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第三隊 対 神戦組 六

 衝撃はいきなりだった。

 かわそうにもその前兆すらなく、ただ受けるしか術が無かった。

 肩、背中、首、腰、腕、足と体の到る箇所を打ちのめされ、肺の空気を強制的に吐き出す羽目になる。

 痛みというよりは軋みだ。



「ガッ......ハッ!?」



 地に膝を着かされそうになり、ヘレナは必死の思いで横に転がった。今動きを止めれば、銃のいい的である。

 歪む視界に苦しみつつも、何とかその身を木箱の陰へと滑り込ませた。

 息が荒い。今の一撃のせいだ。



 "何だ、今の攻撃は?"



 回らぬ頭で考える。

 攻撃がまるで見えなかったから、恐らく呪法なのだろう。

 しかし呪力や魔力が満ちる気配も無く、いきなりやられるとは。何か、そう、上から重い物が降ってきたような――そんな攻撃だった。

 体を傾けると、脇腹が痛む。折れてはいないだろうが、肋にひびでも入ったか。

 いや、それもまだ無い。

 だが間違いなく、脇腹の筋肉は損傷してしまった。



 打撲、あるいはそれに近い被害。不可視の一撃。

 ならば――風系の攻撃呪法か。

 違う、それにしては重い。こう、土や岩の塊を叩きつけられたような感じだ。



 "これ以上は読めないか。中西じゃない、もう一人の女の方だな。寺川亜紀――まさかこれ程とは"



 袖で口許を拭う。

 紺の地で見えづらいが、僅かに血が滲んでいた。

 唇を切ったか。

 思わず舌打ちが出る。

 不覚であった。この二人を抜けば一気に土谷までたどり着く。その目論みは容易では無いと思い知らされたのだ。



「そこか!」



「なっ!?」



 いつの間に。

 そう思う暇も無かった。

 自分の左、障害物と障害物を縫うような空間を通して、二挺の回転式拳銃(リボルバー)がこちらを向いている。

 中西か、と意識するより速く、その銃口が火を吹いた。



 瞬き一つ、蒼風守盾(ヴィントシルト)が展開する。

 ヘレナ一人を守るならば、それでも十分な大きさだ。凝縮した風が重い鉛弾を飲み込み、地に叩きつける。

 だが風の守りの半ばまで食い込まれたことに、ヘレナは慄然とした。

 先程、あの中西という男は、ほぼ一挙動で回転式拳銃(リボルバー)の六弾全てを撃ち込んできた。

 あの技術を使われれば、恐らくこの守りは突破される。



 "弱点はどこだ。奴等の隙はどこにある"



 横に逃げた。

 相手は二人、索敵の視線はこちらの二倍だ。

 だが本気で逃げに徹すれば、そう易々とは捕捉されない。

 矜持(プライド)は二の次だ、反撃の機を掴め。 



 "体が言うことを聞かない内は無理だ。時間を稼げ"



