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第三隊 対 神戦組 伍

 それ相応に広い戦場(フィールド)、その視界を塞ぐ数々の障害物(バリ)の存在。

 この二つの要素があると、二者に分かれた戦いは戦闘力の優劣を競う以前に、別の資質を要求する。

 それ即ち、敵がどこにいるかを正確に割り出す索敵技術だ。



「どこにいるのか見当もつかないというのは、不安なものだな」



 起重機(クレエン)の陰に身を潜めつつ、ヘレナ・アイゼンマイヤーは自分の首筋に手をやった。

 白い指先は、喉をつたう汗を感じる。いつ敵と遭遇するかも分からない状況というのは、思った以上に緊張を強いられるものだ。

 あのガトリングガンの銃撃音がまだ微かに響いてくることから、あの中田という男が存命なのは分かる。

 だが、それだけである。三嶋一也と紅藤小夜子の二人が抗戦中なのだろうが、無事を祈るしかない。



 "順四朗が一人は倒してくれると期待して、残りは三人か。一人くらいは捕縛したいが、優先事項としては下げざるを得ないな"



 正面きっての戦いとなると、相手を重傷に追い込むか、あるいは死なせるかの二択である。

 下手に加減しようものならば、こちらの命が吹き飛ぶのだ。

 流石にその勇気は無い。なので既に覚悟は出来ている。

 目には目を、歯には歯を、武力行使には武力行使だ。



 ならば今出来ることは何か。

 出会い頭の先制攻撃を食らわないようにし、かつこちらが先制攻撃を仕掛けられるようにしておくしかない。

 そのための手段をそろそろ使っておくべき――そうヘレナは決断した。



「要は初撃だけかわせばいいのさ」




******




 待つ。ただひたすらに待つ。

 自分の神経を張り詰めて、敵の到来を待ち構える。

 攻撃可能な領域(テリトリー)に入った瞬間、容赦なく銃撃を浴びせてやる。



 中西廉は慎重だった。

 前線にガトリングガンを使う中田を送り出したところまでは、こちらが数を利して押し込む。

 まずはそれが第一段階である。

 周囲を巻き込む恐れのあるガトリングガンである。下手に連携を取るよりは、あえて一人で突っ込むことを黙認した。

 噛み合わせ次第では、相手を全滅させる可能性すらあると予想していたのだ。



 だが、未だに切れ切れにガトリングガンの銃声が響いている。

 まだ勝負はついていないのだろう。

 それならば、中田の攻撃をすり抜けてきた者もいることを想定し、ここで網を張るという訳である。



 中西から見て斜め左後ろの障害物(バリ)の陰、そこに寺川が潜んでいる。

 破壊力を上げるため、寺川の小銃は双並銃身(ツインバレル)式に改造してある。

 彼女の腕もそれなりに確かだ。組むには申し分無い。

 前を中西、後ろから寺川という布陣で互いの死角をカバーする。

 どこを通ろうが必ず見つけだしてみせる。







 どれほど待っただろうか。

 いつの間にか、ガトリングガンの轟音が聞こえなくなっていた。

 中田は殺られたのかもしれない。

 確かめたいが、その衝動を押し止める。今の有利な状況を捨てるのは愚かなことだ。

 焦って飛び出して敵の的になる――そんなことはサバゲーでは日常茶飯事。リアルな戦いでも、それは同じこと。



 ふうぅ、と浅く息を吐く。

 待ち続けることによる緊張が生まれる。脈拍数もじわりと上がる。

 それを防ぐための工夫であった。

 プレッシャーに耐えながらただ待ち続けろ。

 獲物が罠にかかるのを待て。

 自分を律することにおいて、中西廉は間違いなく一流の領域に達していた。

 背が低く、腕力も無いという弱点を抱えているにも関わらず、彼を上級ゲーマーに押し上げたのは銃撃の腕もさることながら、高いレベルで安定した精神力によるところが大きい。



 そして中西は、自分の腕を寺川亜紀が信頼していることも知っている。だからこそ、前線に立つ自分がおかしな挙動は出来ないのだ。動く時は――



 視界にフッと動く人影を捉えた。

 滑らかにそして鋭く、右手の回転式拳銃(リボルバー)が上がる。

 認識、そうあれは敵だ。あの金髪の女が最初の獲物か。



「――敵を撃ち抜く時だ」



 低い呟きと共に引き金を引いた。

 痺れるような手応えがあり、視線の先の獲物(ターゲット)がのけぞる。

 命中(ヒット)だ、そして僅かに遅れて寺川の放った二連の弾丸も命中(ヒット)した。



 "存外あっけないものだ"



