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銃火の奏でる哀歌

 すり減らしているのは何だ、と弾丸飛び交う戦場で一也は思う。



 ほら、また一発浴びせられた。

 中西の回転式拳銃(リボルバー)は射程距離では劣るが、俊敏な動きで一也との間合いを保ち突き放させない。

 そうなると手数でこちらが不利になる。クーリングが終わった魔銃を再び手にしているが、この劣勢を覆せるか。



 相手は二挺。こちらは一挺。装填数はどちらも六発。

 単純に考えれば、中西の方が倍の手数を繰り出せる。

 じわり――じわりと一也の守る領域が侵食される。

 ペースを中西に掴まれる。



 だが、それにも関わらず一也は冷静さを失っていなかった。

 刻一刻と追い詰められている中、可能な限り緻密に攻撃を組み立てる。

 狙撃の正確さを捨てれば速く撃てる。そういった捨て弾は無駄に思えるが、相手を牽制する為に敢えて混ぜねばならないこともある。

 それでも一度の装填数が六発しかない中、弾丸の一発一発が貴重であった。



 空になった薬莢が宙を舞い、硝煙の匂いが鼻をつく。

 自分の撃った弾丸が右に外れ、起重機(クレエン)の鉄骨に火花を散らした。

 中西が構えた姿が視界を掠めた、多分。

 反射的に頭を沈めた一瞬後には、鼓膜を切り裂くような擦過音が通過する。



 弾道? 見えるものか。拳銃でも凡そ秒速200―300メートルの弾速なんだぞ。

 時速720から1,080キロメートルの速度なんて実生活でお目にかかれないだろう。

 いや、想像すら出来ないだろう。



 一発撃ち返す。

 今度は地面を叩いた。踏み固められた土が削れ、土埃があがる。

 落胆する暇も無い。いい加減疲労でへたり込みそうな体を叱咤し、一也はほんの数ミリだけ視界を確保する。

 相手を見失うわけにはいかない。

 撃たれる危険(リスク)を取りつつも、それ以上に危険な見失う危険(リスク)を排除する。



 もしこれがサバイバルゲームならば、事情も少し変わる。

 風やBB弾の重さにも左右されるが、あえてそれらを無視して平均的な条件で考える。

 エアポンプ式、あるいは電動式のいずれにしても、よく撃ち合う間合いの20から30メートルを約0.5秒で届く。

 初速と終速の差も無視するならば、秒速50メートル。時速にすれば180キロメートルだ。



 それでも大概だが、実は0.5秒あれば頭を振ってかわすことは可能である。

 人間の反射神経の限界である0.2秒以上ならば、訓練次第でそれは現実となる。

 無論、集中力とそれに見合った俊敏性を必要とはするが、サバゲー上級者はこのコンマ何秒の世界を制圧する。

 


 距離や相手の力量にもよるが、サバゲーであれば回避という選択肢を戦術に組み込める。

 障害物(バリ)に身を隠しながら、相手のBB弾を間一髪でかわす。

 そういう意味では、ボクシングのジャブの打ち合いにも似ていると言えなくもない。

 黙っていたら殴られ放題だが、防御の術を尽くせば避ける手段はあるという点でだ。



 "くっ、迫られる"



 また一発、今度は自分から見て左側に。動きを封じるかのように射撃。

 何かが弾けた、確認の暇は無い。右の障害物(バリ)に身を隠す。いや、半ば中西の思惑通りに押し込められたようなものだ。



 実弾の速度など視認出来ない。

 人間の動体視力を遥かに上回る速度だ、目にも止まらないどころか映りすらしない。

 相手の射撃とこちらの被弾はほぼ同時。それ故、自然に防御に重点を置くようになる。

 サバゲーならば更に10センチ踏み出していた距離が、実弾飛び交うこの戦場では踏み出さない。

 迂闊に踏み出せば。



 "殺られる"