 ヘレナの強みとして、自分の戦力や状態を正確に把握出来る点がある。

 若干二十歳ながら、これまで積み重ねてきた戦闘経験。それが彼女にもたらした物は、直接的な戦いの技術だけではない。

 剣術や魔術の練達度以外でも、勝負を決する部分はある。

 状況把握力、精神力、観察力――秒単位で刻々と変わる戦場を全ての力を使い、彼女は読み取る。



 敵の二人の連携は見事な物だ。

 お互いの死角を上手く庇い、逆にヘレナの動きを先回りするように弾丸を撃ち込む。

 寺川の双並銃身式(ツインバレル)の銃が唸りをあげ、ヘレナが身を潜めた木箱を抉る。木屑と破壊音が舞い、神経を掻き乱されそうになる。

 だがヘレナは慌てなかった。

 聴覚が銃声で遠くなる中、その青緑色の目で視界全てを把握する。寺川は中遠距離専門だ......必ず中西が近距離で迫ってくるはず。



「右だろ」



 近寄らせることすら認めない。あの回転式拳銃(リボルバー)の破壊力を考えると、いつまでも受けられない。

 先程左から来られたから、今度は右ということではない。

 寺川が自分の左側を封じるように射撃してくるので、中西が右から追い込むだろうという極めて単純な読みだ。

 挟み撃ちにされる前に離脱する。

 視界が悪く、いつ撃たれるか分からないという恐怖をはね除けた。

 次の障害物に飛び込むと、後を追って弾丸が跳ねる。



「どうした、二人もいてまだ捕捉も出来ないか」



 聞こえよがしに挑発しながら、ヘレナは"影幻影(シャッテンイルズイオン)"を唱えた。

 それを二つ、三つと生み出し次々に走らせる。

 複雑な動作は出来ないが、的を散らせるという役目だけ果たしてくればそれで良かった。

 銃には弾切れという制限があるのだ。めくら滅法に撃ちまくることは出来ないだけに、的を増やして戸惑わせればそれでいい。



 "この戦いは自分一人だけで行っているわけじゃない。三嶋君と紅藤君がいる。敵にも組長の土谷が控えている。ここでごり押ししても意味は無い"



 相手の強さを認めつつ、ヘレナは敢えて防戦に徹する。徹し続ける。

 披露は溜まるし、何度か掠める弾丸に心を削られそうになるが――だが折れない。

 中西と寺川を出来る限り消耗させれば、それでいい。







 優勢ながら決めきれない。

 攻め続けているが、追い込みきれず焦らされていく。

 こういう時、得てして逆転劇という物は起きる。

 中西はそれを知っていた。



「くっ、捕捉しきれない...... 」



 回転式拳銃(リボルバー)に弾を込めながら、吐き捨てる。

 たまたま同じ障害物(バリ)に身を潜めている寺川も、苛々し始めているようだった。

 無理もない。二対一の圧倒的に有利な状況でありながら、十分近くも引きずり回されているのだ。

 戦力差を考慮するならば、実質負けている。



「勝負かけます?」



「そうだな、と言いたいところだが」



 中西は肩をすくめた。ゴーグル越しに寺川が怪訝な視線を寄越す。



「どうやら敵さんの粘り勝ちらしい」



 どういう意味かと、寺川は聞きかけたがそれは叶わなかった。

 彼女のすぐ横を走り抜けた一発の弾丸、それで察したのだ。

 最小限だけ顔を覗かせ、様子を探る。

 その目が僅かに捉えたのは、黒染めのBDU姿の男にサイドテールの小柄な女であった。

 物陰に隠れていたが、その二人の特徴だけははっきり捉えることが出来た。



「――三嶋君、か」




******




 戦況が変わった。

 敵味方合わせて五人の思惑が絡み合い、刺激しあい、そして一気に弾ける。




******




 助勢を得たヘレナが一気に戦線を突破しにかかる。

 "天使之翼(エンゲルフリューゲル)"を使い、それを跳躍ではなく前への推進力に注ぎ込んだ。

 黄金の輝きを放つ髪がはためき、彼女が飛ぶ軌跡が金色の尾を引いた。



「ヘレナさんには指一本触れさせないです、覚悟!」



 それを援護するのが、紅藤小夜子の式神だった。

 残り三体を全部使い、敵の視界を妨げるように操作する。

「使い切って大丈夫なの」と一也に心配されるが、小夜子はただ黙って頷いた。根拠はあるのだ。



 一つは一也が生きていてくれたことへの安堵感、そして信頼。

 絶対に何とかしてくれるというその感情は、一也への好意に近い物だったがこの戦場において、小夜子がそれを自覚する余裕は無い。



 もう一つはもっと具体的な物である。

 ガトリングガンの猛襲を仕掛ける中田に対して、一也が残った時のことだ。

 手持ちの式神二体を貸した際に、彼女は「奥の手がありますから」と言った。

 もしかしたら、一也はそれを本気と思っていないかもしれない。今まで小夜子がそのような事を仄めかしたことは無かったから。



 しかし、小夜子も伊達に半年間を過ごしていた訳ではない。

 式神は携帯には便利だし、操作も熟達の領域に達してはいる。

 だが攻撃力や耐久力といった部分では、やはり物足りない物があった。

 いくら自分が第三隊において、最年少であり偵察や防御、陽動が主な仕事とはいっても、たった四人の部隊である。一人が弱ければそこが穴になり、逆に強ければ強みになる。

 それが分からぬ程、小夜子は子供でもなかったし、無責任でもなかった。



 "私だけが戦闘で足手まといにはなれないですから"



