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定期巡回 4  迷いは弾ごと捨てちまえ

 ふぅぅと息を一つ吐く。

 魔銃を支えながらも肩の力を抜く。

 小夜子の呪法がいつ発動するか分からないため、その時を見据えて待つだけだ。



 待つ――これが逆に迷いを生むのだ。

 止まっているボールを打つゴルフが難しいスポーツと呼ばれるのは何故か。技術的な点以外に、静の体勢がそこにある為である。

 人間、体を動かしている時は迷う余地が少ない。どうしたって思考の対象は手足に向く。

 だが、停止し待っている時はそうではない。



 "集中しなきゃ......"



 スタンディングポジションから屍妖魚を狙いつつ、一也は自分を叱咤した。

 集中せねばと思いつつも、どこかで迷いがある。野犬の時は必死だったのもあり、迷う暇は無かった。

 だが今回はどこか違う。自分の中を研ぎ澄ましながらも、髪の毛一本程の迷いがある。



 それが何から来るものなのか、自分でも分かっていた。

 虚栄心、欲、自己主張――そういった類いの物だ。

 ここから当てれば誉められる。警視庁に職を得られる。自分はこれだけ出来る。

 そんな狙撃とは関係の無い雑念がある。



 違うな。


 

 こうじゃないな。



 また一つ水弾が飛来し、ヘレナの盾がそれを防ぐ。ゴーグル越しにその視界の変化を認めつつ、自分で自分をたしなめる。



 俺は撃つ時、こんな感じだったか。



 遊びとはいえ、今まで何十回、何百回も引き金を引いた時、こんな感じだったか。



 違うだろう。

 もっと純粋に――もっと楽しんで――俺は、俺は、皆と一緒に撃っていたんじゃなかったのか。



 欲が絡んだ途端にそいつを忘れちまう程、俺にとってあの頃の記憶は、思い出は、体に染み付いた感覚は軽い物なのか。



 その時一也の心を襲ったのは、ぐるぐると回る複雑な感情だった。

 多彩な色に染め上げられたそれは、静止させた体の中を血管を破らんばかりに突き上げる。

 上手に自分の中で飼い慣らしてきたはずの負の感情――突如タイムスリップなんぞに巻き込まれた怒り、誰一人知人もいない悲しみ、もう戻ることが出来ないのではないかという不安がないまぜになり、心の汚泥となっている。



 突き詰めれば、それが自分の集中力を奪っているのだと気がついていた。

 夕日に染まった世界で約200メートルの距離を経て巨大な敵と相対しつつ、その実、一也が戦っているのは自分自身でもあった。



「一也さん、そろそろやりますよ」



「ああ」



 振り向かずに小夜子に答える。無言の視線を背中に感じる。

 仮に外しても、ヘレナも順四朗も小夜子も責めはしないだろう。そう分かってはいたが、自分が自分を許せないだろう。



 自分を見失い自滅する形で失敗したならば、三嶋一也(おれ)三嶋一也(おれ)を許せないだろう。

 過去が現在(いま)を怒鳴りつけるだろう。



 小夜子の気が高まるのが分かった。

 低い声で囁く祝司(のりと)はすぐに高音域に達し、呪法の発動が近いと知らせてくれる。



 切り替えた――自分の中で。

 雑念が消えないなら、集中力が高まりきらないならば、むしろそれを力に換えて。

 怒りを、悲しみを、不安を全部叩き込めばいい。

 想いを引き金に込め、叫びを弾丸に流し込み、標的にぶちこんでスッキリしてやればいい。



 歯を噛む。

 一也の中で迷いが消えた。

 僅かに震えていた銃口が銅像にでもなったか、という静止状態になった時、ちょうど小夜子の呪法が完成する。



「束縛呪法――氷輪」



 三体の式神が青白く輝いた。

 屍妖魚を囲んだそれらは互いに互いを白い輪で繋ぐ。

 僅かに青みを帯びた白い光は、極低温の氷の結晶――凍てついた戒めだった。

 自分の周りの気温が急激に下がったため、屍妖魚は動きを鈍らせた。

 体の表面がこわばり、鰭が上手く動かなくなる。水面に持ち上げた長い魚体が見る間に鈍くなっていく。



 視界の中心にそれを捉えた一也は、躊躇わずに引き金を引いた。オートモード、全弾六発。口径9ミリの鉛弾が加速し、屍妖魚の頭部に襲いかかる。

 実際に銃口から吐き出された弾が命中するまでは、ほんの僅かな時間に過ぎない。だがその刹那の合間、一也の目は確かに弾丸の軌跡を映していた。



 六発中三発の弾丸が、屍妖魚の額から口先にかけて炸裂する。

 腐りかけた肉を引き裂きめり込んだ鉛弾は、人を遥かに凌駕する屍妖魚の生命力を一気に零に導いた。

 形容し難い叫びが荒川の水面を走り、一也の耳に突き刺さる。

 だがそれもほんの一瞬に過ぎず、一度だけ大きくのたうち回った屍妖魚はグズリ、とその巨体を水面に浮かべたのであった。



「――やった」



 ようやく構えを解き、一也が魔銃を下ろす。

 その背後ではヘレナらが目を見張っていた。



「この距離から一回で本当に当てた、だと」



「いくら的がでかいゆうても、二町近くあるで......」



 ポカンと口を開けた順四朗に小夜子が「一也さん、あの銃撃つの二回目なんですよ」と声をかける。



「はあ!? たったの二回目であの狙撃をかいな!?」



「いや、待て。確かに彼の話を思い出せば――そうなるな」



 取り乱すな、とでも言いたげにヘレナが順四郎を制する。

 そう、たまたま吉祥寺村にあった魔銃――"Demon Buster"を入手し、野犬を撃退しただけだ。

 少なくとも実戦で放つのは二回目である。



 "確かにミニエー銃の名手なら、あの距離でも当てられる。だが、実戦での射撃が二度目でなど――信じられん"