 約30メートルほど先で倒れている死体に一瞥をくれつつ、中西は左手を上げた。

 相手を倒したと寺川に教える為だ。

 声を出すよりこの方が楽である。

 よし、後は慎重に近寄り、もし生きているならば止めを刺すだけ。



 そのはずだった。

 まずは一人目、そう思ったのはけして驕りでも何でもない。作戦が上手くいった成果である。

 だが、ならばこの違和感は何だ。

 上手く説明できないが、何かが違うと自分の中で訴える者があった。

 そうだ、あれは第三隊の隊長であるヘレナ・アイゼンマイヤーだ。出会い頭に計三発の弾丸を浴びせられ、無様に伏しているのだ。だから何も不思議なことは無い。



 いや、違う。違うぞ。



 あれは本物の人間ではない。

 その証拠は? 

 よく見なければ分からないが、あれには影が無い。倒れているから分かりにくいが、晴れているのに陽光が作る黒々とした影が無い。

 それに微妙に輪郭が薄い。

 こうして観察している僅かな間にも、まるで表面から気化しているかのように見えるのは何故だ。



「気をつけろっ、寺川っ!」



「気づかれたか、だが遅い!」



 中西が後方に叫んだのと、女の声が響いたのはどちらが早かったか。

 ぞく、と中西の背が粟立つ。

 明確に状況把握するよりも早く、前方から迫る真っ赤な火線に対処する方が大事であった。

 呪法か、あるいは魔術か。

 火炎系の攻撃、そうか、銃が使えずともこれならば遠距離から届くと。



 四本の火線が迫る。

 普通ならばこれで串刺しにされて終わりだ。

 収束させて貫通力を上昇させているとは中々やる。

 だが、それでもまだ足りない。この時代において修得した呪法なる技術を破るには。



「障壁展開」



 キン、と硝子を鳴らすような澄んだ高い音が響いた。

 中西の周りに一瞬で張り巡らされたのは、呪力による不可視の壁だ。現代の言葉で表現するなら、バリアと言えば分かりやすいだろう。

 完全防御とまでは言わないにしても、並の銃撃や呪法ならばこれでシャットダウンが可能である。



 それでも障壁を通して、じわりと熱が体に届く。

 まともに喰らっていれば、BDUを突き破り大ダメージを与えられていたはずだ。

 間一髪命拾いしたという安堵感と、死がこれほど身近にあるという恐怖が同時に心の中を占める。



 "先制したつもりが、逆に一杯食わされるとはな!"



 自分達が命中(ヒット)させたはずのヘレナ、いや、それに見えたのは恐らく幻影か擬態化させた偽物(ダミー)だったのだろう。

 あの抜け目のない女は、不意討ちを警戒して偽物(ダミー)を先行させていたのだ。

 待機戦を選択したこちらの意図を把握していた訳では無いだろうが、いずれにしても奴の方が一枚上手だったわけだ。



 ならばやり返すのみ。

 中西の左手が上がる。その手に握る回転式拳銃(リボルバー)が反撃の弾丸を吐き出した。

 電動アサルトライフルとは違い、回転式拳銃(リボルバー)は一発一発引き金を引かねば撃てない。

 だが長銃とは違い、次弾装填が速い為に熟練者であれば――目にも止まらぬ速さでの射撃は可能なのだ。

 早撃ちの極地、一回しか聞こえぬ銃声の内にその回転式弾倉(シリンダー)の六発全てを撃ち尽くすその技を、一響六弾(シックスオンワン)と呼ぶ。

 姿が見えぬ相手の動きを封じるべく、いきなり中西もその技を惜しみ無く使ったのだ。



 何とも表現し難い音がつんざくように拡がった。

 戦闘という物は突発的に始まり、そしてそのままエスカレートする。

 どちらかが倒れるまで止まることはなく、また止める気も起きない。

「援護頼むぞ!」と叫び、中西はその戦闘という名の激流に身を踊らせた。




******




「やる、この二人!」



 ヘレナは唸った。

 木箱から木箱へ身軽に身を移しながら、隙を見て魔術による火矢を放つ。

 大技ではなく、詠唱無しでも撃てる初歩の魔術だ。普段は使う機会も無いが、こういう戦いでは役に立つ。



 魔術"影幻影(シャッテンイルズィオン)"で作り出した自分の分身で引っ掛けたまでは良かったが、せっかくの先制攻撃は防がれてしまった。

 そこそこ攻撃力のある火系の攻撃呪文だったが、あの中西という男には通じなかったようだ。

 展開させた障壁の強度も大したものだが、こちらの不意討ちに対応しきるだけの反射神経と切り替えの速さも驚くに値する。



 それに後方にいる寺川という女も侮れない。

 中西に攻撃を仕掛けた瞬間、寺川にも二発の火線を撃ち込んだのだ。

 だが、恐らく当たっていない。

 回避したか、あるいは盾のような物で防いだかは分からない。

 それでも悲鳴が上がらなかった以上、命中はしていないのは確実だ。



 "あのガトリングガンの男は三嶋君が倒してくれたはず、ならば私が続いてやる"



