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第三隊 対 神戦組 四

 木箱の一つに寄りかかっていた身を起こし、男は「待ちくたびれたな」と呟いた。

 普段の白い着流しに薄手のコオトをはためかせ、下は黒い細身の袴姿である。

 帯刀している日本刀が物騒ではあるが、その男から受ける雰囲気自体はむしろ柔らかい。



「あれ、つっちーもう我慢出来ず? 中西ちゃんらに任せとけばいいのに」



「彼らを信用していないわけではないが、この人数だからな。それに先発隊の大半は殺られたようだし」



 傍らに立つ毛利美咲に答えつつ、男――土谷史沖は前を見据えた。

 彼らの他に二人、後詰めとして控えさせている。その内一人が式神使いの為、ある程度最前線の様子も分かるのだ。

 そこまで先発隊には期待していなかった。

 とはいえ二十名近くいて特務課第三隊の一人も倒せないとは、やや期待はずれではあった。



「ああ、仕方ないかもね。だって訓練する前だもん。短銃とか持たせてもそれだけじゃあね?」



「それは決起の時期を早めた僕への嫌味かな、毛利嬢」



「やだ、怖い顔。事実を指摘しただけだしー。それに」



「それに?」



 くす、と笑いつつ、毛利は土谷の前に回り込む。栗鼠めいた大きな瞳が悪戯っぽく細められた。



「三嶋ちゃんがいるんじゃ無理ないかもね。こういう戦場(フィールド)であの子、滅法強かったから」



「君らの仲間だけあってか。ならば尚更、僕自ら出るしかあるまいよ」



「あーあ、つっちーとのいちゃいちゃタイムも終わりかあー。つまんないの」



「......毛利嬢、いつ僕が君といちゃいちゃしてた?」



「えっ、あたしとじゃイヤなんだ? もしかしてつっちーて」



 ひょいと毛利が離れる。

 迷彩柄のBDUはサバイバルゲームでは見慣れた姿だが、奇妙なことに銃らしき武器は身に帯びていない。

 懐に入れている可能性はあるが、それでも少しも武器を思わせるゴツゴツした膨らみが無いのだ。



「もしかして何だい」



「......男色家(ゲイ)なのかしら?」



「違うと全力否定する!」



 声を荒げ、土谷は額を抑えた。

 自然と下がった視界が、毛利の脚を捉えた。

 かなり裾を短く切り落としているため、その健康的な太ももが眩しい。足元を固めるごつめのコンバットブーツとの対比が、妙に艶かしい。

 だが土谷は別に色香に迷った訳では無かった。



 毛利の太ももにベルトでくくりつけられた何本もの短剣(ナイフ)。それが鈍く光る。



「ま、何を言ってもいいよ。神戦組に助力してくれるならね。よし――頃合いだ、そろそろおしゃべりは終わりにしようか」



 土谷の声が変わった。

 毛利と他の二人も表情を引き締める。

 誰がこの集団の頭なのか、それをきちんと認識している証拠であった。



「いいよー、つっちーの指示に従いまーす。けどあたしはちょっと遅れるからね?」



「何か理由でもあるのかい」



「こういう時ってさあ、背面奇襲(バックアタック)っていう戦術取るのよね。数に負けてる方って」




******




 "あかん、ばれとるわ"



 目論見が外れたことを痛感し、奥村順四朗は天を仰いだ。

 一也ら三人が正面突破で攻勢をかけている間に、彼は大きく戦場を迂回していたのである。

 途中、流れ弾に胆を冷やす場面もあったが、怪我の一つも無く上手く回り込めた。順四朗の運動神経と幸運が積み重なった結果である。

 波打ち際ぎりぎりを通らざるを得なかった為、幾度か塩辛い波しぶきも浴びたが、せいぜい被害はその程度に過ぎない。

 


 しかし、一也の立てた作戦は相手に見抜かれていたようだ。

 上手く敵陣の最後尾まで忍んだまではよかったが、それを見抜いているとしか思えぬ相手が前方にいる。

 正確には相手もまだ自分の姿を捉えてはいないようだが、じっと佇みこちらの方を警戒しているのだ。

 余程の確信が無ければ、そんなことはしないだろう。



 "土谷もおらへん、敵はもぬけの殻。そして残ってるんは、背後への抑えらしき一人かい。こら外したな"



