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Two on two

 後方でヘレナが攻撃されたことが分かっても、小夜子は振り返ることはしなかった。

 ヘレナを信じていることもあったし、目の前の敵から目を離す愚策を避ける為である。

 敵の得物は鞭、あるいは何かの暗器なのだろうか。再び自分目掛けて第二撃が迫り来る。



 "鎖鞭ですかっ"



 右上から襲いかかってきた攻撃を捌きつつ、小夜子はそれを見極めた。

 鉄製の細かい鎖を編み上げ、その先端に重しをつけた武器だ。やや変則的な武器ではあるが、間合いが長い。四間――約7.2メートル――程も離れた路地から届くとは驚きだ。

 もし踏み込めないならば、一方的に殴打されて終わりである。



 だが二発目を防いだ時点で、小夜子はその間合いを半分以下に詰めていた。

 奇襲を防がれたせいか、相手は動揺していると見た。繰り出された三撃目、これは鋭さに欠けている。

 地を這うような位置から小夜子の顎の辺りを狙ったようだが、防御が間に合った。



「はあああっ!」



 体をずらしつつ、縦に構えた棍で鎖鞭を絡めとる。それと同時に棍を引き相手の体勢を崩す。

 その拍子にようやく相手の姿が明らかになった。

 細身の袴姿、恐らく男か。顔の上半分を隠す形の面のため、顔はよく分からないが構うものか。



 絡めとられた鎖鞭を潔く手放し、男が前へと躍り出た。

 それを棍を横殴りに叩きつけ迎撃する。

 脇腹を薙いだ、肋骨の一本も貰ったかと思ったが――



「くっ!」



 敵は苦痛の呻きを漏らしたものの、後退したのみである。さほど手傷を受けたようには見えない。



「鎖帷子ですか。用意周到ですね」



 小夜子の目が鋭くなる。

 棍の手応えからまず間違いない。

 服の下に着込んだ鎖帷子、それがこちらの攻撃力を大幅に削いでいた。男の口許が歪む。



「やれやれ、依頼を受けた時は楽な仕事と思ったがな。全て防がれてしまうとは恐れ入った」



「誰からの依頼ですかとは問いませんよ。どうせ話す気なんか無いんでしょう? ですから」



「どうするね、嬢ちゃん」



「捩じ伏せた上で聞き出せば済むことです!」



 相手の手の内が分からないのが不安だが、鎖鞭は地面に放り出されている。

 違う攻撃手段を繰り出す前にと、小夜子は踏み込んだ。

 敵は素手だ。棍の方が間違いなく先に届く。

 真上から勢いに乗った一撃を叩き込む。かわしきれないと見たか、男が両手を頭上に掲げた。防ぎきれるものか。



「呪法"鉄甲"」



「なっ!」



 受けられた。受け止められた。

 鉄甲――全身を鉄の如く堅固に固める防御用呪法だ。一也が使えることから分かる通り、初歩の呪法ではあるが。

 だが相手の一撃に合わせて綺麗に発動するとは。



 交差した両の手首で挟むようにして、男が棍を止めた。

 動揺した小夜子を嘲笑うように踏み込み、体重の乗った回し蹴りをぶちこむ。

 小柄な小夜子が喰らえば吹っ飛び、壁に叩きつけられる――それだけの鋭く重い蹴りが、だが届かない。



 男の蹴りが止められた。

 何か白い物が割り込んできた、と思った次の瞬間のことであった。

 その白い物がぐるりと足を包み、蹴りの勢いを消す。そして勝負が決したのは次の数秒間であった。



 棍を捨てた小夜子が間合いを潰した。

 体勢を崩した男の顔面をその右手が掴み、左手で男の右足を抱き抱えた。

 男は左足一本の不安定な体勢であり、そしてそれこそが小夜子の狙い。

 彼女の右足が男の左足を刈る。仰向けに倒れるのを避けようと男は体を捻ろうとするが、顔面を掴んだ小夜子がそのまま体重をかけてくるため、それも出来ない。

 結果、後頭部を地面に叩きつけられ敢えなく意識を手放す羽目となったのであった。



