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神戦組の活動

「遅くなったが始めるか。今の時点では、神戦組の活動内容は至極まっとうな団体であると言える。多少なりとも怪しいのは集会で土谷氏が語る教義、と言っていいか分からないが」



 ヘレナが全員の顔を見渡す。

 一也のもたらした爆弾情報を考慮して、夜も遅いものの報告会となった次第である。



「四民平等を過激にして、内なる神と共に戦おうという部分なんだな。これについては、神奈川県警のお二人の貢献が大きいことを断っておく」



 丁寧に金田と岩尾に一礼しつつ、ヘレナが順四朗を促す。交代しろという合図である。



「はいはい、ざっくりまとめるとやな。神戦組の日常ってめっちゃ平和やねん。普段、構成員は何もしとらん。会の教えか知らんけど、公の道路を掃除する連中が何人かおる程度や。

 組長――あ、土谷史沖のこと、そう呼んでるらしいねんけど、この組長にしたって組員の家をちょいちょい訪ねるくらい。その家で怪しげな相談とかしてないっていう保証は無いけど、それでも埃の一つも出ないねん」



「質問していいですか? あの、二週間に一回くらいで集会しているということでしたが、その集会では何をしているんですか?」



「まだ一回しか神奈川県警が偵察してへんからね。その上で言うと、土谷が演説めいたことしてるねんて」



 小夜子の質問に答える形で、順四朗は説明を続ける。

 演説の内容だが、大まかには二つに分けられたとのことだった。

 まず神戦組の説く四民平等の真の意味についてである。そもそも四民平等と言えば維新期,従来の士農工商などの封建的身分制を廃した政策である。

 明治二年――西暦1869年――六月に実施された版籍奉還の折りに公卿・諸侯(旧藩主)を華族に,平士以上の藩士などを士族、それ以外は平民としたのだ。

 これをきっかけに平民の苗字の許可、また華族あるいは士族と平民の結婚が許可されたりと具体的な政策メリットが法として制定されていった。



 だが、神戦組の説く四民平等は、明治政府の説くそれとは大幅に違っていたのだ。



「当たり前の事言うけどやね、俺らって貰える給金は人それぞれ違うやろ。人権は実情はともかく名目上は平等ってことで、収入とか懐具合は個人個人の勝手。これが俺らの知る四民平等やん」



「え、まさかとは思いますが......神戦組の四民平等って」



「そのまさかやねん。基本的に個人の働きや職業の違いを考慮せず、給金は均一の社会。それがあいつらの言う四民平等」



 順四朗の返答に、質問した岩尾が絶句する。

 詳しくは無いが、それは社会主義国家の一種ではないか。

 巷に広がる自由民権運動なんかとは、次元が違う話だ。



「私も最初聞いた瞬間、耳を疑った。だが、奴等の目指す社会というのはそういう物らしいぞ。馬鹿かと思うが、賛同者がいる以上は一概に否定出来ない。それが頭痛の種だ」



「あのー、教義は分かったんですけど、神と戦うってどっちの意味なんですか? 神様に対して戦うのか、神様と一緒に戦うのかで意味が全く違いますよね」



 口を挟んだヘレナに、今度は小夜子が質問する。

 確かに割りと重要な点かもしれない。

 そしてこれが土谷の演説の内容の二つ目にあたる。



「後者だな。流れとしては、耶蘇(キリスト)教と神道を組み合わせているらしい。神様というのは洋の東西を問わず、不変の存在である。それは自分の内側から沸いてくる物であり、自分という存在を迫害する物に対して共に戦う力を享受してくれる――細かい事を言えばきりがないが、大体そんなところだ」



「己らの認識とまるで違う四民平等、それに神様と共に戦うっちゅう教え。これだけ聞いたんやったら――」



 ヘレナの説明を順四朗が締め括る。指に挟んだ煙草が、ジッと音を立てた。



「――やばい連中やわなあ」



「疑わしいですが、それだけでは強制捜査の対象外ですよね」



「無理やな。集会やってるだけやもん。例えば、これが旗振り上げて役場囲んだりしたら公務執行妨害、あるいは威力業務妨害扱いやねんけどね。今んところは無理無理」



 一也も、その質問に答える順四朗もこれは承知の上である。

 そもそも政府の政策に反論がある集団など、大小合わせて山ほどある。

 それらに一々真面目に対処していては身が持たないという、至極現実的な事情が警察にもあった。



 警察官に任官して半年の一也や小夜子はともかく、ヘレナや順四朗にしてみれば今の時点では特に何も無し、という程度の印象しかなかった。だが、懸念すべき点はむしろここからである。



