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クロスバレット ~黒の銃士、明治を征く~  作者: 足軽三郎
第一章 あるサバゲー青年の受難
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魔銃

「こちらになりますな。久しぶりだ、これを開けるのも」



「恐れ入ります」



 頭を下げた小夜子に続いて、一也も慌てて頭を下げた。目の前のざんぎり頭に眼鏡の中年男が村長らしい。小夜子はその発言通り、きちんと村長との会見予定を設定してくれたのだ。



 自分のような得体の知れない人間をどう紹介したのか、と聞くと「私の命の恩人で、しかも銃が上手なんですと言ったら一発でした」と小夜子は舌を可愛く出して答えた。

 成る程、そもそも村の警備において最強戦力となっているだけあり、小夜子の発言力は強いらしい。



 午後の日の高い内に訪れた村長の家は茅葺きではあったが、それなりに大きな家である。聞けば裏庭もあり、普段はそこの蔵に件の銃が保管されているということであった。そして今、それが入った白木の箱が一也の目の前にドンと置かれていた。

 白木とはいえ、よくよく見るとかなり灰色にくすんでいる。所々に年月を感じさせる欠けた跡もあった。人が一抱えして運べる程のやや細長い形からも、銃が入っているに相応しい大きさだ。



「開かずの箱というわけではありませんから......まあ、そう堅くならずに」



 木戸と名乗った村長がそうなだめたが、一也の視線は箱に釘付けである。横に立つ小夜子が袖を引っ張っても、それに気がつきすらしない。



「それでは開けます」



 木戸は箱の金具を外し、ゆっくりと蓋を開けた。

 小夜子が言った通り、白い布がグルグルと巻かれた物体が空気に晒される。布に経文のような文言がびっしりと記されており、それがどこか妖しい雰囲気を醸し出していた。



 一也の手が伸び、その布を丁寧に剥がしていく。数ヵ所の留め金を外すと、スゥと布が引かれその中身が露になった。



 黒。



 一言で言うならば、白布の中から産まれたのは黒色の――圧倒的な存在感であった。

「鋼、いや、これは」と呟きながら、一也が慎重にそれに手を伸ばす。最初それは黒い鉄の輝きを放つ銃に見えた。

 だが指先の感触が違うと告げる。固く冷たい指触りではあるし似ているが、少し軽く感じる。



 亜鉛合金――いや、強化スチールか、それに近い金属らしい。予想していた鉄や鋼よりも軽く、それでいて丈夫な素材だ。

 だが、間違っても明治時代にあって良い材質では無い。



「機構を見てもいいですか」



「どうぞどうぞ。紅藤さんの紹介なら喜んで」



「分かります、この銃?」



 木戸の許可を得た上で、一也は更に銃のチェックに取りかかった。小夜子の言葉はほとんど聞こえない。漠然とした期待は抱いていたものの、それを遥かに上回る伝説の銃に集中していたのだ。

 一也のサバイバルゲーム歴は一年と少しと長くは無い、だが入部以来どの部員よりも熱心に取り組んでいた男である。

 素人とは言え、かなりの数のトイガンに触れてきた自負はあった。



 ――よく中西先輩に言われたものな。



 "銃を触る時間の分だけサバゲーは上手くなる。三嶋、お前向いてるよ"



 不意に思い出した中西の言葉に背中を押されるように、一也は更に銃のチェックを続けた。

 大まかな印象としては、一也が知る銃の種類の中ではスナイパーライフルに近い。かなりバレルが長く、いかにも長距離射程向けの銃という形状だ。

 驚いたのは銃口に取り付けられたフロントサイトと後方に取り付けられたリアサイトの存在だ。

 構えた時にこの二つのサイトを通して照準を合わせるのだが、確か明治時代頃の火縄銃やこの当時陸軍に採用されていた村田十三年式11mmには着いていなかったはずだった。



 無論、そうした細かい箇所だけが奇妙なのではない。

 単発式が主流のスナイパーライフルにしては珍しく、弾装はマガジン式となっている。それは引き金の前に持ち手のように銃に差し込まれていた。

 これも明治時代の銃にはあり得ない。

 現代ならばともかく何故という疑問が沸いてくるが、とりあえずは実際に手に取ってみた。

 試しにマガジンを外して中を確認すると、やや大きめの弾丸が六発装填されていた。長さ25mm、口径は9mmといったところだろうか。出力次第だが、このサイズならまともに当たれば貫通力は相当期待出来るだろう。