「ふう、最初に式神呼び出しておいて正解でした」



 相手が気絶したのを確認してから、小夜子は大きく息を吐き出した。

 男の蹴りを防いだ護衛用式神は、主の無事を祝うかのように一度だけ風に舞い、そして袖の中へと消えた。




******




 小夜子が突然の急襲に対応する一方、ヘレナもまた敵と対面していた。

 頭上からの奇襲を許すというのは、彼女にとってはかなりの屈辱であった。回避出来たのは反射神経の賜物に過ぎない。



「おー、あれを避けるたあいい反応だなぁ、異国の女ぁ」



「お褒めにあずかりどうも」



 闘光剣(リヒトデーゲン)を握りつつ、ヘレナが頭上を睨む。どのような技巧を用いているのか、敵は倉庫の壁面にへばりついていた。

 手足が妙に細長い男であった。

 灰色の体にピタリとあった服は、古の忍を彷彿とさせる。「ニンジャと呼ぶんだったな」と呟きつつも、左手と左足だけで垂直な壁に張り付く男から目を離さない。



「異国人なのによく知ってるじゃねえかよ?」



「別に。それにもっと重要なことも知っているしな」



 地上から三間少々―約5.4メートル―の高みから見下ろす相手を不快げに睨み付け、ヘレナは膝をたわめた。

 男がニヤリと口の端を歪める。右手にぶら下げた曲刀が揺れた。



「へえー、何を知っているってんだい。是非教えてくれよ、別嬪さん」



「お前がそこで磔になるという未来さ!」



 言葉と同時にヘレナが跳んだ。

 まさか、と男が目を見張る。

 高さで測るならば、二階建て家屋を跳び越すような跳躍である。練達の武芸者でもほぼ不可能であろう。

 だが男にとって不幸だったのは、ヘレナ・アイゼンマイヤーが魔女であるという事実であった。



「っ、ちいいっ!」



「せあああっ!」



 振り下ろされる男の曲刀、下から狙い撃つヘレナの闘光剣(リヒトデーゲン)。銀の軌跡と白い輝きが交錯し、烈しい火花を散らす。

 五分と言える初撃であったが、高所という圧倒的な有利さを打ち消された今、男の方が相対的に不利と言えた。



 人間離れした跳躍を可能にしたのは、ヘレナの発動させた西洋魔術――"天使之翼(エンゲルフリューゲル)"の効力である。

 自由自在に飛翔出来るというのは流石に無理だが、熟練の魔術師ならば跳ねるような空中機動すら可能にする補助魔術だ。

 ましてこの倉庫街である。

 壁を足場と出来るので、ヘレナには好都合なことこの上無い。



 剣と剣が交錯したその反動すら、今のヘレナには推進力となる。あっさりと男の頭上を取った。

 迎撃せんと男が曲刀をこちらに向けたのが見えた。いつの間にか、その刃が青白く光る気体に包まれている。

 呪法仕込みの武器かと判断しつつ、構わずヘレナは空中から斬りかかった。

 これを男は張り付いていた壁を蹴り、横に跳んでかわす。

 通路を挟んで反対側の壁に、またも左手を支点としてぶら下がる。



「器用な物だな。蜘蛛か、あるいはヤモリの親戚か?」



「へっ、今の内に言うがいいさ。あんたの仲間の小娘同様、地に這いつくばらせてやらあ!」



「ぬかせ、チンピラ!」



 叫びつつ、間髪入れずにヘレナが斬りかかる。

 あと十数秒ならば空を制することが出来る。

 その間に片をつけ、この男を宣言通り磔にしてやろう。

 その決意が刃を躊躇いなく振るわせた。



 曲刀がいつのまにか冷気を帯びているのが見えた。

 なるほど、中々の業物らしい。三度、ヘレナは空中で撃ち合いそれを認める。

 だが、それは彼女を驚かす程には遠く至らなかった。

 剣の腕では確実に自分が上だ。

 実力差を認識して焦ったか、男が少々無理な体勢から下段切りを放つ。しかし、魔女は円舞(ワルツ)でも踊るように華麗にかわす――だけではなく、かわしざまに強烈な突きで、男の脇腹を見事に壁に縫い止めた。