 しかも一度引き金を引いただけで、六発の弾丸の同時射撃である。

 フルオート式アサルトライフルという概念がそもそも無いため、その破壊力にヘレナが驚くのも無理は無かった。

 当時連射式の火器というと、据え付け式の重いガトリングガンしかない。持ち運び可能なライフルでそれが可能な銃など、存在しなかったのだ。



 彼は何者だ、という問いが浮かぶ。あの銃は何だ、という問いが浮かぶ。

 だがそれはさておき、苦境を一瞬にして切り開いてくれたことに感謝しなくてはならない。



「ありがとう、三嶋君。君のおかげでどうにかなったよ。見事な腕だ」



「あ、はい」



「あまり嬉しくはなさそうだが、どこか痛めたのか?」



 ヘレナの問いに一也は首を振った。

 その目は川の方を向いている。

 ゆっくりと川岸の方に寄せられていく屍妖魚の死体、それを見ているようだった。



「全部当てられなきゃ駄目だな、と思っただけです」




******




 墓石の煤を落とし、屍妖魚の死体を岸に引き上げた四人は村への報告を終えた。

 幽霊のみならず突然現れた屍妖魚までも退治してくれたことに、村人達は感謝の念を惜しみ無く現してくれた。

「いや、公務ですから」とヘレナがさくっと挨拶を終え、さっさと四人は帰りの馬車へと乗り込む。

 既に日は暮れており、とっぷりと闇が濃い。



 来た道をポクポクと馬車は走る。御者の掲げた提灯が道を照らしていた。



「いやあ、たまげたなあ。よくあんな遠間から狙えるわなー」



「小夜子さんが動き止めてくれなかったら、とても無理でしたよ」



 謙遜ではなく本気で、一也は順四朗に答える。

 的が動くと神経を使うのだ。

 それに狙いがどうしても甘くなる。最初の一発で仕留めるという条件下であれば、小夜子の援護はどうしても必要であった。



「でも本当に当てちゃうから凄いですよねー。あんな大きい屍妖魚も一発だし」



「あのまま持久戦になっていたら、と思うとゾッとするよ」



 小夜子もヘレナも表情が柔らかい。二人に頭を下げながら、それでも一也はどこか引っ掛かっていた。

 狙撃直前の迷い、狙いの乱れの余韻が微かに人差し指に残っている――そんな気がする。



 "仕方ないよな、心乱れて当たり前だよ"



 そんな風に慰める弱い、ある意味、暖かい自分がいる反面。



 "だからって撃つ時は徹しなきゃ駄目だろ。せっかくの技術が泣くぞ"



 そう叱咤する強い、ある意味、冷たい自分もまた確かに存在する。

 自然な感情を解き放ち撃ったからこそ、三発当てられた。

 だが......感情のままに撃ったからこそ、三発外したのだろうか。どちらの見方が正しいのかは分からない。



 けれど一つ言えることはある。



「いやあ、とんだ定期巡回になってもうてすまんやったね」



 奥村順四朗が決まり悪そうに頭をかく。

 先程まで日本刀を振るい、一也と小夜子を庇ってくれた姿とはほど遠い日常の延長線にある仕草だ。



「ほんとですよー......なんて嘘です、間近で見ること出来て良かったです」



 紅藤小夜子が一度小さく舌を出して引っ込めた。

 この少女の明るさは時々一也の心を引き立ててくれる。



「とりあえずお腹がすいたな。夜泣き蕎麦でも食べに行くか。私が奢ろう、大した物ではないけどな」



 ヘレナ・アイゼンマイヤーがそう宣言し、御者に行き先を伝えた。

 小夜子と順四朗の「流石隊長!」という声に「騒ぐ程じゃ無いだろ」とヘレナはぷいと窓の外を向く。

 どうやら照れているらしい、と気がついて一也は何故か可笑しくなった。



 いつ戻れるのかは分からない。この時代に不満は確かにある。



 だが、時代は変わっても自分を必要としてくれて、性格が合いそうな人がいるのは――それは確かな幸運として捉えるべきことなのだろう。

 自分は一人ではあるが、独りではないのかもしれない。



「例えいつかは戻るとしても」



「あれ、一也さん何か言いましたか?」



 独り言を聞き付けた小夜子に「何でもない」と答え、一也は「お腹すきましたね」と相槌を打つ。

 夜泣き蕎麦って何だ、とは思うがとりあえずそれは放置する。



「全くだ。ああ、早く食べたいな。今日は塩で味玉付にしよう」



「己はいつも通り醤油にしますわ。ネギ多めで」



 ヘレナと順四朗の会話でどうやらラーメンのことらしいと分かった。まともな食べ物で良かった、と密かに一也は安堵した。



「俺、醤油豚骨にしよかな......」



「あー、いいですねえ。うーん、味噌にするか、醤油にするか迷います」



 一也の意見に食欲を刺激されたらしく、小夜子は真剣に悩んでいた。馬車が目指す夜泣き蕎麦の店はまだ少し先である。






 この数日後、一也と小夜子は正式に第三隊への入隊を志望することになる。

 何故か、と理由を聞かれた時には一也は「ヘレナさんが奢ってくれた夜泣き蕎麦が旨かったから」と笑うだけで、それ以上のことは言わなかった。

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