 ヘレナの青緑色の目が一也を貫いた。一片の情けもそこには無い。



「さて......他に組長の土谷氏についても、少しは噂を聞いてきたのだが。三嶋君、君は自分の友人と偶然出会い、しかもそれが神戦組の関係者と言ったな。情報が被るかもしれないし、ここからは君から報告してもらおうか」



 一也に否があるはずもない。

 これまでの説明が中西から聞いた話と合致することを認めつつ、先程聞いたばかりの組長こと土谷史沖について説明を始める。



「彼自身が公にしている通りならですが、年齢は二十歳前後、長身痩躯の体型です。生まれは北海道らしく、横浜に来たのは半年程前になります。そしてそこで俺の友人と偶然遭遇した」



 一也の脳裏に甦るのは、土谷について話す中西の姿である。気負う訳でもなく淡々と、彼は一也に話してくれた。



「神戦組の組織運営が上手くいかず四苦八苦していた土谷史沖。俺の友人達は、ちょうどその頃横浜近辺でうろうろしていた。四人が四人とも困っていたらしく、土谷の庇護下に入ることに躊躇いは無かったようです」



 これを中西から最初に聞いた時、一也は自然と頷いていた。

 見る物全てが初めてで時代背景も分からず、おまけに金銭も無い。

 ほぼ詰んでいる状況で出会った土谷は、救世主に見えただろう。



 しかし、ここからが只の構成員では無かった。

 神戦組の運営の問題点を見出だした中西は、自らがその解決に乗り出したらしい。

 元々頭の切れる男である。体力と気力を回復した状態ならば、現状打破に打ち込むのは当然とも言えた。



「拠点確保、構成員の積極的確保、何より神戦組の活動資金増加について助力したと言っていました」



「活動資金が枯れるのが一番困るからな。どういう助言でそれを助けたんだ」



「それには土谷氏の能力が関係してきます。これが重要な点になりますが」



 ヘレナの質問は全員を代表しての物らしい。それを確認してから、一也は口を開いた。



「回復呪法っていうんですか、それを土谷氏が使えるらしいんですね」



 回復呪法とは、文字通り怪我や病気を治す為の呪法である。効果は使い手の呪法士により様々ではあるが、幾多の呪法の中でも貴重な方に属する。

 これはそもそもの使い手が少ないのに加え、戦時平常時を問わず価値が高いという点が大きい。



 この回復呪法を売りにして神戦組の評判を上げ、構成員を増加させようと試みていた。

 目のつけどころとしては悪くない。

 だが彼がよろしく無かったのは、いきなり治療費を要求した上で回復呪法による施術を行おうとした部分であった。

 幕末の動乱ならば、それでもある程度知名度は高まったかもしれない。しかし今は太平の世の明治である。



 刃傷沙汰が無い訳ではないが、高額とはいえ医者や病院という治療機関もある。

 ぽっと出の呪法士が後ろ楯も無いまま回復呪法を売りにしても、中々上手くいく物ではない。



 だから中西は土谷に発想の転換を強いた。

 まず無料での施術を行うこと。それにより知名度を高める。

 ある程度、神戦組の社会的信用が高まった時点で、方法を土谷による直接施術から間接施術に変更したのだ。

 つまり――構成員が作成し土谷が回復効果を授けたとされる薬、霊水、呪符の販売である。



 "今まで土谷氏が施術して回復した人の中には、自ら進んで神戦組の構成員になる者もいた。彼らに委託販売する形で、こうした商品を売らせたのさ。競争心を煽る為に、販売成績に応じた構成員の名誉番号の授与と一割のキックバックを約束してな"



 中西の目論みは上手くいった。

 構成員が増えるごとに、土谷本人が回復呪法を施すことは難しくなる。

 中西はこれを利用し、いわばプレミアムを持たせた。

 つまり、名誉番号の高い構成員しか土谷とは面会出来ず、回復呪法も受けられないという規則を打ち立てたのだ。



 無論のこと、これには運もある。

 中西の知識と意欲が、土谷の能力をより上手く宣伝する方向にたまたま働いたという部分もある。

 だが、こうしたセールスやマーケティング的な発想は時代と共に進歩する物だ。

 百年以上の未来から来た中西のアイデアと実行力は、土谷という素材を存分に生かしたのである。

 そして何より、組織運営において中西には生来からの才能があった。



「今は土谷氏が直接施術して得る収入より、物品販売による収入の方が遥かに多いらしいです。構成員同士で競ってより上手く販売する方法を考えているので、効率がいいんでしょう」



「あのー、三嶋さんに質問なんですがね。その薬やら霊水やらってほんとに効くんでしょうか? どうも私なんか眉唾物な気がするんですがね」



「金田さんの言いたいことは分かるのですが、あるとも言えますし無いとも言えます。そもそも神戦組を頼るような患者の症状というのは、放っておいても命に関わるような症状の人は少ないようなのです。風邪をこじらせた、ちょっと打ち身が出来た、食あたりを起こした。軽症だから効きやすい、だから効果が無いとは言い切れない」



