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探り合い

 神戦組組長であるにもかかわらず、土谷史沖は自分の部屋が無い。

 彼が個人的に寝起きしている部屋はあるが、それは貸家の一部屋に過ぎない。

 そもそも部屋に限らず、彼は私物が少ない。身の回りの品、着替え、神戦組の信条を記した教本、薬物作成の為の道具数点――ほぼこれで全てである。

 横浜に移った半年前ならともかく、それなりに組織運営が安定してきた今ならば、箔をつける為にも多少贅沢をしてもいいのかもしれない。



 だが、土谷はそういう方面に興味が無かった。

 そもそも真の四民平等を掲げる組織である。食うに困るというならともかく、最低限の衣食住さえあるなら極力贅沢は避けたかった。

 協力者の中西などは「構成員が恒常的に集まることの出来る拠点くらいは必要じゃないか」と意見を具申してきたが、それも退けた。



 物を持つとそれに執着し、身軽に動けなくなる。それが土谷個人の考えである

、というのが私物を増やさない理由の一つ。

 そして、更にもう一つ理由を付け加えなければならない。私物の購入などより、気にかけなければならないことがあった。

 そのもう一つの理由の為、土谷史沖はしばしば誰も周囲に配置せず、一人の時間と空間を確保する。




******




「導師、こちら土谷でございます」



 "うむ、声を聞けば分かる。定期報告か?"



 何も無いはずの空間に向かって、土谷は呼びかける。

 奇妙なことに何者かの声が返ってきた。性別も年齢もはっきりとしない声であった。

 ただ、土谷がその声の主に敬意を表しているのは分かる。相手の姿も見えないのに、彼は頭を垂れているのだから。



「はっ、それに加えて、火急ご報告したきことがございます。最近になり、警視庁の一団が横浜にやってきました。神戦組を監視するような素振りを見せております」



 "警視庁......人数は?"



「四人です。中西君の調べによると、特務課第三隊なる連中です。能力まではまだ把握出来ておりませんが、相当の手練れの可能性が高いとのこと」



 "ほう、しかし四人か。尻尾は掴まれておらんな?"



「はい。最近神戦組の勢いが増してきた為、念のために監視しておこうという事ではありますまいか。逮捕されるような口実は与えておりません」



 "ならば勝手に泳がせておくのも手か。鬱陶しいであろうが、下手に手を出して揉めるのもな...... "



「秘密裏に手を回すよりも、ですか?」



 土谷の質問に、声の主は笑ったようであった。土谷の周囲の空気がさざ波のように揺れる。



 "其奴らがこちらを調べているのは、他の警視庁も知っておろう。何事かあれば神戦組に疑いの目が向く。ふむ、しかしたったの四人の部隊でな。土谷、それぞれの名前は分かるか?"



「はっ、これにてご覧ください」



 土谷は懐から取り出した半紙を広げた。床に広がった白い半紙に、黒々とした墨で名前が記されている。

 正直これを見せたとて、初めて見る名前なのだし特に何も起こるまい――土谷はそう思っていたのだが。



 "くっ、くくく、アイゼンマイヤーか。ならば良い、土谷、気が変わったぞ"



「と言いますと?」



 "隊長であるヘレナ・アイゼンマイヤー。この女の素性を調べよ。恐らく独逸(ドイツ)から来たのであろうが、どこの都市の生まれか、年齢、また家の氏素性などをな。人手が必要ならば金もやむなし"



 導師と自らが呼ぶ存在は、土谷にとって絶対である。

 北の地でくすぶっていた自分に、実戦的な刀の使い方と呪法を授けてくれた。

 神戦組の思想自体は土谷の構想ではあり、導師自身は神戦組の運営とは離れているが、土谷と導師の結び付きが強い為に導師の要望は基本的には受けている。

 そうした方が導師の機嫌が良いということを、土谷はよく分かっていた。



 だが解せないのは、たかが警察官一人にこうまで強い興味を示すことである。

 何事かとは思ったものの、近頃はもっぱら声しか聞こえないため、その変化を伺い知ることは出来ない。



「承知いたしました。ただ、もし宜しければ理由をお聞かせ願えませんか」



 "お前には関係ないこと――と突っぱねるのは些か大人げないのう。そうよな、個人的な昔の因縁とだけ言うておこう"