 既にギリギリに張り詰めた神経が、更に鋭くされていく。

 中西に翻弄されつつある、と自覚はしていた。形勢という名の天秤がそれこそ針の一本単位で、じわりじわりと中西の優勢に傾く。

 手傷こそ負ってはいないが分かるのだ。

 追い込む側と追い込まれる側にしか分からない、一対一の撃ち合いならではの感覚で。



 それでも、ここで冷静さを失えば一気に畳み掛けられてしまうだろう。破れかぶれの賭けに出るには早すぎる。



 また銃声。

 何発目か。

 それに合わせるかのように、中西の声が聞こえてきた。



「銃を下ろして出てこい、三嶋。今ならまだ間に合うぞ」



 何て言い方だ、と失笑しそうになった。

 普通はそれは捕まえる側が言う台詞だ。犯罪に手を染めた人間が言う台詞じゃないだろう。

 そう思うと黙っていられなかった。



「何が降参しろだ、中西さん! あんた、自分が何をやったのか分かっているのかよ!?」



 自分の位置を割り出すヒントになるのも構わず、一也が叫ぶ。



「神戦組なんてわけわかんねえ集団に手を貸してさ、結局やってることはテロリストだろうが! 市民を暴力で脅して、それで許されるとでも――」



「思っていないね。警察と敵対するのは覚悟の上だ」



 淡々とした声が届く。

 ヘレナらとの距離が離れたのか、この場には一也と中西しかいないらしい。

 二人の銃声が止めば、思いの外静かであった。



「それでいいのか。あんたなら止められただろ、中田や寺川や毛利先輩が仮に暴走しても中西さんなら止められただろうに。なのに」



「勝手に期待するなよ、三嶋。それにあいつらも合意の上での選択だ。お前がここにいるということは、お前が中田を倒したんだろう。自分の罪悪感を俺のせいにして楽になりたい、それだけだろ?」



 中西の一言一言が心を抉る。

 それは当たらずとも遠からずであり、一也の心に空白をもたらした。

 そうじゃないとは否定できず、だが、それだけじゃないと言いたくて。



「俺は」



 トイガンの握り方から構え方まで、最初に教えてくれたのはあんただ。



「俺はっ......」



 部活のことだけじゃなく、試験の度にポイントを教えてくれたり。

「全く、お前ら金欠だからってたかるな」と文句言いつつも、大概何か奢ってくれたり。

 尊敬と親しみの両方を皆が感じていたから、満場一致で部長に推薦したんだ。



「お前がどう思っているかなんか知らないな。俺とお前は道を違えたんだ。ここは大学じゃない。サバゲー部でもない。俺は生きていくために神戦組に手を貸した。お前は警察という道を選んだ」



 そんなことは、そんなことは言われなくても分かる。分かり過ぎるほどに分かっている。

 それでも許容し難い物が(こころ)に刺さっているから、上手く言葉が出てこないのに。

 何故、そんな平然とあんたは言い切ることが出来るんだ。



 自分は普通にサバゲーをやっていただけなのに、何故かいきなり明治時代に飛ばされた。

 中西達も同じ目にあった結果、今こうして銃火を交わしあっている。

 後退のネジを外した玩具みたいに、ただがむしゃらに、ただ激しく、敢えて思考を空にしてだ。



「それでもあんたは......間違ってるんだ!」



 中西達の事情は分からないが、だからといって認めるわけにはいかなかった。

 気力を振り絞り、再び弾丸を浴びせながら吐き捨てた。



「他人の命を踏み台にして何かをやろうなんて、そんなの許されるかよ! どこで道を踏み間違えたんだ!」



「綺麗ごとを言うな、俺は生き延びる為に最善手を打っただけだ! お前の事情は知らないがな、神戦組でも何でも利用しなきゃ生きていけなかったんだよ!」



 言葉と弾丸の応酬が再び激化する。中西の次の言葉に一也の心が凍りつく。



「お前、寺川や毛利が身売り寸前まで追い詰められたと知っても、まだ同じ台詞を吐くかよ!?」



 回転式拳銃(リボルバー)が唸りをあげ、一也を追い詰める。だが弾の衝撃ではなく、心への衝撃で一也は身を竦めた。

 反射的にバックステップしたのは、単なる幸運に過ぎない。さっきまで自分がいた空間を弾丸が凪ぐ。



「――っ、それは」



「返す言葉も無いなら、それはお前が恵まれていたってことだ!」




******




 一也の動揺を中西は見逃さなかった。

 障害物(バリ)越しながら、相手の声が届く距離である。ある程度ならば相手の感情の揺れも分かる。

 普段はあまり感情を昂らせない中西にしては、これほど激情を迸らせるのは珍しかった。



 頼りに出来る者はおらず、何が起きているのかも分からない。

 破れた新聞からどうやら明治時代らしいとは分かったが、具体的にどうすればいいのかはさっぱりだった。

 一也に言ったように、あのまま事態が変わらなかったならば、女の子二人は女郎に身を落としていた可能性は高かった。



 "惨めなもんだよ"