 呪法士として生まれて初めて正式な訓練を受けることで、小夜子は新たな呪法の修得に成功していたのだ。

 守られるだけではなく、皆と並び立ちたいという強く願い、地力を上げた成果である。



「我願い奉る。鬼灯の赤は西に射し、北斗の黒は北に指し」



 朗々と謡うように――しかしそれは、同時に海面を揺らす潮流のようにも聞こえる。小夜子の体を中心にして、空気が震えた。



 "この場で全呪力を使っても構わない"



 少女の目に宿るのは、退くを知らない覚悟であった。それを映すが如く、漆黒の瞳がゆらりと赤い光を灯す。

 守る為の戦いではなく勝つ為の戦いを欲した。

 自らが扱うに慣れた式神ではなく、より強大な力を求めた。

 その決意が今、結実する。



「蛇の青は東に眠り、骸の白は南にさ迷う......四方に捧ぐ、我が祈り、我が力、我が魂! 出でよ、死鬼神!」



 地が闇色に染まった。

 小夜子の体から風が凪ぐ。

 すると姿も見えないのに、どこからか鳥が羽ばたくような音がした。



「あれは――式神、いや、違うわ」



 真っ先に気がついた寺川が息を呑む。

 ヘレナへの追撃を諦め、銃口を一也と小夜子へ向けようとした矢先であった。



「ハリウッドの特撮、という訳でもないか」



「うお、すげえな、小夜子さん」



 障害物越しに睨み合う形になっていた中西と一也も、相手の存在を束の間忘れた。それほどに小夜子が呼び出した物は――黒々とした気配を放っていたのである。

 小夜子が死鬼神と呼ぶそれを称するならば、何になるだろう。

 全体的な姿態(フォルム)は、四足獣である。

 だが大きいのだ。既存の獣の枠に当てはめるには、大き過ぎる。全長が凡そ二間――約3.6メートル――もある。

 狼に近い頭蓋からは、遠く西班牙(イスパーニャ)にいるとされる闘牛のような二本のねじくれた角が伸びる。

 体も狼のような細身ではない。

 どちらかと言えば、前足をついた熊のようなどっしりとした重量感がある。



 犬のようなふさふさした尻尾がユーモラスと言えばユーモラスではあるが、それ以外の部位が凶悪過ぎる。

 獰猛という言葉を煮詰め、獣という鋳型に流し込んだらこうなりましたと言わんばかりであった。

 呼び出した小夜子ですら、少々顔がひきつっている。



「いやっ、でももう引き返しませんからね! 死鬼神さん、お願い! あのあばずれ女を倒しちゃって下さい!」



「なっ、だ、誰のことよ!?」



「挑発に乗るな、寺川!」



「おっと、あんたの相手は俺なんだけどな!」



 小夜子が死鬼神に出した指示が、四人の行動を決定した。

 短い時間ではあったが、一也が中西と寺川の二人の攻勢を何とか凌いでいたのだが、その二人の連携を死鬼神が断ち切る。

 ちょうど二人の中間を狙って、死鬼神が駆けたのだ。

 ごうごうと唸るように黒い風が迸り、中西はそれを避ける為に寺川と距離を開けるしかなかった。

 回避した時に、置き土産と言わんばかりに弾丸を死鬼神に撃ち込んだのは流石であるが、それも数秒程度、相手を硬直させたに過ぎない。



 それでも効くという事実に勇気づけられたのだろう。

 寺川も追加で銃弾を見舞った。止まってさえいれば、的は大きい。外れるリスクは小さかった。



「当たりを重ねれば!」



「倒せると思っているんですか?」



 戦意を回復した寺川の声が聞こえた訳ではないが、小夜子の呟きは痛烈な皮肉に満ちていた。

 そもそも死鬼神は普通の生き物ではない。生者と死者の境界線である黄泉比良坂に住まう、ある種の悪霊の類いである。