 悲鳴が上がり、鮮血が倉庫の壁を濡らす。それを無視して、ヘレナは軽やかに着地した。



「どんな気分だ、高所から人を見下ろすというのは?」



 黄金の髪を靡かせ、魔女は皮肉っぽい眼で相手を見上げた。

 さて、撃退はしたものの、一体誰の思惑か。「興味深いね」と呟いて、倉庫街の空を見上げる。

 初秋の空は人の世の争いなど知らぬとばかりに、悲しいほどに青く澄んでいた。




******




 第三隊及び神奈川県警、そして神戦組――各々が思惑をこらし対立をじわじわと深めつつも、決定的な敵対関係までは今日に至るまで存在しなかった。

 それは一重に、明確に敵対する理由という物がお互いに無かったからである。少なくとも現時点ではの話ではあるが。



 仮に両陣営のトップ、即ちヘレナ・アイゼンマイヤーと土谷史沖に話を聞く機会があれば、二人はこう答えただろう。



「武力蜂起に繋がる証拠が無い。怪しいだけではどうにもならないのさ」



「今はまだ時期尚早にて、面と向かって対決する時ではない。やり過ごさなければと考えています」



 だが好むと好まざるに関わらず、しばしば事態という物は強制的に転換する。

 この日、ヘレナと小夜子が見知らぬ二人の男に襲撃されたという事実――それこそはまさに予想外の劇薬であり、両者の関係を一気に緊迫化させる爆弾そのものだった。

 もっとも神ならざる人の身の為、これらの全体図を俯瞰出来る者は存在しえないのではあるが......否、少なくとも一人はこうなることを望み、己の意図した通りに事態が変わったことを喜んだ。







 "ふふ、あの程度の奇襲で倒されるようならば、元よりいらぬと思っておったが"



 どことも分からぬ暗闇の中、声が反響する。

 声の主の姿は見えない。

 だが、どことなく暗い悦びに浸っているような――ねっとりとした熱が声の底に流れている。



 "グレゴリウス鉄旗教会に名を連ねる、あのアイゼンマイヤー家の娘......この日本でまさか会う機会があろうとは思わなんだ。この機会は逃せぬ、絶対にな。土谷には悪いが、あの娘を手に入れなくてはならぬ"



 声の主は考える。

 表立っては動けぬ身であるため、こうして秘密裏に手を回すのが限界であった。

 だが、あの暗殺者崩れ共が素直に吐けば、事は自分の望む方に転ぶだろう。

 この後、土谷はどう考えるかを読んだ上での選択だ。自分が脚本を書いていたことを奴は察するだろう。

 だがそこまでだ。何だかんだ言いつつも、土谷はまだ自分の力を必要としている。明確に翻意を表すことはするまい。



 声の主は考える。

 不本意ながらも事が転がった今、土谷は神戦組を動かすだろうと。

 そこで助力してやれば、自分と土谷の利害は一致するだろう。

 神戦組――真の平等をもたらす集団だと。

 好きにすればよかろう。その理念自体には興味は無いが、あの集団がもたらす混沌には興味がある。手助けくらいはしてやってもいい。



 "土谷。貴様には不本意であろうが、踊ってもらうぞ。貴様もあの新撰組の血脈ならば、心の底では戦うことに躊躇いはあるまい......"



