点火
ヘレナと小夜子が語った通り、二人を襲った襲撃者達はあっさりと仕事の依頼主が誰かを自白した。
薄々予想はしていたものの、やはり神戦組であった。
こうなれば、もはや遠慮することは無い。いかなる理由があろうとも、現職の警察官を狙うなど明確な犯罪である。
「顔も見せない黒い頭巾姿の奴がよ、神戦組として依頼すると俺らに告げたんだよ。二人組の女の似顔絵見せてな。その時は警察官なんて微塵も思わなかったよ、くそっ!」
「知らなかったでは済まされないがな」
毒づく男達をヘレナは冷たくあしらい、そのまま倉庫街近辺の留置場にほうりこんできたという次第であった。
こいつらは単なる金で雇われた駒だ、大事なのは裏で糸を引く連中なのは言うまでもない。
かくして第三隊及び神奈川県警は神戦組に対する捜査令状を申請した。それも緊急にである。
「今日中に認可されますな。ただ、神戦組が抵抗する可能性を考えると、そのまますぐに土谷史沖を逮捕するのは難しいかと」
「警官隊を揃える必要がありますので、それは金田さんと僕とで根回ししますよ」
「お願いします。あと、イーストハーバーを引き払いたい。どこか別の安全な場所を確保して、そこへ移る」
金田と岩尾に同意しつつ、奇襲を警戒してヘレナは逗留する場所を変えた。
なりふり構わずに神戦組が攻撃してくる危険を考慮しての判断である。
これはすぐに実行に移され、第三隊の四人は拠点を移した。元町からほど近い石川町の小さな宿である。秘密裏に移動したため、恐らく追跡はされてはいない。
事態の急展開に慌ただしく対応しつつ、一也は思う。
これで捜査令状が認可され、明日にでも神戦組を逮捕出来る――少なくとも組長を名乗る土谷史沖を拘束する権利が発生すると。
尋問によって、彼らが何を企んでいるかが明らかになるだろうと。であるならば、それでいい。
中西らも拘束される光景を想像するとチクリと胸が痛みはしたが、それも致し方ないのではないか。
「案外呆気ないですね。明日にも終わりそう」
「うん。何で急に実力行使なんてしたんだろうとは思うけど、焦っていたのかな」
小夜子と話しつつ、一也は微妙な違和感を感じていた。事実は事実として捉えつつ、それを口に出してみる。
「ちぐはぐな気がする」
「え?」
「神戦組の行動がだよ。これまでこちらに尻尾を掴まれないように、表面上は大人しくしていた。事実、もしあと一ヶ月くらい何も無ければ、赴任業務は打ち切られる。俺達第三隊も、神戦組はただの団体と報告してそれで終わりだったはずだ」
「そうですね。神戦組からすれば、ともかく目をつけられないようにしたいところでしょうね。あれ、でも寺川さんが一也さんに会いに来たのは、それと矛盾しませんか?」
小夜子が首を傾げた。
目立たぬよう、今日は着物姿である。
もし明日に神戦組を取り押さえることがあるならば、また制服を着用することになる。
そういう意味では非番ではないが、僅かに息をつける一日であった。そんな小夜子と話す一也もまた着物姿である。
「あれは中西さんらの独断行動だとしたら......筋は通るかな。俺と旧知の仲だから探りをいれてきたんだろう。武力行使も辞さずってあの時寺川が言ったのは、単なる失言だろうよ」
「なるほど。でも昨日、私とヘレナさんを急襲してきたということは――明確に敵対することを選んだ訳ですよね。方針転換?」
「それもちょっと中途半端に思えるけどね。確実に殺害までする気なら、俺ならもっと人数かけて周到にやるよ。たった二人だけにやらせるなんて、本気度が足りない。まるで」
「まるで、何ですか?」
一也はすぐには答えなかった。
小さな円卓を挟み、小夜子と対峙しつつも頭を働かせようとする。
神戦組の狙いは何だ。この一貫しないチグハグさ、どこか微妙なずれは何だ。
「対立の口実を作りたかっただけじゃないのか。警察と面と向き合って、神戦組が戦わざるを得ない状況を望んで」
「そうすることで得する人がいるわけですか? 神戦組の好戦派でしょうか」
胸元まで垂れたサイドテールを指でいじりつつ、小夜子は考える。
組織であれば内部分裂だってあり得る。神戦組の中の急戦派が暴挙に出た、という可能性はあり得る気がした。
ならばそれに引きずられるように、神戦組全体が決起するのか。
「――怖いですね。どう出てくるのか」
