第三隊 対 神戦組 弐
"まさか、明治時代にガトリングガンがあるなんてな"
中田は走る。
左手はガトリングガンを吊り下げるための持ち手を、右手は回転機構を稼働させるためのハンドルを握りながら。
あくまで左手は方向を安定させる為の補助に過ぎないため、この重火器を持ち運び出来るのは他の要因故である。
太い帯がガトリングガンから伸びており、これを肩から斜め掛けすることによって保持しているのだ。体を軸にして振り回している、と表現した方が適切だろうか。
ガトリングガンの構造は見た目よりは単純だ。
複数の銃身を軸を中心に円状に配置させている。これを後部に付けた回転機構を作動させて、連続して給弾・装填・発射・排莢のサイクルを行うのである。
よく勘違いされるが、六つの銃口全てが同時に弾を撃ち出している訳ではない。
あくまで一度に使われる銃口は一つに過ぎず、それを間断なく回転させることにより連続射撃を実現させている。
実のところ、機関銃やアサルトライフルのようにシンプルなフォルムで連続射撃可能な銃の方が、性能は上である。
"だが、それでもガトリングガンって奴は"
肩にかかる重さに耐える。
携行の為に軽量化はしたが、それでも限界はある。
凡そ六貫――約二十二キロ――にもなる荷重に耐えながら、中田は獰猛な笑みを漏らした。
けして彼がマゾなのではない。
数ある銃の中でも、どうもこのガトリングガンというのは不可思議な魅力があるのだ。
中田もそれに抗えず、実用性は二の次にして選んでしまっていた。
全く悔いは無いものの、もう少し考えて選ぼうとは思う。
だが、それを差し引いても悪くない。
雷系呪法とやらを施された動力機関がハンドルの回転を補助してくれるため、そこまで回転させることはしんどくはない。
最大で秒間十五発の連射が可能という触れ込みだが、それが難しいとしても秒間十から十二発は安定して引き出せる。
電動アサルトライフルなどない明治時代においては、これに勝る連射性能を持つ火器は無い。
また、中田は知る由も無かったが、彼が最初に第三隊に攻撃を仕掛けた時、三嶋一也がM4カービン改に迫る連射と脅威に感じていた。
これは意表を突かれたことによる過大評価であり、実際はM4カービン改の半分強の連射性能だ。
ただし、放たれるのが実弾という余りにも大きな違いがあったが。所詮はBB弾を模した御影石製の弾と、本物の鉛弾ではその破壊力の差は大きい。
単発にしか撃てないはずの銃弾を、制限はあれども高い連射力で振り撒く破壊兵器――それがガトリングガンであり、この明治の世においては大砲の代表格たるアームストロング砲と並ぶ二強であった。
「おーい、一也。いつまで隠れてんだ、さっさと出てこいよ。それとも俺がそんなに怖いのか!?」
カランカラン、と空の薬莢を地に落としつつ、中田は吼えた。
安い挑発だと思いつつも、実のところはこうでもしないと気が萎えそうだったからだ。
元々、中田正は神戦組にそこまで積極的に共感している訳でもなく、ましてやかつての友人に恨みがある訳でも無い。
現代に戻る手がかり等を探してくれる、と言うから手伝っているだけだ。
殺人に対する罪の意識と比べて、報酬が大きいから行っている――そのため、ともすれば自分の中でブレーキがかかりそうであった。
"けどよお、それだときっと後悔するからよ"
胸中で呟く。
ゴーグルをかけた目は左右に動き、獲物を狙う。
こんな時代で死にたくはない。自分には自分の人生があるのだ。
ちゃんと大学まではやってきた。卒業、就職、結婚と人並みでいいから、まっとうな人生を歩みたいのだ。
十九年を過ごした時代を捨て去れる程には、達観出来ていない。自分の人間関係は、やはり元の時代にこそある。
半年ほど過ごし、徐々に明治時代の風習にも慣れたものの――やはり、そこは借り物の時代であり、リアリティが無かった。
腹が減ればコンビニに気軽に行けて、SNSで暇潰しが出来て、大学に通う何でもない日々。
それがいかに貴重な物だったか、一度失ってみないと分からなかったのだ。
だからそれを手にする為ならば、この時代の人々を手にかけることさえも。
「隠れても無駄だぜ、一也」
友人を手にかけることさえも。
全て厭わず、銃火の中に沈めてやる。
まっすぐなようで歪んだ覚悟に突き動かされて、中田はガトリングガンのハンドルを回した。
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反撃の糸口すら掴めないまま、障害物から障害物へ逃げ惑う。
そんなストレスの溜まる時間をどれだけ繰り返したか。
いや、実際はそれほど経過していないのだろう。
追われる身だから、より時間を長く感じるだけなのだろう。
"全く容赦がねえ"
容赦してくれ、と言う気は無いのだが、それにしても凄まじい。
一也は悪態をつきながら逃げる。
弾切れをケアし始めたのか、ガトリングガンによる攻撃が幾分散発的にはなっている。
だが、迂闊に顔を出そうものなら危ないだろう。
障害物の陰に身を潜める。
木箱が主だが、それでもその中の商品が鉄製の紡績機や船の部品のこともある。
荒っぽいガトリングガンによる掃射を浴びても、流石にそれらは壊れない。