「――承知いたしました」



 土谷が応諾すると同時に、導師の声が消えた。のみならず気配も消える。

 それを確認した土谷は、ゆっくりと目を開けた。途端に朝の清浄な光が視界を占める。



「導師のおっしゃることだ。何かあるのだろう」



 呼吸するのは当たり前だろう、という程度の何の疑問も抱かぬ独り言。

 その残響だけを朝の空気にたゆたわせ、土谷はその部屋を後にした。




******




 あれで良かったのだろうか。



 寺川亜紀との会合を終えた後、一也はそう自問した。

 捜査の合間に、いや、捜査の最中のほんの隙間のような時間にさえ、その考えは頭の内に沸く。

 明らかに現在の明治政府に対立する組織――そう断言した寺川は、サバイバルゲームを楽しんでいた時の彼女とは違う。

 少なくとも一也にはそう見えた。



 どのような競技や趣味であっても同じではあるが、部活動やサークル活動をしている人間は大きく二つに分けられる。

 真剣勝負派とエンジョイ派、あるいは勝利至上主義派とほどほどに気楽に派という形にだ。

 立候大学サバイバルゲーム部もその例外ではなかった。

 部長の中西や一也は真剣勝負派であり、中田や寺川はエンジョイ派である。毛利は基本エンジョイ派ではあるがたまに非常にシリアスになる、といった具合だ。



 同じ部活仲間である以上、打ち込む程度が違うからといって相手を否定するようなことはない。だが同時に個人個人の主義である以上、熱意の差はどうしても出てくる。

「トイガンて撃てば誰でも同じ威力なんでしょ。訓練とか必要なの?」とサバゲー未体験者は言うが、それが大きな誤解であると二、三回サバゲーをやれば分かるだろう。



 トイガンと言えど、電動アサルトライフルだけで約3kgはある。

 これに各種装備を加えれば、全身の装備にもよるが5kgくらいにはなるだろう。

 その負荷を体に乗せた上で、フィールドを走らねばならないのだ。

 バリと略称で呼ばれる障害物に身を隠し、そこから敵を狙撃する。味方がやられないよう援護し、敵の死角を突くべくバリから飛び出すこともある。

 サブカル的な側面は濃いが、ただの運動不足の銃マニアでは三分で息があがるだろう。



 一也などはストイックさにはまり、週に三回程度はランニングや筋トレを自らに課していた。中田や寺川からは半ば呆れたように誉められたものだ。

 それでも、大会の個人戦で入賞した時は、サバゲー部のお祝いとは別に二人が祝勝会を開いてくれたりもした。

 やはり何だかんだ言いつつも、一也のことを認めてくれていたらしい。

「お前は俺達の誉れだ、心の友よ!」と中田がふざけて抱きついて来た時は、どうせなら寺川が良かったと思ったものだが――今はそれも遥か遠くの思い出になりつつある。



 "あいつは本当にその手を血に染める気なのか。俺は――止めなくていいのか?"



 一也の脳裏に浮かぶのは、敵にヒットされてしまい「ごめん、三嶋君! あと、お願いね!」と両手を合わせて拝む寺川の顔である。

 ゴーグル越しに寄越したすまなそうな顔が可愛らしく、それでも無愛想に「仇は取ってやるよ」としか言えず自分の不器用さに呆れたことも一度や二度ではない。

 そんなどこか不定形な、それでも暖かいと言える記憶が――今の一也をきしきしと苛む。



 "真の四民平等の為ならば実力行使も辞さず"と匂わせた寺川の言葉は、一也の口を通して第三隊や神奈川県警の二人に伝えられている。

 物的証拠が無い為、強制捜査には踏み切れない。だがヘレナの新たな指示は「武装蜂起するつもりならば、どこかに構成員に使わせる武器が保管されているだろう。神戦組が契約している倉庫、家屋などを洗い出して、そこから辿る」というより具体的な物だった。

 捜査の進捗次第では、もしかしたら明日にも神戦組が危険なテロ集団と判明するかもしれない。

 そのある種の期待感は緊迫感と隣り合わせだ。



 だが、寺川亜紀に決別の言葉を告げたにもかかわらず――三嶋一也の顔はどこかくすんでいたのであった。







「なあ、一也ん」



「......」



「かーずーやーん」



「......は、はい?」



「はい、やないで。ボーッとしてからに。自分、その資料目通したんかい」



「あ、ああいや、まだです。すいません」



 慌てて頭を下げる一也の様子に、奥村順四朗はため息をついた。

 神奈川県警の協力を得て資料室を借りているのだが、あまり仕事が捗っていない。

 原因は一也の注意力散漫にある。



「あのなあ、一也ん。あんまきつい言い方したないけど、この仕事舐めとったらほんまに死ぬで? 腑抜けてたらあかん」



 順四朗の言葉に思い当たる節があるのだろう。

 一也は「すいません」とただ頭を下げるのみである。

 注意こそするが基本的には後輩に甘い順四朗である。一也の素直な侘びを受けて、それ以上の小言は言わなかった。



「ま、自覚しとるんやったらええわ。もうちょいしゃきっとせんかったら、小夜ちゃんが泣くから気いつけや」



「え......何でそこで小夜子さんが出てくるんですか?」



「え......」



 ポカンとした顔の一也を、順四朗はまじまじと見た。

 言葉には出さなくても、何となく小夜子が好意を寄せていることくらいは分かっているだろうと思っていたのだが――どうやら相当に鈍感らしい。



 "やばい、これは下手なこと言うたら小夜ちゃんが怒る!"