 現世への召喚の際に肉体を必要とするため、一応血肉と呼べる物は備えているがあくまで一応に過ぎない。

 生き物としての成り立ちが、そもそも違うのだ。



 "なんて圧迫感、それにほとんどダメージが通っていない"



 "距離を詰めて、そのまま潰させてもらいます"



 寺川が焦燥し、小夜子が勝ちへの道筋を立てる。

 二人の間の逼迫した空気を引き裂いて、死鬼神の唸り声が低く低く響き渡った。




******




 後戻りはしないと決めた。



 "中田、お前何を思って生きていた?"



 いや。正確に言えば、後戻りしてはならないと決めたのだ。

 中田正を血の海に沈めて、しばし呆然とした後で。

 防御を敷いていたとはいえ、ガトリングガンのダメージも軽くはない。

 体と心に負った傷から立ち直る為に、三嶋一也は少しばかり時間を要した。



 "何のために神戦組なんかに入ったんだ。四民平等なんて思想に、ほんとに感化されたのか?"



 のろのろと中田の遺体に近寄りながら、同じようにのろのろと考えた。

 正直、中田が何か一本筋の通った信条に従って行動していたとは考え難い。凡そ普通の大学生に過ぎなかったのだ。反戦デモや憲法改正反対運動に勤しむ一部の学生とは、少なくとも縁遠かった。

 主旨は異なるものの、特定の信条の為に行動する信者の集団という意味では神戦組も彼らとそんなに変わらない。



 あいつは高校でラグビーをやっていて、大学では自分と同じサバイバルゲーム部に入った。

 授業もそこそこ普通に出ていたし、バイトもやっていた。恋愛の方はどうだったろうか。相談された記憶は無い。



 "お前、ただの普通の大学生だったのにな"



 なのに、何故かここに倒れている。

 一般市民への無差別攻撃という無法を、別に中田自身が行ったのではなくとも、それに手を貸した罪により。

 そして殺害したのは、他ならぬ一也自身なのだ。



 一也は軽く膝を落とした。

 少し迷った後、かっての友人の遺体を仰向けにした。飛び散った血を拭ってから、開いたままの瞼を閉じてやる。

 それだけでだいぶましな印象になった。

 彼と遊んだ時間は一年と少しくらいか。それほど長い時間ではなかったが、それでも思うところはある。



「俺、行くわ。ちゃんとした墓は戻ってから立ててやるから、そこで待ってろよ」



 動かぬ亡骸に一声かけて、一也は立ち上がる。




******




 "俺には約束があるんだよ"



 障害物(バリ)の隙間から、一也は狙う。

 中田の目を閉じた顔がフラッシュバックし、それに伴う何とも言えない苦さを飲み下しながら。



 "自分で殺しておきながら綺麗事をって、あんたなら笑いそうだけどさ"



 何度も発砲したせいで、魔銃は今は使えない。

 銃身(バレル)が熱されているためだ。代わりにM4カービン改を使うことにした。

 こうして撃ち込むと、まるでサバゲーをしているようだった。

 少しだけ改造しているとはいえ、元のM4カービンと外見はほぼ同じなのである。

 まして今、自分が相手をしているのは。



 標的(ターゲット)と目が合った。



 二人の銃士(ガンナー)のゴーグル越しの視線がぶつかる。

 先輩と後輩、犯罪者と警察官、中西廉と三嶋一也は――今、完全に敵としてお互いを認知した。

 銃口を交わす覚悟はとうに出来ていたが、こうして対峙するとそれはまた別だ。



「今度こそ勝たせてもらう」



 微塵も躊躇わず、一也は引き金を引いた。

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