「あり得ない、何でこんな銃がこんな時代にあるんだ」



 小夜子も木戸も放っておいたまま慎重に、かつ熱心に一也はその銃を調べ続ける。

 火薬は銃口からではなく、グリップの真上辺りに位置する吸入口から入れるようである。

 よく見ると、そのすぐ隣にアルファベットでSelecterと記された小さなレバーがあった。単発式とオートの切り替えが出来るようだ。

 もっとも装填出来る弾丸が六発では、オートにした途端撃ち尽くしてしまう。実際使うかどうかはまた別ではあるが、スナイパーライフルに連射モードがあるだけでも驚きである。

 アルファベットが刻印されているのは、この銃の突き抜けっぷりを見た以上今さら驚くには値しないように思える。



 だがそれでも尚――



 この銃を構え、後方から見た場合のバレルの左側に刻まれた文字の意味するところは――



 Demon Busterという文字がくっきりとその黒い銃身に刻みこまれ、一也の注意を惹いて止まない。直訳すれば悪魔撃破とでも言うのだろうか。大袈裟ではあるが、銃に固有名称がつけられることはあるのでその類いだろう。

 よく見ればグリップの底に小さな十字架(クロス)が刻まれている。この銃が製作されたのがキリスト教圏であるならば、魔を打ち破る火器として協会に寄贈された一丁である......そんな推測が脳裏を掠めた。



「――どう?」



 横からかかった小夜子の声に、一也は意識を取り戻した。いつの間にかこの銃に全神経を注いでいたようだ。

 木戸の後方にかかっている柱時計を見ると、銃を調べ始めてから既に二十分が経過している。まったく気がつかなかった。



「凄い銃だな、としか言えない。少なくとも明治の世にはあり得ない」



「そんなに? ああ、でもそれなら頷けるかも。今まで何人かこの銃を見たけど、皆こんな銃知らないとかしか言わなかったもの」



「だろうね。詳しくは言わないけど、マガジン式のスナイパーライフルって俺は撃ったことないしね。それに使われている金属も強化スチールだし......村長さん」



「は、はい?」



 聞き慣れぬ横文字にぽかんとしていた木戸だが、一也の声に慌てて背筋を伸ばした。銃を一度箱にしまいながら一也が問いかける。



「――この銃、弾丸は他にありますか?」



「え、ええ。その木箱の隅に、あ、それです、はい。確か三十発ありますよ」



「あ、これか。ありがとうございます」



 木戸の言う通り、小さな布袋があった。マガジンは無く、弾丸だけが剥き出しでその中にジャラジャラ入っている。

 どうやら弾を換える時は、マガジンごと替えるのではなくマガジンを一度外してそこに装填しなくてはならないようだ。



 現在この銃に装填されている分も合わせれば、合計で三十六発となる。これだけあれば一発くらいは――



「試し撃ちしても?」



 それに反応したのは小夜子であった。鼻がぶつからんばかりの勢いで、一也に詰め寄る。



「み、み、み三嶋さん! それってつまり、この銃でもってあの野犬をやっつける覚悟が出来たと、そういうことですか!?」



「試し撃ちしてみないと何ともです。でも」



 面食らいながら体を反らしつつ、一也は箱の中の銃をもう一度見た。白布に包み直した銃のシルエットが浮かび上がっている。

 妙にアーティスティックな感じがしたが、そこにあるのは間違いなく相当の技術を以て仕上げられた銃である。

 本物の銃という物はこうも感性に訴える物か。

 製造後何年経過しているかも、出所も、以前の所有者も分からない謎だらけの銃ではある。

 だが、一つはっきりしていることもある。

 今、一也が使える武装は、この悪魔撃破の銘を持つ銃しかないということだ。



 白布から離れる一也の胸に想いが沸き上がる。

 向き合うことから避けてきたそれらは、水面に浮かび上がる泡のように淡く弾けて余韻を残す。

 それが十九歳の心に波紋となって揺らぎとなる。







 "仮に俺がこの村から逃げたとしてどこへ行くと言うんだ"