 藪を突ついて蛇を出すではないが、余計な場所に踏み込んでしまったようだ。迂闊な軽口は命取りと言うではないか。

 この瞬間、あれやこれやと言い訳を考え出した挙げ句、順四朗は何とか苦しい言い訳を捻り出す。



「ほら、同期の桜がぽやーっとしてたらやっぱり情けないやろ。だからしゃきっとせなあかんて」



「あ、それはそうですね。気をつけないと」



 どうやら信じてくれたらしい。

 一也が素直でよかった、と順四朗はほっとした。そこで気が緩んだのがいけなかったらしい。

 自分でも気づかない内に、背後の本棚に軽く体重を預けていた。「あっ!?」と言った時にはもう遅い。



 ドドドドドッと傾いた棚から、雪崩の如く分厚い本が滑り落ちる。

 資料室を借りている身である以上、備品に損傷を与えるわけにいかない。

 そのため、順四朗が体を張り、倒れそうになった本棚をそのまま背中で支えた。

 立派な行為ではあったが、その代償として脳天に凶器かという分厚さの辞書の一撃を貰う。



 ゴッ、と順四朗の頭から響く鈍い音の後に、ドザザザーと床に他の本が落ちていく。

 慌てて一也が本棚を元に立て直すが、頭を強く打った順四朗は、ひょろひょろと二、三歩歩いて倒れてしまった。



「どないかしたんですか、って何じゃこりゃー!」



「うわあああ、これ全部署長の指示で集めていた書籍ですよおお! ぼ、僕らの警察人生終わりじゃないすかー!」



「すいません、至急、順四朗さんに水お願いします。俺、本片づけますから」



 ズザザザーと効果音が付きそうな勢いで現れた金田と岩尾が目をむいていたが、一也は一人ローテンションなまま、突発的なトラブルに集中するのであった。




******




「こっちですよね、ヘレナさん」



「そうそう、その四番地という方だ。もう少し先かな」



 先を行く小夜子にヘレナが答える。

 二人が歩くのは港にほど近い倉庫街である。

 横浜が居留地として賑わう以前、ここは漁港として使われていたのだが、今は整地され大型の倉庫が何個か建てられていた。

 その隙間を縫うように、二人は目的地へと進む。この先に神戦組が使っている倉庫の一つがあるのだ。



「張り込みで何か見つけられたらいいですね」



「今日は様子見だから流石に無理だろう。四人で交代する明日以降に期待だな」



「そうですかー。今頃、一也さん達何してるんだろ」



「成果がそうばんばんあがる仕事ではないからな。地道に資料読み込んだりしてるさ」



 その期待に反して、この頃二人は神奈川県警の資料室でどたばたやっていたのだが、当然ヘレナも小夜子もそんなことは知る由も無い。

「そうですよねー」と答えつつ、小夜子は頭の片隅で別のことを考える。

 もう五日も前になろうか、あの一也が会っていた寺川亜紀という女の顔がちらつく。



 "綺麗な人だったなー。一也さんあの人のことどう思ってるんだろう"



 店内からは少し距離はあったが、垢抜けた都会の雰囲気は十分伝わった。

 身長も五尺四寸―約163センチ―はあっただろう。女性にしては長身ですらりとしている。

 ヘレナも同じくらいの身長であったが、彼女は外国人であるから同一視は出来ない。



 "これって嫉妬でしょうか......"



 捜査ということを脇に置いて考えると、やはり一也と寺川が二人で話すのを見るのは面白くなかった。

 頭では人の過去に干渉することなど出来ない、悩むだけ無駄とは分かっている。

 分かっているのだが理屈ですっぱり割りきれる程、人間簡単ではない。

 だがこんなことは誰にも言えず、とりあえず自分の中で処理しようと決めた小夜子であった。



「あれ?」



 もうすぐ目的の倉庫に着くという頃、小夜子の感覚に引っ掛かる物があった。

 正確には、偵察用に先行させている四寸―約12センチ―程の大きさの式神にである。

 場所が場所だけに、水夫くずれの破落戸(ごろつき)や低級の地縛霊等がいる危険があるため、それらを警戒しての偵察だ。

 その式神がピタリと止まったのである。



 小夜子の様子にヘレナも警戒する。無言のまま、通路の左に寄った。

 午後も遅いこの時間帯、たまたまなのか倉庫街の通路に人はいない。

 女二人にちょっかいをかけようという不逞の輩がいても、おかしくない状況ではある。



 小夜子が念のため、護衛用式神の一体を呼び出そうとした時だ。



「シッ!」



「ていっ!」



 迷路のような横路の一筋、そこから何やら黒い鞭のような一撃が小夜子に飛ぶ。

 それを呼び出した式神ではたき落とし、小夜子が前へと躍り出た。

 相手の奇襲には迷いが無かった。ならば言葉でどうにかなる相手ではなさそうだ。腰から抜いた棍を通常の長さへと戻す。



「気をつけろ、小夜子君!」



「お前がな」



 聞こえてきたのはまさかの頭上からである。

 二人組か、と思うのと横へ跳ぶのはどちらが速かったか。

 上からの一撃を空振りさせて、ヘレナは即座に武器を顕現させる。光系統の武器形成魔術――闘光剣(リヒトデーゲン)



 うらびれた倉庫街の片隅で、二対二の戦いが始まった。

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