 そっと様子を伺いながら、順四朗は落胆した。

 数でこちらが不利なので、あわよくば土谷を暗殺まで持ち込むつもりでいたのだ。

 だがその敵の首魁はおらず、全く隙を見せない相手がただ一人。しかも逃してくれそうもない。



「ねえ、いつまで隠れん坊してるのかな。そこにいるんでしょ、出ておいでー」



 敵は若い女である。

 一也が寺川亜紀と接触した時に、遅れて喫茶店にやってきた一人だ。

 直接会話はしていないが、お互い顔は認識出来る距離にいた。

 名前は――そう、毛利美咲と言ったはずだ。

 黒と深緑が混じった軍服のような上着に、思わずはしたないとたしなめたくなる裾の極端に短いズボンを履いている。

 あまり腕が立ちそうには見えないが、当然油断は出来ない。手ぶらに見えるが、それがなおのこと警戒心を煽った。



「そう、出てくる気ないんだ? 残念だなあ、ふられちゃったかなあ。ま、それならそれで――」



 女――毛利がこちらに近づく。見えていないはずなのに、確信しているかのような足取りである。

 誘っているのか。

 いや、近づいてくるならば好都合である。

 一足跳びの間合いに入った瞬間、得意の抜刀術"影爪"で切り落とす。

 相手には何もさせはしない。



 気配を殺した。

 毛利が近づく。小さな足音を順四朗の耳は拾う。身を隠した物置小屋から僅か四間......三間......間合いが縮まってきた(一間=約1.8メートル)。

 もう少しで斬りかかれる間合いに入る――順四朗が狂桜(くるいざくら)の柄に手をかけた瞬間だった。



 足音が消えた。

 代わりに強く地を叩いたような音がした。

 同時にヒュ、と空を切り裂く細い音も。

 どちらからか、咄嗟のことで判断がつかなかった。

 だが一瞬、自分の視界に影が射した気が。



「上かいな!?」



「見ーっけ! ビンゴぉ!」



 後ろに跳ねた順四朗と、物置小屋の屋根から見下ろす毛利の視線が交錯する。

 アホな、と順四朗は心の中で吐き捨てた。

 何であんな高所を容易に取れるのか。

 他に転がっている木箱を踏み台にしたならば分かる、だがそれなら木が軋む音がしなければならない。断じてそんな音はしなかった。

 ならば――ただの一跳びで物置小屋の屋根まで移ったか。



 だがそれ以上迷う暇は無かった。

 相手が何やら光る物を手にしていたのが見えたのである。

 銃、いや、あれは――思考が自動的に止まる。

 順四朗の右手は狂桜(くるいざくら)を鞘から抜刀させていた。攻撃の為では無い、防御の為にだ。



「いよっとお!」



「ちいいっ!」



 毛利のかけ声と風切り音が重なる。

 飛来物、さっきの光、なるほど、ならば己の刃で防げよう。

 抜刀の鞘走りに煽られたような自分の舌打ちが風に乗り、影爪の銀光が毛利の投げた何かを防ぐ。

 辺りに響くは甲高い金属音だ。それも一つでは無い、複数である。



「へえ、やるじゃない、お兄さん。投擲短剣(スローイングナイフ)って格好いいと思ったんだけどお」



 更に両手に短剣を構え、毛利が不敵に笑った。

 指の間に短剣(ナイフ)の刃を挟み、まるで手裏剣を持つような持ち方だ。

 その姿を認めた順四朗は、咄嗟の判断で手近な木箱を倒した。



「やっぱり銃にしておくべきだったかなあー!?」



「うおっ!?」



 盾代わりの木箱にザクザクと短剣(ナイフ)がめり込む。

 同時に六本投擲という惜しみ無い投げっぷりだ。

 後の事を考えてないのか、それとも何か奥の手があるのか。



「さっきから好き放題にやってくれるやんけ」



 止めた。

 考えるのを止めた。

 気に入らない。

 順四朗は元々気の長い方では無い。こちらの目論みを見破られ、逆に奇襲されたのである。

 視界を確保した物置小屋の上からの攻撃で、相手は調子に乗っている。それが更に気に入らない。

 幸い二度に渡る攻撃を防がれ、毛利も気勢を削がれたようだ。

 ならば三度目の攻撃に出られる前に、機先を制する。



「ん、おおらあああっ!」



「ええええっ、そんなんありい!?」



 大して荷が入っていない空の木箱、それを順四朗が肩で押す。

 毛利にとっては箱が邪魔で攻撃出来ないのに、そのまま間合いを詰められたのだ。

 優勢と劣勢が瞬時に反転した。

 慌てて毛利が物置小屋から飛び降りるのと、順四朗が反撃の刃を振るったのはほぼ同時であった。紙一重でこれは空を切る。



「あー、あっぶなー。ちょっと油断したら叩き切られそうね」



「ようかわすやん、自分」



 地を転がって跳ね起きた毛利と、隙無く構えを取った順四朗が対峙する。

