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捜査初日 3 かつての仲間は

 一也にとって、中西廉の存在は色々な意味があった。

 サバイバルゲームを教えてくれた先輩であり、部を取りまとめる部長であり、共に遊び楽しむ仲間であった。

 やや厳しい側面はあったが、けして親しみの持てない嫌な先輩ではない。だがそれ以上に――






 胸の内に去来する感慨を抱き、一也は今ここにいる。目の前の二人、中西と中田と対峙するような形で。



「話は分かった。そうか、お前は東京に住んでいるのか」



「はい、今日は仕事です。出張で横浜に」



 中田の説明により状況把握した中西に、一也は微妙に嘘を交えて答える。

 素直に全部言った方が楽なのだが、中西らと神戦組の繋がりが分からない以上、素性を完全に話すのは気が引けた。



「こんな場所で会うとは何かの縁かな。元気で何よりと言わせてもらうよ」



「ありがとうございます」



「堅いな、奇縁という物は笑顔で祝福するものだ」



 そう言いつつも、薄い刃のような笑みを中西が漂わせる。

 "相変わらず油断も隙も無い"と心の中で嘆息し、一也は一口だけ麦酒(ビール)を飲んだ。

 胸の内に巣食う複雑な想いは酒精(アルコオル)くらいでは変わらない。



 一也にとって、中西という男の最大の意味は別にある。

 サバゲーにおける身近な強敵であったこと――何よりもそれであった。

 個人戦における対戦回数は、練習も含めれば二十回を超えるはずだ。だが、記憶に間違いが無ければ一也は一度として勝ったことが無い。

 まるで歯が立たないという程の実力差は感じていないにもかかわらず、一也の放つ弾丸はヒットしなかった。

 なのに中西の射撃は的確に一也を追い詰め、最終的にはヒットする。



 一体何が違うのか、と一也は中西に直に聞いてみたことがあった。

 中西の返答は簡潔で、同時に容赦が無かった。「格の違いだろう」という一言は、どんな弾丸よりも鋭く一也に突き刺さったのである。



 時代が平成から明治に移っても、人の関係や感情はそうそうは変わらないらしい。

 それを一也は今、痛感していた。超えられない壁――中西廉を前にして。



「中田から聞いたんですけど、中西さんはどなたかのお手伝いをされているとか」



「手伝い、まあそうだな。何だ、興味あるのか?」



「無いと言えば嘘になりますね」



 会話自体はごく普通である。

 だが、水面下で行われているのは腹の探り合いだった。

 中田と一也が話していた時の様子から、中西はどうもおかしいと察していたのである。

 そして中西の表情から、一也もまた中西がこちらに疑念を抱いていると思っていた。



「他ならぬ後輩の頼みだ、話してもいいぜ」



 軍服にも似た上着の釦を外しつつ、中西は一也の方を向く。中田が眉を上げたが止めはしなかった。



「神戦組って聞いたことはあるだろ。あそこの代表者と知り合いなんだよ」



「そうなんですか。名前くらいしか聞いたことないですが、どんなことしているんですか?」



 あっさりと中西が認めたことに内心驚きつつ、この機を逃さじと一也は切り込む。だが中西の返答は意外な物だった。



「三嶋。お前、銃やってるよな。それも狩猟とかじゃなくて、もっと実戦向きの方で」



 答えに詰まった。

 何を根拠にと反論しかけるが、自分が嘘をついていることが負い目になった。

 黙り込んだ一也を見て、中西が小さく笑う。優しく、だけど攻撃的に。



「さっき触れた肩の筋肉のつき具合、微かに漂う火薬の匂い。そして何よりお前の目だ。お前も知っているとは思うが、遊びとはいえサバイバルゲームは戦争だ。あれに浸ると、知らず知らずの内に目に出るんだよ」