「台無しになっちまってるな」という一也のため息混じりの言葉通り、表面に弾痕が刻まれてしまっているのは残念ではある。
だが命には替えられない。
心の中で謝りながらも、一也はそれらを見捨てて更に逃げる。
後ろに続く小夜子の手を取り、放り投げるように障害物の陰に匿った。
ヘレナとははぐれてしまっている。
障害物の為、見渡すことが出来ずそれがヘレナを探す邪魔になった。
しかし、このような地形で無ければ三人が三人共薙ぎ倒されていた可能性もある。それを思えば文句は言えない。
「ヘレナさんはっ、無事ですよね」
「だと思う。あの人がただ殺られるだけってことは無いだろうし」
小夜子に返した言葉は、一也の本心だ。
ヘレナ・アイゼンマイヤーの強さとしたたかさを、第三隊の者はよく知っている。
いくらガトリングガンの連射力が恐ろしいとはいえ、あっさり撃たれることだけは無い。
そう言い切れる程には、よく知っているのだ。
地形、戦況をよく考えろ。一也はそう己を戒めた。
中田が出てきてから、神戦組の構成員は見ていない。
巻き込まれるのを恐れているのかもしれないが、先に奴等が送ってきた手紙を考慮しても、一応殆どの構成員は一也のM4カービン改の餌食になったと考えていいのかもしれない。
中西、毛利、寺川の三名、そして組長の土谷史沖の合計四名が他に最低限いるはずだが、どう攻めてくるのかは分からなかった。
"中田一人に任せて高見の見物って可能性もあるけど"
それもなきにしもあらずか。
小夜子が気配を掴めない以上、最前線にいるのは中田だけの可能性は現実味を帯びている。
たった一人に翻弄されているならば、かなり戦術的にまずい状況ではある。
「ヘレナさんと順四朗さんが危ないよな」
その一言だけで、小夜子は理解出来たようだ。
数的不利は最初から明らかではあったが、明らかに腕が立ちそうな五人が向こうは残り、その内一人だけが一也と小夜子を追っているのだ。
ヘレナと順四朗は残る四人を相手にすることになる。
「早く何とかしなきゃ。式神でどうにか動きを止めて――」
「無理だ。ガトリングガンの弾幕で、式神は打ち落とされちまう」
「な、なら、私が何とか接近して棍でぶん殴ってやります! 残る式神全部使って、盾にしちゃえば!」
「駄目です、まだ他に敵がいるんだ。ここで使い果たす訳にはいかない」
今の小夜子ならば、人間大の護衛用式神を五体まで同時使役可能である。
それらを全て弾幕を防ぐ盾として犠牲にすれば、確かに間合いを詰めることは出来るかもしれない。
しかし、あの連射の前に果たしてどれほど有効か。
それならば、むしろ一也が立ち回るべき、いや立場的にもやらねばならないだろう。
「式神って他人に貸すこと出来ますよね。二体もらえますか。小夜子さんはヘレナさんを探して合流して」
「出来ますけど、でもそれじゃ一也さん一人で!? 無茶です、止めてください!」
「勝算はある、信じて」
次から次へと移動しつつ、一也は小夜子を説得する。
その間にも、ガトリングガンの銃撃は二人を襲ってきた。
まだ追い詰められてはいない、だがそろそろ逃げ場も少なくなってきたのではないか。
港湾地区は海に張り出した地形だ。海に沿って追い込まれた場合、飛び込むしかなくなる。
海面に浮上したところを狙われれば、それで終わりとなってしまう。
時間切れになる前にこちらから仕掛けねば、じり貧のまま終わる。
「分かりました、二体ですね。一也さんの護衛専任で使役させます。ただし一也さん自身からは指示出来ません、それでもいいですか?」
まさに盾にする訳だ。いいも何も無い。
「すみません、貴重な戦力を」
「いえ、こちらは大丈夫です。それに奥の手もあるし」
小夜子が小さく笑った。
それが一也を安心させる為の強がりなのか、それとも本当なのかは分からなかったが信じる他は無い。
また何発かの弾丸が、二人の隠れる障害物を削る。
躊躇う余裕すら無くなってきていた。
「自信があるわけじゃあないんですけどね。あいつ、俺の友人だったし」
「......」
「だから、やっぱり俺がやるのが筋ってやつでね」
自分の左側に配置してもらった式神二体と共に、一也は立ち上がった。
武器は魔銃に替えている。口にした言葉で己を鼓舞した。
「隙を見て俺があいつを狙撃する。怯んだ隙に反対側から走って。時間は稼ぎますから」
小夜子の返事は待たなかった。
躊躇する暇も与えず、一也は魔銃を構える。
防御がまるで無い訳では無い。
防御呪文がかけられたお守り、呪法"鉄甲"、そして借りた式神二体。これらで何とか耐えて、その間に狙撃を成功させる。
単純な作戦ではあるが、今の一也にはこれくらいしか思い浮かばなかった。
追う者と追われる者、双方が互いを確認出来ないまま向かい合う。
間に挟んだ木箱はボロボロになった物も多く、起重機の鉄骨すらも微妙にへこんでいる物もある。
背筋の寒くなるようなガトリングガンの残した爪痕を挟んでの対峙だ。
「いるんだろ、その辺りにさ」
中田正が目を血走らせつつ、次の攻撃の機会を伺う。
「絶対無事でいてくださいね、約束ですから」
祈るような願いを込めて、紅藤小夜子が一也の側から離れた。
「いつまでも逃げてばかりだと思うなよ」
三嶋一也は引き金に指をかけ、そして――間髪入れず反撃の火蓋が切られた。