 束の間、嫌な記憶が甦る。

 人買いらしき初老の男に嫌らしい目で見られた、と寺川が暗い目で語り、少し黙ってからまた口を開いた。



「でも、仕方ないのかもしれないですね。私達、何にも持ってないですもの。このまま根無し草のまま枯れるよりは、いっそ」



 止めろ、と中西は言いたかった。

 だが、ならばどうするかという考えは浮かばなかった。

 体を売るなど正気の沙汰ではない。

 だが飢餓感と孤立感にまみれた頭は、片隅でそれを肯定しそうになっていた。



 "情けなかった。俺は――俺を頼るこいつらに何も出来ていない"



 厳しい一面もあるものの、基本的には中西は友人や後輩の面倒見はいい。

 自分が頼りにされ、それに応えるのが好きなのである。これまでそれを上手くこなしてきた。多少波はあっても、これからの人生でもそうなるだろうと何となく予感していた。

 だが――あの時、寺川がこぼした力の無い言葉と涙混じりの笑みは、中西のそんなささやかなプライドを木っ端微塵にした。



「あは、そういう結論になっちゃうか......風俗にはまるのって怖いけど、仕方ないのかなあ」



「ちょっ、止めてくださいよ、美咲先輩まで!」



「けどさあ、中田ちゃんさー、他にいい案あるの? 正直あたし疲れたよ」



 中途半端に伸びた髪をかきあげながら、毛利美咲が項垂れる。

 戸惑いも隠さずに、中田正がその横で狼狽えていた。

 追い詰められたこの状況下で、心が折られかけていた。

 中西は地面に視線を落とす。くらりと立ち眩み、慌てて姿勢を立て直した。

 栄養失調になりかけか、と自嘲する。体を保つエネルギーすら今の自分には無いらしい。



「――早まるな」



 だが、それでも尚、一片の誇りは残っていた。それが中西を奮い立たせる。



「そんな安い体じゃないだろ。自分を大切にしろ、寺川。毛利、お前もだ」



 それは強がりなのかもしれない。

 土壇場にあって尚、自分が格好をつけたいだけなのかもしれない。

 しかし、中西廉という男は、女を犠牲にして泥水を啜ることをけして良しとしなかった。

「親が泣くぞ」とだけ言い捨て、彼は夜の街へと繰り出した。




******




 あの夜、土谷史沖と出会わなければどうなっていたか、中西には分からない。

 だが極限状態を経験した今だからこそ言える。

 あそこで突っぱねたからこそ、今があるのだと。簡単に尊厳を捨てるなと貫いたからこそ、仲間を売らずに済んだのだと。

 それに比べたら、何の取り柄も無い一般人を踏み台にして何が悪いのか。

 自分は自分にとって大事な者、そして大事な物を優先してきただけだ。



 それを知らない人間にどうこう言われる筋合いも無ければ、邪魔される道理もない。例えそれが昔の後輩であったとしても。



「行くぞ、三嶋。決着をつけようか」



 ここまで温存してきた第二呪法を使う。

 その名を呪法"神速"。文字通り足捌きを強化し、尋常ならざる移動速度を可能にする呪法である。

 身のこなしの軽さ、敏捷性を強みとする中西にとっては有難い呪法である。



 "速すぎる!"



 "今の疲弊したお前じゃついてこれないだろう"



 狩られる者と狩る者、一也と中西の思考が交錯する。

 必死で魔銃を構える一也だが、円を描くように距離を詰める中西を捉えきれない。

 弾速ならともかく、構えて狙うという体の動きにおいて、"神速"を駆使した中西と一也ではその差は歴然としていた。

 


 後退、また後退。

 自分の守っていた領域を削られて、一也は後方に退かざるをえなかった。

 見た目はアサルトライフルそっくりの魔銃というのも、左右の揺さぶりに対処するには向いていない。長銃であるため、咄嗟の際の取り回しが難しいのだ。

 その点では、中西の回転式拳銃(リボルバー)が有利であった。そのメリットを十分に生かした上で、小柄な死神が迫る。



 たたらを踏んだ一也の耳に、不意に潮騒が聞こえてきた。

 いつの間にか波打ち際まで追い込まれていたのだ。

 障害物(バリ)も無い。逃げ場は全て塞がれた。

 うてる手はあるのか。呪法"鉄甲"で耐えて、相討ち覚悟で撃ち込めるか。

 頭の中で計算を巡らせ、難しいとしか答は出ない。

 至近距離からの銃撃には、いかに"鉄甲"といえどもその衝撃を防ぎきれないのではないか。



 "先手は取られ、防御もままならねえ、逃げ場は塞がれた。詰んで――いや"