 額にかかった黒髪を払いつつ、中西は言葉を切った。偶然だろうが、酒場の喧騒が一瞬静まりかえる。



戦場(フィールド)の空気ってやつがな。代筆屋なんて嘘だろ。陸軍か、あるいは警察かと推察してるんだがな」



「買い被り過ぎですよ、中西さん。サバゲーやってたからって、こっちの時代で実弾撃てる銃使える訳じゃないでしょ」



「ま、お前がそう言うなら信じてやろうかな」



 証拠は何も無い。この場はしらを切り通すと一也は決めていたが、内心は冷や汗物であった。

 一也の持つ雰囲気から勘で当てたのだろうが、当て推量にしても鋭すぎる。

 無意識に、態度や口調に警官を思わせる物があったのかもしれないが、後の祭りである。



「ああ、俺が何をやっているかを知りたいんだよな。そうだな、神戦組がどんな集団かを知らないと分からないだろうから、まずはそこから話してやるよ」



 中西はまるで後ろ暗さを感じさせない調子である。一也は「どうも」と応じるしか出来なかった。




******




 カツン、カツンと床が悲鳴をあげていた。

 不協和音のような靴音の主は、ヘレナ・アイゼンマイヤーである。

 ホテルの会議室に戻るや否や、紅藤小夜子から受けた報告が彼女をイライラさせていた。



「遅い」



 カツン。また靴音が鳴る。

 順四朗がなだめなければ、床どころか壁を蹴りつけかねない。それくらいヘレナは苛立っていた。

 会議室にいるのは第三隊の隊員だけではない。

 金田と岩尾の二人も同席しているが、二人の顔は見るからにビクビクしている。

 無理も無い。あれほど怒らせてはまずいとあれやこれやと気を使っていたのに、今のヘレナの機嫌は最悪だった。

 それは別に彼らの責任ではないのだが、そんなことにも頭が回らない程に二人はびびりまくっていた。



 "け、警部っ! ヘレナさん、怒ってますよおお!"



 "この阿呆っ、なんで三嶋さんが急にいなくなるのを止められんかったんじゃ!"



 "仕方ないじゃないですかー! ホテルに戻るための馬車を掴まえにいって、帰ってきたらいないんですから!"



 "しかしな、このままじゃと儂らにもとばっちりが――"