 迷い子のように右も左も分からないこの文明開化の明治で。



 "仮に俺が何もせず逃げたとしたら、紅藤さんはどうするんだ"



 容易に想像出来るのは、この小さな女の子は一人でも戦うだろうということだ。

 呪法士という立場が彼女の責任感を増加させ、泣き言を言うことを許さないだろう。

 自分の望みを封印したまま、小夜子はあの巨犬とそれが統率する野犬の群れに立ち向かうだろう。



 "......仮に、俺が銃を手にする勇気すらここで捨てたら、俺には何が残る"



 一也は自分が平凡な人間であることを知っている。体力、知力、見た目や運動神経などは十人並みだ。多少集中力には優れるが、それも特筆すべき物ではない。



 自分なりに努力して入った大学は、それなりの日々の楽しみと卒業後の社会へ準備する時間を与えてくれた。それは嫌いでは無かった。自分を取り巻くクラスの友人やサバゲー部の部員とも、まあまあ仲良くは出来ている。



 だが、本当の意味で一也が打ち込めたのは一つだけだ。

 フィールドを駆け抜け、電動アサルトライフルを構える。

 時が止まったと錯覚する程、自分の精神が凍り標的を捉えるあの一瞬の緊張感。

 引き金を引いた手に伝わる軽やかな射撃の反動。

 ゲームが終わった後、網膜に残った残像を追いながら"あれは良かった、これは良くなかった"と噛み締める時間――それもまた一つの醍醐味である。



 何故かサバイバルゲームだけは、本心から没頭出来ると一也が断言出来る趣味だった。現実逃避でも何でもいい、これだけは譲れない何かである。

 その執拗とさえ言えるこだわりが、去年の秋の一、二回生を対象としたサバイバルゲーム関東学生リーグで一也を堂々の個人戦ベスト4に押し上げたのである。







 キリ......と歯を噛む。脳裏に浮かんだあの巨犬の姿を振り払うように、一也は白布の上から銃のグリップを触った。

 先程までのように恐る恐るではなく、グイと乱暴に、だが親しげに。



「――やれるはずだ」



 トイガンとは言えども、銃撃に賭けてきた時間と熱意には自信はあった。自分が人より優れていると思える拠り所は、これしかないという自負もあった。

 何よりここでもし逃げたならば、自分が二度と銃を手にする気力が無くなりそうな――そんな予感があった。



 けして前向きな気持ちだけでは無かったが、少なくとも今の一也には逃げに走ろうという消極的な気持ちは無くなっていた。

 魔銃の放つ妖気に魅入られたのかと錯覚する程に、その目は鋭くなり表情は引き締まっている。

 少し休憩にしますか、という木戸の声に頷き、一也と小夜子は部屋を離れた。屋敷の隅から渡り廊下を歩きつつ、一也は小夜子に話しかける。



「紅藤さん、後でいいんだけどさ」



 小夜子が振り向く。その顔に密かに期待感があるのを認めつつ、一也は言葉を続けた。



「野犬の特徴とか、倒すならどういう作戦で行くかとか。そういったことを話したいんだ」



「――はい、勿論!」



 元気よく帰ってきた返事と笑顔はまともに見るのは少し眩しく、一也は「頼むよ」とわざと無愛想に言うのが精一杯だった。

 一也のそうした心情を知らぬまま、案内された部屋では木戸が女中に命じて栗羊羮を用意させている。そんな何でもない気遣いが妙にほっとさせるのであった。

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