「何もさせない内に動きを止められればいいが」
一也は密かにそう願っていた。
土谷の身柄さえ確保すれば、取り敢えず頭は抑えられる。
中西らが残ったとしても、何とかなるのでは――なってくれ、と思うしかないではないか。
覚悟はしてはいるが、避けられる物ならば元サバゲー部の面々と銃撃戦など避けたかった。
純粋に危険的な意味でも、心情的な意味でも。
壁に立て掛けた二挺の銃に目をやる。
魔銃とM4カービン改は静かな威圧感を以て、主の指示を待っていた。
もし一也が使えば、銃口から吐き出される弾丸は確実に致命の連撃となる。
"撃てるか"と心に問う。"撃てるさ"と心が答えるが、だが――果たして何の迷いも無くか。
「一也さん、あの差し出がましいようですけど」
小夜子の声にハッとする。
ごく短い間ではあったが、意識が自分の内に向いていた。
視線を合わせれば、紅藤小夜子の気遣わしげな黒い目が見えた。
「すいません、ボーッとして」
「いえ、いいんです。一也さんが考えていることって、多分、中西さん達のことですよね。昔の友人と戦えるかとかそういうこと、ですか」
「......そうだね」
隠しても無駄だろう。
神戦組が喧嘩を売ってきた現在、一也にとって中西らと全面衝突する事はかなり現実味を帯びている。
それが負担になっていないとすれば、嘘であった。
いかに覚悟を決めていようが、やはり平静ではない。
「出来ればそんなこと起きないよう、私も願っています。知っている人同士で戦うのは辛いですから」
そう答える小夜子の右の手首には、包帯が巻かれていた。
昨日の戦いでの負傷である。相手を地面に叩きつけた時、僅かに手首を捻ったらしい。
それを認め、一也は自分を叱咤する。
"馬鹿か、俺は。小夜子さんが怪我しているというのに"
自分は過去に拘り、引き金を引く決心も出来ずに。
"今の俺と中西さん達は、敵同士だというのに"
直接銃弾を浴びせあうかどうかはともかく、所属している陣営同士は完全に対立している。
先に手を出したことを切っ掛けに、神戦組が暴発するのが先か。
捜査令状を今か今かと待ち受け、第三隊と神奈川県警が急襲するのが先か。
いずれにせよ、不可解な点は残りはするが、ある程度の血はもはや避けられないだろう。
"覚悟を決めろ、三嶋一也"
自分より三つも年下の少女が傷ついているのである。
そしてその少女に心配されているのである。情けないではないか。
誰がどう考えても、今の自分はうじうじと悩む、いや、悩む振りをして決断を先伸ばしにしているだけだ。答えはとうに出ているというのに。
身動き出来ない一也の袖に、小夜子の細い指がかかった。人指し指と親指だけで、小夜子はちょっとだけ引っ張ってみる。一也に笑いかけてみた。
「元気出してっというのも無茶ではありますけれど――私は一也さんを信じてますから」
一也の口からは言葉は無かったが、ただ深々と下げた頭が何よりも雄弁であった。
小夜子にはそれだけで十分、いや十二分であった。
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金田の予想通り、その日の正午には捜査令状が発行された。
それを受領した後、予定通り神奈川県警に人員を要請する。明日、神戦組に強制立ち入りするためである。
とはいうものの、こちらも岩尾が根回ししていた為にある程度話は進んでいた。
最終的に人数が固まるのは夕方頃にはなるが、七十名程度は確実に集まるというのがヘレナの見立てだった。
「相手、二百はいるんちゃうの?」
順四朗は訝しげに問うたが、別に神戦組全員を相手にする訳では無い。なのでこれでも念には念を入れての大人数である。
「集会に来ていた人間全部が直接蜂起はしないだろ。あくまで土谷捕縛というだけなら、これで十分に足りるさ」
「そやな。戦争しようっちゅうわけやないしね」
「いやいや、我々神奈川県警にとっては戦争ですよ! 何せ最近には無い大捕物ですからな! 本庁から派遣されたヘレナさんに牙を剥いた愚行を、その身にたっぷりと思い知らせてやらねば! なあ、岩尾!」
「ですよね、金田さん! 本庁から派遣されたヘレナさんに万が一の事があったら、僕らの首が飛びますもんね!」
息巻く金田と岩尾の気持ちは嬉しい。
嬉しいのだが、何故かヘレナは釈然としなかった。形の良い眉を潜め、彼女は順四朗の方を向く。
