことを祈るがな"



 歩く。自分の意志と体の動きが、寸分違わず一致する。

 魔力を軽く手足に流す。指先の一本一本まで、微細な魔力の流れを感知出来る。

 いい感じであった。

 浮わつかず、さりとて不安にもならずヘレナは森の木々をすり抜けていく。







「抜けたかな」



 一気に辺りが明るくなった。木立の密度が減少し、三峯山の頂上が見える。

 森に入ってから約三十分、ようやく木々の中を縫うのは終わりとなったようだ。

 一也が左の方を見ると、ヘレナら三人を見つけた。どうやら皆、同じようなペースで進んでいたらしい。



 九留島子爵の屋敷は、恐らくここから遠くはない。敵地の中心地にまで踏み込んだという実感が、じわりと一也を震わせた。

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