 部下だけ戦わせるような真似はしない。

 確かに銃は驚異だが、これぐらいならどうにかなる。いや、してみせる。







 地を這うような動きで、中西廉はヘレナの視界から外れようとする。

 立っている時の半分より更に低い位置での動きだ。

 中西の足の速さも加味すると、ふとした瞬間にヘレナの視界から消え失せる。それほどの身のこなしである。



 "現代のサバゲー技術がどの程度通じるか、試させてもらうぜ"



 真正面からぶつかるとしたら、相手はかなり手強い。

 どのような武器や魔術を使うのかは知らないが、先の一手だけでも頭も回れば腕も立つことは理解出来た。

 元より警視庁のエリートを舐める気などないが、こうして実際に立ち合うとその強さを肌で感じる。



 神戦組の方針自体には、実は中西はさほど興味は無い。

 ただ自分の知識や人使いの上手さを生かせる場所としては、中々に申し分無い組織であった。

 いきなり土谷が暴発気味に仕掛けたことには怒ったが、今となってはそれはそれだ。



 "男ならば一生に一度は賭けてみたい瞬間があるんだよ"



 平和ながら閉塞感のあった平成(げんだい)から、この激動の明治に放り込まれた時は憤慨したが、それも考え方によっては幸運だったのかもしれない。



 "俺はこの神戦組を踏み台にして、成り上がる"



 皮肉なことに、中西の意志は社会主義的な四民平等を是とする神戦組の方針と、真っ向からぶつかる。

 いや、土谷史沖も薄々それを察しながらも、中西の能力を利用していたのかもしれない。



「勝手は承知、それでも押し通る!」



 自らの野心を燃焼させつつ、中西は両の手の回転式拳銃(リボルバー)を撃ち放った。







 寺川亜紀は顔をしかめた。

 右手で左肩を押さえている。

 その華奢な左肩から、僅かに血が滲んでいた。



 "――やられた。いや、よくここまでに被害を制限した、というべきかしら"



 殺ったと確信したにもかかわらず、あのヘレナという独逸(ドイツ)人らしき女性の攻撃を浴びた。

 火炎の投げ槍二発の内、一発はなんとかかわしたが、二発目は避けきれなかった。

 火傷の苦痛に声をあげなかったのは、単に寺川が意地を見せたに過ぎない。

 掠めただけとはいえ、軽くはないダメージである。



 だが弱音は吐けない。

 他の三人は知らないが、寺川は神戦組の方針には心から賛同している。

 自分でも不思議なくらい、ぴたりと心にはまっているのだ。



 ここが自分の居場所であり、快適な組織なのだ。それを守る為ならば、多少の怪我など何だと言うのか。

 そう、相手が百戦練磨の魔女とはいえ、恐るるに足らず。中西がいる。後方には土谷もいる。

 そして何よりも、自分の決意と能力を――もっと具体的に言うならば、目覚めた力を寺川は信用していた。



 自分の背骨を震えのような物が駆け抜ける。

 見えざる力がそこから噴出し、そのまま周囲の空間を狂わせていく。

 寺川は微かに笑んだ。

 やや発動が不安定ではあるが、自分に宿った呪法という物は有用だ。三種類を使いこなす中西とは違い、たった一種類ではあるが、それでもあると無いとでは全く違う。

 この力のおかげで、重い双並銃身式(ツインバレル)小銃も扱えるのだから。



「呪法"重力操作"......!」



 ヘレナがいると推測した辺り、そこに的を絞り寺川は呪法を解き放った。

 かなり距離があるにも関わらず、空気がひしゃげるような黒々とした圧迫感が伝わってきた。

 制御が難しいため、この呪法には十全の信頼はしていない。

 だが、決まりさえすればその効果は折り紙付きだ。



 地に縫い付けられるか、それとも無駄に抵抗して骨でも折るか。どちらにせよ、対象にとってはろくなことにはならない。



「中西先輩と私の連携、逃れられるのかしら」



 冷たく言い捨てて、寺川は油断なく銃を構え直した。

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