「なあ、順四朗。これは笑うところなのか? それとも泣くところなのか?」
「――煙草吸います?」
「お前、今露骨に話題そらしただろ!?」
そんなこんなでバタバタしつつも、明日には土谷史沖を逮捕すると息巻く面々。
第三隊よりむしろ金田と岩尾の方が力が入っていたが、それはそれとしてもし予定通り進めば、ヘレナと小夜子が昨日襲撃されてから僅か二日で事件解決である。
皆の意気が上がるのも無理は無かった。
このまま行けば、と警察関係者の誰もが思っていた。
異変が生じたのは、その日の夕方の少し前であった。
その時、一也は移った宿の自室にいた。
神奈川県警との交渉などはヘレナと順四郎が担当している為、明日に備えて休むように言われていたのである。
小夜子のおかげで心の整理はつき始めていた。
まだ完全に吹っ切れたわけではないが、もやもやとした物が少しましにはなっている。それを飼い慣らすように、自分の中で一つ一つ思い出を整理していたのだ。
無心に魔銃とM4カービン改の手入れをしつつ、中西らの顔を思い浮かべては心の片隅に仕舞いこむ――それを繰り返す内に、徐々に落ち着いてきていた頃であった。
最初に反応したのは聴覚であった。
小さな、だが腹に響くような低音を一也の耳が捉える。
ズゥンとも、ドゥンとも表現出来そうな音だ。それまで窓から微かに聞こえていた町のざわめきとは、明らかに異なる種類の音である。
手を休め、窓を用心深く細く開ける。
一也の部屋は海側に面した二階にある。少しくらいなら、見通しも利く。
視界の左端に捉えた物――黒い、距離はここからかなりありそうだ、何だと自問する。
いや、本来自問するまでもない、一目で分かるだろう。目が捉えた対象を認めたくないから、一瞬硬直しただけだ。
煙だ。
細い噴煙が横浜の町にたなびいている。
その黒色が青空を汚すように見えて、酷く不吉であった。
火事か。いや、それにしては人々の慌て方がおかしい。ただの火事ならここまでの動揺はしないだろう。
見に行った方がいいのかとも思ったが、外の混雑を見ると下手に出ない方が安全かとも思う。
判断がつかぬまま固まっていると、部屋の扉が殴打された。
「一也さん、一也さん! 大変、大変です! 開けて下さい!」
小夜子の声である。
慌てて扉の鍵を開けると、勢いこんだ小夜子が部屋に転がり込んできた。つんのめりそうになりつつ、何とか踏み止まる。
「一体どうしたんですか。さっき窓から黒い煙が見えたけど、それと何か」
「関係大有りですよっ!」
一也の言葉を途中で遮り、小夜子が一枚の紙を目の前に差し出す。そこには筆で書かれた文字が踊っていた。
"我ら神戦組、ここに決起す。真の四民平等を志す為、まずは国家権力の象徴たる警視庁特務課第三隊と立ち合いたし。ついては明日朝八時、横浜は港湾地区に第三隊は来られたし。この決闘を受け入れられぬ時は、横浜の町は全て灰塵に帰すと覚悟のこと"
決闘状である。
いや、それ以上に脅迫状である。
とち狂ったのかと思う程、この文面は自分達以外の存在に害意を撒き散らしていた。
悪意と暴力が文字の向こうに踊る。だがこれで繋がった。
「それでっ、さっきの煙とか聞こえてきた変な音ってまさか!」
「爆弾ですよ! 私、ちょっとだけ宿から離れてお散歩してて、そしたらいきなり大きな音がして。慌てて見に行ったら、建物の一角が壊れてて人が倒れていたり」
早口で小夜子がまくし立てる。普段は可愛らしい顔が、切迫感から強張っていた。
「つまり、神戦組が俺達に本気だってことを見せつける為に――」
「ですよ! 爆破された辺りに、その紙がいっぱいばらまかれていましたもの。もしかしたら横浜中に散布されてますよっ」
「やりやがったなっ!」
一也の中で何かがぶちきれた。目に見えない何かがプツン、と音を立てて、血管を走り回るのが分かった。
そうか。
そこまでやるか。
そこまでして、神戦組は俺達と戦いたいのか。
何の罪も無い人々を巻き込んでまで。何が四民平等だ。
お前らのやっていることはただのテロ行為だ。
暴力と恐怖で人を押さえつける、人としてやっちゃいけない領域に踏み込んだ行為だ。
「撃ってやるよ、お望みなら。例えそれが誰であろうとな」
ぼそりと吐き出した言葉は、決意の弾丸そのものだった。