 ぼそぼそと金田と岩尾が話す。

 ほとんど人の可聴域の限界に近い声量だ。鼠か何かの小動物ばりの用心深さである。

 だがその努力も無駄であった。いきなりヘレナの怒りが爆発したのである。



「捜査初日からどこをほっつき歩いているんだ、あの馬鹿はっ! 何を考えているんだ!」



「は、はい、すみません! 岩尾も悪気があった訳ではなくっ、どうかお許しを!」



「止められなくて御免なさい!」



「い、いや、別にお二人が悪い訳じゃ無いんだ。顔を上げてくれないか」



 弾かれたように頭を下げた金田と岩尾だが、この一言で救われた思いだった。

 怒髪天を衝くという表現がぴったりくる今のヘレナだが、理性的な考え方までは棄てていなかったようである。

 それでも小夜子が「ごめんなさい~」としょぼんとしているのを見ていると、流石に申し訳ない気にはなった。

 ヘレナの機嫌を損ないたくない為、実際には何も口は挟まないのが情けなくはあったが。



「小夜子君も別に悪くはないな。いきなり任務放棄して消えたあいつが悪いんだ。Alle(アレ)!」



 全部、というドイツ語に力を込める。

 まだ怒りは解けていないが、少しは収まったようだった。

 タイミング良く順四朗が声をかける。



「そやけどさ、一也んいきなりどうしたんやろな。少々の事で寄り道するような奴ちゃうやろ」



「突き詰めれば何か事情はあるだろう、だがな、それはそれだぞ。夕刻には戻って報告会と決めていたのに――全く、帰ったらただじゃおかないからな」



「あの、ヘレナさん、順四朗さん」



 小夜子が恐る恐るといった感じで顔を上げた。「ん?」とヘレナが顔を向ける。



「私、思うんですけど、一也さん誰か見つけたんじゃないでしょうか?」



「狙撃眼を使っていた時に、急に走り出したからか?」



「それだけ聞いたら単なる頭おかしい子みたい......冗談やって」



 ヘレナが拳骨を構えたのを見て、順四朗が引く。小夜子は構わず続けた。



「ええ。それまではほんとに海辺でのほほんとしていたんですよ。それがいきなり――」



「船や桟橋の方見てたっちゅうんなら、人の一人や二人おるわな。あれか、昔の恋人でもいたんちゃうの」



「えっ、それ本気で言ってます、順四朗さん?」



 ハッとした顔で小夜子が詰め寄る。

 順四朗は「さあねえ。そんな過去があっても別に不思議やないやろ」とはぐらかした。

 順四朗も別に意地悪をしている訳ではない。

 小夜子が一也のことを何となく気にしているのは知っているが、煽る気は更々無かった。ただ可能性として指摘しただけだ。



「ここで色々考えていても仕方がないな。金田警部、もし明日になっても帰ってこなかったら捜索をお願い出来ますか。あんなのでも大切な部下だ」



「はっ、すぐに手配出来るように――」



 金田のヘレナへの返答はそこで止まった。ギィ、と音を立てて会議室の扉が開いたのだ。

 そうっと、注目の的の本人が扉の隙間から顔を覗かせた。

 ヘレナが鋭く視線を走らせる。



「......みーしーまー、今何時だと思っているんだ?」



「九時半です」



「何でさらっと答えてるんだ、初日から命令違反とは、いい度胸してるな!?」



 かなりカッとなり、ヘレナは思わず怒鳴りつけた。

「すみません」とただ棒立ちのまま、頭を下げる一也の姿に一瞬沸騰した感情は収まったが、またすぐにそれは熱を取り戻す。



「すいませんで済んだら警察はいらないんだよ! 説明をしろ、説明を! 今日は横浜視察とはいえ、途中で業務放棄したんだ。それなりの理由があるんだろうな?」



「そうなんや、すいませんで済んだら警察いらないんや。俺ら失業してまうな」



「えー、そうなったら私困ります。どうしよう......」



「そこの二人は黙ってろ!」



 茶々を入れた順四朗と小夜子にヘレナの一喝が飛ぶ。

 脇で見ていた金田と岩尾は「余計なこと言うなー!」と小さく二人に突っ込んだが、時既に遅かったらしい。

 そのヘレナの怒りを急速に冷ましたのは、原因を作った当の張本人だった。



「結果から報告します。神戦組の一員と接触しました」



「な、に? 待て、もう一回言ってくれるか?」



「昔の友人の姿を桟橋で発見し、追いかけました。会話の結果、神戦組の関係者と分かりました。詳しくはこれからご説明します――あと、遅れて申し訳ありませんでした」



 もう一度、一也は深々と頭を下げた。

 姿勢を元に戻した瞬間、痛撃が額を襲い思わずのけ反る。「あうっ!」と情けない悲鳴が漏れた。



「でこピン一発で許しておいてやる。とりあえず座ったらどうだ。その顔を見る限りでは、楽しい再会とはいかなかったようだしな」



「え、ええ」



 事実、ヘレナの言う通りだった。

 中田の姿を見かけた時の嬉しい驚きは今は無く、困惑が一也の胸の内を占めている。

 警察官とはいえ、まだ十九歳だ。捜査対象に友人がいる状況を仕事と割り切るには、少し年齢が足りなかった。



 そんな一也を見た岩尾が「ヘレナさんのでこピンで倒れないなんて!」と驚愕していたのは、また別の話である。




******




 夜の賑わいという点だけに限れば、横浜はもしかしたら東京に勝るかもしれない。

 外国人が多いという地域の特性上、夜遅くまで営業している酒場や男と女の店が多いのである。

 そうした賑わいをすり抜け、中西と中田が入った建物は馬車道の一角にあった。二階建ての西洋風の長屋である。



「あ、お帰り。遅かったね」



「何かあったんですか?」



「ああ。すまない、思わぬ再会があってね」



 玄関に出迎えにきた二人の女に答えつつ、中西は靴を脱ぐ。

 髪が短く活発そうな印象を与える小柄な方が、毛利美咲。

 肩越しまで髪を伸ばしたやや大人しそうな雰囲気がある方が、寺川亜紀である。

 二人とも、あの時の転移に巻き込まれたサバゲー部の部員であった。今は周囲に合わせて地味な着物姿であり、男に混じってBB弾を撃ちまくっていたとは想像し難い。



「思わぬ再会って何よ?」



「三嶋に会ったのさ。時間が時間だから此処には連れてこなかったがな」



「え、三嶋って三嶋一也? あの女風呂覗きの!?」



「美咲さんにとっての三嶋君てそうなんだ......」



「不憫だな、一也も」



 眼を見開く毛利に寺川と中田が苦笑する。ラッキースケベの罪深さである。だがその場の軽い雰囲気は、中西の言葉で吹き飛んだ。



「あいつ、神戦組について何か調べているようだった。はっきりとは分からなかったがな」



「え、それどういうことよ? あの子、今何してるの?」



「俺の推測に過ぎないが、軍人あるいは警察官。詳しい話は後だ、先に風呂もらうよ」



 それだけ毛利に言い残し、中西は階段を上っていった。残された中田に寺川が問いかける。



「ねえ中田君。三嶋君、変わってなかった? 元気そうだったの?」



「ああ、まあまあ元気そうにしてたよ。何をしてるのかって聞かれた時に、俺が答えに詰まっちゃってさ。そこから何かおかしな雰囲気になったんだけど」



「そう、なんだ」



 寺川の顔が微かに曇った。

 先の中西の言葉と合わせて考えると、純粋に友人との再会を諸手を上げて喜ぶ、とはいかないようである。

 それは残念ではあったが――だが、それでも。



「私、三嶋君に会いたいよ。ね、中田君、会えるよね? 会ってまた皆で遊んだり出来るよね?」



「う、うん。多分な」



 寺川の期待に満ちた目が眩しい。

 その目に自信を持って答えることは、今の中田には出来なかった。

 そんな二人の後輩から少し離れつつ、毛利美咲は「嫌な再会かもね」と顔を曇らせていた。

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