 何気なく首元に滑らせた手、そのグローブ越しに固い感触が伝わる。

 そうか、まだこれがあった。効果は未知数だが、今はこれを信じるしかない。



 自分の右足の爪先、そのほんの数センチ先の地面が弾けた。

 一也の動作が止まる。まずい、と思いつつも危険に対する反射までは制御出来ない。

 ゴーグル越しの視界を巡らせれば、右から左に消えるような人影が一つ、だが視認すら難しい。

 こちらが銃を――構えるよりも速く――左から右へと切り返された。

 完全に振り回された。



「第三呪法"雷迅"」



 中西の声が微かに聞こえた気がした。

 自分に迫る黄を帯びた白い光が見えた気がした。

 刹那の瞬間、ただ耐えろとだけ自分に願い、その願いを自分の腹に着弾した光が貫く。

 意識が消し飛ぶ、繋ぎ止めてくれという必死の叫びごとかき消されていった。



 中西は大きく息を吐いた。

 第二呪法を使いつつ、切り札の第三呪法"雷迅"まで繰り出したのだ。流石にその消耗は無視出来ない。

 最初は胡散臭いと馬鹿にしていた呪法ではあったが、結局はこれを駆使しなければどうにもならなかった。その事実に僅かに眉をしかめる。

 その視線が右手に移った。明らかに撃ちすぎだろう、指が痙攣寸前である。

 回転式拳銃(リボルバー)の方が速射には向いているが、性能を全開すればそれだけ引き金を引く回数も増える。指が酷使されるのも無理は無かった。



 "かろうじて勝ちはしたが、ぎりぎりか"



 倒れた一也を一瞥し、中西は背を向けた。

 雷系の攻撃呪法"雷迅"、その効果をまとわせた物体は、擬似的な落雷となる。

 恐らく何らかの防御系呪法は使っていたのだろうが、とても耐えきれるとは思えなかった。



「結局、俺が勝つ図式には変わりなかったな。さよなら、三嶋」



 次の瞬間、中西の体は吹き飛ばされた。

 右肩を撃たれた、と理解したのが精一杯、左によろめきながら振り向いた目に映ったのは、黒いBDUを着た男が銃を構えた姿だった。



 勝者と敗者が逆転する。







「もっと周囲に気を配れって言ったのは、あんただったろ」



 満身創痍の体を押して、三嶋一也が立ち上がる。

 半ば朦朧とした意識のまま、それでもその右手は魔銃を携えている。

 自分が撃った一発は、間違いなく中西を射抜いた。鬼のような形相で振り返った中西の口が「く......そ」と動いたように見えた。



 一際強く吹いた海風が、バランスを崩した中西の足を泳がせた。赤い血が風に散ったと思った時には、中西の体はゆっくりと海へと落ちていった。

 まずいと思い、一也は指を伸ばしたがそれは空しく宙を掻く。



 大きな物が沈んだ音だけしか分からなかった。それもすぐに風と波に紛れて消える。

 "助からないだろうな"と考えたところが、一也の限界だった。

 立ち上がった体を支えるだけの体力はもはやなく、手近な岩の上に崩れるように座り込む。



 "小夜子さんとヘレナさんに感謝しなきゃ"



 グローブを外した左手で、首元をまさぐる。

 最後の最後で一也を守ったお守りは、誇らしげに小さく揺れて一也の手に収まった。

 半分は千切れ、見た目はもはやぼろ切れ同然ではあったが、何にも勝る成果を挙げたと自覚しているかのように。



 一也は頬を緩め、そして顔を伏せる。

 体を突き抜ける衝撃の余波は重く、心もまた重かった。

 二十一回目の挑戦にして掴んだ勝利は、ほろ苦く、そして......嫌に潮風が目に染みた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中西くんなんか色々言ってるけど、自分達を苦しめた明治の日本を滅茶苦茶にしたいだけだろこれ 本当に仲間の事思うなら警察にコネができた後輩にさっさと頭下げるのが1番だし 多少世話になってたとして…
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