 最初の攻防を経て、二人が向き合うのは障害物の無い空き地のような場所だ。

 多量の荷物を上げ下ろしする為、作業スペースとして設けられるその場所には何も無い。

 舗装もされていないため、踏み固められた土が剥き出しの地面である。



「今更やけど神戦組に与力する者やんな、姉ちゃん」



「そーですよ。前に関内の喫茶店で会ったよね?」



「大人しく投降したら、命だけは助けたるけど」



 順四朗と毛利の会話の行方など、最初(はな)から決まっている。交渉決裂を前提としたやり取りである。

 案の定、毛利は順四朗の呼び掛けを鼻で笑った。



「やだよーだ。行き着くとこまで行き着いちゃったあたしたちを、警察が許してくれるわけないじゃん? この時代って死刑にするのに躊躇いないよね?」



「変な言い方するんやな。けれどその通り。爆弾で一般市民にまで被害与えて、尚且つ警察官に武器向けたんや。助ける気なんざ髪の毛一本程も――」



 この時代という単語に引っ掛かりを感じつつ、順四朗は断言する。



「――あるわけないがな。あの世で自分らの軽挙を後悔するんやな」



「オーケー、オーケー。こっちもそのくらいの覚悟はしてたもんね。じゃ、順序が逆だけど死合う前に自己紹介しとこっか。あたし、毛利美咲。三嶋ちゃんから聞いて知ってるかもしれないけど、彼はサバゲー部の後輩なのよね」



「......サバゲー部って何やねん? それに自分の言葉遣いとか、その足剥き出しのはしたない服装とかめっちゃ違和感あんねんけど。自分ら何者なん」



「ん? あれ、三嶋ちゃん話してないんだ。あー、そっかそっか、話す機会無かったのかあ。そりゃ変に思うよね」



 ふんふんと納得したように頷く毛利を見て、順四朗の中で得体の知れない感覚が広がる。

 一也と話している時にもたまにあるが、奇妙にすれ違うような部分があるのだ。

 今までそれは一也個人の資質のためかと敢えて無視していたが、一也の元友人らしきこの女までこうもおかしいとなると。



「単に異国の風習に通じてるだけじゃあ無さそうやな。ま、ええけど」



「え、いいんだ? 流しちゃうんだ? 聞きたくないの?」



 意外に食いつきの悪い順四朗の様子に、毛利は肩をすかされた。

 未来から来ましたと言っても信じてはくれないだろうが、動揺くらい誘えると期待していたのだ。

 しかし目の前の警官は微動だにしない。

 後ろで結った髪といい、無精髭といい、おおよそ警官らしからぬ格好ではあるものの、その隙の無い視線が自分に突き刺さる。



「仮に聞いたとして、ほんまのこと素直に吐くか分からへんやろが。まして口八丁手八丁みたいなあんたみたいな女、信用する方がどうかしてるわ。事が片付いた後で一也んに聞く、それで十分」



 断言口調で言い切り、刀を正眼に構える。弾丸ならばいざ知らず、投擲される武器ならば叩き落とせる自信はあった。

 女ながら侮れぬ相手ではあるが、それは同時に好機でもある。即ち、己の腕を存分に振るう為の。



「日本国警視庁特務課第三隊所属、名は奥村順四朗。横浜を暴動で騒がせた犯人断罪の為――推して参らせてもらうで」



「日本刀ね......上等」



 チャリ、と順四朗の刀が鳴る。

 それに応えるかのように、毛利も素早く抜刀した。

 腰の後ろの隠し鞘に納めていたらしい、幅広の大振りな短剣(ナイフ)である。

 それを逆手で右手に握り、左手は再び投擲短剣(スローイングナイフ)を掴んでいた。近距離から中距離まで対応可能な装備である。



「あ、そうそう、一応言っておくけどね。あたし銃は持ってないから。一回接近戦の専門職(プロフェッショナル)ってやってみたかったんだ」



「それがほんまかどうか疑わしいわな。どのみちあんたの末路は決まってんねん、安心しい」



 毛利の本気かどうかも分からぬ言葉を、順四朗は相手にしない。

 軽妙な言葉と軽薄な態度で実力を隠す、その種の相手だ。

 自分も同類だからよく分かる。故にこれは同族嫌悪だ。

 自嘲にも似た苦い感情が、掌から刀へと伝わった。



「あら、どこかしら。イケメン一杯の天国(ヘヴン)?」



「はっ、黄泉路の片道切符に決まっとるやろ!」



 お喋りは飽きたとばかりに、順四朗は斬りかかった。体の軸をずらさない摺り足で、それこそまさに滑るように。

 迎撃しようと短剣(ナイフ)を投げかけた毛利美咲が、その隙の無さに思わず躊躇する。それ程の練達の足さばきである。

 そしてそのまま、必殺の一刀が唸りをあげた。

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