 説明しつつ、一也も胡散臭いとは思ってはいるのだ。だが、現にどこからも苦情が出ていない以上、あくまでまともな商品と言うのが世間の評判なのである。



 はっきり言えば、中西からこれを聞いた時点で一也は詐欺紛いと考えた。それは今も変わらない。

 偽薬効果――プラシーボ効果による思い込み、それに地道に神戦組が積み上げてきた信用が組合わさり、大したことない薬などの効果を実際に効くレベルに高めているのだろう。

 第三者機関による製品の効能チェックなど無いのだ。

 神戦組が販売する薬などは効く、何故ならあの土谷史沖が作った――少なくとも監修したからだ、という一種の心理的トラップに嵌めた時点で、中西の策は成立しているのである。



 ここまで話してから、一也は一度皆を見渡した。そろそろまとめである。



「現状、胡散臭さはぬぐえない神戦組ですが、被害届けや苦情は寄せられていません。俺としては、そうやって貯めた金をどこにどう使っているかを調べる必要があると思います」



「あー、そう言えば神戦組ってあんまりお金持ちな生活してないんでしたっけ」



「資料に書いてあったろ。土谷が住んでいるのは馬車道にある粗末な貸し家だ。そんな場所に住んでいるくらいだから、贅沢三昧とは程遠い。販売している製品の原価だって知れているさ。確実に奴の懐に入っているはずの利益は」



「どこに消えとるんやろうなあ? ただひたすら貯めているだけなんか。あるいは、裏で資金を渡している別の組織があるんかもな。表の商売通さへんかったら、金の流れなんてそうそう分からへんし」



 小夜子が問い、ヘレナが受けて、順四朗が締める。

 どのような活動組織でも、そこに人がいる以上は経済活動が発生する。

 普通は組織の首領めいた輩が富を独占し、酒や女といった欲求を満たすことに使いたがるものだ。

 だが、神戦組には今のところそれは見当たらなかった。



 ジ......ジジ......と会議室に吊るした角灯(ランタン)が音を立てる。

 疲れたように目元を揉みほぐし、ヘレナが「続きは明日にする。解散」と言ったところでその場はお開きとなった。




******




「三嶋君、ちょっと付き合え」



「あ、はい」



 一番最後に会議室を出た一也であったが、まっすぐ部屋に戻る訳には行かなかった。

 何やら物言いたげなヘレナに強引に誘われたのは、このイーストハーバーの地下にあるバアである。

 どこか既視感のある店だと一也は考え、すぐに思い出したのはあの浅草の神谷バアである。



 白と黒を巧みに配置した店内の装飾、それに黒いベストを着た店員の折り目正しい所作がそう思わせるようだ。

 そして目の前には、あの店で初めて出会った女性がいる。

 小腹が減ったのか、薫豚(ハム)の盛り合わせを頼み、ヘレナは椅子に腰を下ろした。



「別に怒る為に呼んだ訳じゃない」



「はい」



「だが、あの場で言えなかったことがあってね」



 その言葉に続いて、燐寸(マッチ)が擦られた。指先に挟んだ煙草の紫煙が天井に届いた時、ヘレナが二の矢を継ぐ。



「......昔の友人が捜査対象になって動揺しているのは分かる。平常心を保てと言うだけならば簡単だ。だが、人はそう単純じゃない。いくら警官でも、中々私情を断ち切るのは難しいものだよ」



「......すいません」



「謝らなくていいよ。中西らが神戦組に与するようになったのは、別に君のせいじゃない。ただ、今後もし過去が理由で捜査中に迷うようなことがあれば――」



 フゥ、とヘレナが煙草をくゆらせた。



「――君の命取りになるかもしれないよ、とだけ忠告しておくよ。君が彼らとどんな仲だったのか、私は知らない。事情が事情だけに調べねばならないが、それでも友人同士の交流など第三者が分からない部分の方が多いしな」



「そう、ですか」



「ああ。だから、まあ。気に病んで当たり前、だが今の自分を見失うなよってことさ。私が言いたいのはね」



 ヘレナの言葉の意味を噛み締める。

 分かるようで分からない助言は、だが、ほんのりと暖かく心に染みるような気がした。



 酒場から去る中西と中田の後ろ姿が、不意に一也の脳裏に浮かんで消える。

 近いようで遠く見えた彼らの背にかける言葉を、今の自分は持っているのか。

 捜査する側される側に分かたれた今、その答えを探すことは、一也には酷く難しく思えた。

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