 暗闇の中、声が遠退く。

 ポタリと滴のような音が聞こえ、やがてそれは小雨のような音へと変わった。

 声の主の気配もその不可視の雨に溶けて消えた。




****** 




 事態がまさに急転直下しつつある同時刻、これからそれを知る者達はのほほんとしていた。

 畳の上をごろごろしながら、一人の女が一人の男に問いかける。



「中田ちゃーん、中田ちゃーん」



「何すか、美咲さん?」



「ひーまー、まーひー、ひーまー」



「そんなに暇なら手伝いくらいしてくださいよ」



 相手していられるかと言わんばかりの中田の態度に、毛利美咲はカチンと来たらしい。

 着物姿にもかかわらず、腕組みをして顔をしかめる。目の前に立たれ、中田は溜め息をついた。



「中西さんは土谷さんの腹心みたいなもんだし、寺川は買い出しじゃないすか。俺らしかこの戦闘マニュアルまとめる人いないんすから」



 中田は手にもった小冊子をぱたぱたと振る。来るべき一斉蜂起の為、中西が作成に着手した物だ。

 今まで神戦組の活動は、敢えて草の根運動に徹していた。

 差し当たり構成員を増やし、それにより収入源をしっかりとする。まだまだ組織が脆弱だった為、対外的に討って出る為の準備はしていなかったのだ。

 更に言うならば、構成員にも気持ちの温度差があり荒事に向いている者、思想の共感だけに留まる者といった違いがある。それを見極める為の時間も必要であった。



 だが、そうした内実を満たす段階から、そろそろ次へと移る頃だ――つい先日、中西がそう土谷に進言した事もあり、神戦組は実戦に耐えうる組織へと一歩を踏み出した。

 中西の指示で中田が書き始めたマニュアル――つまりは指南書である――もその一要素という訳である。



「あ、そっか、そろそろ訓練する時期だっけ。拳銃とかもある程度集めたしね。ま、あたしは銃は使う気ないけどー」



「あの、それってマジすか、美咲さん? やっぱ俺ら元サバゲー部だし、折角だから銃使った方が」



「いーよ、別に。あっちの武器の方があたしの性にあってるしね」



 ちろりと赤い舌を出し、毛利は笑った。

 蠱惑的と言えなくもない表情だが、凄みのある顔でもあった。「そうすか。ま、無事に土谷さんの願いが叶えられたらいいすね」という中田の返事を聞き流しつつ、毛利は何気なく聞いてみる。



「中西や亜紀ちゃんと違って、あんたは四民平等とか興味無さそうね?」



「あー、まあ正直に言えばね。俺はあれですよ。土谷さんの出した条件に惹かれたのと、皆についていく為っすから」



「まあねえ、元の時代に戻す方法を探してみるって言われちゃあねえ。ほんとに出来たら凄いけど」



「それでもね、希望があるのと無いのでは違うっすから。魔術でも何でもいいから、俺は早く平成に戻りたいっすよ」



 しみじみと言う中田の気持ちを、毛利は否定出来なかった。

 彼女も望郷の思いは強い。神戦組の理念に多少興味はあれど、この明治時代に骨を埋めるのはごめんである。

 その点に置いては、中田と毛利は共通項があると言えた。



「それでさあ、中田ちゃん。あんた、元の時代に戻る為に人殺せるの? あんな重火器使えるかは別としてさ」



「やるしかないんじゃないすか。いや、本心言えば嫌ですけど、だけど二度と親兄弟に会えないのは更に嫌っすから」



「そっか、覚悟は出来てるって訳ね。感心感心」



「茶化さないでくださいよ、美咲さん。そういう美咲さんこそ、どうなんすか」



 ぽんぽんと広い背中を叩かれて嬉しそうな顔の中田であったが、やはり聞かずにはいられない。

 殺人という罪を犯す覚悟はあるのかと。

 サバイバルゲームでは撃ったり撃たれたりを繰り返したが、言うまでもなく実際の殺し合いは違う。

 中田自身、本物の銃撃戦を想像するだけで身震いするのだ。



 後輩の問いに「そうねえ」と答えた後、毛利は唇に指を当てた。少し考えてから口を開く。



「殺っちゃうわよ、あたしは? あたし身勝手だからね。目的の為には手段選ばないわよ。それに相手も――仮にそれが可愛い後輩でもね」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 骨を埋めたくないって言ってるけどやろうとしてる事はそれを早めるリスクがむっちゃ高まる危険が…殺される覚悟は無さそう
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